PASTORAL −20
室内移動用円盤艇に乗って、二人はオペラを観に向かいましたとさ(誰に向かって言ってるんだ?)
普通はこれに乗って宮殿を移動するのは、高齢になった皇帝陛下とかそういった類で……二十代の軍人が(予備役のようなモンだが)乗って移動するもんじゃない。
だが俺の身体が遂に悲鳴をあげたってか、笑いだした。膝は笑うし、腰は立たないし、脚は生まれたての小鹿のように震えてるし(生まれたての小鹿見たことないけど)……そんな訳で、使用させていただきました、兄上と一緒です……怖っ!
兄上は全く平気でいらっしゃいますが。
今日は14:00から19:00までだそうです。日中の場面を演じる場合は、演じる時間をもその時に合わせるのが流儀なんだそうだ、詳しくは知らんが。
俺は椅子に気をつけて腰をかけた。
あの時、熱いといったので、兄上が一番熱が残っている箇所に、グラスに入っていた氷を入れて……。確かに直腸は冷えたが、その……どうしろと! 兄上の御心がわかりません!
なので一生懸命に力を入れて対応中……。
真直ぐ座るのも億劫なんだが、皇太子殿下がおいでになって(今日は皇太子殿下と正妃の顔合わせの場面だったようだ)挨拶をしてくださった。
「ゼルデガラテアは疲れておるから、着席のままだ」
「お顔の色が悪いですよ。大丈夫なのですか?」
皇太子殿下のご心配が痛いです。
「礼を取らない私をわざわざ心配してくださって、お優しい言葉までおかけくださりありがたき幸せ」
喋るのが精一杯だ、とても真直ぐ座っているなんて。
「余に撓垂れ掛っても良いぞ」
「ありがたいお言葉ですが、大丈夫にございます!」
兄上に寄りかかるくらいなら、俺は死ぬ気で五時間真直ぐ背筋を伸ばして座ってみせる! なけなしの軍人の意地で座ってみせる!
「撓垂れる事を楽しみに待っておるぞ」
何が楽しいんでしょう? 兄上。
でも兄上が『楽しみに待っておる』と言ったからには、寄りかからない訳にはいかない。俺は硬直しながら、兄上に撓垂れ掛るという偉業を成し遂げた! 誰か褒めてくれ! 多分誰も褒めてくれないだろうから、俺が自分で自分を褒めておく。よくやった! 俺!
「ゼルデガラテアは本当に軽いな。骨が細くて華奢だ」
軽くは無いと思うんですが、これでも体重80kg少々ほどあるのですが……。ただ、兄上の御相手をさせていただいてからは、徐徐に体重落ちてはいますがね(朝の計量するんだよ)
「やはり軍人には向いておりませんかね」
「才はある」
「あ、ありがとうございます!」
生まれて初めて兄上に褒められたよ……怖いが、何か嬉しいもんだな。
俺はよほど疲れていたのか……第四幕、殆ど寝てた(ごめんなさい)
勿論誰も怒りはしないが、この観客数の少なさ(俺含めて三人)のうち、一人が皇帝陛下の胸に撓垂れ掛って居眠りしてるだなんて、目立ちすぎただろう。
観たかったんですよ、うん。ただ、少し疲れていてさ。
四幕終了後、兄上の所にカルミラーゼン大公が現れてなにやら耳打ちしていらっしゃった。
「ゼルデガラテアをポッドで休ませろ。戻るが良い、皇太子」
「それでは失礼いたします、皇帝陛下。カルミラーゼン大公、ゼルデガラテア大公」
兄上の娘だなあ……と思う、綺麗で圧倒的に怖い後姿で皇太子殿下は立去っていった。兄上はカルミラーゼン兄大公と共に何処かへ行かれて、俺は兄上の私室の一室にある(私室は何部屋かに区切られている)ポッドに入る事になった。
軍用で使われる、短時間で疲れを取るものだ。精神的な疲れも脳波を計測してそれにあった音波などで解してくれる。
俺はそこに入って、この情けないほどに疲れきった身体を癒す事にした。此処で体力を回復させれば、少しは伽……マシに出来るといいな。
お、俺は……その、一体何時の間にベッドに移されたんだ? そして……横向きで寝ている俺の背中に突き刺さるこの視線。
「目を覚ましたのか? もっと寝ておればよかったものを」
振り返ったその先にいらっしゃったのは、兄上。それも赤ワインを、手酌しているお姿。に、似合わな……(失礼極まりないぞ、俺)
「あ、あの……私が注ぎます」
それに、兄上の視線を一身に浴びてたら、誰でも目を覚ますと思うな。死者だって飛び起きて平伏する筈だ“死んでいて申し訳ございません!”と。
「良い。余はこれからポッドに入ってくる。ゼルデガラテアは先に休んでおれ」
そういって兄上は、皇帝の私室に繋がる扉へと消えていった。今日は皇妃の宮で休むらしい。それに寝ていろと言われた所をみると、夜のお相手はないようだ。
「………………」
ポッドって体力回復カプセルじゃないか。それに入ってきたんだから、疲れは取れちゃってるんだよな。
「酒もらえるか?」
「はい。何をお持ちいたしましょう」
「バーボン。見繕ってくれ」
「お待ちくださいませ」
酒と、肴が数種類。物の五分もしないうちに準備された。特にバーボンが好きって訳じゃないんだが……。
酌をするといった侍女を下げて、ベッドの上で一人で酒を飲む。
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