ALMOND GWALIOR −218
 現れたのは皇帝直轄領”シス侯爵領”で待機するように命じられたボーデンの艦隊。
 ボーデン艦隊は特別編成で、帝国軍本隊の一部として皇帝の帰還に従い「シス侯爵領」にはいった所で、帝国軍本隊と別れて領地駐留艦隊となっていたのだ。
 僭主側はここが固有の武力を所持しない空白の帝国領だと考え、それにあった艦隊編成をして攻撃をしかけてきた。
 《皇帝が奴隷に入れあげている》ことは僭主たちも理解していたが、まさかその奴隷が連れて来た犬の住環境を整えるだけではなく、皇王族に連ならせて爵位をあたえ、軍階級をあたえ、先の戦いの功績として昇進させ、あまつさえ私軍所持許可を与えるなど、僭主たちは考えもしていなかった。僭主以外の者もあまり考えないではあろうが。

「閣下」
 現れたボーデン准将艦隊からの光通信連絡を解読し、
「全軍、僭主艦隊と交戦。ロシナンテには私が直接指示を出す」
 メリューシュカは艦隊を指揮しているイズモール少佐の裁量に任せることを伝えた。

**********


「味方のようですね、准佐」
 テルロバールノル王の旗艦で敵機動装甲の情報を採取している技術兵が、突如現れた帝国軍艦隊に驚きの声を上げる。
「帝国軍も掴んでいなかったようだが……帝国軍は稀ではなく、頻繁に奇跡を起こすからな」
 それほど頻繁に起きていては「奇跡」と言われなくなりそうだが、今回のような奇跡としか言い様のない事例ばかりなので、結果として頻繁に奇跡が起きる。あるいは奇跡を起こすと言われているのが帝国軍だった。
「それで統一したと言われる軍事国家ですからね」

 狙い澄ましたように、狙った場所から、最高のタイミングで現れた准将艦隊。

「ヘルタナルグ准佐。ロシナンテの艦長、イズモール少佐からの通信です」
「繋いで」
『帝国軍イズモール少佐です。本艦隊は情報が不足しておりますので、現状を教えていただきたい。ダーク=ダーマとは交信途絶中なのですね』
 ほんの一時ながら「皇帝の旗艦の艦長」にもなったことがある、若き少佐は敬礼した状態で画面に現れた。
「テルロバールノル王国軍ヘルタナルグ准佐です。現在は少佐の言う通り通信は途絶しております。初期は通信はありましたが、途中で途絶しました。セゼナード公爵殿下が補助装置を作成してくださいましたが一機だけのため、現在ダーク=ダーマよりの通信は光点滅が主です。艦橋からバールケンサイレ大将閣下が”こちら側”に向けて発し、我々がダーク=ダーマ内の数カ所に”戻す”状態です」
『光点滅は、バールケンサイレ大将閣下が全て?』
「はい。指揮官自ら通信を受け、解読し、返しています」
『さすが通信大将閣下。ヘルタナルグ准佐、本艦隊はバールケンサイレ大将閣下から裁量を任せられました。まずは陛下の騎士ことガーベオルロド公爵閣下搭乗攻撃護衛艦の警備につきたい。よってテルロバールノル王国軍が確保している空間を渡してください』
「了承しました」
 ダーク=ダーマにもっとも近い位置にいたテルロバールノル王の旗艦は離脱し、そこへ対異星人戦役に用いられるイジューシャまで持って来た、ボーデン艦隊が入った。
「イズモール少佐。援軍要請は本当でしたね」
 副官の言葉にイズモール少佐は、画面を見据えたまま力強く頷く。
「そうだな。指示通り、イジューシャも持って来て良かった。ガーベオルロド公爵閣下が搭乗している護衛艦とダーク=ダーマを護るようにイジューシャ配置」
 対異星人戦に用いられる”壁”を動かす指示を出すと共に、その場所に設置するためには交戦を開始する必要がある。
 イズモール少佐はシュスタークから下賜されたヘルメットを司令席に置き、シス侯爵艦隊の総員に開始宣言をするために映像回戦を開く。
 画面に映し出されたヘルメットの置かれた司令席に、総員膝をつき頭を下げる。
「皇帝陛下の御為に」
 イズモール少佐の言葉のあとに、
『我等一騎当千の兵ではなけれども』
 兵士たちが続く。
「皇帝陛下の御為にこの命を捧げること」
『躊躇わず』
「我等征く」
『我等征く』
「何処へ征く」
『皇帝陛下の征かれる場所ならば何処へでも』
「その言葉が真実であると誓いはしない。何故ならば」
『何故ならば今此処で証を立てるゆえ』
「我等帝国軍人」
『我等帝国軍人』
「我等の死など皇帝陛下の眼前にある必要なし」
『我等の死の先にある未来をご覧あれ』
「その礎になれる者こそ」
『我等帝国軍人』
 全員が立ち上がり、イズモール少佐が右手を掲げた。

「さあ、僭主と一戦交えるぞ!」

**********


 ロガはボーデンの艦隊を率いてくれたイズモール少佐に個人的に、会いたいと希望していた。
 シュスタークも”では、中佐に昇進する際に特別に呼び出そう”と言ってくれたのだが、それには相当な時間がかかる。
 出来ればすぐに連絡したいと考えたロガは「ナイトオリバルド様のこと助けてくれた感謝の気持ちを伝えたいので、連絡先を登録しておいてもらえますか?」とシュスタークに頼んだのだ。
 「お手紙書きたいんです」というロガの願いをシュスタークは受け入れ、軍名簿からイズモール少佐への連絡先を登録するように命じ、ロガは手紙を推敲していた。
 ロガは感じたままを書きたいという気持ちはあれど、メーバリベユ侯爵に手直しして貰う必要があるだろうという気持ち狭間で揺れながら、手紙を認めていた。


 この襲撃の最中、ザウディンダルが部屋に戻りミスカネイアに治療してもらった後に辞書を使って室内をある程度使えるようにしたのだが、それ以前にロガは辞書を使って勉強をしていた。
 ロガは部屋から無理矢理連れ出されたので、辞書であり勉強用のノートにもなり、通信をすることも可能なそれは立ち上がったままだった。

 放置された形となったボーデンがよろよろと近寄り、キーの幾つかを踏んで押す。その時、通信用のキーを押してしまい、唯一登録されていたイズモール少佐へ「私信」が届いたのだ。
 まだ艦内の通信が途絶していなかった時期なので《手紙》は簡単に少佐のもとへと届き、
「ダーク=ダーマより私信?」
 発信元に驚き、彼女は大急ぎで手紙を開く。
 文面からただならぬものを感じて、少佐は艦隊を率いて「通信が発信された場所」へと急いだ。
 その文面というのがたどたどしいロヴィニア語の、途切れ途切れの文章。
 実はそれ、シュスタークが会戦終了に行った演説。
 ロガは《ナイトオリバルド様が舞台の上で語った言葉を理解したい》という気持ちと《ロヴィニア語も覚えなければ》という考えで、その文面を勉強に使用していたのだ。
 会戦終了後の文章なので、端々に「僭主」「防衛」「進軍」「イジューシャ」という単語が散りばめられていた。
 完璧に書き写された物がイズモール少佐の元へ届いていたら、記憶があるので「何かの間違いだろう」と緊急性を感じず、このタイミングで現れることはなかった。
 だがロガは完全に書き写せず、途中が抜けた状態。
 これが駐留艦隊の不安を煽る。
 軍の装置ではない特殊機器からの、暗号文のような出撃要請《と読める》文章。
「発信された機器が特定されない?」
「はい。軍用機ではない通信機器からの発信です」
 もちろんイズモール少佐は《后殿下が自分に個人的に手紙を送りたい》と考えているなど想像もしていない。
「大至急準備して出撃する。何もなかったら、そのまま引き返せば良いこと」
 目標ポイントまでは用意を含めても、約二時間半で到着できる距離。
「確認は?」
「この文章の通り、僭主の襲撃を受けているのならば、奇襲をかけるべきだろう。目標ポイントは通信発信源、全艦ステルス体勢。基地は艦隊出撃後、臨戦態勢を取れ。さあ、三十分後には出るぞ!」
 イズモール少佐の指示に副官が頷き、基地は大騒ぎに。
 艦隊の代理管理を任されていたイズモール少佐は既に用意が整っている状態なので、基地内の大騒ぎを笑いながら眺めていた。
「何事もなかったら、宇宙を眺めて酒を飲み交わそう、中尉」
 副官にそう言うも、
「もう見飽きてますよ、少佐」
「そう言うな。何事もなければ、軽率な私に乾杯を。僭主がいたら中尉に乾杯」
「生き残ったら、全員で乾杯ですね。もちろん少佐の奢りで」
「破産する」

―― 僭主 攻めイジューシャ 防衛 要請 大至急 シャロセルテ 艦隊

「それにしても、ザロナティオン大帝がロヴィニア語で書かれているところが、非常に危険な感じがする」
 文面を見たイズモール少佐が奇妙に感じても、おかしくはない”仕上がり”だった。

**********


「キャッセル兄、安全が確保できましたよ。どうぞ”完全”攻撃体制にはいってください」

 アイバス公爵から連絡を受けたキャッセルは、僭主側の二体の機動装甲に狙いを定め、撃ち出した。
 最大射程からなら機動装甲をも撃ち落とすと言われる男の真価。
 銃身の長さ100メートル、背後に三体の白き最強騎士の機体を従えて、左足を前に出し右足で体を固定する。
 戦火を見て敵の動きを推測し、その先を読み撃ち出す。

「兄さん、大丈夫かなあ。まさか完全異形化とかしてないだろうな。兄さん完全異形化して戦ったりすると……」

***********


「……」
 ヴィクトレイと対峙しているタバイは、ほとんど膝をついた状態であった。
 単純な強さは同程度だが”センス”が違い、戦いに関する思考が違う。
「自分自身の強さに恐怖を感じ、全てを出そうとしないお前では勝てないぞ、団長閣下」
 タバイの恐怖が自分ではなく自身に向いていることをヴィクトレイは感じ取っていた。その恐怖を呼び起こし、戦わせ続ければ「楽しいこと」になることも。
 腹を蹴られて膝をついているタバイの頭を横から蹴り、先程コンソールに突き刺した巨大な剣の柄を握り引き抜く。
 巨大な剣を構えたヴィクトレイは、己の黒髪を暴れさせた。

―― 首は動いてはいない……髪そのものが動くタイプか
 迫り来る黒髪から団長は逃れ距離を取る。
「逃げるのならば逃げても構わんぞ、団長閣下。お前の憎しみは然程ではないようだしな」
「……」
 ヴィクトレイも説得する一人に入っているのだが、いまタバイが何を言っても、ヴィクトレイは聞かない。投降させるにはタバイが「己のほうが強い」ことを誇示する必要がある。

―― 勝てば話を聞き受け入れるでしょう。勝たねば話を聞くこともないでしょう。話すには殺さないようにすることですが……普通は殺さないようにするのが大変だと言いますが、ヴィクトレイあたりになりますと、自分が生き残るのが大変でしょう

「逃げるわけにはいかないのだよ」
 タバイはそう言って”戻ってこられない恐怖”をはね除けて異形化を開始した。黒く厚い膜が瞬時にタバイを包み込む。
「ほう……これは、これは……」
 ヴィクトレイはその黒い膜に剣を突き立てるが、傷つけることができない。
 タバイを包み込んだ膜が、中心から開き蝙蝠の翼のように広がり”タバイ”が姿を現した。

 体の大きさに対して丁度良いと感じる長さの腕が二本と、背中あたりから生えているように見える”丁度良い”と感じた腕の三倍ほどの長さの腕。
 腹部はアジェ伯爵と同じように鋭い乱杭歯をもつ”犬”が三匹顔を出し、肌の色も変化している。下半身は黒い毛で覆われている有蹄類の形状。
 目立つのは、床に落ちる長い影の正体。黒い蝙蝠が持つような翼。
 厚みと強度を持つ伸縮性の飛膜は、広げると片側だけで三メートルに及ぶ。
 顔はザベゲルンとは逆で口だけがない状態で、当然喋ることはできない。耳を覆うかのように巻角が存在すし、頭髪が背骨を覆うたてがみに変質している。

「……」
 その姿はタバイ=タバシュであるが、タバイ=タバシュではない。
「ほお。近衛兵団団長イグラスト公爵タバイ=タバシュ・ダーナメイズス・ビルトハルディアネは攻殻完全異形の冥王型であったか。これは楽しそうだ。そうそう我の名はヴィクトレイ=ヴィクシニア・ジャクシヘーネン=ジャクセイヘルネ・リディヴィアズ=オリヴィアズ。伝説の総司令には遠く及ばぬが、同族婚の証たる長き名よ。ではゆくぞ! ハーデース!」

 ヴィクトレイが振り上げた剣に長い腕を伸ばす。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.