ALMOND GWALIOR −23
「お帰りなさいませ」
「戻るぞ、ローグ」
 控えさせていた供を率い宮殿内の屋敷の戻ることが出来た。プネモスは気付いているであろうが。
「後の予定は?」
 部屋に戻りベッドに身体を預け予定を問う。
「会議が五時間後に。そこに向かう途中の “散策” を行わないでお体をゆっくりと休ませたほうが」
「散策は行う」
 目的地に向かう途中で待機している輩の話を聞いてやるのも王の仕事だ。屋敷に訪ねてくるのには許可が必要だが、廊下で待っている分にはそれはない。経路を尋ねそこで待ち話しかけ、頼みを聞いてもらうというものだ。
 当然のことながら正しい経路を教えてもらう為にはそれ相応のことが必要だ。
「……身体を洗う」
「何がありました?」
「何もない!」
 儂は服を脱ぎ押し込んだ布を引き抜き投げつけて浴室に入る。バスタブに身体をしずめると湯が血でそまってゆく。
 湯を大量に流し込み血を薄めていると、プネモスが下僕を連れてやってきた。
「本日はいかがなさいますか?」
 身体のことは知られたくはないが、隠せば隠すほど疑われる。
 ある程度は “普通の王” と同じことをせねばならない。風呂に入る時に身体を洗わせることなどだ。
 儂は局部を決して他人に洗わせられぬが、稀にプネモスにその役をさせる。
 そうでもしなければ疑われるのではないかと猜疑心が、儂の中で首をもたげるのでな。
「洗わせずとも良い。前日の者は不快であったぞ! 二度と儂に触れさせるな。本日は貴様も触れるな、プネモス!」
 叫ぶたびに腹から血が抜けてゆく。
 不快さを露わにし湯の量を増やす。
「畏まりました。お前達、そこで控えていろ」
 プネモスは膝をつき黙って儂が出るのを待つ。下僕達は黙って外に立つ。無論儂の身体は下僕達にも見えている、わざと見せているのだが。
 回復力だけは異常に発達しているこの身体は、三十分ほど黙っていると自然に出血が止まった。
 この回復力と感染に対する強さが災いしているともいえる、普通の両性具有であればもしかしたら死んでいる可能性もある。あいつはそう言っていた。
「プネモス、髪を洗わせてやる。選べ」
「畏まりました」
 大量の香料で血の匂いは全くしない。一息つき髪を洗わせながら目を閉じる。

― こんな機会でもなければ、子宮口を最大に開くこともなかろう? この前のように入れておけば良かったかな? ―

 “入れておけば”
 見るもおぞましい胎児、腹の中で砕かれ注射器で破片が吸いだされた “あれ”
 儂の卵巣から取った卵子とラティランの精子を使い儂の身体で強制的に受精を行った。突如として現れた原型は……
『私に良く似ているな』
 ラティランの原型と同じもの。腹の中にラティランの分身が居るのを見たとき、言い知れぬ恐怖を感じた。儂とラティランが掛け合わさった物体。
 それが子宮壁に侵入を開始し始め時の絶望。
『どうした? カレンティンシス』
『早く抉り出せ』
『そうだな傷がつけばお前は死んでしまうのだったなあ。忘れていたよ』
 貴様が忘れるわけなかろうが。
『小さな火薬だ。体内で体内にいる私とお前の子を爆破する。肉片は吸い出すから安心しろ』
『薬物で溶かせるだろ……』

 自分の “存在している息子” すら簡単に殺せる男だ、映像だけの “男との間にできた子” を殺すのに何のためらいもない。身体に針を刺すのをやたらと好むラティランは、小さな爆弾を身体の最奥に仕込む時も注射針を使った。
 この男に腹の周辺に何度 “針” を刺されたことか。全て内臓に到達する長さで。
 何の衝撃もなく映像の中でだけ “ラティランに良く似た物体” は砕け、再び太い針のついた注射器刺し肉片を吸い出した。血が多くて殆ど何なのか解らなかったが、映像は何の感情もなくそれが吸い出される姿を映し出していた。
 注射器の中の液体が目の前で平らな容器に移された時、欠片が二三見えた。
『どうだ? カレンティンシス』
 主語のない言葉に儂はわざと違うことを聞き返した。
『貴様、注射針を刺すのが好きなのか? 変わった趣味だな』
 返って来た答えは、

― お前だからだよ、カレンティンシス ―

 パシャリと湯が跳ねた音がし、顔にかかる感触に目を開く。
「申し訳ございません」
「耳元で叫ぶな! 煩い。タオルを持って来させろ」
 本当は怒ってはおらぬが、ここで怒る王でなければならない。怒りやすく、怒ると身体に触れることすら許せなくなる王、それが儂だ。
「はい」
 差し出されたタオルで顔を拭きタオルを湯に落とす。
「どこか至らぬ点はありませんでしょうか?」
 実際儂は怒りやすい ”男” だから怒鳴ることは苦にならん。怒鳴られる方は哀れだが、怒鳴らねばならん。
 嫌われようが泣かれようが、儂は儂が生き延びる生き方を選ぶ。
「全て至らぬわ! 早く終わらせろ!」
「申し訳ございません」
 湯からあがり濡れた身体にタオルを被っただけで部屋へと戻る。
「儂は少し休む。時間が来たら起こせ、プネモス」
「はい。それとお休みの最中に髪を乾かしていてもよろしいでしょうか?」
「髪だけだ、身体に触れるなよ。お前がやれ、プネモス」
「もちろんにございます」
 儂はそのままベッドに横になり、プネモスが侍女を後ろにおいて髪を乾かし始めた。
 まだ痛む “存在しない箇所” の痛みを感じながら瞼を硬く閉じた。

 明るい部屋でしか寝られない儂は身体が休まることがないのだそうだ。だが逆に暗闇でしか生きられなければ王とはなれなかった。
 そちらの症例が発症していればカルニスタミアが何の問題もなく王になっていたと思えば……そのようなこと思う自由など儂にはない。王とはそういうものだ……

 そんなことを思いながら眠りに落ちた。


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