PASTORAL −101
 ……何故にお兄様! 俺の胸の上に頭を乗せていらっしゃるのですか! 俺は今寝ている、そして一緒に寝てくださったお兄様なんだが、何故か頭を俺の胸の上に。
「お、お兄様?」
「起こしたか」
 顔をあげられたお兄様は、その獲物を狩るような目付きと言いますか何と申させていただいたらよろしいのやら。
「何か?」
「そなたの心音を聞いておった。か細くて気になるのでな」
「ふ、普通かと……」
 どう考えても元気な心臓ですが? 確かに昨晩もお相手をさせていただきましたが、お兄様は御優しく全部入れませんでしたし。どうぞ、ご自由に使われて結構なんですが。
 でも……最初にお相手をさせていただいた際に、思いっきり心停止いたしましたが……それは忘れてくださいませ、お願いですから記憶の闇に葬り去ってください。
「前に、そなたの心臓を停止させて以来、カルミラーゼンが煩くてな。毎回心電図を送って寄越せと」
「平気ですが」
「余が言っても信用せん。そなたから伝えておいてくれ」
「は、はい! では今すぐにでも!」
「宮殿に戻ってからで良い」
 そう言われるとお兄様は再び俺の胸に耳をつけて心音を聞かれる。
 でも……宮殿に戻ってからって……。宮殿に戻れば後は残り三ヶ月、この手の関係は断って御成婚に向けて色々な儀式が行われる期間になる。要するに俺の伽も終わりって事だ。
 お兄様のお相手務めるのも終わりか。大役から降りられてホッとするのと、残念なのが交錯するな。お相手自体は確りと務まらないから嫌ではなくとも苦手意識があるんだが、こうやってお兄様と一緒に寝ているのは好きだったな。
 最初は怖くて気失ってたが、慣れて来たら何となく平気になってきたよ。
 もうじき最後になるわけだから、精一杯お仕えさせていただこう。
 それにしても……
「そんなに心配になる程のモノでしょうか?」
「弱い、余に比べればではあるが。もっとも余は心臓が二つほどあるので、そなたより強く打つ」
 あーそういえばお兄様の心音は、確かに凄いなぁ……と思っておりましたら、そうだったんですか。
 俺の心臓の倍以上に高性能な心臓を二つもお持ちのお兄様からしてみれば、確かにか細いかもしれませんね。結構頑丈なはずなんですが、心臓。……いや、頑丈ですよ。だって、一応帝国騎士になれるくらいの心臓ですから。
 お兄様、余程この『頼りない心音』がお気に召したのか、暫く聞いていらっしゃいました。幾らでも聞いてくださいませ! こんな心音でよければ!
 結局、昼近くまでそうしてた。途中で食事を持ってきて、ベッドの上で食べて。俺、お兄様を堕落させているような気がします。
 お兄様とお話していると、話の流れ上なのか何なのか? ズボンを脱いで思いっきり全てをお兄様が! 両足持ってかなりじーっと観てらっしゃいます! そんなに観られたら穴開きます! 元々開いてはおりますがっ!
「なんか! 向きでありあましたか! そこ!」
 思わず訳の解らない事を叫んだんだが、お兄様は普通に言われた。
「全く。そなた、後は適しておらぬ」
 アレは繊細で、アレは飲みやすいけれど、ココは駄目ですか! 全く役に立たないで申し訳ないです。『向き』と言われたりしたら、それはそれで微妙なモンですが、その役を拝命しておきながら向きじゃないのも……。
 そう言えば上級貴族には、後がそれに適している方が結構いられると聞きましたね。
「その分注意が必要だ。薄氷を割らぬように触れる、それはそれで楽しめる」
 お兄様がお楽しみになれるのでしたら、どうぞ。結果的に良かったのかもしれないな。
 上半身も捲られ、触れられた時に入り口扉を戸を叩く音がした。
 今日まで戸を叩く音なんか一度もなかったから、驚いて身を起こす。
「誰でしょう?」
「来たか」
 その声は、皇帝陛下の声。恐らく何かが来た。
 俺は急いで起き上がって服を着ると、立て掛けて置いていた銃を持って兄上の後に立つ。
「準備はよいか。ゼルデガラテア」
「御意」
「入れ」
 入ってきたのは、ゼンガルセン王子の代理で皇帝陛下の警護責任者を任された、カザバイハルア大将閣下の弟君のダーヌクレーシュ男爵。
 彼は笑顔でお兄様に告げた。
「リスカートーフォン公爵が殺害されました」
 彼の伯父、彼にとって主家の当主である筈の人物が殺害されたのにこの笑顔。もう……
「首謀者は」
 お兄様は問い返した。でも知っている、知っていられる。
 もう、聞くまでもない事だ。目の前の男爵が、そして彼等が ”当主” にと、望んだ男が殺したんだ。

「プランセ・ガーナイム・ゼンガルセン=ゼガルセア・ナイサルハベルタ・アーマインドルケーゼアス・サフィス・エヴェドリット」

 多分、アウセミアセン王子ももう居ないだろう。こうなる事、お兄様はご存知だったんだろうな……
 お兄様と俺は帝星に急いで戻る事になった。
 急いで戻るのには理由がある。ゼンガルセン王子が攻めてくる可能性があるからだ。ゼンガルセン王子が『王』になる為に、もう一人障害になる人がいる。
 姉のエリザベラ=ラベラ。
 彼女はクロトハウセの妃になっているが、王位継承権は失っていない。現時点ではゼンガルセン王子よりも王位継承権は上。だから、彼女を殺害しに来る……筈だった。
『クロトハウセ親王大公殿下が、妃に毒を盛られました』
 その連絡が入ったのは、帰途について直ぐだった。クロトハウセは助かったらしいが……このタイミングで何故、彼女がクロトハウセに毒を盛るのか? 有り得ない。
 彼女を、自分自身を守ってくれる可能性のある夫に毒を盛るなんて考えられない。現時点において帝星でただ一人、ゼンガルセン王子に対抗できる権力を持つ夫『帝国軍元帥』に毒を盛るなんて考えられない。
 だとしたら、それは謀られた事だ。誰が……
 幾らゼンガルセン王子の手が長くとも、伸ばした手如きにクロトハウセが遅れを取るとは思えない。
 俺は気付いてる、クロトハウセが毒と知りながら飲む相手。それが何を望んで、誰の希望であるかを。
「エバカイン」
「…………」
 お兄様は俺を抱き寄せて、はっきりと言われた。
「毒を盛ったのは余だ」
 そして俺は全部聞かされた。何が起こったのか、何が画策されていたのか、そして俺の行動の意味も全て。
「さきに……教えて……おいて、いただきたかった……です」
「無理だ。お前は顔に出やすい。また再び、このような事があったとして、そこにお前の役があったとしても、終るまで教えはせん、エバカイン」
 泣きながら、俺は頷いた。解ってる、解っているんです。

俺が兄上から預かって、クロトハウセに渡したワインに毒が仕込まれていると教えられたら……俺は渡せなかった。そして、誰も解らない。クロトハウセが毒入りだと知りながらそれを受け取り、そして躊躇わずに飲んだ事も。

「泣くなエバカイン。余はそなたに泣かれるのが、何よりも困るのだ」


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