ALMOND GWALIOR −220
ディストヴィエルド=ヴィエティルダ。ザベゲルンの従弟で、十九歳になる男は”野心家”だった。
彼はザベゲルンに取って変わりたいという欲求があり、それを叶えるために様々な策を弄していた。
その一つがザベゲルンを”皇帝の食糧庫”に潜ませること。
理由は食糧庫は空調システムが他とは独立しているところにある。ザベゲルンには、人がほとんど来ない場所だから、切り刻んで部分部分で運んだ体をじっくりと「くっつけ直す」ことが出来るからと、データと共に説明した。
ザベゲルンも愚かではないので、ブレーンの言うことを鵜呑みにはしない。
納得ができるだけの理由を聞き、皇帝の食糧庫に潜むことを決めた。ザベゲルンが何も考えず、ディストヴィエルドの意見に簡単に従う男なら、従兄弟であり「エヴェドリット次期王の地位を提示されている」ディストヴィエルドは簡単にザベゲルンからその立場を奪うことが可能だ。
食糧庫の空調は独立しているので、帝国側が空調を奪取したとしても「そこには手を出さない」可能性が非常に高い。
僭主が乗り込んだ艦にある食糧を使おうと考えるものはいない。だからわざわざ、手間暇をかけて皇帝の食糧庫の空調を直しはない。
そして僭主側は、帝国がある程度自分たちの襲撃を予測していることを知っていた。自分たち僭主を警戒する帝国側の行動を吟味し、襲撃の恐れがある区画に近付いたら旗艦にある皇帝の食糧庫に、主要人員は近付かなくなるだろうと判断した。
このディストヴィエルドの予測は的中する。
旗艦の食糧庫は構造上、運び出すまで相当な人員が割かれる。帝国側はこの隙を狙って僭主が攻めてくるかも知れないと考え、調理室を別の場所に設置した。その場所とはキャッセルのいる護衛艦。
皇帝の料理人の一人で、負傷した兄弟に回復食を作ることを自らの職務と定めているアイバス公爵が他の料理人とともに《見舞い》という名目で頻繁に出入りして調理し、同じように見舞いに通っていた、近衛兵団団長が責任を持って運び込んでいた。
先程カルニスタミアがハネストと話をしているとき、すでに周囲には放射線が降り注ぎ、様々な対処策がとられていたのだが、食糧庫に数えられる食堂には”襲ってこなかった”
放射線で回復する異形の元に放射線を送らない。
回復の糧となるものを与えずに、殺されることをディストヴィエルドは企んでいた。
「ザベゲルンとヴィクトレイさえいなくなってくれれば」
そして”帝王の咆吼”に関しても、最初は驚いたが《これ幸い》と音を大きく、クリアにして送り届けることができるように、わざわざプログラムを組み直した。
彼はザウディンダルを追い回しているが、殺すつもりはない。
皇帝の座を奪い取ろうとしている男にとって、女王は最良の供物。
「回復薬不足と、あの支配音声。うまく”我が永遠の友”あたりが遭遇して、戦えばある程度はダメージを与えることができるだろう。その前にザベゲルンが近衛兵団を一掃してくれているとありがたいのだが」
無人の第八副艦橋へと入り、外の状況を確認する。画面に映し出されたのは、四体の機動装甲。
「まさか帝国にも、ディアンベセル機と同種の物があったとはな」
ディアンベセル機とは、エーダリロクが開発した腹部搭乗型と同じもの。
これに関しては全くの偶然であった。
「それにしても、二人ともザベゲルンに忠誠を誓って。邪魔で仕方ない」
ケルディンセル、ハーマンクランドの両僭主騎士二人はザベゲルンに本心より忠誠を誓っており、それをザセリアバに見抜かれて、本来の力を封じられていた。
『ダーク=ダーマ内に当主がいるようだな、王』
『そうだなあ。シセレード』
機動装甲操縦者としてはケルディンセル、ハーマンクランドの両僭主側騎士の能力の方がザセリアバ、シセレード公爵よりも高いのだが、性質が「リスカートーフォン的に」劣っていた。
当主の身の安全を第一に考える両者に対し、ザセリアバとシセレードは「遠距離線では分が悪い」と判断するや、即座にダーク=ダーマを盾にして近距離戦に持ち込んだ。
動力を破損して防御装置のほとんどが停止してしまっているダーク=ダーマの傍で、銃撃戦は巻き添えで破壊することを恐れがあるため、僭主側の二名は近距離戦、大型の武器を持ち直接対決しているのだ。
「遠距離なら勝てそうだが、近距離では分が悪いな。こちらのエヴェドリットは原始的な戦いを好むようだ。好むだけあって、強いことに申し分はないが。まあダーク=ダーマの防御装置を停止させたのは、お前たちを殺害するためだがな」
ディストヴィエルドは”おそらく負けるであろう”同族二人に目を細めて、副艦橋を後にした。
―― あのリュゼクとかいう女に真実でも教えてやろうか。
ザウディンダルの公然の秘密を得る際に、偶然手に入った先代テルロバールノル王暗殺の真相を反芻していると、
「おや? あいつには死んで貰ったほうが我としては動きやすいな。ちょうど良い機会だ、殺すか」
ディストヴィエルドの視線の先には大きい葛篭のようなものを背負ったエーダリロク。
ディストヴィエルドは帝国側のシステムに侵入し、自らが偽りに使う相手の能力値は当然ながら調べ上げていた。
だから確実に勝てると、信じて疑っていなかった。目の前にいる男がエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル”だけ”であると。
「セゼナード公爵エーダリロク」
**********
「権限委譲は無理だったから……」
エーダリロクはいつもならば、口に出さないで行っている会話を「喋り」ながら歩いていた。愚痴の内容は、先程副艦橋からカレンティンシスに”権限を一時全部寄越せ”と言ったのだ。だがあの性格のカレンティンシスが聞くわけもない。
全権限を持つ管理者がいなくては事態の収拾がつかないと言ったが「いま儂が行くのじゃ、その用意をさせとった」と返され、意地でも権限を渡しはしなかった。
最初からあまり期待はしていなかったが、権限を貰うことを完全に諦めたエーダリロクは、副中枢へと近付くための策を考えながら歩いていた。
壁や扉を破壊して進むことは「進むだけ」と考慮した場合は可能だが、そんなことをして進んだら現存している防御システムがフル稼働し余計”ややこしい”ことになる。
壁は扉の破壊箇所を察知したシステムが《当システムを暴力的に奪取できるものあり》と処理し”それ”が到達することのできる中枢の機能を全て止め、他の副中枢へと機能を譲ってしまう。
そのように判断されるように壁が作られ、扉が設置されている。
ではそれを狙っているはずの僭主側は、なぜその方法をとらないのか?
僭主側も知っているのだが、破壊という明かな痕跡を残して副中枢を停止させると、どこに向かっているのか帝国側にすぐに知られてしまうこととなると、数で劣っている僭主側は追い込まれてしまうためだ。
エーダリロクはカレンティンシスから全機能使用許可をもらえたなら、全副中枢を破壊し主中枢のみで艦の全てを動かそうとしたのだが、その策は退けられた。
権限譲渡拒否もそうだが、全ての機能を一箇所に集めるのは危険な行為で、一瞬でも敵の手に渡ったら艦自爆などの恐れもある。
皇帝と后の安全が確保されているのならば、その策を採用する利点もあるが、今のところどちらの安全も確保されていない。
どの艦からも「后殿下を保護した」との連絡はない。
安全が確保されていない以上、自爆に繋がる行為は軽挙とも言える。
「セゼナード公爵エーダリロク」
呼び止められたエーダリロクは、現れた相手を見て驚きはしなかった。
自分と良く似ている、普通の人がみたら”瓜二つ”と言うだろう相手。ロヴィニア王国軍元帥の格好をしている。
図案化された鈴蘭で白抜きされている襟の部分。王国内ではエーダリロク専用とされているペリドットのカフス。手袋も襟と同じように図案化された鈴蘭が描かれている。
マントは踝までの長さで、裏地は白で表は空色。金と緑でロヴィニア王国軍の軍章が一面に大きく描かれている。
髪の長さも目の色も、肌の色も同じ。声も同じだが、喋り方が若干違う。
だがその違いは誰もが容認してしまう”エヴェドリット語アクセントが混じっている”もの。ビーレウストといつも一緒にいるエーダリロクならば、おかしいことではないと感じられる程度のこと。
「あんた、誰?」
名乗るか名乗らないかは関係ない。ただエーダリロクは背負っている放射線緩和装置を床におくだけ。
「セゼナード公爵エーダリロクに成り代わろうかなと思ってるから、死ね」
その時間を稼げればよいだけ。
その時間稼ぎはよく似た相手ではなく、自分の内側に棲む人物。”民を僭主との争いに巻き込むな”と厳命した男。
「俺にねえ……一つ聞くが、あんたが艦内に放射線ばら撒いたのか?」
肩のベルトを外し向き直る。この大きな葛篭のような装置をおくまで、相手が攻撃してこないことは解っていた。
成り代わるのならば、エーダリロクが持っていた物をそのまま使ったほうが「信頼されやすい」からだ。
「そうだと言ったら?」
置いて、向き直る。
「可哀相に」
「何が?」
「この葛篭みたいなの置くまで、待っててくれたのさ」
頭の奥なのか、心の底なのか。全ての細胞の中心なのか。
自らには存在しない、どこから沸き上がってきているのか解らない殺意。
「はあ?」
「あんたさ、ザロナティオンの言葉知ってるか?」
「?」
「僭主との争いに、人間を巻き込むなってやつ」
「知っているが」
《ドールクレゾンド=ドルイゾンの子孫め。ドールクレゾンド=ドルイゾンのように殺してやる》
「知っていながら巻き込んだのか。……貴様、名を聞いてやろう」
”空気が変わる”それがもっとも正しい表現。
最低限の空調で艦内の空気は冷たくなっているが、僭主などには然程の寒さではない。それなのに、凍えてしまいそうな冷たさを感じさせた。
「誰だ……」
「銀の狂気と呼ばれた者だ」
名を答えた帝王はディストヴィエルドの腹部に拳をめり込ませ体を宙に浮かせて、すぐに飛び上がり背後から蹴り落とし、着地体制を取ったディストヴィエルドの背中に肘を落として、それを軸に体を捩り手足を刈り、顔面を蹴ると首の骨が砕ける音が、冷たい空気の中に響く。
「早く名乗らぬと、墓碑にその名が刻めぬぞ」
「ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
首が九十度に折れ、骨が見えている頭に腕を伸ばし、髪を掴んで元に戻すと、傷口が繋がってゆく。
―― あれは、リュゼクと同じ超回復か!
《違うであろう》
―― どういう事だ?
《リュゼクとやらは”治したい箇所”を自ら選んで治すことができるのか? あの男は内臓よりも先に足首の骨が回復した。だが同時に脳が自動回復している》
戦闘に適している能力の一つに数えられる「超回復」
ハネストのように手足を切られても生やすことができるのが一般的だ。帝国ではリュゼクがもっとも有名で、自らの体を盾にして何度もカレンティンシスを守ったことがある。
だがこの回復にも様々な種類がある。
リュゼクの回復能力は「生命維持を優先する」タイプで、内臓と肢体の両方に重大なダメージを受けた時、機能は内臓を優先する。
それがこの能力の欠点でもあった。その怪我がどのような状態でおわされたのかを、全く考慮しない原始的な《反射》で本人の意思を聞かないのが超回復。
このような戦いの最中、手足の回復を後回しにして内臓の治療に全てを回すとどうなるか?
死ぬことはないが反撃の機会が封じられてしまうのだ。
内臓が攻撃能力を有しているのであれば別のようにも思えるが、攻撃能力を有する臓器と生命維持用の臓器は重複しない。
生命維持の臓器で攻撃では、致命傷を負わせてくださいとさらけ出すような真似はしない。
体を元の状態に戻すのが目的の能力でありながら、ハネストのように切った手足を「生やさない」と指示を出して守られる型も少ないながらも存在している。ハネストはこの型ゆえに整形を維持することが可能で、生体義肢を使用して「潜む」ことができた。
ハネストの超回復はリュゼクの超回復とは違い「頭で認識してからの治療」する型で、本人の意思が尊重されるという良い面もあるが、自分の知らぬ内臓の破損に対応する力は低く、脳の破損で思考能力が低下した場合は暴走してしまう。
リュゼクの超回復は全身が判断するので、破損箇所によって回復が暴走るすようなことはない。
そんな回復を選べるハネストのような思考選別型と、リュゼクのように圧倒的な速度で、本人の意思とは関係なく基礎回復してゆく反射型。
―― まさか……
では最良なのはどれであろうか? という問いに対する答えは出ている。
普段は生理的反応で超回復し、場合によっては本人の指示に従いつつも、必要不可欠な箇所な場所は指示されずとも回復し、決して暴走などしない。
《あれは自律上位型超回復だ》
どの部位を治すことが、この状況を打破するために最も効率的か? を考えて、それにあった回復を指示し優先的に回復させつつ、最低限の回復能力だけは維持される。
思考の確保の重要性を体その物が覚えており”自動的”に必要臓器を治療する。
―― 勝てるのか?
戦い辛い相手そのもの。
《強さは恐るるに足らず。この程度相手では負けはせぬが、とどめを刺すまで時間はかかる。昔のように、食べて片付ける訳にはいかぬから、再生能力が潰えるまで叩き潰す》
肉弾戦で対応する場合、最良の策は「食べ」つくすることだった。もちろん、この超回復能力に劣らない分解能力を有することが絶対条件。
その絶対条件を満たさずに食べて殺して狂ったのが、ザロナティオンである。
「回復力の限界に挑戦するがいい。この私が付き合ってやろう、ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
マントを外し宙に舞わせ、エーダリロクが四つん這になる。
「ザロナティオン、生きていたのか?」
答えることなく”ザロナティオン”は駆け出した。
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