ALMOND GWALIOR −294
戻って来たカルニスタミアは、機動装甲関連の最高責任者であるキャッセルに、
「えー。彼、結構好みだったのにー」
「なんの話じゃ、ガーベオルロド」
叱責とは言えない叱責を受ける。
以前はもう少し”まとも”に叱責などをしていたのだが、最近は元々歪んでいた精神が更に壊れはじめ、帝国最強騎士の座を降りる時期が近付いてきていた。
大体の人は気付いているのだが、この手の類の常として、当人であるキャッセルだけは、自分が壊れ出したことに気付いていない。
表情がやたらと子どもじみ、ぼうっとしていることが多くなり ――
「ところでどうして君が連れて行ったんだい? 彼はエルティルザに頼んだのだろう?」
今回の会戦が終わった時、生きていたら「壊れて」しまうであろうキャッセルは、カルニスタミアに尋ねる。
「それはなあ。エルティルザはロレンと歳も近く、仲が良いので、辛くなるだろうと思うてな。本来であれば別れを経験させる良き機会じゃが、いまは会戦前じゃ。精神に負担をかけるようなことは避けるべきじゃろう」
カルニスタミアが急いだのは、前線に赴くことになっているエルティルザの精神状態を考えて、早急に行動に移した。
自分で連れて行くことにしたのは、無事に辿り着いたことを極力人を介さずに聞いたほうが信用でき、安心もできるであろうと判断して。
「なるほど……ありがとう」
善し悪しではなく、戦争に向かうのにはこうせねばならないであろうと。キャッセルには解らない考え方。
「いいや」
「私からはあとはないよ。帝国宰相が少々話しがあるそうだ」
「分かった」
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとしたカルニスタミアは、
「君が次の帝国最強騎士じゃないのが残念だよ」
背後からかけられた言葉に答えず後にした。
―― 壊れてゆくのが解るのは、怖くはないだろうか?
帝国宰相の元へと行き、金で今回のことを処理すると告げられ、金額などが書かれた書類を渡される。
「叱責はなしで良いのか?」
「それはお前の兄王の仕事であろう」
デウデシオンに言われ、カルニスタミアは怒り狂うであろうカレンティンシスの姿を思い浮かべて軽い頭痛を覚える。
「兄貴に叱られるくらいならば、帝国宰相にぐちゃぐちゃ言われたほうが良いな」
「ありがたいが、アルカルターヴァ公爵から叱責される”最後の機会”かも知れんだろう?」
時は流れ最終段階へ行かねばならぬ状態になっていた。
「そうかも知れぬな。ガーベオルロドも耐えきれぬであろうし」
「そうだ……出来ることならキャッセルを生かして連れてかえってきてくれないか?」
デウデシオンの思いがけない願いに、カルニスタミアは驚きを隠さず身を乗り出して問い質す。
「戦死させてやった方が良いじゃろう。壊れ、自らが生きていることすら解らぬ状態で生かすのか?」
「キャッセル本人が願っているようだ。本人が願っているとは言うが、本人は気付いていない……どちらが良いのか私にも解らんが、私自身、弟を戦死させたいと思ったことは一度もない。人間とはその程度の物だ。悪く取らないで欲しいが、アルカルターヴァのように、自尊心を最優先と考えることはできん」
「解った。出来る限りのことはしてやろう」
「無理はするなよ」
「貴様の為ではない。儂が無理をせねば、ザウディンダルが無理しかねん。それは避けたかろう?」
―― お前だけではなく、ガーベオルロド自身、避けたいであろうよ
**********
温かな日があるうちにカレンティンシスの元へと赴き、声が枯れるまで怒鳴られ続け、解放された時には夜空が美しくカルニスタミアの頬を冷えた空気が撫でた。
「アロドリアス」
外で待機していたアロドリアスが決意を伝える。、
「はい、ライハ公爵殿下。儂も覚悟を決めました。どこまでもお伴いたします」
「その答えが返ってくることが分かっていたから、お前に声をかけたのじゃよ」
キュラティンセオイランサ、リュゼク、そしてアロドリアス。
この三人と共に戦争から必ず生きて戻りカルニスタミアは、簒奪を開始する。
「期待に添えるように、死力を尽くさせていただきます」
「確実に成功させる」
”確実に成功させる”それはカルニスタミアの為ではない。かといってカレンティンシスのためでもない。
二人にとって何よりも重要であるテルロバールノル王家のために、絶対に成功させなくてはならないのだ。
「はい」
「その話は後でじっくりと、リュゼクとキュラティンセオイランサを交えて話すが、いまお前して欲しいことは違うのじゃ」
「なんなりとお申し付けください」
「この金を銀行に預けるのじゃ」
「これは?」
カルニスタミアから渡された僅かな金額しか入っていないカードを見て、アロドリアスは簒奪に従うと宣言した力強い口調から、訳が解らず一気に頼りないものになる。
「外惑星の開拓にむかった奴隷から預かったものじゃ」
「はあ」
「陛下が一人の奴隷と約束したのじゃ。ゾイという皇后の友人と”いつか退位した皇帝陛下が直接足を運んでください”と言われ、必ず迎えにゆくと。何時になるかは解らぬが、皇帝陛下は必ず成し遂げるであろう。その時に渡してやる。利子をたっぷりと付けてな」
「ローグ公爵家の銀行でよろしいでしょうか?」
「任せる」
「畏まりました」
ガーベオルロド公爵は生きて帰還はしたものの、精神が壊れ寝たきりの状態となり、それから二年も経たぬうちに生涯を終える。
**********
こうしてロレンの蓄えはずっとローグ公爵家に管理の元、貴族の特別枠として扱われ、かなりの額になっていた。
「お前がロレンの子孫じゃな」
待っていたローグ公爵が預金通帳を差し出す。
「あの……」
「王がお前の祖先に約束したのじゃ”いつかお前の子孫が帰ってきた時に、利子をつけて返してやる”とな」
金色で癖のない美しい髪を持つ女性公爵は、自信に満ちあふれ、選民らしい笑みを湛える。
祖先の預金をずっと銀行で管理してくれていたとは思わなかったカイは呆気に取られた。
「あ、ありがとうございます」
「好きに使うがいい」
そしてもう一つ、ローグ公爵の言葉に気になる部分があった。
「あの……」
「なんじゃ?」
「王と約束って、あの……」
カイは大爺から”ロレンは王弟殿下に連れてきてもらった。王弟ってのは王様の弟のこと”と聞かされていた。
長年帝国から離れていたカイの疑問に、ローグ公爵は主の緋色の旗艦を指さす。
「カイとやら、お前は白き戦艦の名を知っているか?」
「ダーク=ダーマ。白き漆黒の女神です!」
「よろしい。では赤い戦艦の名を知っているか?」
「クレスケンと」
「その通り。お前の祖先が帝国に居た頃、陛下の白き旗艦はダーク=ダーマと呼ばれ、リスカートーフォンの赤い旗艦はクレスケンと呼ばれが、他の王家はそれに類する呼び名はなかった。お前達が外惑星に出てから六十五年後、儂等の王の旗艦にも名が付いた、カルニスタミアと。軍人王として誉れ高かったカルニスタミア王の名がな」
彼らの祖先が知らない間に、王弟は王となっていた。
―― 最も貴公子らしかったそうだ。下手をするとナイトと呼ばれていた、皇帝陛下よりも ――
数々の名声と栄誉を持つテルロバールノル王であったカルニスタミア。カイはその生涯を知ることを当面の目的と定めた。
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カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローン
忠実なテルロバールノル王は【実兄にして先代王カレンティンシスと王妃クレドランシェアニの間に産まれた第一子イサルファイアンに王位を譲り】自らは大君主クロスアヴィネとなり皇太后ロガと結婚する
実兄の息子に王位を譲ったことで、テルロバールノル王国へ戻ることができなくなった大君主クロスアヴィネだが、故国をこよなく愛していた
義理の祖父であり、大叔父でもある大君主クロスアヴィネに助けられ、三十九代皇帝は帝国を治める。大君主クロスアヴィネは皇帝にまこと忠実であった
『忠実なる老犬よ 宇宙の果てを見遣れ』【完】
―― 喜ばしきことかな、兄貴の孫は誰一人両性具有ではなかった。儂は帝国の規範を破らずに済み、皇帝に忠実であることができた。もしも生まれていたら儂は……やはり帝国に忠実であったであろう。 ――
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