PASTORAL −151
宇宙で唯一つの純白の戦艦・ダーク=ダーマ。
「……って言っても、ダーク=ダーマは実際七十二隻存在してるんだけどね」
サベルス男爵、子爵を見て怯みはしたが陛下より拝した命令に背くわけにはいかないので、ダーク=ダーマに乗り込む。自らの貞操と勅命では、勅命の方が大事なのは当然。
「え? でも宇宙で一隻って」
司令室に向かう途中、エバカインが二人に[宇宙に一つの白い戦艦]の内情を教えていた。別に隠していることではなく、ただ単純に事実が知られずに言葉だけが独り歩きした結果[宇宙に一つの白い戦艦]と言われるようになったのだが、実際ダーク=ダーマは七十二隻存在している。
皇帝はダーク=ダーマ専用の宇宙港を二十四もっている。皇帝は出撃する時間によって向かう専用宇宙港が違う為だ。
その二十四時間体勢の専用港一つに三つの「ダーク=ダーマ」が置かれる。
一つは、向かった先の旗艦にトラブルがあり出港できない等ということを防ぐためのスペア。
もう一つは三つのうちどれに乗るか? 解らなくする為。要するに身の安全を守る為に。
「だからさ、俺が借りても大丈夫といえば大丈夫……かな? くらいで、そのあんまり気にしないでね」
二人に緊張させない為にそういったのだが、実際は、
「お前が一番気にしてるんだろうが、エバカイン」
「うん……まあ……」
「まあ、備品とか壊してもコイツの責任になるだけだから、気にしないで壊していいからな、サラサラにサンティリアス」
「アダルクレウス!」
そんな事を言いながら五人は司令室へと向かった。
司令室で、エバカインが号令を出さない限り出港はしないので。はやる気持ちと “巨大貨物船の倉庫より大きくねえか?” 帝星に来る為に、料金を浮かせるために貨物船の船倉などに潜り込んできたサンティリアスが、驚くほどダーク=ダーマは大きい。
扉の前に立ち、手を中央部に当てて開いて、
「船長! 出港だ!」
入るやいなや、エバカインは指示を出し、船長がそれに応える。
「了解しました、皇子……いや、今は大公ですか」
「シャウセス?? 何で此処に?」
エバカインが船長と呼びかけ、振り返ったのはシャウセス。
皇子になって直ぐに赴任した先にいた、貴族。彼は彼で、ダーク=ダーマをゆっくりと宇宙港から飛び立たせた後、
「お久しぶりですな、皇子……じゃなくて大公」
「いや、皇子でいいよシャウセス。シャウセス、なんでこんなトコにいるんだ? お前は代々、衛星についてる貴族なんだろ?」
「もう皇子いませんから。ルライデ親王大公殿下が帝星警備主任の座から降りられたら、あそこでの仕事はないでしょ? 我が家は代々帝星警備主任が住まわれる衛星の管理を担当しておりますが、皇子が居ない場合に食い逸れないようもう一つ仕事を持っているのです。それがこのダーク=ダーマの船長です。まあ、七十二人存在するわけですが、私はその一人なんですよ」
知らなかった……といった表情でサベルス男爵を見るエバカインだが、
「お前知らなかったのかよ」
“俺は知ってた、お前と一緒にすんじゃねえよ” とサベルス男爵は顔に書いて返す。
“どーせ俺は……” と肩を落として落ち込しかないエバカインと、オロオロしている二人。
「で、お許しをいただいたんで皇子と呼ばせていただきますが。皇子、出発はしましたが何処へ向かえばいいんですか? レオロ侯爵領くらいになると領地も星系別にあちらこちらにあります。陛下がワープ装置を自由に使ってもよいとのことでしたのでガンガン使って行きます。これから最も近いワープ装置設置区域に向かいますが、先に移動軸を入力させさせておいた方がスムーズにいきますので、どの星系に……どうしました皇子」
「えっと……レオロ侯爵って……誰?」
「お前は何処に行くつもりで陛下の旗艦を動かしたんだよ!!」
サベルス男爵に襟首つかまれ揺すられる皇子の姿に、
“男爵は、この皇子が天然だって事知ってんだろな”
サンティリアスはそれを感じ取った。その時サラサラは、
“皇子様って首が強くないと……むちうちになるよね”
揺す振られぐるんぐるん首をまわしている皇子の姿に彼女は思った。それ以外思いようはないのだが。
「サンティリアス ヒュム、キュワイト サラサラ・ベルモティア。両者、向かう先を特定するに必要と思える情報を、提示しなさい」
首を揺す振られている皇子と、揺す振っている男爵の隣で、子爵閣下が二人に問う。[キュワイト]は平民の意味で名前の前に付き、[ヒュム]は奴隷の意味で名前の後に付ける。
このように話しかけていいのは、皇族や王族に縁のある人だけ。ゼンガルセン王子の従姉であるナディアはその権利がある。
「はい! 捕まった一人の男は軍警察に所属しておりまして、その男が “ウライジンガが飛ばされた第200577警察署だ” と言っておりました。ウライジンガが何者なのか、本当に第200577警察署なのか? 誰かが騙っているのではないか等の事実確認は出来ませんでした。何分不確かな情報ではありますが、これ以外は全て先程大公殿下にお伝えさせていただきました、エヴェドリットヌーグ」
そう言って頭を下げる。
サンティリアスは伊達に裏取引にまわされた訳ではない。ヒュムと言ってきた相手の目の色と正装の型と色彩から相手がどの程度の王族なのかを推測できる知識を持っている。下手をすれば、その能力はエバカインよりも高いかもしれない。
……比べるのがエバカインでは、最低ラインなのだが。
脇でサベルス男爵がサンティリアスの過去データを引き出し “こりゃ裏取引に連れて行かれるわ” と納得して “ほけ?” とした顔で眺めているエバカインの耳元で、
『ヌーグってのは身分の高い相手が名乗る前に身分の低い者が声をかける際に使うんだよ “エヴェドリット王家縁の高貴なお方でいらっしゃいますね。お名前は解りませんが、高貴なそのお姿で解ります” って』
教えてやるも、
『でもさっきからカザバイハルア子爵って言ってから、名前知ってるんじゃない?』
返答は相変わらず間抜けであった。
『ばーかー。奴隷が突然カザバイハルア子爵閣下って言えるか、ボケ。お前よりあのサンティリアスのほうが貴族に接するの上手いな』
ナディアもサンティリアスの態度とはっきりとした言葉に、それが信じるに足りると判断を下し、彼女の頭のなかにあるレオロ侯爵領をざっと描き出し、それに最も近いエヴェドリト領をはじき出す。
「大公殿下、エヴェドリット領ルベタルト星系デファイノス領に向かうのが良いと思われます」
第200577警察に捕らえられた者達が連れて行かれた場所が何処なのかわからないが、管轄外には出ていない事は確かだ。第200577警察がうろつきまわるレオロ領の隣はエヴェドリットのデファイノス領で、そんなのがうろうろしていれば報告が直ぐに来る。
隣接する他王族の領地に入りそこで詳細を調べ上げ、一度の強襲で決着をつけるのが必要だ。もしも間違った所に攻撃を加えても、エバカインの身分上何の刑罰も与えられないが、相手に警戒心をいだかせてしまい、捜査が困難となる。
「は……はは……はい。あの……シャウセス、先ずはカザバイハルア子爵閣下のご命令通り、デファイノス領に向かってくれ」
「了解いたしました」
時間がないので先ずは進める事に重点を置き、それから理由を尋ねる。
「宜しければ理由をお聞かせ願いたいのですが、カザバイハルア子爵閣下」
そう命じられたナディアは一礼すると、
「先ずは指揮官席にお座りください、ゼルデガラテア大公殿下。貴方が我々と共に立っているなど、どう考えても可笑しいですわ。さあ、同じロガの名を持つものとして、ダーク=ダーマの指揮官席におつきください」
エバカインの “ロガ” の名の元になった皇后ロガは生涯一度だけダーク=ダーマの司令官席に付き、全軍を預かった事があった。
ナディアはエバカインと同じ名の皇后を出し “皇君であらせられる貴方も座られると宜しい” なる意味を込めたのだ。宮殿で使われる迂遠な言葉。ダーク=ダーマにいる以上、宮殿と同じような言葉遣いであり態度をとる事は当然なのだが、
「あ、でも……あ、じゃあ」
肩をすぼめて座ったエバカインには、その遠まわしな表現は全く理解できなかったのは説明するまでもないこと。
「もっと堂々と座られてくださいませ。ロガ皇后は軍事を知らずとも堂々と座ったのです、貴方は軍事が何たるかをご存知であらせられるお方。もっと堂々とそこにあられよ、大公殿下」
ナディアにそう言われて、困ったようにしているエバカイン。
“いや、だってロガ皇后は皇后だったわけでして……俺はただの大公なんで……”
エバカインが皇君であるという事は、ゼンガルセン王子に近いナディアには直ぐに知らされていた。事実をありのままに受け入れるナディアは、それを問い返すでもなく受け入れた。
隣で聞いていた弟が混乱しているのを殴るくらいの余裕を持って。
”陛下らしいといいますか、陛下は両刀でいらっしゃいますから、宜しいんじゃないんですか”
過去の愛人の一人は、堂々としたものだ。
余談だが、ロガ皇后は指揮官席に座った時、まだ皇后ではなかった。それから考えれば、身分といい既に皇君になっているエバカインがの方が格は上となる。
ただ、自分が皇君であるという事実を知らない当人には、何の意味もない事ではあるのだが。
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