ALMOND GWALIOR −10
陛下の側近に復帰して嬉しかったのは、やはり陛下のお優しさだろうな。
「カルニスタミア」
儂が陛下の側近から一時期降りた理由、陛下には「機動装甲の開発テストの試乗」と嘘を提出されていた……全くの嘘ではないがな。
暗黒時代中期から発達し始めた、作業ロボットの軍事用転換。
死亡者数を跳ね上げた「戦闘用二足歩行ロボット」は暗黒時代が一応終結した後も、その能力を発揮する場所が与えられた。
対異星人戦
人類はこれがなければ異星人とは渡り合えない。あっても何とか引き分けている程度だが。
機動装甲の進歩こそが、対異星人殲滅の切り札となるであろう……その為の開発は日夜行われ、テストも頻繁に行われている。
「お久しぶりです、陛下」
「機動装甲の開発テストの試乗員の仕事は一段落ついたのか?」
「……はい。まだ陛下にその成果をお見せする事はできませぬが、バナバイエラーに関するアルゴリズムは」
「そ、そうか! 苦労をかけたな」
「いいえ。この程度の苦労など。陛下には側近がおらず不自由をおかけいたしました」
「いやいや。余は特に何もせぬからな。本当に必要ならば他の者をおいておく。無論、其方の場所は空座のまま」
「ありがたきお言葉」
皇帝は “良い人” だ。裏表など全く無いような……陛下とザウディンダル、両者共帝国宰相が育てたと言って過言ではないのだが、随分と違うもんだ。
この方の性格の裏表の無さが、より一層ザウディダルを苦しめているわけだが。同じ人間が育てたのに片方は「大らかで真面目な性格」片や「粗暴で淫乱で」
……淫乱の部分は儂が関係しているんだが、陛下と年齢が近い分、目立つのだろうよ。
「其方は余の兄であるザウディンダルと仲が良いそうだな」
普通皇帝は庶子を兄などと呼ばないが、陛下は庶子であっても全員を兄と思い、弟として考えていらっしゃる。
「……はぁ、仲が良いと申しますか、喧嘩仲間のようなものです」
「……」
「いかがなさいました陛下? 何か」
「カルニスタミア、そなたは強いはずだが? ザウディンダルはそれ程強いとは聞かぬが、実力の差があっても喧嘩になるものか?」
実際儂は強い。
自慢するわけではないが、強い事に対しての誇りはあるから、それを否定はしない。帝国騎士としても、近衛兵団団員としてもな。
「喧嘩は本気で殴る必要はございませんので。儂は本気を出せば、近衛兵団団長閣下にも負けぬ自信がございます」
そしてザウディンダルは確かに肉体的に弱い。
帝国騎士としての能力は低くはないが、身体能力は低い。両性具有の特性だ。
性玩具が強い必要は無いからな。暴力に屈する程度が丁度いいらしい。シュスターとアシュ=アリラシュの血が混ざり強くはなったし、ルクレツィアとザノンの血でそれらは薄まったが……根本的に “力が出ない” 性質は引き継いでいる。
体力はあるのだが、暴力に対して抵抗する力が弱い。白兵戦も攻撃している時はいいのだが、守勢に回るととたんに弱くなる。これは脳に付けられているリミッターが関係しているらしい。外せない事も無いのだが、これがなければ発狂する確率が格段に上がる。
一度拒否するザウディンダルを押し倒して襲ったことがあるが、何と言うのだろうか……普段より弱い抵抗しか出来ない。
あれだって弱いとは言え、常人を凌ぐ能力を持っている。それにも拘らず、襲われた際の抵抗は普通の人間の幼児程度だ。尤も儂とザウディンダルの身体能力の差は、平常時でもその位あるのだが。
「いいな、その自信。余のために使えとは言わぬが、帝国のために是非とも使ってくれ」
陛下はご存知ないが、帝国で儂が本気を出さねば殺せないのは「貴方」くらいのもの。
貴方様は本当にお強い。……が、それが日の目を見ることはないだろう。あくまでも皇帝として跡取りを……その方が、この方には幸せであろうが。
「何を仰られます、陛下。陛下に仕える事と帝国に仕える事は同じにございます」
「そう堅苦しくなくともよいぞ、カルニスタミア」
「兄であるアルカルターヴァ公爵に “間違っても粗相をするのではないぞ” と釘を刺されておりますので。最後に側近としてお会いしたのは十五、今は既に十九歳。失態が許される年齢でもありませんので」
「よい。気にするな」
「では、お言葉に甘えて」
陛下のお話相手を務めるのは、気分の悪いものではない。
陛下の側近を務めるのも苦労なくて……全く逸脱しているところの無い陛下、精々朝寝坊が多い事くらいか。それも別に側近を務めるのに苦になることではない。のんびりと待っているだけでいいのだからな。
美しい黒髪に長い手足、身体機能が発達しているせいで、体を鍛えなくても筋肉は不足なく付く。
儂等の体が人間よりも発達しているものの一つに「監禁に耐えうる」というものがある。儂等は五年や十年、何処かの一室に監禁されたとしても体機能が衰える事はない。
それがもっとも発達しているのがザウディンダル。
[監禁されても美しい容姿を保ち続けることが出来る]人間のエゴの結晶。
ストレスを感じて髪が抜け落ちることなく艶やかなまま、日に当たらずとも肌の肌色はよく、手枷や足枷、首枷などをされても「赤くなる程度」で肉が爛れるわけでもない。小さな部屋に閉じ込めていても筋肉が衰えないから、体は美しい。
食事の量は同じ体格の者の五分の一程度。それ以上は食べることが出来ないようになっている。
その能力が軍用に向いた者がアシュ=アリラシュ。その能力が陵辱される方向に向けられたものがエターナ。
「カルニスタミア、結婚はどうするつもりだ? 帝国に然るべき王女がおらんから、其方も苦労するであろう」
陛下の周囲はそれ一色に染まっている以上、話題として持ち出したくもなるのだろう。理解して欲しい……とまではいかないんだろうが、似たような苦境というかそれに近い状態の儂に話題を振りたい気持ちはよく解る。
辛そうな顔はなさらぬ、むしろあきらめているようにすら見て取れるが。
「儂は、アルカルターヴァ公爵家の末子にございますので、然るべき家柄の相手でなくとも。それに……恐らく誰とも結婚などしないでしょう」
前の相手の事もある……性格の悪い女を兄貴から寄越された。あれは明らかに嫌がらせだろう。性格が悪いのに容姿はザウディンダルに似ている女など。
兄貴にはザウディンダルがあのように見えるのだろうな……ザウディンダルは人が言う程、そう昔ラティランに言われた程、性格は悪くない。
むしろ、子供のままだ。
二十も過ぎて子供のままなのは問題なのかもしれないが、関係のない事だろう。
……あの女、儂と関係のあるザウディンダルを口汚く罵った。口が達者にみえて、言いたいことが全く言えないザウディンダルは黙ったままだったらしい。直接見たわけでもなければ、ザウディンダルは何も言わない。
女よ、ザウディンダルが両性具有なのはザウディンダルの愚かなのではない。お前が両性具有ではなかったのは、お前の実力ではなく、ザウディンダルが庶子であることに責任はない。
そして、その女は既にこの世にはいない。キュラに強姦されて自殺した。止めを刺したのは儂かも知れぬが、知った事ではない。儂自身がこの世で最も美しいと感じる両性具有を否定する女に興味は無い。
“僕に感謝してよね。君の大事なザウディンダルを虐めた女を壊してあげたんだから”
「何故結婚せぬ?」
儂は感謝した。 感謝をどの形で表せばいいか? 尋ねたら、
“僕を抱いてよ”
キュラの考えている事だけは解らん。
抱きながら思った事は、キュラも前のケシュマリスタ王の庶子だったな……それがあの女を犯した理由なのかどうか? 屈折した男の考えている事は、本当に察する事ができない。
キュラのことだ、察しが悪ければ、自分の思い通りにならなければ直ぐに口にするだろう。
男には興味は無い。だが、
“僕がラティランの企みを流してあげるよ。その料金に、僕を抱くんだよ、君は。タダより怖いものはないだろう?”
「これでも好意を寄せている相手がおります。ですが相手は違う男に好意を抱いております故に、成就する事はまずないかと」
「カルニスタミア程の男でも諦めるのか」
「儂など大した男ではございませんよ」
「そんな事はなかろうが。相手の娘には告げたのか?」
同性愛者を完全に排除して育てた陛下にしてみれば、相手は娘……良い傾向だ。
ただ、儂は偶に不安になる。この方は、もしかしたら、本当は同性の方がお好きなのではないかと。とても口には出来ぬがな。
「告げてはおりませんが、気付いてはくれているようです。気付いてはいますが、心は別の男の元にある事、隠しもいたしませぬ。そういう所も含めて好意を抱いておるので、良いといえば良いのですが」
「……難しいな。カルニスタミアならばそんな事はないだろうと、勝手に考えていたのだが。中々上手くいかぬのだな」
「そうですね、ですが儂の色恋沙汰など些細な事。目下、帝国の問題と言えば失礼ですが、帝国の重要事項……これも同じですな……何にしても今帝国宰相閣下と四王の最大の関心は陛下の妃。儂の好意などよりも、陛下の正妃の方が……これも余り上手くはいきませんな」
陛下の正妃を「貴族」から選ぼうという運びになったのは、陛下が十九歳の時。
一年かけてお后候補たちが選ばれたのだが、選んでおきながら王側は不服だった。
格下の貴族がこの状態で皇帝の正妃になれば面白くない。何より四大公爵を排除する傾向の強い帝国宰相が、正妃の実家を取り上げて四大公爵を中枢から遠ざける可能性もある。
結局、一年かけて選んだ「貴族のお后候補」は全て白紙とされた。
どうしても王家から、それも「王の子」を正妃にしたいという事で、陛下に数十年待ってもらう運びとなっている。
今から王達に「王女」が生まれても、その子が正妃となり次の後継者を得るまで二十年近くかかる……諦めて、平民でも投入すればよいものを。
「そうだな。それにしても、何故余に選ばせようとしたのであろうか? 余に[この娘です]と差し出せば、正妃として認め相応に接するつもりであったのに」
この方ならば好き嫌いを抜きに、寄越された自分の妻に優しく接してくださるだろう。
それは男女の愛情ではなかろうが、優しさには違いない。少なくとも、選ばれ差し出された妃に不平不満を述べて冷たくあたり、愛人を作るような皇帝よりは余程良い。
「お言葉は御尤もです。陛下はどの娘達も平等に妃として優しく接してくださるでしょう。ですが……各王家の意地と申しますか、利害がありますので」
「これも上手くいかぬな。最も上手くいかなかったのは、王家に娘が生まれなかった事だろうな。稀に起こる事なのだろうが、歴代皇帝は余に妃を与えたくないのかと勘繰ってしまう」
「テルロバールノル王家を代表し謝罪を。陛下の妃を用意できずに申し訳ございません。儂が王女として生まれてきておれば良かったのでしょうが」
『お前が王女だったらな』父の言葉がよみがえってくる。
あの後、色々とあって女に生まれればと言われなくはなったが……女に生まれていれば……儂は今より幸せだっただに違いない。
「謝られても困るのだが。だが、カルニスタミアが女であらば余は喜んで正妃として迎えたであろうな。余より一歳年下とは言え落ち着きがあり、身体能力も高く見た目も力強くありながら美しい。顔立ちは優しげながら男らしくあり、余などより余程確りとした体格と威風堂々たる雰囲気が織り成す存在感」
陛下の天然……。この方のこの部分を拝見すると、守って差し上げたくなるのは「徳」というべきか「得」と言うべきか。
この雰囲気で、四大公爵も黙って従っておるのだから偉大であることだけは確かだ。
「……陛下、お言葉を否定するようで申し訳ないのですが、そんな后は陛下の隣に居ては見栄えしません……と申しますか、こんな儂ですが女として生まれてきておればもう少々、女らしさを兼ね備えておると思います」
何故、儂のこの外見そのままで女に置き換えられるのであろう?
この言われ方からすると、儂の体型そのままで想像している節が。
もう少々、女と接せさせた方がよろしいのではなかろうか? 今の時代は男よりも体格の良い女など珍しくもないが同程度身長で体の厚み等が1.25倍もある男を、普通に女として考えられ、あまつさえ『喜んで后に迎える』と仰られるのは……。デカイ女が好みなのであろうか?
「おお! そうだな! 女らしさというものも考慮せねばならぬのだったな! だが其方は女であらば、余の后だったかも知れぬのだなあ」
そうですね……悪くは無いですよ。
「……正直に申しますと、王女として生まれたかったと思う時もございます。特に最近は、成就せぬ恋……先ほどは “良いといえば良いのですが” などと申し上げましたが……陛下の正妃となれれば、このような思いも抱かずに済むかと考える事も……このような不純な考えで陛下の正妃になるのは失礼でありますが、そう考える事もございます」
この方の后になれていたのだとしたら、儂は精一杯「正妃」としてお仕えさせていただいただろう。今以上に、最初の話しが出た時に喜んで。
「別に非礼などではなかろう。余は何もしてやれぬが」
儂は……自分は疲れているのだな。割と不毛な恋で遊べているつもりだったが、想像以上に消耗しているようだ。
キュラのように、完全に割り切れないのだろう。
「陛下のお心を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「いや、そんな事はないのだが……」
「どうなさいました?」
「嫌でなければ偶に……その話をしてくれぬか? と言おうと思ったのだ。恋やら失恋やらする予定もないし、恐らく一生せんだろうし……だが、辛いか?」
貴方は恋をしてみたいと、心の奥底で願っている
「いいえ。陛下に聞いていただければ、この心も軽くなります」
本来なら、貴方に楽しい恋でも語って差し上げることが出来ればよろしいのでしょうが……
「そ、そうか? 無理にそう言ってくれずとも良いぞ? 他の者に尋ねても良いのだからな」
儂はザウディンダルが好きだが、ザウディンダルが最も嫌っている陛下を嫌う事はできない。その姿が、帝国宰相と重なるらしい。儂が皇帝陛下を捨てることが出来る男なら、ザウディンダルは儂を傍に置かない。
なあ? ザウディンダル。
お前が本当に愛しているのは、幼少期からの想い人の帝国宰相なのか? それとも帝国宰相や儂が忠誠を誓う皇帝陛下なのか?
そんなことを言えば、お前は怒るだろうが……偶にそう感じるときがある。お前が憎んでいるのは「帝国宰相を奪った皇帝」なのか「自分が傍に近寄ることが許されない皇帝」なのか。
*************
「カルニスタミア」
「キュラ、どうした?」
「えぇ〜ガゼロダイスがねえ、ザウディンダルの洋服裂いて、部屋に豚の血を撒いてたからザウディンダルが気付かないうちに片付けさせて、ガゼロダイスのいる部屋の壁に牛をぶつけておいた」
「牛?」
「そぉ、生きたまんまのをバンバンぶつけてきたよ〜その有様を見つけたガゼロダイスが大急ぎで君のお兄様の所へいったねえ。普通の苦情ならロヴィニア王のところに言いに行くもんだろうけどさ。それにしても君のお兄様も、ガゼロダイスを使ってザウディンダルの精神を追い詰めるだなんて……カレティアらしいと言えばカレティアらしい策だって、ラティランも言ってたよ」
「そうか。手間をかけさせたな」
「手間ついでにザウディンダルの欲求不満も解消してあげたよ」
「行く前に要らないと言ったんだがなあ」
「ザウディンダルの要らないは “やって” だろう?」
「だけどよ……じゃあ、もう寝たか」
「うん。さ、僕と一緒に射撃場に言って点数を競おう。その後、ザウディンダルも混ぜて昼食をとろうか。ああ、ガゼロダイスは大丈夫だよ。エーダリロクに報告しておいたから」
「……解った。行くか、キュラ」
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