ALMOND GWALIOR −271
《皇后同意書のサインをかけて勝負してもらおう。勝負内容は機動装甲にて近距離限定戦。場所は帝星近領》

「なにを考えている? 帝国宰相」
 ラティランクレンラセオはデウデシオンからの申し出を訝しみながらも受け取った。帝国騎士の総合的な才能はラティランクレンラセオのほうが格段に上。近距離限定戦、即ち”殴り合い”は、たしかに僅差だが、提示された勝負方法ではラティランクレンラセオが優位。
 あまりに自分に分の良い勝負の条件に、断ろうとかと一度は考えたラティランクレンラセオだが、断ってもこの先様々な難題を持ちかけて来るだろうと思い直して勝負を受ける旨を伝えた。
 帝国騎士本部の機動装甲格納庫へとラティランクレンラセオが自ら赴き、調整をする。機体の確認、バラーザダル液の調整などを終えて、式典へと戻っていった。
 彼が立ち去ってすぐに「彼」がやって来た。
「長兄閣下の本気を応援できること、心から嬉しゅう思います!」

**********


 帝星時間(玉座が基準)としては昼、勝負は開始となる。
 ラティランクレンラセオ以外の王は怪我をした場合、代理でサインするために、そして勝負に号令をかけるために待機。
『タバイ兄さん、私がやらなくてもいいのですか?』
「デウデシオン兄の計画通りでいい、キャッセル」
 帝星傍の機動装甲戦なので、不測の事態に備えてキャッセルも機動装甲に搭乗し待機。
 タバイは《最後の切り札》を持って同じく待機している。タバイはこの戦いでデウデシオンが負けるとは思ってはいない。むしろ”やり過ぎ”を恐れている。
『で、どっちが勝つんだ? エーダリロク』
 帝星近くの衛星に狙撃用銃を持って単身待機しているビーレウスト。機動装甲戦に混じるというのではなく、戦いのラインを維持するために配置され、機動装甲が区画から出た場合威嚇射撃をする。機動装甲に搭乗していないのは、帝星近辺にこれ以上機動装甲を配置することができないため。
『普通の勝負なら解らないが、決闘となると断然ラティランの野郎だ。同調率もそうだが、同調速度は帝国宰相と比較にならねえ。注入した瞬間に最高値をたたき出せるからな』
 臣民の目を誤魔化す装置を操るなど、様々な事態に対処するためにエーダリロクが帝星で機動装甲操縦部に入り、様々な機械とリンクして待機している。
『だよな。普通の戦闘でもない限り、帝国宰相には勝ち目ないよな』
『まあねえ』
 帝国騎士ならばほとんどの者が知っているが、ラティランクレンラセオは機体と自身を同調させるバラーザダル液との同調率が極めて高い。もちろん最強騎士であるキャッセルも同調率は抜群で負けてはいないが、同調速度となるとキャッセルでもラティランクレンラセオには敵わない。
 ラティランクレンラセオはバラーザダル液が注入されると同時に、同調率が最高値になる。その速度は最強騎士キャッセルの五十倍に達する。
 機動装甲は同調してから出撃する兵器なので、これらは強さには加算されないが、今回デウデシオンが挑んだような戦い方では大きく関係してくる。
 ”あまりにも自分に分がよい”ラティランクレンラセオが疑ったのは、この為であった。
『……ま、これ以上は聞かないでおく。エーダリロク』
 エーダリロクの「まあねえ」を聞き、なにかがあることを察したビーレウストは通信を切る。

 その頃シュスタークは、
「ロガとこうして二人きりで食事をするのは久しぶりだな」
「そうですね、ナイトオリバルド様」
 ロガと二人きりで昼食を取っていた。
 もちろん二人は事情など聞かされていない。

 カレンティンシスの号令で
「勝負、始め!」
 エーダリロクが、両者のバラーザダル液の注入開始ボタンを押す。
「すげー速度。これどうやって維持してんだよ」
 データを取りつつ戦況を眺めるエーダリロク。戦況は大方の予想通り、デウデシオンが防戦一方。デウデシオンはバラーザダル液を注入してから同調開始まで五分二十秒。完了まで十八分三十三秒かかる。対するラティランクレンラセオは同調開始まで二秒、完了まで三秒。
「ははははは! なにを目論んでいるかは解らんが! 生きて帰れると思うなよ、帝国宰相。はははははは! はーははははは! はっはははは!」

「? なんかラティランおかしくねえか?」

 機動装甲内部の音を拾う装置がないビーレウストだが、このくらいの距離ならば聞き取ることが出来る。その彼の耳に、ラティランクレンラセオの笑い声が届いてから、
「ひゅーあははははは! ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃんひゃにゃあ!」
「……」
 途切れることがなくなった。その上、笑い声がおかしい。
 確かに「楽しそう」にデウデシオンの機体を殴りつけているが、操縦席の笑いはそれとは別物。
「なんだ、この鬼気迫ってんだか、遠ざかってんだか分かんねえ笑い声」

**********


 ラティランクレンラセオが調整を終えた機動装甲格納庫へとやってきたデ=ディキウレは、
「このデ=ディキウレ、お申し付けの通り、この笑い薬をバラーザダル液に仕込んでおきます」
 同調率の速さが仇になるように、バラーザダル液に薬物を仕込みにやってきた。
 本人は「笑い薬」などと言っているが、歴とした拷問用の劇毒。
「誰かいるのか? ここは……」
 誰もいない筈の格納庫内に人の反応があるので、確認にやって来た兵士は、
「ケシュマリスタ王?」
 格納庫の中に帰った筈の”ラティランクレンラセオ”の姿を見つけて驚く。
 場所もそうだが、デ=ディキウレはケシュマリスタ王の緑と金と白が基調の朝顔が裾に濡縫い取られた服を着用しており、
「僕をいま此処で見たことは誰にも言ってはいけないよ。そう僕にすら告げてはいけないよ」
 悠々と振り返る。
 格好に声に喋り方、黄金髪にその表情を前にして兵士が疑うはずもなく、頭を下げて格納庫から足早に立ち去った。
 格納庫の扉が閉ざされ、足音が聞こえなくなってからデ=ディキウレは懐からもう一つの仕掛けを取り出す。
「これは私からの長兄閣下への贈り物」
 そう言い機体へと近付いて行った。

**********


「俺としても帝国宰相には勝ってもらわないと困るからなあ」
 バラーザダル液に毒物が混入されていれば、機体のシステムが稼働して警告するのだが、そのシステムその物に手を加えられては機体もラティランクレンラセオも、どうする事もできない。
「もらった金額分の仕事はしたぜ。あとは好きに楽しめばいい」
 エーダリロクはラティランクレンラセオの笑い声を聞き、歪んだ歓喜の表情で殴りかかるデウデシオンの表情を見ながら《いつ出て来るのか?》を待っていた。
 待っている間にデ=ディキウレが仕掛けた《贈り物》が爆発。
 ラティランクレンラセオの機体の腕に仕込んでおいた爆弾が爆発し、腕が一本稼働不能な状態に。
「きーひぃぃぃひぃひぃぃひひゃあああ!」
「……」
 狂ったように笑いながら交戦し続けるラティランクレンラセオと、《復讐しています》とはっきり解る表情のデウデシオン。
 このまま戦いが長引くのも……だなあ、と誰もが思っていたその時、
「動き出したな」
 エーダリロクの機体にだけに確認されていた機体が動き出した。
 ビーレウストが配置された衛星と帝星を挟んだ反対方向から現れたのは、
「カル?」
 登録されていない誰が乗っているのかも不明な機動装甲で、一言も言葉を発していないのにビーレウストが呟き、
「カルニスタミアか」
 ザセリアバも見極め、
「カルニスタミアだろうな」
 《来る》とは聞いていたが、あからさま過ぎるだろうとランクレイマセルシュが呆れ、
「なにをしておるのじゃあ、カルニスタミア!」
 実兄が叫ぶくらい”カルニスタミア”
 何時でもそうだが、カルニスタミアはその雰囲気が機体にも及ぶせいで、今回も一目で解ってしまったのだ。隠しようのない王者の雰囲気も、場所を間違うと非常に困りものであるが、隠しようがないので仕方がない。
 だが勝手に未登録機動装甲に搭乗し、帝星近辺で戦闘態勢(バラーザダル液注入)なのは許されないことなので、敢えて他人の振りをする。
『儂は通りすがりの者じゃ』
 本気で正体を隠すつもりがないだろう? としか言いようのない答えに、一応ラティランクレンラセオ陣営側にいるキュラティンセオイランサが、
「あーあ。なに考えてるんだろう……それに、なにあの顔の目に当たる部分。変な塗装だなあ」
 隠しようのない王弟殿下の態度と、明かにおかしな塗装に声を上げる。
「マスクのようにも見えるねえ」
 皇君は映し出された機動装甲の頭部、人間で言えば目の辺りが黒く塗られているのを見て、キュラに同意する。
『マスク・オブ・儂とでも名乗っておこうか』

―― それは偽名なのか?

 殆どの者が「?」となった状態だが、
「ひぃぃぃきぃひゃははははははーきゅあるにしゅうああああ!」
 笑っているラティランクレンラセオが聞き取れないがカルニスタミアの名前を叫び、
「……」
 殴り続けているデウデシオンには、誰であろうが関係のないこととばかりに戦闘を続ける。いま出来ることは、
「確かに壊して良いって言ったけど、あの塗装はなんだよ……まじで」
 新型データ採取用に貸してやったエーダリロクが、おかしな塗装に聞いてはもらえない突っ込みを入れ、
「タバイ兄さん”マスク・オブ・儂”って本気なの? ギャグなの?」
 自分の感性を信じてはいけないと言われている最強騎士キャッセルが、常識人の兄に現状を問い確認することくらい。
 この状況を常識人の兄タバイに問う時点で、キャッセルの性質が重度であるのが解るというもの。
「私にも解らん……」
 膝の上あたりに手を置き、項垂れ肩を落としたタバイの隣にいる《最後の切り札》ことザウディンダルが背中をさすりながら、
「キャッセル兄……たぶん、あれ本気だよ。ギャグとかじゃなくて、うん……」
『そうなのか、ありがとうザウディンダル』
 何時いかなる時も本気過ぎて、気付くと道を間違っているカルニスタミアを見つめる。

「ぎぎゃはははああああ! はっはああああああ! ひゃはあはははぁっはははあぎゃああああがああはははははっ!」

―― 俺たち、陛下の挙式の最中になにしてんだろ……

 ザウディンダルの当然すぎる困惑だが、

「ロガ、ステーキはどうだ?」
「とっても美味しいです。この乗っているアーモンドスライス大好きなんです」
「余の分も食べるか」
「……じゃあ、一枚もらっちゃいます」

 何も知らぬ皇帝は、皇后と昼食を楽しんでいた。


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