ALMOND GWALIOR −25
父王とディブレシア帝の間に何があったかは解らず終いであったが、なんらかの取引があったことは容易に推察できる。
ディブレシア帝は女を極端に嫌った【雌】を極端に嫌い、己に近付くことを許さなかった。
当時王子だった儂は一度だけディブレシア帝にお会いしたことがある。王子としてせねばならぬ儀礼だが、あの時ディブレシア帝は儂を見て【嗤った】
生涯一度きりの対面であったが、あの【嗤い】ディブレシア帝は儂の中にある《子宮》を見破ったのだと思う。思うだけで今だ確証はない。
《約束と違う……裏切ったのか裏切られたのか……オルドビュラセ……》
裏切りは儂の中では何も結びつかないが、最後のオルドビュラセに続くのは息子ではなかろうか? 《オルドビュラセの息子》 そう言いたかったのではなかろうか?
現陛下以外の息子、即ち庶子の誰かが……父王を暗殺したのだろう。帝国宰相と父王の不仲は並ではなく、庶子達の帝国宰相に対する忠誠は異常なものがある。両性具有のレビュラが惹かれるの以上の物を見せる者がいるほど。
「居たのなら、止めたらどうだ?」
近付いてきたカルニスタミアが怒鳴るが、
「そんな必要はない。貴様がおかしな行動を取っていることに気付け、馬鹿者が」
儂はあくまでも帝国法に則った答えしかせぬ。
これが最も無難であり、儂の身をも守る答えだ。
「確かにそうだが」
「そしてデセネアはアシュ=アリラシュに犯された」
テラスから降り注ぐ声、そして赤と黒が落下してきた。
「ビーレウスト」
「よお、カル。相変わらずの良い人ぶりに、俺も振ってみた」
飛び降りてきたデファイノスは儂を見て 『わらった』 あのディブレシア帝に似た表情で、
「アルカルターヴァ」
儂の胸倉をつかみ上げる。
「離さんか、この無礼者が」
「俺には関係ないことだが、いつかこの態度があんたの身に降りかからねえといいな。因果応報だったか? 両性具有に対する暴行を見てみぬふりをしていた王が暴走した貴族共に輪姦されるってのも、ありえないわけじゃねえ。俺があんたをレイプしたらどうするつもりだ? 誰に助けてもらうつもりだ? このままじゃあ、実弟は頼めそうにないぞ? そういう事考えたことないのか?」
初代シュスターが新しい家臣アシュ=アリラシュが報告した古くからの家臣の暴行を黙殺した。その決断を下すと見込んで報告した男は、その後シュスターの一人娘を強姦する。
シュスターは男に何も言い返すことができなかった。男の名はアシュ=アリラシュ・エヴェドリット。
私の胸倉をつかみレイプするなどと語っている男の祖先。
「デファイノス伯爵殿下! 言葉を慎んでください」
プネモスが儂をつかんでいる腕を引き離そうとデファイノスの腕をつかむが、全くこたえていない。身体能力が特化した一族の王子を引かせるのは……
「ライハ公爵殿下。テルロバールノル王族として王に不敬を働く輩の手を遠ざけてください」
カルニスタミアは外すことが出来る。
「プネモス、言い方を間違っているぞ。デファイノス伯爵に“腕を放してください” と言えばいい」
プネモスはカルニスタミアに言われたとおりに告げ、デファイノスは笑いながら手を離した。黒い手袋が異様に生々しく離すと同時に口から出した舌が、儂の背筋に快楽が駆け抜ける。
『俺があんたをレイプしたらどうするつもりだ?』
手の甲でデファイノスの顔を張る。指輪で顔に幾筋かの傷がついた。
「だまれ、この餓鬼が」
本人は痛くもないようで指で軽く傷をなぞりそれを口に運ぶ。手袋に吸われた血を吸っている。
「大丈夫か? ビーレウスト」
「こんな傷、傷のうちにも入らねえよ。さてと俺は行くけど、どうする? カル。一緒に来るか? 特に楽しいことはねえが、目の前の子宮もないのにヒステリーな王と一緒に帰宅する気にゃならねえだろ?」
「もちろんだ。帝君宮に邪魔してもいいか」
「かまわねえよ。アルテイジアに酒でも注がせる」
二人は何事もなかったように、テラスへと戻りそして去って行った。
「ゆくぞローグ」
****************
レビュラ公爵が精神の不調で帝国騎士本部を受けているとラティランから報告があった。
帝国騎士とまとめるガーベオルロド公爵キャッセルが非常に困っているとも。
『帝国騎士としてはオーランドリス伯爵が全てを管理しているからな。いちおう困っていることを伝えておこうと思って。そうそう、身体の調子はどうだ?』
レビュラは私と違い[帝国騎士]の能力を持っている。元来身体能力の劣る両性具有は隔離されても何も困ることはなかったが、新たな兵器・機動装甲の核となる帝国騎士にはなることが可能。
能力がケシュマリスタの持ち物であったのだから、両性具有にもそれが現れるのは当然なのだろうが。
数の少ない帝国騎士と、次の会戦で初陣を果たされる陛下。ラティランは儂に貴族をけしかけさせレビュラの精神の安定度をもっと下げさせろと言いたいのであろう。どれ程精神の安定が下がろうが、陛下の護衛の層を厚くするために帝国騎士としてレビュラは伴われる。
いや……もしかして……
「テルロバールノル王殿下」
「どうした? プネモス」
「昨日、レビュラ公爵に暴行を加えた一人が瀕死の状態で発見されまして、暴行に加わっていた者達が身の安全を求めて参りました」
暴行の後始末も自分でできんのか……ああ、出来ぬから暴行などするのだな。
「そいつらの身の安全など知らん。その瀕死となった一人は……カルニスタミアが行ったのか?」
「違うと断言できます。あれはどう見てもライハ公爵殿下が行ったものではありません。ライハ公爵殿下は性質上、あんなことはなさいますまい」
「どのような状態なのだ」
「口にするのも憚られるような状態です」
「言え、プネモス」
「私の言葉では詳しく語れませぬが、瀕死の状態で発見された一人が最後に確認された時、ガーベオルロド公爵キャッセルと共に居たという証言があります」
「オーランドリス……拷問されたのか」
“天才には狂人が多い。特に帝国騎士系の天才は狂人の素質を持っている。私? 私がどうか? と聞いているのかカレンティンシス”
「はい」
「見せてみろ。いや、直接見に行く」
「気分が悪くなりますし、殿下が見られるようなものでは」
「付いて来い」
「御意」
ガーベオルロド公爵キャッセルに関してはあまり良い噂は聞かぬ。儂も人のことを言えた物ではないが。
収容された施設へと向かい容態を尋ねる。
「治療の方は?」
「治療は不可能でしたので安楽死をさせました」
「治療が不可能? ……帝国騎士め」
帝国騎士は機動装甲を動かす際に大量の薬物を使う。その研究過程で治療不可能な薬物の投与方法を多数見つけ出しているという。どんな状態でも命を繋げる「液体」を作るために、絶望的なまでの状態を先ず作り上げる……。技術庁に届けられる書類は楽しんで実験しているかのようにしか見えぬが(この時代、帝国騎士団本部は他の部署とは完全に分離していない)
「既に遺体となっておりますが、見られますか?」
「見せろ」
「……」
予想はしていたことであるし、これ以上の死体も見たことはあるが……
「瞼、鼻穴、口、耳、性器、そして左右の指を一本ずつ縫い合わせられております。使用されているのは料理などに使われる “タコ糸” のようです。タコ糸の特定などは監察のほうに。それで内臓に関しましては」
「後の説明は必要ない。監察にまわせ、それとこの種類の死体を過去に見たことはあるか?」
「……あります」
「そうか。誰なのか知っているのか?」
「私もまだ口を縫われたくありませんので」
不思議なのは、何故帝国最強騎士は自らの地位を危険にしかねないことをするのか? レビュラの暴行未遂相手を翌日に廃人にしていれば、すぐに兄弟関係だと察しがつき足も着く。特にあのような特徴のある殺し方をするのだ?
「帝国宰相!」
「何用だ、アルカルターヴァ」
「貴様、この死体に見覚えがあろう!」
帝国宰相の指示で行った物か、ガーベオルロドの独断か?
「当然知っている貴族だからな。だが、随分と面相が変わったな」
「抜け抜けと言いおる。貴様が命令を下したのだろう?」
「知らんな。大体何の命令を下すのだ?」
帝国宰相の表情をうかがうが中々に見切れん。だが、喜んではいるようだ。
幼子が幼さの特有の残酷さで人形を切り刻む、その残骸に酷似している死体を見てこの男は留飲を下げている。
「レビュラ公爵を暴行した仕返しであろうが!」
「両性具有を暴行して報復など帝国法の違反であろう。この帝国宰相、そのような違反をした覚えはない」
「言い切れるのか?」
「言い切れる。両性具有が暴行されたところで、この帝国宰相なんとも思わぬ。大体昨日は貴殿の弟君が余計なことをしなければ、貴族達は目的を達成できたのだ。私は止めてはいない、止めたのは貴殿の弟君だ。貴殿の弟君の帝国法違反に関して、どう責任を取るつもりかな?」
「異父弟が暴行されても何もしないと」
「両性具有などと異父といわれたくはないのだが。出来れば皇帝陛下と異父兄弟と言っていただきたい。皇帝と皇帝であった同母を持つというのは栄誉なのでな」
「さすが帝国宰相様だ。思ってもいないことが良く口から流れるように出てくるものだ」
「貴殿にそのように言っていただけるとはな……誰だ?」
ノックの音。そして、
「ガーベオルロドです」
穏やかな声。
「そこで待て」
「いいや、入れ。このアルカルターヴァが許可する、入室しろ」
「入れ、ガーベオルロド」
「失礼いたします、アルカルターヴァ公爵殿下、そして帝国宰相閣下」
「何用だ、ガーベオルロド」
「それよりも先に聞くが、貴様 “これ” に最後に会っていたという証言がある。何か弁明は?」
「弁明もなにも、合意の上の “プレイ” ですが」
「合意だと? この脳を軟化させるほどの薬を用いて、生きたまま縫うのがか?」
「無論、このような形での愛の確認というのはあるのですよ。真面目なアルカルターヴァ公爵殿下にはご理解いただけないのは重々承知ですが、これは同意の上です。死ぬことも同意の上でのプレイです」
「放置したのもか」
「ええ、深く愛し合った姿を皆に見てもらいたいと、彼も言ってました」
「死んだぞ」
「そうですか。彼もさぞ満足しているでしょう」
この男と話していると、ラティランと話をしているような気分に陥る。
ラティランとは全く違うのに、何故か……顔ではなくどこかが似通っているのだろう。
儂が黙ってガーベオルロドの顔を見ていると、口元に手を当ててクスクスと笑い、
「帝国宰相、本日の四大公爵と陛下との御会食のメインは “タコ糸で縛って作った” ローストビーフです。我等が弟であるアイバス公爵が腕によりをかけて作ったので、是非とも味わってくださいね」
「何故それを知っているのだ、ガーベオルロド」
髪を手で払いのけながら言った。
死んだことや同意などどうでも良い。この男は何故帝国宰相に、そして両性具有のために必死になるのだ?
「タコ糸を借りにいったので知っております、公爵殿下。でも使いすぎて怒られてしまいました、どうしましょうか? 兄さん」
帝国宰相に権力を集中させる為の行為ならば解るが、両性具有は何の使い道もない。ただ異父弟というだけで? それとも何か違う理由があるのか?
「邪魔をしたな帝国宰相」
「もてなさずに済まなかった、アルカルターヴァ公爵。もっとも庶出のもてなしなど高貴な生まれであらせられる貴殿にとっては、されぬほうがましであろうが」
「ああ、貴様等のような下賎と同じ空気を吸うのも嫌だ」
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