PASTORAL −73
 クロトハウセは幕僚を集めて、最終命令を出す。基本的にクロトハウセの持っている軍隊は戦争に勝つ為ではなく、
「今回の任は、アウセミアセンを地に這わせる」
 戦争後の、政治的な駆け引きを行う為の下準備を受け持つ。無論、戦争でも武勲を挙げるが、それは寧ろ“政治的な目的”を隠す為の色合いの方が強い。
「遂に陛下も、あの愚鈍な王子を見放されるのですか?」
 クロトハウセは首を振り、
「殺すわけではない、カッシャーニ。あの男に戦争をさせないだけだ。リスカートーフォンが戦争で右往左往の役立たずとなれば」
「縁戚の者であれば一族追放ものですわね」
 ルビータナ大公が甲高い笑い声を上げる。
「嫡子である以上追放はないが、そろそろ我慢できなくなる筈だ」
 クロトハウセの笑いにゼマド大公が答える。
「そうでございましょうね。ご自分で継ぐつもりの由緒ある軍閥の名が汚されるのは我慢できないでしょうね、ガーナイム公は」
「離反者も増えるでしょう。特に嫡子だからとアレを据え置いたままの公爵自身にも……公爵が長子を殺害して、位を譲られればすべて済むでしょうに」
 ザルガマイデア大公の発言にクロトハウセは首を振り、
「ゼンガルセンが譲られた王位で喜ぶものか。むしろ手に入れた実感が湧かずに、皇位を狙いかねない。あの男には苦労して戦争で王位を手に入れてもらわないとならぬ」
 あの公爵と長子がゼンガルセンの相手になるとも思えないが……とクロトハウセは侮蔑の言葉を口にしつつ笑う。
「簒奪戦争が病みつきになって皇位を狙う可能性もありますが、その際は僭越ながら我々が陛下をお守りいたしますわ」
「ああ、任せたぞカッシャーニ。その際は私が全力を持って、必ずやゼンガルセンを潰す」

 皇帝の政治的軍事集団は、リスカートーフォン公爵家に内乱を起こすべく戦場に向かった。

 帝国の税収の半分は異星人との戦いに回される。
 その莫大な資金を必要とする帝国防衛費用の中でも群を抜いているのが『機動装甲』
 一艦隊を戦場で失うよりも、一機動装甲を失った方が高額だ。戦場で失われた兵士の家族への支払いなどを加味しても。
 あまりに高額なその兵器は、通常戦闘では先ず使われない。
 敵の後方から現れる巨大戦闘空母を落す時のみの使用が一般的。今回のように普通戦艦の護衛を機動装甲が行うなど前代未聞だ。
 結果としては被害を最小限度に収められたのだが、費用としては然程違いが無かった。
 そして、
「上手くかみ合ってるなあ」
 隣接攻撃型機を操るサフォント帝と超遠距離遠隔型機を操るエバカインは、非常にかみ合った攻撃を仕掛けていた。会話は先ずかみ合わない兄弟だが、戦闘に関しては、
「そうね。我等リスカートーフォンには完全遠距離型を操る人はいないからね」
 リスカートーフォン国軍のほうでも驚いてくれるほどに息があっていた。
 元々、機動装甲というのは連携を取るような戦い方をする『兵器』ではない。連動などという動きは先ずない。この兵器に関しては不得意な部分を補強したり、練習したりで強くなるものではなく、完全に生まれつきの才能だけが頼りだ。
 搭乗者が得意とする性能を特化させた機械である為、相対的なバランスは何時も良くない。
 現時点で機動装甲の搭乗者(帝国騎士)は102名、内訳は75名が近距離攻撃を得意として遠距離攻撃を苦手とする。近距離攻撃が苦手で遠距離攻撃を得意とするのは1名(エバカイン)
 残り26名は遠近両用の攻撃を得意とする……のだが、両の攻撃を得意とする騎士と片方だけ得意とする騎士を並べると、やはり両方をそつなくこなせる騎士の方が攻撃力が高く、敵の惑星と見間違うほどの戦闘空母を撃墜させる数も多い。
 試しに両用の騎士を援護に回し、近距離戦を得意とする者を核にした演習を行った事があるが、結果はやはり劣った。数で劣る帝国側としては、確実に戦果を上げられる方を選ばねばならず、今まで援護に機動装甲を回すことはしていなかった。
「それにしても、何時練習などなさってたのかしらね」
 戦艦総司令を預かっているカザバイハルア大将は、皇帝と皇君と噂される大公の連動を見ながら『若しかしたら皇君宮で練習してたのかもしれないわ』と穿った見方をしていた。
 エバカインの『兄上に恥をかかせてはいけない』という、控え目と言えば控え目、度胸が無いといえば度胸がないその考えから出来上がった連携なのだが、目を見張るような戦果を上げていた。
 その連動と、敵空母から現れてくる無人戦闘機を只管撃墜する姿は、敵機を落す機動装甲の中で非常に目立っていた。悪い意味ではなく。
 エバカインの動きに目を配っていたリスカートーフォン軍(一応彼等の配下に属しているので)に通信が入ってきたのは、敵がそろそろ撤退すると思われる頃。
 帝国軍ゼマド大将が、
「艦隊戦の勝ちは譲ってさしあげますわよ、ナディラナーアリア=アリアディア大将」
 平地に乱を起こすかのような言い振りで通信窓を開いた。
「ありがたく頂いておきますわ、ゼマド大公」
 何の事はない、リスカートーフォンの軍人は戦争中「=」で繋いだ前の名前しか言わないのが慣わしとなっている。当然ゼマド大公はそれを知って口にしたのだ。
 通信を切った後、頬をひきつらせたカサバイハルアだが、
「艦隊戦くらい勝っておかないと、ゼンガルセンに殺されかねないわねぇ」
 怒りを面に出さないで、艦隊を率いて戦いを続行させた。結果、機動装甲での総撃墜数は帝国軍に負けたものの、艦隊戦での撃墜総数は勝つ事ができた。それを素直に喜べなかったのは、自分の将来的な主となる筈のアウセミアセンの率いた艦隊が散々だった事。
「撃墜数ゼロですって。何かの間違いじゃないのかしら?」
 アウセミアセンの言い分は、大公の軍勢が前に出てきて邪魔で仕方なかった……と。
 それ自体は真実だが、それで引き下がるような人間などリスカートーフォンに、
「必要ないのよねぇ……」
 目の前に居る大公の軍勢を討って前に出るくらいの覇気が無ければ。大公の軍勢が規律を無視して前に出ているのだから討っても何ら問題はない。
「そろそろゼンガルセンが我慢できなくなるでしょう。今日は単騎戦でも負けたし、散々ね」


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