ALMOND GWALIOR −245
「だから人肉レシピのぉぉぉ!」
「……(シベルハム、早く作り直せよ)」
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癖一つ許さないような真紅の髪を持った唯一の四十五代皇帝サフォントが、彼の生涯の全てにおいて最高の敵手だったリスカートーフォン公爵ゼンガルセンに《その真紅の髪は本当に偶然なのか? お前なら解るのではないか?》聞かれ、皇帝は言葉濁さずに答えた。
「アイバス公爵アニアス=ロニ・ラディラクス・フォレンビンレンとオーザ公爵シベルハム=エルハム・オリヴィアルザ・クレスカ。この二名の存在が深く関係している」
「オーザ公爵シベルハムにアイバス……三十七代の頃の話か。随分と遡るな」
「そうでもないぞ、ゼンガルセン。余が言ったのは最終地点であり、起点はそれよりも前にある。三十七代皇帝が二十五歳が最終地点であり、起点はそこから百五十九年遡ることになる」
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アイバス公爵アニアス=ロニ・ラディラクス・フォレンビンレンとオーザ公爵シベルハム=エルハム・オリヴィアルザ・クレスカの諍いは、当人同士には関係なく始まり、当人同士でまったく決着が付かなかった ――
この二人の現状はヒドリク親王大公、現帝国の支配者の血統まで遡る必要がある。
ヒドリク親王大公は帝星にあった全ての情報を消し去り、他王家の情報も九割方消し去った。それも同時に一夜にして。
その結果、数多の情報が失われた。その中に《リスカートーフォンの調理》があった。リスカートーフォン一族の「料理」は二種類あり、世間にも流布している料理は簡単にレシピを手に入れる事ができ、現在では苦もなく作る事ができる。
だがリスカートーフォンにはもう一つの《宮廷料理》があった。それが《同族調理法》
そのレシピが完全に失われており、現在もほとんど復元されていない。
―― 完全に失われた ―― というところからも解るように、この調理方法は帝星に原本があった。
リスカートーフォンは現物をそのまま食べることが多い。リスカートーフォンの本国は良いが、帝星では目立つを通り越して問題になった。
彼らがそれを食するのは禁止されていないので、問題にはなったが禁止はできなかった。だが腹を捌かれ生きたままの人間が食卓に上るのを嫌う他の正配偶者もいれば皇帝もいる。皇帝は初代皇帝が許している以上禁止することもできず、また稀に皇帝にその形質を持ったものが現れるのでやはり禁止はできない。
妥協案として《調理》が義務づけられた。
大宮殿においては他者と食卓を囲む際は、絶対に調理せよ ―― というもの。たとえ皇帝が所望しても、食卓に正配偶者がいれば調理しなければならない。
この妥協案は帝星限定でもあった。よって調理方法は帝国にしか存在しておらず、そのグロテスクさから帝星で重要書類として保管されていた。
それが災いして、ヒドリクの一斉消去に巻き込まれて消えてしまった。消えてしまった方が良いようなレシピだが、帝国が再建されヒドリクの子孫が皇位を勝ち取った。皮肉と表現してよいかどうかは解らないが、帝国がヒドリクの子孫により再建された結果、ヒドリクにより消された《同族調理法》の復元も行われることになるのだが、着手されたのは三十四代皇帝ルーゼンレホーダの死後から。
ルーゼンレホーダの正妃の一人は歴としたリスカートーフォン王女で、彼女が産んだ皇子こそが三十五代皇帝クルティルザーダ。
だがルーゼンレホーダは《狂わないザロナティオン》を目指して作られたクローン。クローン本体であるザロナティオンが狂った経緯を考えると、誰も調理方法を復元させて食卓に並べようとは思わなかった。
それに当時は同族も人間も極端に少なく、三十五代の生母も人を食わなければ生きていけないような性質ではなかったので、誰もがそこから目を背けて三十四代の御代をやり過ごした。
だが帝国が帝国として再建された以上、そしてリスカートーフォンの血が皇帝に確実に入ったからには、同族料理を所望する皇帝が現れるのも遠くはないだろうということで、調理方法の復元が《リスカートーフォンに》命じられた。
人を殺すことや食べることは好きだが、レシピの復元は誰もやりたがらなかった。彼らは戦争以外は極端にめんどくさがる生き物。
帝国より命じられた当時のリスカートーフォン公爵クリトルセルフェンは「大事」だからと、王太子ガウダシアに命じた。
ただ命じたが、あまり本気ではなかった。息子の性格を熟知しているので、後回しにして手を付けないことは解っていたが。
クリトルセルフェンの予想通りガウダシアは手をつけず、クリトルセルフェンは戦死する。そして公爵の座についたガウダシアは面倒事を息子のアメ=アヒニアンに押しつけた。
アメ=アヒニアンは城で普通料理の方法などを習い育ち……そして兄ヲイエル=イーハの死去に伴い皇帝の正配偶者として大宮殿へと入る。
その先で帝国の料理人たちと会合などを開き、調理方法を模索していた。この頃彼は、引き取った弟ビーレウストに当初自分が習った普通の料理を教えていた。
現在では料理などに興味のないビーレウストだが、手先が器用で何でも作ることができるのは、この頃の素地があるためである。
だがアメ=アヒニアンも調理方法の”触りの触り”程度で死去し、その役割はシベルハムに渡された。
上記の流れならばビーレウストにその任務が与えられそうだが、ビーレウストは《血の匂いを嗅ぐと発狂する》という同族や人間の調理方法開発に適さない体質により除外されることとなり、シベルハムが継続することになった。
当然シベルハムは父ガウダシアと同じく、手を付けないで無視していたのだが、父公爵の時代と大きな違いがあった。
それは帝国が安定してきたこと。
ガウダシアの頃はまだ痕が深かったが、シベルハムの時代になると使えない皇王族系王族などが目に付くようになり、調理方法復元に力を入れても良いような「余裕」が出て来た。
ガウダシアとは然程会うことのなかったシベルハム。
彼に残された遺言は「皇帝の料理人に勝とうとおもうな」であった。
料理復元担当になり、甥が王位を継ぐ。そして、
「お前の弟、どうにかならないかキャッセル」
似たような性質のキャッセルと仲良くなり、人間の肉をねじ切り食べる。
「どの弟? シベルハム」
「アニアスだよ、アニアス。あいつがレシピの復元に煩くて」
「なに訳け分かんないこと言ってるんだい? シベルハム。アニアスをどうにかできたら、君は帝国宰相の地位に就けるよ。むしろ私が聞きたいね、あの料理暴走弟の止め方なんて」
現皇帝異父兄弟中もっとも狂っている男が真顔で、一族のほぼ全員が狂っている王子に諭す。
アイバス公爵アニアス=ロニ・ラディラクス・フォレンビンレンという料理人は、そういう男である。
さしもの人体破壊好きの狂人も、まともに間違っている男を相手にするのは分が悪く、防戦一方になる始末。
それでもシベルハムはレシピの復元をしなかった。
「性別と年齢と人種別に部位別にして、砂糖を何グラム掛けたら上手いか? なんてデータ取る必要あるのか」
「あるのです。羊だって年齢と性別で分けられているでしょう。それに肉にあった調理をしているじゃないですか」
「お前が食って調査したらいいだろう」
「嫌です。人間なんて食べたくありませんし、なによりリスカートーフォンの舌に合わなくては話になりません」
「調理したくないだろ」
「調理に問題はありません。私は料理人ですから。殿下が軍人であるのと同じように、責務をまっとういたします。たとえどんなに残酷な任務であろうとも。もっとも料理人って残酷ですよ、ほら生まれてまもない子羊とか屠りますし」
「まあ……な」
人種や肉質、何を食べさせたら舌にあう肉になるのかなど……調べるのが面倒で、こればかりは部下に任せられないので、逃げて逃げまくった。
”だから”シベルハムはロガが皇后の座に就くことも、シュスタークがロガ以外の妃も愛人も要らないと言い切ったことも全面的に支持した。
シベルハムとしてはシュスタークの正妃の座にリスカートーフォン系の女性が就かなければ、ザロナティオンクローンのシュスタークだけが至尊の座に就いていてくれれば、そしてロガに人食いの趣味さえなければ《彼の時代では復元する必要が無い》
シュスタークの座は帝国宰相が必死に守り、同時に外戚王ランクレイマセルシュも守っている。ランクレイマセルシュと”仲が悪い”が、利害の一致することの多いザセリアバ。シベルハムはその配下なのでシュスタークの地位を守ってもおかしくはない。
進軍途中何度かロガと直接会って食事をしている姿を確認した結果、人食趣味もなかったので食卓にのぼることもない。……この辺りは当たり前なのだが、シベルハムにとっては確認するに値する項目なのだ。
だが問題が発生した。
元来は存在しなかったリスカートーフォン系皇王族の女性、それも皇女を産む確率が多い女性を大量に抱えた。そして正妃の地位は三つほど空いている。
ザセリアバは正妃として送り込もうとし始めた。
シベルハムにとって、これはなんとしても阻止したい出来事。
「リスカートフォン正配偶者の帝国用レシピが無いから無理だ!」
シベルハムがレシピを復元するのを面倒がっているのは一目瞭然。
そんなことを言われて諦めるザセリアバではなく、シベルハムはついに帝国宰相寄りとなる。その頃ちょうど地位と強さを持つ男を「異母姉の結婚相手」として探していたデウデシオンは”渡りに船”と彼とフォウレイト侯爵を結婚させた。
もちろんレシピを復元「しないように」という条件をつけて。
他王家からしてみると、リスカートーフォンだけが正妃を送り込めるのは面白くないので、基本シベルハム寄りとなり、その妃でもあるフォウレイト侯爵に対しても強く出る事はなかった。
そんなシベルハムのプロポーズは
「我と結婚しても意中の男ができたら好きにせよ。我はあなたを束縛はしない」
”王子としての責務”という言葉で括られ見た目もよいので、それ程悪い台詞には聞こえないが、利害と打算と面倒がベースになった見事なまでの屑ぶりである。
プロポーズ以上に当人が結婚には不適なのだが、それでも帝国宰相の懸案であったフォウレイト侯爵の身の安全の確保には役立ち、
「二人が結婚するなら、バロシアンを軍人として寄越せ」
「……解りました」
次期フォウレイト侯爵の夫であるバロシアンをリスカートーフォン側は軍人として手に入れることに成功した。
シベルハムの義理の息子にあたるので、一人くらいは軍人がいないと格好がつかないためだ。文官の道を歩んでいたバロシアンではあったが、元々この道を選んだのはわだかまりにより遠い兄であり父に近付くため。
そのわだかまりが僭主の襲撃で氷解したので、抵抗もせず「フォウレイト侯爵家を継ぐと決めたのは私です」そう言って、彼の特性が生きる道へと方向転換した。
もっとも軍人の身体能力を発揮するよりも、軍の事務処理にほうに借り出されて、やっていたことは武官でも文官でもあまり違いはなかったようではあるが。
こうして関係を持たない、相手の真の性生活には踏み込まない副王夫妻が誕生し、遠縁の娘と異母弟の同母息子によるフォウレイト侯爵家を後押しすることになる。
養子縁組と相続には様々な問題が起こる。とくに相手が王子なので問題になるかと思われたが《取り込めば良い》ということで、そのままエヴェドリット王家に近い家柄と縁組して遺産相続に預かれるようになった。
真紅の癖の強い髪を持った人体破壊趣味のリスカートーフォンの王子シベルハム=エルハム。彼の死後、彼の領地の一部を受け継いだのがバロシアンの息子。
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「ディブレシアの目的は真祖の赤を造り出すことであった。その目的で造られた者の中で最も《真祖の赤》に近付いたのがハーダベイ公爵」
サフォント帝の言葉に、自王家の血統を思い浮かべてゼンガルセンは頷いた。
「皇帝の血に混ざったな。かなり紆余曲折を経て」
バロシアンの息子は皇王族になりかわった僭主の娘と結婚し、そのままエヴェドリット王家に根付いた。
娘の祖父はジャスィドバニオンと言い、ハネストの前夫である。娘はハネストの次に得た妻との間に産まれた息子の子でハネストと直接的な血の繋がりはない。
このジャスィドバニオンがアシュレートと共にリスカートーフォン正配偶者用レシピを復元した。
「アイバスの追い込みは凄まじかったとある」
とにかくシベルハムはアニアスから逃げたかった。
「宮廷料理人なんて、狂人の集まりだからな」
だがアニアスは逃がさなかった。リスカートーフォン一族は、ビーレウスト以外は誰一人として逃げられなかった。
「そなたが言うか、リスカートーフォンよ」
こうして《真祖の赤》が誕生した。ディブレシアの計算外であったことは言うまでもないだろう。
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「確かに分子構造でわかりますが、味はそれだけではないのですよ!」
「……(二時間経過した。そろそろ助けにきてくれ、エーダリロク)」
ビーレウストも逃げ切れていないように見えるが、これでも充分逃げている範囲であった。
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