ALMOND GWALIOR −51
 恩を感じていたから結婚を受けた。その言葉をフォウレイト侯爵 カーンセヌムは否定しない。


 フォウレイト侯爵は幼少期に父と死別した。フォウレイト侯爵が一歳の時に父は近衛兵として宮殿へと入り、それから一年後ちょうど侯爵の誕生日に父の死亡報告が届く。僭主との交戦により名誉の戦死、特記として “遺体無” そう書かれた封書と、退職金と遺族年金が振り込まれる口座番号とカードが届けられた。
 その報告を貰った日のことも覚えてはいない。
 フォウレイト侯爵家はテルロバールノルの家名を持つ上級貴族だった。
 領地は先の内乱で破壊され、死の惑星となった物も多く収入はそれほど良くはなく父の妹、フォウレイト侯爵からみて叔母にあたる人物は、裕福な下層階級の娘を兄の妻にして、その持参金で悠々と暮らそうと目論んだ。
 家名持ちの貴族と結婚出来るという事で、前金として叔母に相当額を支払った者もいたという。
 だが兄は妹を無視しケシュマリスタ家名を持つ上級貴族に生まれた女性と結婚する。彼女は病弱であったことと、弟と仲が良くなかったこと、そして両親が病弱な彼女よりも弟の方が家を継ぐに相応しいと彼女を実家から追い出した。
 属する王国の違う二人がどのように知り合い、結婚を決めたのかフォウレイト侯爵は知らない。
 それを知っている母親は、フォウレイト侯爵が十五歳の頃にこの世を去ってしまったために。
 強欲な叔母はフォウレイト侯爵の父の死亡が届いた後から、侯爵家を寄越せと母親に圧力を掛けた。“私が選んだ平民と結婚していなくて良かった。実家を追い出された女ならすぐ言うこと聞く”圧力を掛ければすぐに屈すると甘く見ていた節もある。
 母親は自分が当主となる権利を奪われるのは受け入れられたが、娘の権利を奪われるわけにはいかないと必死の抵抗をみせて、カーンセヌムはフォウレイト侯爵を継ぐ事が出来た。
 だが叔母は諦めずに執拗な攻撃を加えてくる。
 後で解った事だが、叔母は父親が侯爵家を継いだ際に分与された財産のほとんどを失っていた。失った理由の一つに “兄と結婚させてやる” と持ちかけて貰った手付け金の返却などがあり、自分が貧しい生活をしているのは、兄嫁のせいだとして攻撃を加えてきた。
 叔母の苛烈な性格はフォウレイト侯爵の母親の心身を蝕んでいったが、母親も決して引くことはなかった。母親は実家を頼る事も考えたが、下手に実家に現状を伝え実家がフォウレイト侯爵を物にしようとすることを警戒して、娘と二人だけで必死に耐えた。
 テルロバールノル王国に類縁のいない母親と、テルロバールノル貴族の叔母では協力者の数も違い、母親とフォウレイト侯爵は王国にあった領地のほとんどを奪われた。だが《フォウレイト侯爵》だけは守り通す。
 帝国近領にあった僅かな土地に家を建てて、少し安堵したところで母親は死亡した。
 娘であったカーンセヌムに “お母さんが貴族継がなかったせいで、苦労させて御免なさいね” そう言い残して。
 母親は自分が貴族の位を継ぐことにこだわらなかった事を、ずっと後悔していた。持っていたなら夫の妹と渡り合え、娘にこれほど苦労させなくて済んだはずなのに。
 遺品を整理して、そんなことが書かれた日記を発見したときフォウレイト侯爵は決意を固めた。
 十五歳のフォウレイト侯爵は、母が死んだので侯爵位を叔母に譲り、父の遺族年金で生活してゆこうと考えていたのだ。幼少期からずっと続いた家督争いに子供は嫌気がさしていた。
 だが母の寿命を縮め、後悔と懺悔ばかりの日記を綴らせた叔母に対し出来る最後の抵抗。それは彼女が家督を譲らない事。
 王国の領地を得て少々羽振りの良くなった叔母は最後の仕上げとばかりに家督を寄越せと言ってきた。十五の天涯孤独にちかい娘は簡単に屈するだろうと。フォウレイト侯爵はそれを拒否し、当主の名を持ち続けた。
 決意はしても叔母一族の嫌がらせに屈しそうになった事もある。四年近く一人で耐え彼女が十九歳になった頃、疲れてこれを放り投げたら楽になれるのか……とポケットに入れた家督章を握り閉めながら歩いていた時に、彼女が尊敬する人物が表舞台に登場する。

「帝国摂政 パスパーダ大公 デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラ」

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 先帝の私生児が、私生児のまま帝国摂政についたというニュース。彼は十六歳だった。
 大帝国の少年摂政は年よりも大人びているように見えた、その能力は完全に周囲の大人を凌駕し庶子となり、皇帝陛下が成人を迎えたあとは帝国宰相として君臨している。
 彼が踏みとどまっているうちは私も頑張ろう、彼は私より三歳年下で当時三歳の幼君に仕え、帝国を支えているのだから……家督争いごときで泣いていては情けなすぎると、自分を奮い立たせた。
 彼が私と同じ名前だったので、少し親近感を持っていたこともあった。

 私は近衛兵の父の血を引いているので、肉体的な強さがあり叔母も体に直接的な攻撃を加えるのは諦めていた。
 ただ、私が何もしていないのに随分と私の身体能力を恐れている節もあったが……その理由は解らない。
 本当は近衛兵となり、父の死について詳しく知っている人を捜したかったのだが、母がそれを拒んだ。「貴方は死ぬような職には就かないで」遺書にはそのようにあり、私は家督をあの叔母に渡さないことが目的になった事もあり、危険な職からは遠ざかる事に決めた。
 学業を修めた上級貴族が就ける仕事は少ない。貴族が優先的に勤められる場所は、それ相応の金が必要。「フォウレイト侯爵」として貴族を優遇する場所で働くとなると、私には用意できない程の金が必要になる。
 身分に見合った地位を最初から持っていないと下に見られる、その地位を用意するのは金であると。
 そんな世界に絶望はしなかった。階級に見合った仕事に就ける金がないなら、資産で何もしないで暮らしてゆくべきでしょう……それが貴族として正しいのかもしれないけれども、私は仕事をしたかった。
 一人きりで家に篭もって生きていくのは辛かった。誰かと接していたい。
 私は母の遺言に少々抵触するが、ホテルの守衛という仕事に申し込む。実地テストは、当然ながら私はトップだったが守衛に採用はされなかった。
 支配人が私にコンシェルジュを勧めてくれた。
「それほどの学歴と家柄と血筋があるのだから」
 仕事は楽しかった。叔母からの嫌がらせは続いたが、ホテルに直接攻撃を加えてくるようなことはしなかった。帝国近領でテルロバールノル支配下ではないので、攻撃を加える手は緩めたのだろう。
 何より成長した私は叔母に言い返す事が出来るようになっていた “一族の恥が。次何かしたら当主として処刑する” 恩のあるホテルの支配人に迷惑がかかったら、本当に処分しようと書類も作りしかるべき場所に預けもした。
 そして仕事は楽しく、楽しすぎて気がついたら結婚しそびれていた。
 支配人には息子がいた。亡くなられた奥様の連れ子だった彼は、他人がこのように言うのは失礼だろうがあまり出来の良くない息子。
 出来は良くないが、真剣に仕事に携わってはいた。だがあまり結果を出せない……そういう人だった。支配人は連れ子ではあるが、その息子に遺産としてこのホテルを継がせるつもりだったらしい。
 だが一人では心許ないからと、私に結婚してはくれないだろうかと申し込んできた。
 支配人は普通貴族で私は上級貴族。本当は断れば良かったのだが、恩もあり結果は出せないが必死な彼を支えるのも……そう思い、五歳程年下の彼との結婚を受け入れる。
 彼も最初は喜んだが、結婚が本決まりになり式の用意もあらかた整ったあとに、彼は浮気してその相手と結婚したいと言い出す。
 可愛らしい子爵の娘だった。
 支配人は彼を説得しようとしていたが、私は身を引いた。その私に子爵の娘はこういった「あなたの叔母が彼を誘惑しろって」「あなた魅力無いから」
 叔母には息子と娘がいる。私が独身で跡取り一人無く死ねば当主の座は叔母か、その子の物になる。そのための結婚妨害。
 そのことを子爵の娘に告げると、彼女は知っていると言い切った。
 彼女の家もあまり裕福ではなく、普通貴族ながら裕福な彼と結婚できるなら何だってするのだと。
 職場であるホテルで行われるはずだった私は彼の結婚式は、彼と彼女の結婚式すりかわった。花嫁が変わっただけのこと。支配人には謝罪されたが、私は特になにも思うことはなかった。
 引き継ぎがありすぐには辞められないが、それが終わったらこのホテルを辞めて少し家で休もうと……
「フォウレイト侯爵!」
 ホテルの警備担当から連絡がはいる。
「どうしたの?」
 今日支配人は息子の結婚式に参列しているので、ホテルは全て私に任されていた。
「機動装甲が強制着陸するとの」
「何処に?」
「このホテルの中庭に」
「どの中庭に?」
「今結婚式を終えて、お披露目をしている中庭です!」


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