ALMOND GWALIOR −72
 空の椅子を気にしながらも式典を終えて休憩室に戻ると、アロドリアスが父公爵からの火急の報告をカルニスタミアに伝える。
「兄貴が連行されただと」
「はい。なんでも奴隷に関してとか……」
 ローグ公爵の息子には 《皇帝の奴隷》 の存在は未だ伝わっていない。
「儂の失態か。解ったお前は下がれ」
 カルニスタミアは自分が皇帝の奴隷に触れた事が原因で、兄王が投獄された事は理解したが、それ以上のことは口にはしなかった。
 正妃はほぼ確定した奴隷だが、まだ語るには早い。何よりも、

『ナイトオリバルド様』

 新緑の葉の中で笑う顔の崩れた奴隷が 《愛おしい》 皇帝を止める為に記憶を行き来させた結果、カルニスタミアの中に皇帝の募る思いが残り、それが消える事なくゆっくりと育つ。
「ライハ公爵殿下、注文の品が」
「ああ」
 兄王の元へと向かう為に、文句を言われないよう正装を整えていると、注文していた品が届いた。
 日付を思い出し、カルニスタミアはその品物を持ち部屋を出る。
 向かった先は帝国宰相の執務室ではなく、帝国宰相の屋敷。
「ライハ公爵殿下、帝国宰相は今屋敷ではなく、ロヴィニアの区画でヴェッティンスィアーン公爵と会談しているそうです」
 カルニスタミアが式典に参列していた最中に感じた震動、その爆発を起こしたのがエーダリロクだと聞かされ、
「その後、迎えに来たイデスア公爵殿下の操縦する戦闘機に乗り、共に逃走を」
 果ては制空されている期間に、宮殿の真上に戦闘機で親友が迎えにくるという騒ぎを起こしていた。
「金でカタを付けようとヴェッティンスィアーン公爵は必死のようです」
 ランクレイマセルシュとデウデシオンが言い合っている部屋など誰が好んで近寄るかと思いながら品物を届けに向かう。
「調子はどうだ? ザウディンダル」
「カル!」
 カルニスタミアが持って来た品物は、ザウディンダルに用意しておくと言っていたカード。
「ほら」
 箱を開くとそこには、独特の文化を持ったテルロバールノルのカードが溢れんばかりに入っていた。
「あっ! 覚えていてくれたのかよ!」
 一枚一枚手に取り、裏表を見ては感嘆の声をあげる。
「もちろんだ。むしろお前のほうが忘れていたのでは?」
 茶化すようなカルニスタミアの言い方に、
「忘れてねえよ!」
 ザウディンダルはやや顔を赤くして答えた。
 ”忘れてたな、これは” 思いながら、緩む口元を手で隠しながら、何事も無いように話続ける。
「そうか。明日は式典最終日、帝国宰相の誕生日だろ? それを過ぎたら帝国宰相は何時もの仕事に戻るじゃろうから、早く書いてとっとと渡せ」
「ああ」
 楽しそうにカードを見ているザウディンダルの横顔にカルニスタミアは、

《別れる》

 と言いに来た筈なのに、言葉が出てこない。

 皇帝が二十四歳の誕生式典を終えた、約一歳年上のザウディンダルは二十五歳。両性具有の寿命は五十歳前後。
 今日言わなければ、ザウディンダルの時間を全てこの異父弟を切り捨てようとした 《帝国宰相》 に向けさせなければ後悔する。
「それとザウディンダル」
 ザウディンダルよりも自分が後悔するから、カルニスタミアは口にした。
「何だよ? カル。深刻な表情で……」
 ベッドに手を置き、顔を近づけて視線を逸らさずに言おうとしたその時、
「失礼いたします」
 突然の来客に振り返る。
「メーバリベユ侯爵」
 そこに立っていたのは、先ほど夫に 《逃げられてしまった》 メーバリベユ侯爵。
「何だ?」
「此方にライハ公爵殿下がいらっしゃると聞いたので。公爵殿下、セゼナード公爵殿下より、何を差し置いても目を通して欲しいとの事です」
 侯爵の差し出したメモを手に取り、開いたカルニスタミアは直ぐに折りたたみ、
「悪いザウディンダル、ちょっと急用が出来た。今の話はまた後で」
「ああ。カル、ありがとな!」
「いいや」
 カルニスタミアはメーバリベユ侯爵に軽く会釈して、得心したといった表情のまま屋敷を足早に去った。

「帝国宰相の愛という名の牢獄に向かう」

**********

「出せ! 儂を助け出さぬか! カルニスタミアめ!」
 実弟王子が感情が混乱し、皇帝の奴隷を裸にさせて背中に口付けた事に関して責任を取れと言うことで、愛という名の牢獄に放り込まれ、その後帝国宰相と言い争いをして、
『強がりはそこまでだ!』
 その叫びとともに完全遮光フィルターを降ろし窓を完全に覆われ、真暗闇にたたき込まれた暗いところ嫌いの王は叫んでいた。
 叫んではいたが、時間が経つにつれてその叫び声は徐々に力を失ってくる。
「おのれぇ……帝国宰相め……」
 目にかかる瞬膜を指で触りながら、カレンティンシスは床に倒れ伏していた。
「水ぐらい持て。グラスは……クロエ工房のもので、水はラピチアン山脈の天然で……」
 《長兄閣下に死なないように見張っておけと言われましたが……この最古の王が、どうやったら死を選ぶと?》
 兄の執務机の下から這い出てきた ”秘密警察という名の隠れた便利屋さん(当人命名)” デ=ディキウレは、気配を消したまま夜目の利く視界に映る王の悪態というか、何時もと変わらない要求を前に、何とも言えない気持ちになっていた。
 帝国宰相は監禁、そして特殊拷問をするが、相手は王。体の自由を奪っている間に危険に晒されることを考えて、何時もデ=ディキウレを監視兼護衛に配置していた。
 カレンティンシスの場合はあまりに暗闇を恐れて自傷行為でも始めたら、色々と問題になる事も理由に含まれているが、今までそんな素振りを見せたことは一度もない。
「大体だ、なぜこんな安いカーペットの上に儂が横にならねばならぬのだ」
”牢屋だからです”
「そもそも帝国宰相の執務室は安っぽい。照明器具一つとっても支配階級とは思えん……」
”長兄閣下はこれで充分なんです。貴方のように、何処でもシャンデリアが必要な王とは違うのです”
 怒鳴り疲れたカレンティンシスは、暗闇で恐怖を紛らわす為に延々と此処に閉じ込めた帝国宰相の悪口を言い続けていた。
 あまりに言い続けていたので、デ=ディキウレが少しばかり腹を立てて報復行動に出る。
 音もなく牢に忍び込み悪態をついているカレンティンシスの足首を掴んで、引っ張る。
「何事じゃ!」
 足首を捕まれた感触に、驚き逃れようとするがデ=ディキウレの手からは逃れられない。
「カレンティンシス」
「……」
「カレンティンシス、儂の声を忘れたのか」
「ま、まさか父上」
 デ=ディキウレは、特殊仕様でなければ直接聞いた事のある声を全て再現できる能力を持っている。
 容姿はほぼ四大公爵と同じで、声や話し方を自在に操ることができる。
 これが彼が諜報部員として活躍する理由の一つでもあった。
「そんなはずはない! 父上は、亡くなりに、亡くなって……うぉぉぉ暗いのいやぁぁぁ!」
”煩い王だ。もう、襲って黙らせてみようかな”
 長兄を悪く言うのを黙らせるために怖がらせてみたら、何となく自分まで腹立たしくなったので、最終報復行動に出ようかとデ=ディキウレは思い、服に手をかける。
「ち、ちち……ちち上であろうと、この儂の体うぉぉああああ」
”無理だ。こんなの抱きたくないし、こんなの抱いた後で妃に叱られるなんて、負けというか損というか、何も私の手元には残らない”
 鼻水垂らしながら儂と叫ぶ王を前に、挫折感をいだきつつ、怖がらせ続ける事に終始する事に決めたデ=ディキウレは、服に手をかけて少しずつ裂いてゆく。
「ちち、やめてぇぇ! いやあ、止めろ! 今は儂が王じゃ! 貴様とて、王でなくなずんばでば王でならじゃあ」
”何を言っているんだろう、この暗闇嫌いの王様は。ああ、何か腹が立ってきたぞ”
 暗闇に属するデ=ディキウレは、自分の空間を拒絶する王が段々と腹立たしくなってきて、より一層嫌がらせに力がはいる。
「やめぇえええ!!」
 そうしていると、長兄から 《カルニスタミアがそれを解放しにゆくから、お前は地下に戻れ》 との連絡が入り、渋々引き下がった。
 鼻水と冷や汗にまみれた王を引き取りに来た王弟は、表情一つ変えずにそれを取り出し、廊下で強い光を目に当ててかかっている瞬膜を取り外す。
「王らしかなぬ、お姿だな」
「誰のせいでこうなったと思っておるのじゃ!」
「儂のせいであるのは認めるが、王らしからぬ態度を取ったのは王本人」
「……」
 仲の悪い兄弟は無言で睨み合う。いつもなら、このままカルニスタミアが叱られて終わりなのだが、今日は違った。
「口が過ぎました。全て 《私》 の失態です。王にはご迷惑をおかけいたしました」
「なんのつもりだカルニスタミア」
 膝を折り頭を下げて、
「何のつもりも、 《私》 が 《私自身》 の失態を認めているのです」
 普段は使わない口調で話し始めた。
「貴様……貴様の最大の失態はあのレビュラと!」
「別れろとおっしゃるのですね」
「そうだ!」
「解りました。王のご命令に沿えるよう、努力したいと思いますので、今少し時間をください」
「……」
 何時もと違う弟の言葉に、言葉の続かなくなったカレンティンシスは、弟を残したままその場を立ち去る。
 足音が消えた所でカルニスタミアは立ち上がり、
「別れてくるつもりだったが……」
 胸元から先ほど手渡されたメモを取り出し、視線を落とす。

《両性具有と関係を切るつもりなら、管理者である私の元へ来い。あれは扱いが難しいものだ。人間と同じように関係を絶てると思うなよ》


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