PASTORAL − 98
本日は朝から “かまくら”を作成中。
かまくらってよりかは雪ドームだけど……お、お兄様……その、あの……スコップ似合わないです……。お兄様が肩にスコップ(軍用)を担がれているお姿は、最早伝説と言っても過言ではないかもしれません。何伝説か? そう聞かれると困りますが。
俺はお兄様とご一緒にかまくらを作成した訳だが、全く役立たず。
お兄様がもしも雪山でラッセルなされるのでしたら、雪崩が迫ってきていても大丈夫のような気がいたします。速度が違います、雪を投げるスピードが! お兄様のお力で出来上がった宇宙で最も高貴に違いないかまくら。かまくらに高貴も低俗もあったものではないが、とにかく高貴なかまくらと表現させていただこう!
二人で中にはいると……寒いような気がしますね。いや、だって! 広いんだ! お兄様が立って移動できる程の大きさだよ! かまくらってよりか、やはり雪のドーム。
それにしても手際がいいよな、お兄様。
「子供の頃に三大公と作ったものだ。ルライデは良く埋まっておった、カルミラーゼンの雪原落とし穴に。カルミラーゼンはそれが好きでな。よく雪を掘って氷柱を穴の底に逆さにして立てておった。あれはトラップを仕込む時が最も輝いた笑顔であった。笑顔が良すぎて、何をしているのか直ぐに解ってしまう可愛い弟でもある」
危険ではないのでしょうか? 皇子というのは……俺が思っている以上に普通の生活をなさっていらっしゃるのかも知れませんね。……普通? じゃないか。
いや、でも仕込み氷柱は如何かと……。その、それを仕込んでいる笑顔が良く、且、可愛らしく見えるお兄様には……“兄”というのはやはり、お兄様程の度量がなければ務まらないのでしょう。
「気に入ったか? エバカイン」
「はい!」
とか言ったら、お兄様突然雪の上に座られて、
「雪山でやる事と言えば、裸で温めあいであろう」
絶対違います! 全力を挙げて拒否いたします! だって! 俺だって高度200〜300mから飛び降りても平気なわけですから、この程度の寒さは寒さとも思いませんよ!
「寒いのでしたら、ログハウスに戻りましょう!」
当然お兄様だって、全く寒くはないでございましょうに!
それにログハウス、すぐそこです! 寒いのでしたら! 汗かかれたのでしたら戻りましょう!
「そう言うな。折角作ったのだから」
うあぁぁぁ……こ、此処で温めあうのは決定事項のようだ! そ、そうですね! お兄様の決定事項に逆らうわけにはいきますまい! ですが!
「でしたらお兄様! 私の上に乗ってください! 座ってください! 温まってください!」
お兄様を雪に直接触らせて、自分がその上に居るのは都合が悪いので。どうぞ! 勢いよく仰向けに転がって……俺の上……? 何か、変な単語を言ってしまったような。
「そなたらしい、元気な誘いだな」
「誘ってません! ただ、ただ!!」
「冗談だ」
「そ、そうですか」
あー吃驚した。全くお兄様もご冗談がお好きな方だ。
「起き上がれ。座って話をしようではないか」
そんな訳で、座ってお話を……お話と言っても、難しい国家論とかを……正直、耳にも入ってきません難しすぎて。ああ、何か雪の上に座り感じる尻の冷たさが、学校で補習を受けている気分に……いや、補習受けた事ないけどな。
だって補習は有料だから、母さん怒るの目に見えてるし。
そして決してお兄様のお話が難しいのではないのです。俺の理解力が乏しいだけで……銀河帝国でも稀な頭脳をお持ちのお兄様にとっては、幼少期に学ばれた帝王学の初歩らしいのですが、俺には全く理解できません。
今俺は、底冷えする寒さの中で『誘いました、お兄様』と言っておけば良かったな、そう後悔しております。いや、為になるお話なのですが。どうにもこうにも、聞いている俺にはそのありがたさを理解できないものでして。お兄様のお言葉を理解できないのが、切ない限りでございます。
「どうした?」
「いえ……ちょっと、寒くなってきまして」
自分の頭の悪さに尻と背筋が凍りそうです。
「戻るか」
「いいえ。もっとお話ください」
その寒さではなく、自分の理解力の乏しさに何となく隙間風を感じるのです。
あれですね、身分の差などで感じる相手との違い、それと似たような『頭脳の違い』
生まれや育ちの差も悲しいですが、知能や知識の差も寂しいです。どちらも会話が上手く続かなくて。
「ならば余の上に座れ」
そういってお兄様は太股の辺りを叩かれました。
「そ、それでは」
もう、どの方向でも緊張する。
「もっと力を抜け。全体重を預けても平気だ。そなたは軽い」
「さ、さようでございますか」
ああ、居心地悪いな。温かいけど……硬い。お兄様筋肉質でいらっしゃいますからね。
「つまらない話をしてしまったようだな」
「そんな事ないです! その! とっても役に立ちました! ちょっと理解力が足りないだけです! お兄様のありがたい言葉を、今宵から反芻して寝ます」
「寝せぬと言ったら」
「……」
多分、間違いなく忘れるなぁ……。俺も殿下の事を言えた記憶力ではないです。
「それほど堅苦しく覚える必要はない。そなたは皇帝となる事はないのだからな。そなたは永遠に余の元で、余だけに仕えるのであるから」
「えっ……あ、あの」
婿に行かなくていいんですか! ……ああ、あんまり役に立たなかったもんな、婿に行っても……そうですね、俺を婿に出しても無駄な歳出が増えるだけですよね。
婿に行く以上、支度金をお兄様が持たせてくださるのですからして……役に立たなかったなあ、前回の結婚。大体、何の目的で結婚させられたのかも良く解らなかったんだが。
今までの事を考えれば、国庫の負担を軽減する為にも、俺なんぞ飼い殺しにしておくのが最良でございましょう。また結婚するとなると、歳出が。大公だから前回よりもっと上がるのか、兄上から頂く持参金。
……やっぱり婿に出さないでください! もっと違う事に国費をお使いください!
「どうした? 余の元に居るのは嫌か」
「そんな事ございません。お兄様のお傍で仕えられる事の何を厭いましょうか。お傍で仕える事、それがずっと望みでございました」
「仕えているだけではない。余の最も近しい身内である事も忘れるな」
「その優しきお言葉だけで充分にございます」
昔、一人で空回ってたのが恥ずかしくなるくらいだ。お兄様、御優しいな。失礼な事を思っていて申し訳ないです……あ……なんか、泣きそうになってきた。お兄様の手を握って、それに顔を押し付けたら。
「そなた、余と話をしておると口調が固くなるな。余の口調に引き摺られておるのだろうが。二人きりの時は、もう少し砕けて言えぬか? あのサベルスといる時のように」
「ぶっ! ア、アダルクレウス……ですか?」
一瞬にして何か全てが吹っ飛んだ。
「そうだ。サベルス男爵アダルクレウス・ハルテメロウセウ・サンレスサアーサの事だ」
ひいぃぃ! よ、よくアイツなんかのフルネームご存知ですね! さすがでございます! ですが! その! お兄様に対しアダルクレウスと同じような言葉遣いをするなど、銀河帝国に住む人間として、してはならない事かと。
「少し砕けたくらいでいいですか?」
お兄様に普段喋りするのは難しいです! あの難しい帝王学(の初歩)をマスターするほうが、どれ程楽か……で、でも頑張ります!!
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