ALMOND GWALIOR −226
 向かおうとしていた先から聞こえてきた、機械音と聞き慣れない音に、シュスタークはロガを庇う。
 庇いながら音が何かを確認しようと見つめていると、角から現れたのは、
「清掃機ですよ、ナイトオリバルド様。あれ? あの剣」
 現れた清掃機は、シュスタークの剣を塵運搬用のトレイに乗せながら近付いてきた。
「……まさか! ロガは此処で待っていてくれ!」
 シュスタークは駆け出し、剣を掴むと死角とも言える角を曲がり、
「ザウディンダル!」
 ”誰か”にのし掛かられているザウディンダルを発見し、持っていたロガのヘルメットを投げつける。
 首を絞められて声も出ない状態になっているザウディンダルと、振り返った首を絞めていたディストヴィエルド。
「ヒドリク!」
 そのディストヴィエルドの頭にぶつかったヘルメットは、粉々に砕けて周囲に飛び散る。ザウディンダルの首から手を離し振り返ったディストヴィエルドだが、その時すでにシュスタークの剣はディストヴィエルドの首に食い込んでおり、銀髪と共に音もなく切り落とされた。
 ギャラリー側に転がった首は、顔を歪めて”体だけ”を動かす。
「攻撃?」
 司令塔であるはずの頭を失っても、的確に動く体に”自分たちの特性”を知ってはいても、驚きを隠せないシュスターク。
《異形の系譜だ、当然のことだろ。倒すよりもまずは、安全確保だな。体をその吹き抜けに突き落とせ》
 それに冷静に指示を出すラードルストルバイア。
「うおあああああ!」
 ”シュスターク”は叫びながら、渾身の力を込めてディストヴィエルドの「体」に拳を入れて、手すりまではじき飛ばし、駆け寄って両足をすくい上げて吹き抜けへと落とした。
「げほ……ぐっ……」
「ザウディンダル! 大丈夫か? ロガ、こっちに来ても大丈夫だ!」
 シュスタークは顔のあちらこちらに殴られた痕跡があり、首にどす黒い指の痕が残ってるザウディンダルを抱き締めた。
「無事で良かった」
 シュスタークに声をかけられたザウディンダルだが、喉がつぶれかかっていて咄嗟に声が出ない状態。
「大丈夫か?」
 その声に緊張の糸が切れ、身体中から力が抜けてゆく。
 抱き締めているシュスタークの肩越しに見えたロガの笑顔に「ああ、后殿下が無事で良かった」と、泣き出したくなるほどの安堵に意識が押し潰されそうになった。

 呼ばれて来たロガは、隅に転がっている銀髪の首と、
「よかった! 無事でよかった!」
 ザウディンダルを抱き締めて、本当に喜んでいるシュスタークの後ろ姿を見て、助けに来て良かったと実感した。
 何故か足元を”きゅるきゅる”と音を立てて付いて回っている清掃機に視線を落とした時、その輝き周囲を映し出す機体の背に「人」が映っていることに気付いた。
 ロガはその方向を見上げる。
 ギャラリー側に立ち、自分たちを見下ろす形となっているサーパーラント。彼は腰から銃を抜き、ロガに向けた。
 彼の持っている銃では胴体と切り落とされたディストヴィエルドの頭を撃ち抜くことも、ザウディンダルを抱き締めているシュスタークも撃ち抜くことはできない。
 ザウディンダルはシュスタークの陰となり狙えず。この場で彼の銃で殺害できるのはただ一人。奴隷の少女、ロガ。

 彼はロガの眉間に照準をあわせ、引き金に指をかけた。

 転がるディストヴィエルドの頭、そして抱き合う皇帝と異母兄、二人を優しく見守ロガ。勝敗は結した。
 僭主の勝利ではなく、僭主が勝利した結果キャッセルが殺害されることを望んでいた彼・サーパーラント。
 彼はまだキャッセルを殺害することを諦めてはいなかった。自分はキャッセルの部下であることは広く知られている。それがこの作戦のためであったとしても、部下なのだ。
 その彼がロガを殺害したらどうなるか?
 皇帝の正妃の命を奪った直接の犯人”下級貴族一人”の命で購えるものではない。彼の直接の上司であるキャッセルまで累が及ぶのは明か。
 負傷してダーク=ダーマに搭乗していないとしても、責任を負わされる。

**********


 吐く血もなくなったキャッセルは、銃にもたれかかりながら、それでも撃っていた。キャッセルは戦いに適した体を持っている。それは最後の最後まで戦える、
「視界はクリアだ。まだ狙える」
 死ぬその瞬間まで、敵を狙い撃つことができる。

**********


―― 自由になろうよ、キャッセル様

 銃を構えたサーパーラントは、標的であるロガと視線が合う。
 現皇王族、元奴隷であった少女は、自分に銃口が向けられていることに気付き、驚きと哀しみの表情を少し浮かべてから、腰に差している銃を取り出し、ためらうことなくサーパーラントに狙いを定めた。

―― 私は死んだり、怪我をしたりしては……いけないようです

 ロガは死体は怖くはないが、人を殺すのは嫌だった。普通の死体ではなく、死刑に処された特殊な死体が間近にあったからこそ、それを作り出す行為が嫌で仕方なかった。
 だが自分が殺されたら、誰かが責任を取らなくてはならない。ロガはその事を重々理解している。
 自分が知っている他人を生かすために殺す。

―― 僕、后殿下の警備大好き。機会を増やしてくれてありがとう。君の警備につく回数が増えるってことは、僕は責任とって死ぬ可能性も高くなるけどね。そんな顔しないでよ ――

 ロガは気さくに話しかけてくれ、まだ共通の話題が少ないシュスタークと自分との会話をも取り持ってくれるキュラティンセオイランサを警備にと望んだ。願いは叶えられ、彼は正妃の警備としては異例になる毎日付けられることになり、変わらずに話しかけてくれた。
 今日も警備にやってくる。ロガは時間は分からないが、彼が責任を負わせられることを考えた時、自分が望み危険と隣り合わせにした人を守るためにも、自分を守りきらなくてはならない。
 いま自分とキュラティンセオイランサを守れるのは、ロガ自身だけであった。

**********

 ラティランクレンラセオがローグ公爵に見張られつつ待機している港に、
「あれは……」
 キュラティンセオイランサの乗った移動艇が無事に着陸した。
 ハッチが開き中から降りようとするキュラに、
「両手をあげろ」
 ローグ公爵は命じる。
 キュラは言われた通りに両手をあげて、顔に殴られた痕のあるラティランクレンラセオへと近付いた。
「助けにでも来たのか?」
 キュラの今まで行動からすれば、ローグ公爵が警戒するのも仕方のないこと。
 だがキュラには時間を無駄に過ごしている暇はない。
「いいや。僕はこれから后殿下の警備に向かうのさ」
「何処に居るのか解っているのか?」
「知らないよ」
 ローグ公爵とキュラが睨み合っていると、ダーク=ダーマに本日何度目か解らない震動が走った。
 この震動は突撃艇で次々とリスカートーフォン勢がダーク=ダーマに強制上陸した衝撃から来るものだが、当然三人は知らない。
 何事だ? と、一瞬視線を外したローグ公爵の銃を持っている手をキュラは掴むと、銃を取り上げて即座にラティランクレンラセオの右の太股を三発射貫き、銃口を握り自分に向けて、グリップを差し出した。
「これで信用してくれないかな? 僕の持ってる銃じゃあ、茶番劇だと思われるじゃない」
 緑色の着衣が噴き出した血で黒く染まってゆく。
「なるほど」
「そのくらいじゃ死なないよね、僕たちのケスヴァーンターン公爵殿下だもん」
「当然だ」
 ラティランクレンラセオは大動脈が撃ち抜かれた太股を押さえながら、余裕のある表情で言い返す。ラティランクレンラセオはこの程度では死なない。
 だがキュラがこの時点でラティランクレンラセオに従ってはいないことは、僅かながらだが証明できた。
「行ってもいいかな? ローグ公爵」
「エリア4599の半ドーム」

 ローグ公爵はカレンティンシスが向かったシステム中枢の場所をあげた。

「ま、アテがないから、まずはそこへと向かってみるよ。じゃあね、ラティランクレンラセオ。僕が君の失態を取り戻してきてあげるから、安心して待ってなよ。あ、ちなみにブラベリシス逃げたから」
 キュラは扉を開き、腹部を押さえながら走りだした。

「決意表明のようなものだが。ロガ、余は死ぬまで皇帝であるつもりだ」
「ナイトオリバルド様?」
「皇帝は退位し大皇となり、皇位を皇太子に譲ることができる。だが余は退位はせず、最後まで皇帝であろうと決めた。理由は親王大公に、自由な時間を与えたいからだ。余が皇帝であり続ける限り、ロガは皇后であり続けることとなる。それは苦難の道だ。退位して大皇と皇太后となった方が楽だ……だが、余は最後まで死ぬまで皇帝でありたい。その時まで、皇后として傍にいてくれるか?」
「はい。私の寿命が先に尽きるかもしれませんけれども、最後まで正妃として……皇后として、奴隷として、ロガとしておそばに」

「ありがとう」
―― ロガ、余の方が先に死ぬ。その先は自由になってくれ


―― エリア4599の半ドームって、この前、陛下と后殿下が仲良くお話してた所じゃないか……皮肉なのか、運命なのか

 激痛が走る腹部を押さえながらキュラティンセオイランサはローグ公爵が告げた場所を目指した。
「后殿下がこの争いで死んだら、僕責任取らされちゃうじゃない……まあ、いいけどさ」
 ロガというたった一人の元奴隷少女が死んだら、暗黒時代を収めたヒドリク朝は終わる。キュラティンセオイランサはそのことを肌に感じていた。
「偽物だけどね……」
 崩れた壁、拉げた隔壁、破壊された照明、穴が空いた床。いたる所が破壊されている通路を注意深く走る。
 幸い周囲には敵の姿も気配もなく、足元の瓦礫を避けて進むことだけに専念できた。
 徐々に聞こえて来る、普通に生きていたら聞くことのない食事の音。肉食獣の食事するシーンが可愛く見える程の生で、直接食いつき、引きちぎり、噛み砕く。
 やっとの思いで到着した先でキュラティンセオイランサが見たのは、瀕死のカルニスタミアと楽しげに食事をするエヴェドリット勢と、ザセリアバが機動装甲から直接侵入するためにドームに開けた穴を塞いだ赤いマント。
「やっと辿り着つけた……」
 現れたのは、
「キュラじゃねえか!」
「よお、キュラ。どうした? その怪我」
 ”白い肌”が土気色になっている状態のキュラティンセオイランサ。
「この怪我は内部抗争みたいなもん。あのさ、后殿下は? 僕さあ警備なんだよねえ」
 冷や汗をかき口の端から血ではなく、体液を垂らしながらキュラは尋ねた。
「后殿下なら、この近くにいるぜ。ここほら、お食事中であんまり良くない眺めだからよ」
 ビーレウストは笑いながら、自分たち一族が同族を食らっている場所を指さす。
「この近くね。僕警備に向かうから」
「その怪我でかよ」
「お姿だけでも拝見しないと……」
 ビーレウストはシュスタークが向かった方角を指さして、目印を教えてやった。
「滞在中の部屋の扉に、アジェのマントが目印で掛かってる筈だぜ。中は探るなよ」
 キュラは激痛と嘔吐感を堪え、肩を壁に寄りかからせながらドームを抜けてゆく。
「ついて行った方が良いと思うか?」
「平気だろ。すぐそこだし。えっとテルロバールノル王、キュラの治療も頼んでいいでしょうか?」
「……」
 カレンティンシスが”受け入れるか”を悩んでいると、誰もの脳を揺するような高音域が響きわたった。
「何事だ?」
 ビーレウストが駆け出し、キュラの元へとゆき叫び声の理由を知って、抱えて戻って来るまで、時間はかからなかった。
「おい! エーダリロク! 陛下と后殿下がいない!」
「はあ?」
 床に降ろされたキュラは自分の腹部を抱き締めるようにして、痛みに耐える。
「マントをかけた部屋の中にはいねえし、ちょっと聴覚上げたが、周囲にいる気配はない!」
 通常よりも聴覚の性能を下げていたビーレウストは、急いで僅かだが機能を上げて周囲を確認した。だがあまり広範囲には広げられなかった。
 事態は終息に向かっているとはいえ、まだ所々で砲撃の音や震動などがあるので、全ての音を拾うことができない。
「ちょっ! 陛下、どこへ」
 エーダリロクはシステムの再構築を後回しにして、シュスタークの居場所を追った。
「これは……艦内移動用シャトル便に乗ってるな。安心しろ、キュラ。后殿下も一緒だし、周囲に僭主の気配もなさそうだ。それにしても、どこへと向かうつもりだ?」
 移動していることは確認できたが、それだけで済ませられるはずもない。
「おそらく、俺が渡した小型機で検索してるだろうから」
 エーダリロクは自分の持っていた小型機からの何を検索したのかを逆探知すると、
「陛下はご自分の《剣》をアクセス……」
 《皇帝の剣》すなわち皇帝自身の偽装コード。

―― そう言えば、シュスタークは剣を持っていなかったな。あれはシュスタークの偽装コードであったのに。誰かに渡したのか?

 エーダリロクとビーレウスト、そしてキュラティンセオイランサの三人がその場へと急ぎ、そして銃声が響き渡った。


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