ALMOND GWALIOR −54
メーバリベユ侯爵とフォウレイト侯爵の会話が続けられており、中庭で招待客が狙い撃たれ、主役の二人がいたぶられている頃、
「水だ」
「す、水筒? 持ってきた、の?」
ザウディンダルはホテルの最高グレードの部屋の主寝室のベッドに座らされ、デウデシオンから水筒のコップに注がれた水を口元付近まで差し出されていた。
「当然だ。外の水が絶対に安全であるという保証はない。コップも然りだ。ホテルなどは食中毒などの恐れから滅菌に視点が向いている。通常の人体には影響のない薬品を使っているだろうが、今のお前にはそれも危険だ」
言いながらザウディンダルに水を飲ませる。
「……」
必死に水を飲み終えたザウディンダルの背中に手を触れて、ゆっくりと横たえられた。
「喉が渇いていても、二十分は待て。この状態のお前の内臓では20ml以上飲むと負担が大きすぎる」
「あ、うん」
「お前用の浸透圧に調節しているから、次も20mlは飲み吸収できる計算だが、胃が弱っていて吐き出す恐れもあるから15mlで我慢しろ」
「う、うん」
デウデシオンは、小さな水筒を正装用のマントを押さえている肩のパーツにぶら下げるようにして収納する。
「何を見ている?」
「武器収納部分から出てくるのが面白い」
正装の部分には武器を見えないように収納しておく部分が多数存在する。
「面白いか……ならば……ほら」
ザウディンダルが楽しそうな目で見ている前で、デウデシオンは帝国権威の一つを取り出した。
「国璽?! そ、それ帝星大宮殿からの持ち出し禁止じゃなかった?」
「禁止だが置いておく訳にもいかないだろう。私はこれの管理も任されているのだから」
**********
言いながらザウディンダルの掌に原則として皇帝以外立ち入る事ができないとされている “神殿” の第三階層まで立ち入ることを可能にする “国璽と言う名の《鍵》” を乗せた。
“神殿” は皇帝以外の立ち入りを原則的に許していない。
例外が許可されるのは、皇帝の正配偶者が一度だけ、結婚認定で立ち入る事が許される。立ち入らせないで結婚を終えることも可能。
皇帝の第一子が皇太子認定された後に、動作方法を皇帝より伝授される際に皇太子時代に一度立ち入る。この引き継ぎは帝国で最も重要なことで出来る限り早く教え、引き継がさなければならないが、システムを理解する必要性もあるのである程度の年齢に達する必要もある。
そのような事情から立太子は九歳前後に行われるのだが、シュスタークが立太子したのは一歳を少し過ぎた頃で、即位したのは三歳の頃。
とても引き継げるような年齢ではない、だが立太子されることになった。
システムの引き継ぎは引き継ぎのみで、真の情報の管理、そして情報の伝達は神殿が直接行う。
皇太子時代はあくまでも皇太子であり、皇帝の権限に抵触するような箇所までは教えられない。それを知る事が出来るのは、皇帝に即位した後。
定期的に神殿に通い、誰も知らない部分を教えられる。
これを口外する皇帝は存在しない。何故口外しないのかは、皇帝以外の者は知らない。
シュスタークは皇太子として皇帝崩御後の神殿の書き換え作業を行っていない。その理由はシュスタークの中の 《皇帝 ザロナティオン》 にある。神殿は情報蓄積を行う場所でもあり、過去の皇帝の記録が消え去ることはない。
ディブレシアが周囲の強い願いを聞き入れ、一歳のシュスタークを皇太子として神殿に登録すると 《登録あり 三十二代皇帝ザロナティオン》 そのように表示された。
これを見てディブレシアは自ら直ぐに死ぬことを決めた。
ディブレシアは自ら死ぬ前に、神殿に《皇帝ディブレシア死亡》 と認識させた後に死に、死亡報告を受けた後にディブレシアに命令されていた、シュスタークの実父デキアクローテムスが皇太子を神殿まで連れて行く。
神殿の扉は容易に開き、皇太子は実父に教えられた通りに動かして新皇帝に即位した。
皇帝は神殿に人を伴うことも許される。
ある日デウデシオンは成長した皇帝シュスタークに神殿についてくるように命じられた。
『書き換えるのが面倒だから 《国璽》 を使って付いてきてくれ』
言葉に従いデウデシオンは従った。神殿のすぐの部分に存在している皇帝が神殿のメインシステムへのアクセスを行う操作卓を前にして、シュスタークはこう言った。
『余は新皇帝ではなく、復位皇帝として登録されておる』
皇帝シュスタークは起動させたのではなく、元々の主が帰還した形となっていた。
『陛下、それはよろしいのですが皇太子が継承したことを登録する方法は?』
『それはこの画面に手順が映し出されるから心配することではない』
『それでしたら……』
『デウデシオンも覚えておいてくれないか?』
『私がですか?』
『これに関しては余も覚えた、未だにおらぬが皇太子伝える事も出来る。だが余にもしもの事があった場合ケシュマリスタのヤシャルを登録、皇太子に冊立、そして皇帝とせねばならぬであろう? その際に登録と皇太子に任命したヤシャルへの手順を伝えるべき人物が必要だ。通常ならばヤシャルの父であるケシュマリスタ王に告げるべきなのであろうが、父達が 《国璽》 を持っているデウデシオンの方が引き継ぎが混乱せずに良いと言われてな。確かにヤシャルが次の皇帝ということは、余に何かがあった事になるから……デウデシオンに教えておいた方が良かろうと、余も思った』
それは引き継ぎが混乱しないのではなく、宮殿にケシュマリスタ王の勢力が一度に入ってこない様にするための牽制。
皇帝の父達は王子である以上、生家の権力には逆らえない。
そしてシュスタークも、元々地位がないに等しかった自分の兄弟達が、自分が後継者無きまま死去したらどのようになるか? を考えた時、周囲を牽制する 《モノ》 を与えて置く必要があると考えており、国璽と手順はこれ以上ない 《モノ》 だった。
『……私でよろしければ。その大役、勤めさせていただきます。ですがその様な事が無いように細心の注意を払わせていただきます。次の皇帝はヤシャルではなく、陛下の御子と誰もが望んでおりますので』
『頼む。そして余も……が、頑張るな』
神殿の書き換えを皇帝の座を狙っているケシュマリスタ王ラティランクレンラセオに任せることは、彼の都合の良いように書き換えられる恐れがある。それに対抗することが出来るのは、現時点で 《国璽》 を握っている帝国宰相デウデシオン。
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ザウディンダルはすぐに兄に 《国璽》 を返した。
「こ、こんな怖いモン、返す」
「これがあれば、皇帝にもなれるというのに」
「だから怖いんだよっ!」
「あまり大声を上げるな」
言いながら弟を撫でるデウデシオンは、《国璽》 を持っているもう片方の手に力が篭もっていることを感じていた。
《皇帝になれる》
デウデシオンに絡みつくその誘惑は、嫌いなどという単純な言葉では言い表せない母親によく似ていた。裸の自分に裸の母親が背後から抱きついてくる、姿は見えないが母親とはっきりと解る感触。
母の肉体だと解っても、母の手によって与えられていると解って感じる雄の性に似ている気がしてならなかった。
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