PASTORAL −142
− もう 行きなさい 貴方が本当に待っていなければならない人の所に

え? まだ此処にいるよ

− 早く 行きなさい 遅れては駄目でしょう?

でもさ……

− いいから! とっとと行けって言ってるのよ! 言う事聞けないの! ちょっと―――さん 送り届けてくださらない

―――さん? って誰! 羊??


うああああ! 俺! なんで羊に追い回され! 何で!





− 皇君エバカイン・歴史の表舞台に登場した前後の物語 −



 帝星ヴィーナシア。
 白亜の大宮殿・バゼーハイナンが半分以上を占める銀河帝国の首都惑星。
「……そうだ。後は任せた」
 貴族に絡まれていた奴隷男性と平民女性が保護され、警察署へと連れてこられた。平民女性を暴行しようとした貴族、それを阻止しようと抵抗した奴隷男性。
 貴族の方は五名ほど連れ歩いており、奴隷男性の抵抗は抵抗の形を取っていなかったが、そこに軍隊が現れた。
 警官ではなく、軍隊。憲兵隊などという生易しいものではなく、武装した装甲兵の一団。それも帝国軍ではなくエヴェドリット王国軍。
 彼等、彼女等は貴族の部下五名を蜂の巣状にして殺害し、呆然としている貴族の髪を掴んで引き倒す。
「我等の殿下の叙爵式前に下劣な騒ぎを起こすな。それとも我等の公爵殿下の叙爵式、汚すつもりか」
 明日、彼等の新当主が正式に「新公爵」に叙爵される。
 ガーナイム公爵ゼンガルセン=ゼガルセアがリスカートーフォン公爵ゼンガルセン=ゼガルセアとなる大事な式典。
 その式典前に騒ぎを起こすなと、新公爵となる男の部下達が帝星を完全武装で見回っている。その数は帝星の警察官全てよりも多く、装備は前線配置の兵士と同等。
 他の同格公爵、所謂[四大公爵にして王]の二名は、あまりの武装集団の多さに不快感を露にし、皇帝に『エヴェドリット軍を引き上げさせた方がよろしいのではないか』と言上する程。
 だが皇帝は「軍はリスカートーフォンにとって最高の装飾であり、最も堅実な忠誠の証。リスカートーフォンが他家と同じ数の軍を率いて式に臨むのは、滑稽だとは思わぬか? あのエヴェドリットが他家と軍隊の足並みを合わせるなど、エヴェドリットではなかろう。そう思わぬか、ケシュマリスタ王よ」
 一人異議を唱えなかった、四大公爵筆頭ケスヴァーンターン公爵にそう声をかける。
「はい」
 来年に退位の決まった公爵は、皇帝の言葉に同意する。

*************

「ヒデエ怪我だが。何かツテとかあるのか?」
 奴隷男性と平民女性を助けたエヴェドリット軍は[被害者の二人]と、
「署長を出せ! 私は伯爵だぞ!」
 [加害者の一人]を警察署へと運んできた。
 二人は警察で、取り敢えず治療をされていた。この二人が連れてきた理由は、奴隷男性が「違法行為」を働いていた為。
 奴隷の別支配星系間移動は許可されなければ違法。
 奴隷男性は「ケシュマリスタ奴隷」でありながら「帝国支配領」に居る。それだけで違法行為であり、奴隷は自らそれを「軍隊に告げ」
『警察に連れて行ってくれ。第23警察署に!』
 腫れた顔を確りと上げながら、言い切った。
 隊の責任者は、その顔の腫れた奴隷に名を尋ねる。政変前に情報部に在籍していた彼は、知性を感じさせるその目に見覚えがあった。だが顔が腫れていて、人相が全く違っているので別人にも見える。
「貴様の名前は」
「サ……サンティリアス」
 その名を聞いた責任者は、本部に連絡を入れた。
[どうした? 昔の部署が懐かしいのか? 折角ガーナイム公爵殿下の登極で此処から出られたってのに]
 情報部に未だ在籍している元同僚が、茶化すように声をかけてくる。
「誰が。一日中座って情報を追う作業なんて、重要であってもやりたくない。おい、前に追跡調査したの覚えているか? 非公開の皇族関係情報で……陛下の前回の御成婚に関する、現大公殿下の追跡」
[当時の宮中公爵を運んだ奴等の追跡調査の事か?]
「そうだ」
[それがどうした?]
「いやな……この映像。殴られて顔が腫れてるが、基本骨格は変わらないだろうから照会してくれ」
 男はサンティリアスの顔と全身を撮影して送る。そのデータを受け取った元同僚は[私用]のボタンを押した後、照合を開始する。
 軍閥として有名なエヴェドリットだが、その武力を最も効果的に使用する為に、情報収集を欠かす事はない。特に新公爵となったゼンガルセンは、その位を父親から奪う為に王国中に自分の情報網を張り巡らせていた。その彼が新公爵となり「ゼンガルセン王子の情報網」はそのまま「エヴェドリット王国の情報網」となった。
[……ああ、あの時の船員の一人だな。隣の女も同じだ。どうかしたのか?]
 既にデータベース化されていた「非公開」情報を、音声で告げる。
 非公開情報は上位階級以外は、映像として見る事はできない。それと照合する間には必ず人が入る。暗黒時代以前に、完全自動機械制御化されていたが、それが逆に全ての記録を失う原因となった。
 その為「機密保持」よりも「機密保管」を重要視し、人が介在するシステムに戻ったのだ。
「いいや。ありがとうよ。私用報告一緒にと、情報局長の方に連絡入れておいてくれ。もしかしたら……」
[了解した]
 ゼンガルセンの配下が全て賢いわけではないが、少なくとも帝国領に伴い、帝星に降りることを許可された兵士に愚か者は少ない。
 ろくでもない兵士かそうではないか? それを選べるくらいでなければ、王など務まらず、その程度の事が出来なければ「史上最高の名君」と謳われる男に勝負を挑む権利はない。
 その彼等・彼女等は得た情報を前に即座に結論を出す。

「23警察署」と「非公開情報」

 両方を繋ぐのは「ゼルデガラテア大公」
 皇族となるまで、いや皇族となってからも歴史の表舞台に現れなかった「帝国騎士・エバカイン」その人以外はない。
 彼が帝国騎士の能力を有していなければ、ここに居たエヴェドリット軍の兵士達は何も感じなかっただろう。そして此処に来ていたのがエヴェドリット属でなければ、サンティリアスの頼みは聞き入れて貰えなかったに違いない。
 前回の会戦の戦いぶり、そして次の会戦で彼等の “王” の後方支援につくと決まっている大公。
 “強さ” を重要視するエヴェドリット軍内では、近衛兵団級の身体能力と帝国騎士の能力を所持するエバカインを、カルミラーゼンやルライデよりも上に見る者も出始めていた。
その大公と関係のある奴隷。
 解りやすい尊敬に値する強さと、次の会戦の利害関係。兵士達はその奴隷の頼みを聞くことにする。

「後の事は第23警察署の方に任せるか。俺達も忙しいからな」
「血飛沫と肉片だけになったそいつらも片付けさせるか」


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