ALMOND GWALIOR −216
食堂に残ったヤシャルはカルニスタミアとロガの身を案じつつ、現状とこれからを尋ねる。
「いつまでここで戦い続けるのですか?」
「ある程度敵を減らしてから」
この食堂で味方が殺されることを知った僭主たちは、次々と確認のためにやってくる。
もともとは一般兵の食堂。淡く柔らかい色合いの壁や、温もりを感じさせる木目調のテーブルなどが置かれていたのだが、いまは僭主の血で染められ内臓がぶら下がり、およそ「まっとうな人間が」食事をするような場所ではなくなっていた。
「敵を減らす? どの程度」
「本隊が来るまで」
「本隊ですか?」
「我一人でしたら籠城せずとも、敵の数を減らさずとも艦内を移動できますが、殿下を連れて歩くとなると、少々敵を減らしてからでなければ無理です」
「……弱くて申し訳ない」
「殿下はご自身が弱いことを理解しているので守りやすい。我は移動中にかつての同胞と遭遇した際、殿下を守らずに戦いに興じ殿下を守ることを忘れてしまうでしょう、だから動かずに殿下をいつも視界に入れて忘れぬようにしているのです」
「……」
「我が我を忘れる程に強い相手は、まだここに一人も到着しておりませんがね」
ハネストは組んでいた腕をほどき、ヤシャルに後ろに下がるように指示を出す。
廊下を駆けてくる力強い複数の足音、すでに入り口の扉は破壊され廊下と室内を隔てるものは壁のみ。それも徐々に破壊されその境も曖昧になってきていた。
「ハネスト、生きていたのか」
部隊の一人にハネストと面識のある女性がいた。
「タテアシス」
そのタテアシスと呼ばれた女性はハネストと似ていた。違うのは瞳の色だけ。
「元気そうでなによりだ」
タテアシスは部隊を片手で制止ながら、破壊され体液で染まった室内を見回す。
「タテアシス、襲撃部隊の本隊には何名の女がいる?」
「ん……十八名だ。そうだよな」
タテアシスは隣にいる副官に尋ね、副官は首を動かして同意する。
「そうか。もちろん強いであろうな」
「お前以上に強いか? という意味での問いであるのならば、答えは”否”だ」
「それでは拍子抜けだな、タテアシス」
「仕方あるまい、ハネスト。男であればザベゲルン=サベローデン様がいるが、あの方は本隊とは別行動であるし」
「強い男に育ちましたか、ザベゲルン」
ロガたカルニスタミアが向かった先で待ち伏せている形となったザベゲルン。
二人が遭遇し、その場に遅れてシュスタークが現れ戦っていることをハネストは当然知らない。
「ああ。あとはヴィクトレイ=ヴィクシニア様だが、此方も単独行動中だ」
「タテアシス、部下たちに本隊をここへ連れてきてくれるように命じてください。今回の襲撃は僭主女性を得るために敢えて受けた戦いです」
「ほおー。女をな」
「帝国は女性が喪失しかかっている。無性が女性を食い荒らしているのだ。その血を引く男と我の間に産まれた息子が無性に勝ってな。我等の血は帝国を支配し滅亡させつつある血を破壊する力があるのだ。だから女が欲しい」
「お前、結婚して子供もいるのかハネスト。ジャスィドバニオンも再婚し、双子で娘と息子を得たぞ。息子のほうは襲撃部隊隊長を務めている」
「艦外の姉と通信を取り合っているという訳か」
「そうだ。隊長はカドルリイクフ=カフクリウ、艦隊指揮官である姉はトリュベレイエス=トリュライエス。よしお前たち、本隊を呼んでこい」
タテアシスは副官にそう告げて、一歩大きく踏み込む。
「子供が出来ぬ我は関係あるまい。さあ勝負をしようではないか、ハネスト」
「本気で相手をしてやろう、タテアシス」
「頼むぞ、ハネスト。お前が生きていると知ったらファーダンクレダもジャスィドバニオンも我先にと襲いかかってくることであろうよ!」
タテアシスの足が鋭く蹴り出され、同じようにハネストの足も蹴り出される。両者の足が激突し、肉体とは思えぬ轟音を立てて弾け飛ぶ。互いの足が衝突し、ちぎれその破片が周囲の壁に突き刺さる。
両者足を復元し、床を踏み抜くような勢いで降ろす。両者の身体的な強さは同じだが、戦いに関するセンスは違う。
ハネストは復元された足を軸にタテアシスに殴りかかり、彼女はそれをかわさず、拳を体にめり込ませたままハネストの顔に肘を落とした。
顔を破壊されたハネストは口を大きく開き、穴が空いた部分と口を繋げて肘に噛みつき、噛み千切る。
肘から下が床に落ちるも、肘はまた再生されている。
ハネストの顔も同じように再生され、両者首を傾げた。
「こう言うのを、検死官泣かせの戦闘というのかな? ハネスト」
死んだ部分が増え散らばり、体は次々と再生され、数を増やす。
「かも知れぬな」
殴るために突きだした拳が互いの手をかすめ、捻りを入れて絡まり合い腕を折りながら肩を掴み、指で肩を握り破壊する。骨が折れる音と同時に押しつけているので、両者の足元がめり込んでゆく。
「ところでハネスト」
「なんだ? タテアシス」
「お前の息子はお前に似ているのか?」
「顔はアシュ=アリラシュだが、性格はベルレーヌだ。そして残念なくらいに弱い」
「そうか、弱いのか」
「お前より弱い、タテアシス」
「それはエヴェドリット僭主としては残念な息子だな。ならばお前は皇王族として生きるしかないな、ハネスト」
「そうだ」
両者の肩がが壊れ、腕がぶら下がり、それを直しながら再度蹴り合う。
タテアシスの副官が率いた部隊が本隊を連れて食堂へと戻ってきたとき、
「お待ちしておりました」
「貴様は」
「我が名はハネスト=ハーヴェネス・デーグレバスタール=バスターク・アッセングレイム」
ハネストは名乗り壁を背にし座り込んでいるタテアシスの頭部を蹴り潰す。
「本物のようだな」
カドルリイクフはハネストの強さを見て、噂に聞いていた本人であることを確信した。
「もちろん。これが我の弟です」
血を吸い体にこびり付いているテーブルクロスを無理矢理引き剥がす。そこには、辛うじて顔が解る程度のシューベダイン。
「父を殺害したか」
「弟の子か……弱いな」
「否定はしない。行方不明になったあとも、父シューベダインの劣等感を刺激し続けた貴方から見たら、我は弱いであろうよ」
ディデルエンは父の破壊された死体を見て、祖父ケベトネイアに母ファーダンクレダが、父が【死んだ】姉に嫉妬する姿を、非常に馬鹿にしていた意味が解った。”良くもここまで実力の差があるのに嫉妬したものだ”と。嫉妬など出来ぬほどに目の前の相手は強く、それは自分を軽く凌駕していることを感じ……負けるとは解っていても戦いたくなった。
「名乗りが遅れたな、我が名はディデルエン。母は貴方も良く知っているファーダンクレダ=ファイモネカ」
「知性は母似か」
「そうとも言う」
「我は襲撃部隊の隊長、カドルリイクフ=カフクリウ。貴方の元夫ジャスィドバニオン=シィドラオンの息子だ」
「タテアシスから聞いた。その名、本人の息子から聞くと、懐かしさもまた別格だ」
「父も懐かしがるであろうよ。そして体を復元して起き上がれ、タテアシス。お遊びは終わりだ」
ハネストと同じ系統の回復能力を持つタテアシスは起き上がり頭を復元する。
「頭部を破壊されると、すこし厄介だ」
自分の前頭部を手で押し、頭蓋骨がないことに気付いて作るように指示を出しながら、本隊へと加わった。
「あそこにいるのは、ケシュマリスタ王太子だな」
エヴェドリットの世界に圧倒されていたヤシャルは、突如自分に話題が移ったことに驚き身構える。その動きにカドルリイクフは無表情なまま頭を振る。
「その通り」
「それで、我らを呼んだ理由、短くまとめて説明してもらおうか」
「帝国は女が少ない、このまま行けば女は消え去り帝国は滅びる。我等の遺伝子はそれを食い荒らし、帝国に女を取り戻すことができる。よって帝国とエヴェドリットは貴方たちを交配目的で欲している」
「たしかに女は少ないな」
事前調査で極端に少ないことは僭主側も掴んでいたが、具体的な理由までは興味がなかった為、調査はしてはいなかった。
「エヴェドリットの特性を持たないザロナティオンが無性ビシュミエラを食い続けた結果だ」
「神聖皇帝ビシュミエラ。やはり無性であったか」
帝国側にとっては当然のことだが、長く僭主であった側にとっては「神聖」と冠を抱いていることに疑念はあれど、確証はない。
「ただ我は止めはしない」
ハネストは今にも躍りかからんばかりの体勢を取り、殺意を露わにする。
「なにを?」
「同化せずここで戦い続けること」
「……」
「このハネスト=ハーヴェネス。全力を持ってお相手しようではないか」
取り込むために、説得するためにやってきたハネストだが、この作戦の核であり、発案の切欠となった自分の”責任”として、同族に死ぬまで戦おうと誘いをもかける。
ハネストがいなければ、僭主たちは自分たちか? 皇帝か? どちらかが滅ぶまで戦い続けることができ。戦うためだけに存在する一族に投降、及び同化を求めることになったハネストが取れる唯一の責任の取り方。
死ぬまで戦うというのであれば、どこまでも相手をする――
「若輩もの我には、刺激が強すぎるのだが」
「ジャスィドバニオン=シィドラオンの息子であれば、我を満足させてくれるであろう。あの男の蹴りの強さ、半端な拳を入れると手の骨が砕けるほどの強靱な胴体。思い出すだけで、背筋を快感が駆け上る」
「……」
「投降させるのが目的ではないのか?」
「素直に投降してくれるような性格ではなさそうだからな。それに……弱いのは要らん。強き者のみが名乗ることを許された名、それがリスカートーフォン」
「まったく持って同意だ……ハネスト=ハーヴェネス。お前は我等という小さな集団を裏切ったが、リスカートフォンであることを辞めてはいないのだな」
「当然」
カドルリイクフは躊躇いのないハネストの答えを聞いてから、視線を動かし、
「ケシュマリスタ王太子、お前の父親は皇帝の后を殺害しようとしている。それにお前は噛んでいるのか?」
ラティランクレンラセオと遭遇した際のことを尋ねた。
「いいえ! 私は……なにも」
驚きと同時に父親が后を殺害しようとしていることを知り、拒否したいが出来ないで悩んでいる姿に自分を重ねた。
「そうか。我としてはハネストに従おうと思うが、お前達はどうする?」
「カドルリイクフの決定に従いますが、トリュベレイエスはどうします?」
艦隊の指揮を執るトリュベレイエスが素直に聞くとは、到底思えませんが――とディデルエンが言うも、
「ハネストとタテアシスでファーダンクレダを説得したらどうにかなるであろう」
カドルリイクフは決めたことを覆しも、悩んだりもしなかった。
「でもどうして、それほど”あっさり”と?」
「正直我はディストヴィエルドの策が好きではない。特にクローンに関しては……ザベゲルンが許可したものの、我は生理的に好かんのだ。我は戦いは好きだが、矮小な作戦を遂行するのに……飽きた!」
「なるほど。それを聞いたら従うしかありませんな」
ディデルエンも仕方なしと手を開いて頷き、タテアシスも腕を組み頷く。
「では殿下。ここを捨てて艦橋へと向かいましょう」
「姉に攻撃を辞めるように指示を出すか?」
「二人だけの脳内で話をされても意味がない。皆の目の前ではっきりと言わねば意味がない」
「そうだな」
ハネストはヤシャルを肩に担ぎ上げ、カドルリイクフと並び歩きだした。
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一本道の秘密通路が行き止まりとなり、注意深く壁に触れていると壁が”消え”て、見覚えのある一室に出た。
「食堂……一体ここで何があったんだ?」
ザウディンダルが出たのは、ハネスト=ハーヴェネスが待機していた帝国側の根拠地の一つである食堂。
「誰が、どうやって戦ったんだ?」
惨状を前にザウディンダルはしばし呆然となった。
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ハネスト達は食堂を離れ艦橋に到着する前に、タウトライバと合流する。
「シダ公爵閣下」
「ハネスト……それが……本隊か?」
「そうです」
”がら”は悪くはないのだが、存在が強すぎる攻撃性と威圧感を前に、タウトライバは連れてきた部下を庇いながら幾つかの情報交換を行った。
「プロレターシャ顔で大剣を持っているのは誰だ?」
「ヴィクトレイ=ヴィクシニア。我、カドルリイクフなど及びもつかぬ強さを持つ者だが」
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