ALMOND GWALIOR −190
僭主は二名の《帝国騎士》を保有していた。その二名は皇帝率いる帝国軍の襲撃部隊に組み入れられていた。
ほとんどの帝国騎士が皇帝に従っていたことと、皇帝は帝星襲撃を帝国騎士で殲滅するような命令は出さないだろうと目されていたためだ。
たとえ皇帝が勝とうとも、皇帝が単身機動装甲で乗り込んでくることは考えられず、家臣に早急に帝星の鎮圧を命じようとも、暗黒時代の余波で帝星近辺に強大な武力に《単身》での行動を自由にはさせないであろうと。だが彼らの予想通りに事態は進まず、
「インヴァニエンスさま」
「これに間違いはないのだな?」
真紅の機動装甲が単身、武装状態で帝星近域に到着した。
「エヴェドリット王ザセリアバ=ザーレリシバ、機動装甲名テオフィラで間違いありません」
インヴァニエンスは憎憎しげにその破壊の化身を睨み付け、
「……ロヴィニア王の所へゆく」
最後の望みとは認めたくはないが、起死回生の最後の道であるランクレイマセルシュの元へ、デスサイズを担ぎディーディスを連れてむかった。
平均身長が2m越えている彼らが戦闘に用いるデスサイズを1m50cmに満たないインヴァニエンスが持つと大きさが目立つとともに、その体の大きさで軽々と持ち運んでいるので、玩具のようにも見える。
だがそれは重く、インヴァニエンスの三倍以上の体躯を誇るディーディスでも持ち上げるのが精一杯で動かし戦うことはできない。
「インヴァニエンスさま、テオフィラがこちらに近付いてきます」
向かう途中で艦橋からの連絡に、
「撃ちますか?」
「要らん」
それだけ告げてランクレイマセルシュを監禁している部屋へと入る。
「ザセリアバが到着したか」
「……なぜ解る。全ての情報から遮断していたというのに」
「解ったわけではない、そう思っただけだ。言うのも気色悪いのだが、私とあいつは繋がっているからな。見えないものを信じることはしない私だが、こればかりはどうしようもない」
エターナとロターヌ、そのどちらにも似ていないが、たしかに二人の容姿を持つランクレイマセルシュは腕を組み、デスサイズを握る幼女のような女に笑いかける。
「競りの結果は私の移動艇の画面で見ようではないか」
「逃げるつもりか!」
この艦の傍にザセリアバがいるのだ、逃走の手助けをする可能性は高い。ランクレイマセルシュはというと、
「まあ逃げるつもりはあるな」
当たり前のことを聞くなと言わんばかりの小馬鹿にした表情で見下す。
「きさ……」
「もしも貴様が敗北していたら、私は殺される可能性が高い」
「……」
上を向かせていたデスサイズをインヴァニエンスは床に叩き付け突き刺して手を離し殺しはしないと意志表示するが、ランクレイマセルシュにとっては無意味なこと。
「そこまでしてもらっても、移動艇の所までいなかくてはならない。画面が見られんのだよ。この艦は戦闘能力は帝国軍と互角だが、統一規格ではないのでロヴィニア王国銀行の画面は表示されない。無理矢理映そうとしても無駄だ。日常生活では馬鹿丸出しだが、開発に関しては天才の実弟がセキュリティを構築したのでな」
「セゼナード公爵エーダリロクか」
「そうだな」
「あれを越えられる者はたしかに居ないな。仕方あるまい」
デスサイズを再び握り持ち、ランクレイマセルシュを脅す。
「奇妙な真似をしたら殺すぞ」
「殺されるのを怖がる私だと思っているのか? 殺されるのは嫌だが、殺されるのが怖くてこんな所にやってきて競りをするはずもなかろう」
「……」
「お前たち強者には解らんだろうが、弱者というのは何時も殺されることを念頭に置き行動するものだ。斬って撃って殴って爆破して勝利を収めることが出来る者には理解できないであろうが」
「ふん」
移動艇が置かれている格納庫へ移動し、
「ところで私の移動艇を触ったものはいるか?」
「触ってはいない。危険物がないかどうか確認はした」
「あったか?」
「此方には解らない箇所が幾つかあった。それが危険物かどうかは確認していない。無許可で触れたら料金請求であろうし、触れる許可を得るにも料金請求だろうからな」
そんな会話をしてランクレイマセルシュは、移動艇の搭乗部分の蓋のような部分を開き乗り込む。
「脇から覗いているといいぞ」
インヴァニエンスは機体の縁に腰掛け、ランクレイマセルシュの首にデスサイズの刃を当てて画面を凝視する。
「競りの結果は」
起動し画面がロヴィニア王国銀行のロゴマークを表示すると、格納庫の扉が異音を上げる。ディーディスが見たその先には、巨大な指と隙間から見える夜空。
格納庫内に警告音が響き、セキュリティシステムが外圧などを整え始める。その指は容赦なく扉から入り込み引き剥がす。
赤に黄金と白で装飾された機体がその姿を現す。
ディーディスはそれに背を向け、急いで格納庫から通路へと向かい、そのまま別の移動艇がある格納庫へと走った。それは彼の本能が危険を告げたのだ。
弱者ゆえに感じられる本能が、強く警告したのだ。あの機動装甲は《撃つ》と。
ザセリアバは手を伸ばし、ランクレイマセルシュが乗っている機体を掴む。
「どうやら連れていかれるようだ」
ランクレイマセルシュの首に刃を当てていたインヴァニエンスは、ザセリアバが乗っているだろう機動装甲頭部辺りを睨むがそれ以上のことはしなかった。
―― 下手な動きをしたらランクレイマセルシュを殺す ―― そんな事を言ったところで、どうにもならないことは同族同士、解っている。
「それでは」
ランクレイマセルシュは搭乗部を閉じるボタンを押し、飛び降りたインヴァニエンスに手を振る。
起動スイッチを押さなかったのは、なにか仕掛けられていないかを警戒してのこと。
ランクレイマセルシュを持った手を機体の後ろ側に回したザセリアバは、もう片手に持っている銃の銃口を扉を引き剥がした格納庫に押し込み《引き金を引いた》
艦内を駆け格納庫に向かい脱出しようとするディーディス。その姿に驚きの眼差しを向けるもの、そして異変に気付いているもの。
エヴェドリット王がやって来た。それの意味を分かるものは、逃れようと必死になる。
ディーディスが移動艇に乗り込むが、飛び立つ前にそれは光とともに消え去った。叫びを上げたかどうか? 瞬時に死亡したディーディスにも解らない。
閃光と共に消え去るインヴァニエンスの旗艦。
『ところでどちらが勝者だった?』
「お前だよ、ザセリアバ。さて移動艇を動かしても問題ないかどうかを調べてく……」
『スキャンは後回しだランクレイマセルシュ。そこら辺で漂ってろ』
「ん?」
『デスサイズ女のお出ましだ』
移動艇になにかが仕込まれているので帰還できない状態のランクレイマセルシュは、少し離れたザセリアバの機体を見た。
全長280.9メートルの機体腹部に見える小さな人形のようなインヴァニエンス。憎悪に崩れた表情に「可愛らしい」面影はどこにもない。
「デスサイズを担いだまま、あの攻撃をかわしたのか。エヴェドリットは相変わらずだな」
エネルギーが艦を貫く前に、その銃口に飛び移り移動したインヴァニエンス。
「小ぇのは撃てないか」
機動装甲には宇宙で機体に飛び付いた生物と応戦する機能は備えられていない。
よって、
「戦うか」
口を大きく開き舌を出し、操作部のバラザーダル液を抜いて内殻を開き中殻へと移動し、そこに用意されているデスサイズを掴み、超能力で足元を固定する。
「よし……大丈夫だな」
しっかりと立てることを念のために確認して、外殻へと踏み出す。
眼前に広がる宇宙空間と、眼下に見えるインヴァニエンスに引き笑いしながら、ザセリアバは斬りかかった。
《やはり超能力者か》
ザセリアバは皇帝を襲撃した異形が含まれる部隊と激突したので、此方側を襲撃した部隊にも多数の異形と超能力者がいることは大方想像がついた。
【ザセリアバは超能力者であったな】
ザセリアバは超能力を然程隠してはいない。人前に出す程の力ではないことも理解しているので滅多に使う事はないが。
互いに超能力で足を機動装甲に固定し何時もと同じように動く。
デスサイズを振り下ろし、かわされたら外装に触れぬように引き返す。無重力で戦うとき、面倒なのは、
「武器の扱いだと言っていたな」
ランクレイマセルシュが過去にザセリアバに聞いた通り、武器の扱い。重力があるように動かしては当然駄目で、空振りをした際に抵抗がないことを考慮した特殊な動かし方をする必要がある
宇宙服すら身につけていないインヴァニエンスは、後方に回転しつつザセリアバの刃をかわしていた。
そして距離を取り、自分の間合いで攻撃を再開する。それを見て、ランクレイマセルシュはザセリアバがそろそろ”やる”だろうことを理解し、スイッチに指を乗せ待機する。
小さい体を生かして動き回るインヴァニエンス。それを見ながら、ザセリアバは間合いを広げる。
《能力的には、この距離の攻撃はできないようだな》
暗闇に浮かぶ恒星ではない輝きを右側面に戦う二人。
ザセリアバはその中で距離と力を計っていた。―― ある程度の距離を取り、超能力でここから吹き飛ばす ――
超能力で戦える程の力を持っていたら、交戦中の宇宙空間でこのような児戯はしない。体を吹き飛ばしてしまえばいいのだ。だがザセリアバもインヴァニエンスも、体が流されないようにする程度の力しか持っていなかった。
《こいつは、我の能力を知っているだろうから……やりやすいな》
インヴァニエンスはザセリアバの超能力を正確に把握しているから、たとえ吹き飛ばされてもどの程度の勢いかは解っている。
それにより、再度己の能力で近くに戻って来ることができることも。
このような戦闘の場合、離れたところで援護射撃するのが最短なのだが、戦艦の主砲はどちらかを狙い撃てる程に小さいものではない。
持つ能力は大きくとも、的は小さ過ぎる。
ザセリアバはデスサイズを振り下ろす途中で手を離し、回転させたそれの影から超能力を放ち機動装甲からインヴァニエンスを飛ばす。
胴体部で戦っていたインヴァニエンスは頭部の方へと飛ばされ、体勢を立て直そうとする。
「新兵器の威力、確認してみるか」
インヴァニエンスに照準を合わせ、ランクレイマセルシュはエーダリロクが開発したミサイルのボタンを押した。
僭主が確認したとき、ミサイルだとは解らなかった仕様の物。
仕様が解らないものには、細工は出来ないことはランクレイマセルシュは良く理解している。だから躊躇わずに撃った。
ミサイルはインヴァニエンスの頭部に当たり顔を潰した後に爆発しその体を砕く。
「広範囲に広がらないところがいいな」
ザセリアバが手を上げた後ろ姿を見て、ランクレイマセルシュは操縦席で手を上げ”張る”ように動かした。
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