ALMOND GWALIOR −47
「用事、聞いても良いかな?」
 帝国宰相が戻ってくるのを待っている間、キュラは好奇心を隠さないでメーバリベユ侯爵に話しかけた。
「興味がお有りですの? ガルディゼロ侯爵閣下」
「うん」
「皆様方には全く無関係ではありませんし、この話を聞いたら是非とも協力してくださいね」
 もと皇帝の正妃候補でNo.1と呼ばれたエーダリロクの妃は笑顔で四人に話しかける。
「協力って?」
「帝国宰相閣下を説得することです」
 きっぱりと言い切った彼女に、全員が一斉に否定の声を上げる。
「あれ説得できるわけねえだろ!」
 面倒は嫌いなビーレウストは言い、
「ムリだって。言い出したらテコでも動かねえ」
 帝国宰相の頑固さを思い出し、エーダリロクは首を振る。
「そこに居る、弟の “おにいたん、だいちゅきでちゅ” 攻撃を二十年間も無視し続けるような男だからねえ」
 キュラもソレは無理だねえと薄ら笑いを浮かべた後、目を閉じて肩をすぼめながら両手を開く。
「何だよ、その “だいちゅきでしゅ” って……」
 キュラの言葉に腹は立ったが《兄大好き》に関しては否定できないザウディンダルは、頬をふくらませながらも我慢した。
「俺達にも関係あって、あんたが女官長ってことはあの奴隷娘関連だよな」
 エーダリロクは考えながら、一般的には自分の妃と言われている女性に話しかけた。
 帝国宰相を説得するのも億劫だが、童貞王子と結婚して三年間浮気もしないで自分を磨き続ける妻を説得するのも困難。
「はい。私が女官長に収まりました。儀礼、式典、作法などは全く問題なく補佐できる自信はございます」
 一体どちらを説得したほうが楽に済むだろう? と思いながら話続ける。
「だろな。あんた元々陛下の正妃、それも皇后候補だったんだし」
 ロヴィニア王は皇帝の正妃を貴族から選ぶ際にかなり厳しい研修と試験を繰り返したので、選ばれた侯爵は後宮での決まり事をほぼ網羅している。
 皇帝の気に入っている奴隷は性格は良く賢くはあるが、頭脳的に特別優れているわけでもない。皇帝が気に入っている奴隷ロガの父親ビハルディアは元下級貴族の家に仕えていた奴隷だった。変わり者の下級貴族レッシェルスはある日先祖代々の領地を整理して “全生涯を宇宙旅行して過ごす” なる行動に出た。その際に、たった一人仕えていた奴隷としてお供をした。変わり者だった彼は “奴隷にも知識を” という考えの持ち主で、ビハルディアに知識を与えることを惜しまなかった。
 そんな彼は旅の途中で宇宙海賊に襲われ、乗員とただ一人のお供であったビハルディアを守ろうと乗組員と共に応戦して殺害された。その後ビハルディアは宇宙海賊に戦利品として連れて行かれ、警察がその惑星を制圧した後に回収され、墓守の後継者として帝星傍まで連れてこられた。
 よって彼は奴隷にしては学力があり、生前に実の娘であるロガと、ロガが今共に過ごしている老犬ボーデンの本当の飼い主である、養女にしたゾイに自分の持っている知識を与えた。
 だがそれは下級貴族に仕えた奴隷の知識であり、帝国最高権威の前にはないに等しい。
 ロガという奴隷は《皇帝陛下のお気に入りで、性格は良い。身体的な発達も悪くない。子供を作る事も可能》な部分だけで正妃になることが決まったようなもので、他のことは何一つ求められていないし、誰も求めてはいない。
 それらを除外したとしてもメーバリベユ侯爵を超える知識を得ることは不可能で、儀礼などは一切この女官長の座についた侯爵が取り仕切ることは誰にも解る。
「はい。私は良いのですが、お后となられる方が貴族ではないことが問題です。お后の事を考えれば、傍に必ずつき従う人が必要となりますでしょう? その人選をして、これは! と言う方を発見したのですが、帝国宰相閣下が良い顔をなされなくて。でも、彼女以上の方は見つからないので、今日確実に帝国宰相閣下を口説き落とすつもりですの」
「あの帝国宰相が良い顔しないんだったら、その女に何か問題でもあるんじゃないのか?」
「ありません。全くないのですけれども……皆様ならご存知かもしれませんが、帝国宰相閣下には異母姉がいらっしゃるのです。その方をお后の小間使いとして配置したいのですよ」
 一瞬の空白がその場を支配した後に、次々と叫び声を上げる。
「帝国宰相の異母姉!」
「げっ! ……あんなのが、もう一人増えんのかよ」
「フォウレイト侯爵……だったけ?」
 キュラが首を傾げながら侯爵に尋ねると、彼女は満面の笑みで答えた。
「はい。ハセティリアン公爵妃とも話し合った結果」
 忍ぶ公爵閣下の妻。本当に存在するのか? とまで言われている女性に侯爵は直接会っていた。
 王子や弟ですら会ったことのない、謎の秘密警察長官とその妻に彼女は会っていたが、それが驚きの対象になるとは思っていなかった。
「ハセティリアン公爵妃!? 見たことあんのかよ!」
 エーダリロクの言葉に驚く侯爵。
「はい? どういう事ですか?」
 まさか秘密警察長官閣下やその妻の存在が、ここまで隠されているとは彼女も知らなかった。秘密裏に動く部隊なので今まで会うことなく、そして必要になったので会話した……としか思っていなかったので、目の前の王子達の驚きにぶりに逆に彼女が驚いた。
「えっ……あ、いや」
「どんな女だ?」
「どんな女って、ハセティリアン公爵妃のことですか?」
「ああ! 俺達も見たことねえ! つか、メーバリベユ! あんた、ハセティリアン公爵は見たことあるのか!」
 夫の言葉に “会ったことがない” ことに気付き、話して良い事の線引きをする箇所を考える。
「ありますよ。ご夫妻とお会いしたことも御座います」
「ひゅぅ〜凄いな。僕ですら公爵妃とは会った事ないのに」
 ここまで隠していた理由、それは王子にも語ってはいけないことなのだと侯爵は判断し、上手く言葉を誤魔化すことにした。
「で、どんな女だ?」

「一言で表すなら “美人” でしょうね。隙一つない、生まれさえ正しければ正妃となられるに相応しい方です。そう申せば解っていただけるでしょうか」

 まあ私が評したら大体は美人ですけれどね……と彼女が笑った。
「へえ……」
「あの忍ぶ達人、そんな綺麗な妃持ってんだ」
「惚気られて大変でしたわ。妃が美しいので、他の者に見せたくないから隠しているとか。それはもう熱々ぶりで、シダ公爵夫妻と良い勝負ですわ。ああ、私もあのようになってみたいと思うのですが」
 視線を向けられた夫は、
「…………」
 急いであらぬ方向を向く。
「この爬虫類男にソレ求めても無理」
「ええ、それは良く解っております」
 でも彼女は決してめげない、夫に振り向いて貰うまで。
 あまり政治に携わらなかったり、関わらせてもらえないなどの理由のある四人は帝国宰相に姉がいることは知らなかったが、王はその存在を掴んではいた。掴んではいたが帝国宰相の性格と態度から、彼女の身に危険を及ぼそうが動くことはないと判断し捨て置いていた。
 エーダリロクが妃に「ハセティリアン公爵妃の映像あるか」と言って近寄り、妃が口で説明をしているとソファーに横たわったままのザウディンダルが口を開いた。
「なあ、公爵妃の話もいいんだけどよ……帝国宰相の異母姉の」
「君に取っちゃあ “唯の異父兄” よりも “愛しき帝国宰相サマ” だろうからね」
 キュラは茶化すように言い、他の二人もそれに同意するように頷く。
「違う!」
「じゃあ、なんだ?」
「フォウレイト侯爵ってやつの事なんだけどよ」
 ザウディンダルは先ほど実父である執事から聞いたことを告げた。何処にでもある話だが、何処にでもある話なのでそれに関係した者も多数存在する。

「うわ〜むかつくなあ」

 キュラが舌なめずりしながら、あらぬ方向を向いた。
『バカ。キュラの母親は、結婚式当日に姉に旦那取られて狂った女だろうが。その手の話するとヤバイっての忘れたのかよ』
 エーダリロクが近寄ってソファーの背もたれ側からザウディンダルの耳元に囁く。
『悪ぃ。忘れてた』
 キュラの目つきは誰が見ても “明らかにおかしい” ことが解る状態になっていた。
 その視線を受け止めながらメーバリベユ侯爵は知らない素振りで話続ける。
「それは “女として身を持ってよく解りますが” 陛下の正妃の側仕えとは何の関係もないでしょう。帝国宰相閣下の異母姉である限り、閣下の権力を確立する駒となるのは仕方ないこと。それを知らないわけでも、躊躇うようなお方でもないのに」
「その女以外にはムリか?」
「そうですね。お后が[あの方]ですと、なんの苦労もなく育った貴族令嬢は見下すような態度を取るでしょう。その点フォウレイト侯爵は、自ら苦労なされた方ですし、大人の女性でもあります。彼女と同じ能力と知性、そして性格を持った人をお后が後宮に入る前に見つけ出せる自信は私にはありませんし、何よりもこの広大な宇宙で見つけた適任者、いかなる理由があろうとも手放すつもりはありません」
「あんたの言い分は《帝国の正義》として正しいな」
 夫婦でありながらも夫婦ではない二人、だがそれ以外の所では協力し合う事が多少ながらある。
「はい。私は帝国の、皇帝の僕としての任務を全うしておりますから、帝国の正義で動きます」
 結っていない髪を手で払いのけた彼女の表情は優美であり尊大であり、自信に満ちあふれた皇帝の妃に相応しいものであった。
「いいねえ、君みたいな女性は大好きだ。何か、良い策ないのかい? エーダリロク」
 現時点で帝国最高の女性を前にキュラは笑いながら、彼女の夫に《言外》の意を込めて話しかける。
「何で俺に聞くのかな、キュラ」
「偶には妻の役に立ってあげたらどうだい?」
 甲高さを無理矢理に押し殺した怖気るようなキュラの声にエーダリロクは舌打ちし、
「……つてめえその女を殺してえだけだろ? キュラ」
 銀髪を顔の正面からかき上げるような素振りをし、それを途中で止め顔の半分を隠して話しかける。
「そうも言うね」
 少しの時間をおいて銀髪をかきあげエーダリロクは、キュラの狂う一歩手前の表情をのぞき込むように額を押しつけてその目をのぞき込んだ。

「仕方ねえな。帝国宰相の異母お姉さまにゃあ悪ぃが、帝国中枢にはまってもらうか。キュラ、一緒に攻撃かけようぜ」

 額を押しつけて睫が触れるほどの距離で両者視線を逸らさずに話続ける。
「攻撃を?」
「フォウレイト侯爵は、帝国近領にいるんだろ?」
 声をかけられたメーバリベユ侯爵は “はい” と情報を整理して語る。
「ええ。帝国領に住んでおられます。自領地はすべて叔母に取られたようですので。この広大な帝国、人員は先ず帝星近くの帝国領から探しますわ」
 エーダリロクはキュラから額を離して “妻” から書類を受け取る。
 帝国は広大なために、帝星で働く人員を 《帝国側から選ぶ場合》 は帝国近領から探すのが慣わしとなっている。立身出世するなら帝星近辺へと言われている所以。
「よしゃ! 機動装甲で、そこに強襲する。帝国宰相のお許しも得てな」
 その “お許しを得る” のが難しいのだが、エーダリロクもまた妃に負けない圧倒的な自信を浮かべた。
 ザウディンダルは同い年とは思えないその表情に、治ってはいない身に緊張を走らせ波のように襲ってくる痛みに耐える。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルという男は本当に王子なのだと感じるとともに、ザウディンダルは別の事も感じる。
 誰にも語ったことはないが、エーダリロクは皇帝シュスタークとよく似ているとザウディンダルは感じていた。従兄弟だからということではなく、たまにエーダリロクと皇帝が重なる事があった。《重なる》の意味が自分でもはっきりと理解できないのだが、それが重なったとき、身を襲っている痛みと良く似たものが胸を締め付ける。
「了解。じゃあ、準備させておくね。僕と君の分だけでいいかな」
 “てめえが殺してえんだろ?” と笑うエーダリロクと “うん!” と笑うキュラ。
「俺もいく」
 ザウディンダルは自分の口をついた言葉に、頭の奥で驚いていた。
 兄の傍にいられるのに、何故わざわざその場へと向かいたいのか? 兄の姉だからというだけではない何かが引っかかる。
「何言ってんだよ、ザウディンダル。今の君には機動装甲は動かせないだろう?」
「帝国近領移動ならバラーザダル液使わねえだろ? だから同乗させろよ!」
「誰が同乗させてやるんだい?」
「エーダリロク」
 ザウディンダルの内側に引っかかる棘は、エーダリロク。
 自分を管理するはずの男は随分と不思議な男でもあった。
「断る。この場合俺は、このメーバリベユ侯爵を伴っていかなきゃならねえし。あんた、説得してくれよ」
 その男はザウディンダルの依頼を拒否し、逃げ続けている妻に向き直り同乗する許可を与えた。
「機動装甲に乗せて、連れて行ってくださるのですか?」
 期待していなかった妻は、驚きから笑顔になる。
「大事となりゃ、個人の感情なんてのは別だ。俺は帝国宰相を説得する、その代わりあんたは確実にフォウレイト侯爵を説得しろ。いいな?」
 妻の両肩を掴み顔を近づけて話しかける。その怜悧な知性を表しているかのような銀に彩られている容姿に、何時もは冷静なメーバリベユ侯爵がかすかに頬を赤らめた。
「ああいう所が、気に入られちゃうんだけどね」
 実際いい男だけどね、とカルニスタミアが好みのキュラが言い、
「そりゃまあ、あれがアイツのいい所だからな」
 容姿だけならエーダリロクによく似ている兄が大好きなザウも言う。
 面倒は大嫌いなビーレウストは腕を組んで壁にもたれかかり黙っていたが、
「俺のも用意しろ、キュラ」
 機動装甲で出撃すると聞いて、出ることに決めた。
「あれ? 君、女の所に行くんじゃなかったの? それに、大して暴れないとおもうよ」
「女を抱くよりなら、少しでも争いごとのほうが楽しいに決まってるだろうが。お前は女と男を殺して、俺は招待客を殺す」
 女好きだが、女を抱くより人を殺す方が好きな男が混ざらないわけがない。
「君ならそう言うだろうけど……じゃ、勝手にカルニスタミアの分も用意しておこうか。カルニスタミアに乗せてもらいな、ザウディンダル」
「あ、うん」
 キュラと同じく殺意が表情や声に露わになっているビーレウストを見て、ザウディンダルは頷いた。


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