PASTORAL −8
答:本気のようだ
下らない自問自答で自分の意識を保ってみた。別に保たないでも意識は失われないだろう、病弱に生まれ付いてみたかったもんだ。
本当は『何の?』と答えたかったが、そんな下らない返答をしてはいけないだろうと、そして……知れているだろうから
「ありません」
正直に答えておいた。前の結婚の際に事細かに調べられて、この二年間の事も調べられているのだから今更嘘を言っても仕方ない。
その後夕食となった。小さなテーブルで向かい合って兄上とお食事……
「顎の調子が悪いのか?」
「え、ええ……はい」
顎外してて良かった! 実際食が進まないのは兄上が目の前におられるからでして……。優雅なテーブルマナーで、綺麗に食べていらっしゃるのに、何故『生きている人間を切り取って、食している』ように見えるのだろう。
「医師」
兄上、お心遣いは嬉しいのですが。俺はとにかく食べる事にした、食べなければ食事が終わらないのだから……。
食事はまず食前酒のベルモットを傾けて、前菜の魚介類のマリネサラダ、一皿目の料理がリゾット、二皿目の料理がステーキ、俺はサラダを追加した。
その後ワゴンで運ばれてきたデザートを選ぶ。俺は蒸しプリン、兄上は桃……皮付いた桃が選ばれると、給仕が手袋をしたまま桃を手剥きするんだが……見事なモンだ。俺なんかは一人だったら丸齧りだけど、皮付いたまま。
そして最後に食後酒、酒というかリキュールコーヒーが主。俺はオレンジリキュールを混ぜた生クリーム入りのコーヒー。兄上は、香りからして薔薇酒入りで、ご自分で蜂蜜を入れてらした……何故、水にはあの苦いのを入れて、コーヒーは甘くなさるのだ? ご趣味だし、ご嗜好だから良いのだが……気になる。一生尋ねる事はないであろうが、気にはなる。
料理の正式名称はもっと長く、名称がカードに書かれているが細かい事は気にしない。リゾットも何とか茸と何とか米と何とかチーズの……覚えられる訳がない。
食事の途中に、帝星に戻ってくる途中の話を少しした所、気に入ってくださったようだ。
微笑まれているらしいのだが、顔が怖くなるだけなのは何故だ……が、我慢、我慢。
「テルロバールノルのフルコースは気に入ったか?」
「はい」
今日の食事は、本来ならば一緒に食事を取るはずだった皇后、テルロバールノル出身の王女用。
通常皇帝は、配偶者と共に食事をする場合、相手の星域の料理を共に食べる。相手に気を使っているのか、それとも……一緒に食事をしたくない場合の逃げ手段なのか? 他三星域と宮廷フルコースがあるので、それを食べたいと相手の元に来ない事も可能だ……そこは定かじゃない。
因みに兄上の父帝(俺の父親でもあるのだが)彼は皇太子時代から死ぬまで、ケシュマリスタ料理だけを食べさせられていたとか。
俺としては宮廷フルコースとは違うが、料理がマズイという事はないので俺としてはどのフルコースでも好きだ。……一人で食べられればもっと楽なんだろうが。
食後は俺が苦手なお手入れの時間。お手入れってのは、手足の爪や髪の毛や、眉毛などを整える事だ。
貴族でもそうなんだが、爪とか自分で切ったりしないんだよな。だからそれ専用の者達に切らせたり、整えさせたりする。俺は触られるとくすぐったくて仕方ないので、爪は自分で切っている。髪は面倒なので短髪を許可してもらった。短髪は何処に居ても必ず帽子を被らないといけない決まりなのだが、毎日髪を一時間梳かれたりするよりはマシ。
「早いな」
「え、ええ……」
兄上がなされているので、俺もやるように命じられた。自分で出来るからと……爪は昨晩整えた、陛下の御前で爪が不揃いに伸びていたり磨いてなかったら失礼だから。手袋着用なので見えはしないのだが。髪は短いから、ブラッシングをすれば終わり。
兄上のように膝まである髪に栄養剤を塗ったり、コーティングをかけたりをする事はない。それにしても怖い……髪が真赤な髪が広がっている様は、普通のホラー映画では太刀打ちできない怖さであらせられる。百tの生血を使ったって、兄上の髪の前には色褪せるであろう。匂いは勝つかもしれないが、それでも見た目の恐怖心は……。これ以上考えてはダメだ、俺! 不敬だ、不敬! 考えを変えるんだ!
「面倒ではないか? 自分で手入れをするのは」
兄上は足の爪を切らせながら、アカペラを聴いている。お手入れの時間は長いので、歌手に歌わせたり楽団に奏でさせたり、朗読させたりと優雅な時間を過ごすのが基本。
「いいえ……苦手でして、触られるのが。指の腹などをつかまれると、笑いながら逃げたくなります」
今は心の底から逃げたいが。
「髪は? 伸ばせばさぞや美女皇后に似るであろう」
美女皇后と言われるロガ皇后(俺の第三名でもある)奴隷階級から迎えられた女性で(それも全四大公爵と皇族の方から請われて)琥珀色の瞳と真直ぐな色の薄い金髪が特徴的だった方だ。
今から八代ほど前の皇帝シュスタークの、たった一人の正妃だった方。皇帝や皇統、四大公爵は左右の目の色が違うのが原則なので、両目が同じ色をしている俺は目立つ。
街中だと目立たないのだが、大貴族の中だと……まあ祖先の血が俺の所で現れたらしい。色彩的にロガ皇后と同じ、あちらほど繊細で嫋やかではないが。実際嫋やかだったのかどうかは知らないぞ? 皇后元は墓守だったから。
「髪はその……耳を触られるのが嫌いでして」
「子供の頃からやらせておかねば、慣れぬのかもしれぬな」
長い髪が顔に掛かっている兄上は、素で怖い。皆見ないようにして作業しているもんなぁ……尊敬する。
その後特に何もなく……夜伽用の薬(男性用)を飲んで、寝た。22:00に……早すぎないか? と思ったのだが
「寝るぞ」
兄上がベッドに入り、ポンポンと隣を叩く。
「其方に」
「まだ抱くわけではない、安心して眠るがよい」
兄上が隣にいて、安心して寝れるわけがない……怖いんです、この白色のシーツに広がる濃い赤髪がっ! 少しばかり身動きした所
「寝られんのか?」
「早く寝る方ではないので」
「睡眠吸入器」(気化した睡眠薬を吸う。物凄い効きがいい)
「大丈夫です! 寝ます! 寝られますので!」
目を閉じて、羊を数えた。数えている途中に、あの農家で羊に追われた事を思い出し(農家で羊なのは秘密だ)……元気にしているだろうか、彼等。
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