PASTORAL −182
 皇帝の挙式を明日に控え、ラウデ達一行は宮中伯妃の所から辞することにした。皇帝のお相手(花婿とはいえない)の母である宮中伯妃も挙式に参列する為、家を出なくてはならない事もあるし、何より皇帝の挙式は航行制限などもあり、当日の出立は禁止されているために、今日出立しなくてはならない。
「本当にお世話になりました!」
 四人は重ねて宮中伯妃に礼を言う。
「何のお礼も出来なくて、すみません!」
 サンティリアスに続いて頭を下げるサラサラ。ここに居る間は随分と世話になった、感謝を込めて勢い良く身体を折り曲げて頭を下げる。その元気の良さに宮中伯妃は目を細めて、
「いいえ。私のほうこそ、とても楽しかったわ。この先も元気でね」
 優しく返した。
 妹の隣に立っていたサイルは、感謝を述べた。それはサラサラの感謝とはまた別のもの。
「あの、宮中伯妃様」
「どうしたの、サイル」
「本当に感謝してます! って皇子に伝えておいてください。本当に、本当に……卑怯かもしんないんだけど、戦争行かなくていいってことにして貰えて感謝してます!」
「伝えておくわ。でもそれ程気にしなくていいわよ。二人分必死になるくらいで、やっとあのボケ息子は一人前なんだから。……貴方達は貴方達の人生を行きなさい。貴方達が精一杯生きてね。息子が徴兵除外をしたことを喜べるくらいに。無理しろって事じゃないわ、健康で仲良く、それだけで充分だから」
「本当にありがとうございました。じゃ、ラウデ。最後にご挨拶してこいや。俺達は先に行ってるからな」
「ちょっと待て! サンティリアス!」
「ちゃんと、年長者として、元下級貴族としてご挨拶申し上げて来いってんだよ」
 そう言って、サンティリアスはラウデの荷物を取り上げた。
 此処に来た時は何一つ持っていなかった四人だが、此処で休息する際に宮中伯妃が細かいものを、あれやこれやと買ってくれたおかげで、船に持ち込むほどの荷物がうまれた。
「お前の方がそっちに明るいだろうが」
 荷物が入ったバッグを取り上げられたラウデは叫ぶが、サンティリアスは背を向け、ラウデのバッグを肩にかけて手を高く上げ、
「嫌だね。貴族街抜けたところにあるオープンカフェで待ってるからな。エミリファルネ宮中伯妃、ありがとうございました!」
「あなたも頑張ってね、サンティリアス。ラウデに奴隷としての心構えとか教えてあげてね」
「はい!」
 二人を連れて去っていった。
遠ざかってゆく三人を二人で眺める。勢い良くその場を去ったものの何度も三人は振り返り、手を振ることを繰り返す。対する宮中伯妃も何度も何度も彼等と彼女に手を振った。
 そして、三人が見えなくなってから暫くの間、
「……」
「……」
 沈黙が流れた。
 二人とも会わない間に色々なことがあったが、それを語り合う気にはなれなかった。
 両者共嫌いになったのではない。何かを語るには時間が短すぎる。そして次は二度と来ない。
 半端に何かを語らうくらいならば、何も語らない方がいい。宮中伯妃は手に持っていた小さな箱をラウデに差し出した。
「早く戻らないとね。ラウデ……これ、持って行きなさい」
「何ですか?」
「花の種よ。白い秋桜の種。エバカイン・クーデルハイネ・ロガという人間が “皇子” であるという証明。皇子の父親から渡された証」
 彼女が最も嫌う男であり、エバカインの父、先代皇帝クロトロリアを表す花の種。
「大事なものでしょう?」
 大事などというものではない、それは帝国の権力そのもの。
 だが宮中伯妃は頭を振る。
「もう、必要ないのよ。これはあの子の身を守る手段の一つだったもの。もう……必要ないのよ。あの子はこの白い秋桜がなくても……。お守り代わりに持って行きなさい。どうしても駄目になったら、これを出せば権力者は逃げるわ。既にこの世にはいない男の証明であったとしても。取るに足りない皇帝であった男を彩った花であったとしても、貴方達の身を守る力にはなる」
「もう、必要ありませんか」
「ええ、だから持って行って」
「では遠慮なく頂いていきます。……お元気で」
「貴方も、元気でね」
「さようなら、エヴェドリット王妃になる貴女」
「さようなら、奴隷になった下級貴族の貴方」
 ラウデは膝を付き、宮中伯妃の手の甲に口付けて、踵を返し去っていった。振り返ることなく。
 その振り返ることなく去っていったラウデを宮中伯妃は黙って手も振らずに見送った。
 両者共、涙が出るような事はなく、微笑んで。

− 王妃となった貴女に −

 エバカインから買ってもらった宇宙船と、停泊・撮影許可証でサフォント帝の挙式を上空から確りと見てしまった四人。皇帝の挙式を上空から見ることは大変栄誉なのだが、何となく後悔というか恐怖を感じてしまった四人がそこにいた。
 超ご機嫌の皇帝陛下(顔どころか全体的にありえない程怖い)と鋭い表情が緊張によって益々鋭くなっていたエバカイン。人々の前では美しい表情を浮かべているが、エバカインを見る視線は嫉妬と憤怒に満ち溢れていた二人の妃、そして見ている方がかわいそうになる程、オロオロしていた最後のお妃……非常に見ていて胃に悪い映像を手に入れてしまった四人であった。
 この先エバカインがあの二人の妃(帝后と皇妃)にいじめられたりしないかな……でも、皇子結構抜けてるから、いじめられた事自体に気付かないかもしれないなあ……などと思いつつ、彼らは仕事を得る為に帝星から離れてゆく。
 仕事を手に入れられる惑星に向かう途中、ラウデは奴隷になる為に解約した銀行の金庫から出した写真を眺めていた。
 そして、
「焼いて良いのか?」
 ある程度眺めた後、それを燃やすとサンティリアスに告げた。
 俺に言う必要はない……そうは思ったが、サンティリアスは黙ってラウデが写真を燃やす様を横で見つめていた。
「いいよ。もうあの人とは何の関係もない、知り合いですらないんだからさ」
 そこに映っていた幸せそうに笑う四人の下級貴族。
 一人は戦死して、一人は皇君になり、一人は奴隷になり、一人は王妃に。
 この写真を撮ったとき、彼等と彼女にはそんな人生が待っているとは考えもしなかっただろう。
「……さよなら」
 ラウデが呟いたその一言、弟に向けて言った物なのか王妃となった女性に向けたものなのか、サンティリアスは尋ねる事はなかった。
 ただ、艦橋に焦げた匂いが少し居座っただけのこと。

『灰になってゆく写真の中で笑っている貴女と貴女の息子と私の弟
 ……貴女の事をどう想っていたのか、思い出すことも出来ませんし、いたしませんが
 貴女が幸せになってくれる事を、無力の身ながら願っています』

 すっかりと灰になった写真を前に、ラウデはもう一つの「もの」を取り出した。
「ラウデ、それどうするんだ?」
「何事も無かったら……どうしたもんかな」
 それは宮中伯妃から貰った『秋桜の種』
「燃やすのも悪いから、取っておくか。死にそうになった時に一緒に考えようぜ」
「それは俺とお前は死ぬ時まで一緒にいるってことか? サンティリアス」
「当然だろ。何のために命懸けで助けたと思ってんだよ」
「そりゃどうも。じゃあ、これからはもう少し慎重にならないとなあ、そうそう捕まってるわけにもいかないし」
「おう」

タースルリの乗組員の四人が王妃と皇君になった親子に会う事は二度となかった

**************

− 奴隷になった貴方に −

 列席者の席で一人、空を見ている宮中伯妃に傍に近寄ってきたゼンガルセンが声をかける。
「あそこ在る宇宙船が見えるのか?」
「見えません」
「ならば何故、仰ぎ見る?」
「あそこに居るはずなのです……私の好きな人が」
「成る程な。だが、そんな事はどうでも良い。お前が誰を愛していようが、我には何の関係もない事。我の妃になる用意は出来た、さあ書類にサインしろ」
 ゼンガルセンの指示に従い、書類ケースを開き此処で書くようにとゼンガルセンがペンを差し出す。それを宮中伯妃は受け取り、


− 我を甘く見るなよ 宇宙の果てまで その男を探し出して 引き裂いてやる!
− 関係ないってあなた自身が言ったでしょう?
− 煩い! 我に指図するな! 奴隷だろうが何だろうが 探し出してお前の目の前で引き裂いてやる!
− やめてよ! あの人はもう私とは関係のないよ! リスカートーフォン公爵
− お前は何時もそうだ。一度たりとも名を呼んだ事も
− じゃあ、何度でも呼ぶわよ! ゼンガルセン! ゼンガルセン! ゼンガルセン=ゼガルセア!
− 止めろ!



「解りました……あの子が再び私の子になってくれるなら……望む物は……」

− サフォントを殺してよ! あの子を! あの子に! サフォントを殺してよ!

「ありませんから」
 サインをした。
 その書類の中には息子との養子縁組に関するものもあった。
 それを見て彼女は今日初めて微笑む。
「そうか。では我について来い。リスカートーフォン公爵として参列してやらねばならぬからな」
 宮中伯妃はその腕に手を添えて、皇帝と息子が立っているバルコニーへ、帝星が震えるような大歓声を受ける息子の背後に立つためにと向かった。夫である王になる男と共に。


銀河帝国第四十五代皇帝サフォントの挙式。偉大なる皇帝の隣に立った正配偶者の異母弟。それが、ゼルデガラテア大公エバカインが人前に皇族として現れた最初の出来事である





− 皇君エバカイン・歴史の表舞台に登場した前後の物語 ・ 終 −






貧乏だったわけじゃない
ただ、他人を敷地に入れるのが怖かったの
息子を取り上げられてしまうのではないかと
だから、人の手を借りないで生活していた
疲れたわ
確かに疲れた
家の手入れは大変だった
居眠りしたことがあったの
椅子に座ったまま、テーブルにうつ伏せて
そしたらね、あの子タオルケット持ってきて、かけてくれたの
かけるまでの行動が、椅子からテーブルに上って
そして頭からかけるから、煩くて気付いていたのだけれど
嬉しくて、嬉しくて


『そーっと、そーっと』喋りながら

それからよく、居眠りしているふりをした
そのたびに息子はタオルケットを引き摺ってきた
徐々にかけるのが上手になっていった息子
十三の時かしら
居眠りしたふりをしたら
あの子、私を抱きかかえた
私を簡単に抱きかかえた息子の顔
下から見上げた息子の顔は
母親の私から見ても、格好良かったわ

だから、誰にも教えてあげない

貴方にも教えてあげない



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