ALMOND GWALIOR −176
 腕を払いのけられたエダ公爵は、デウデシオンの姿が見えなくなるまで見つめていた。
「……」
 胸中にあるのは”皇君”との出来事。
 あの夜あの場で無数の手足であるザンダマイアスを連れてきた皇君の求めるもの。そして望むもの。なによりも皇君が”何に”どこまで関わっているのか? エダ公爵は興味を持った。本来ならば皇君をも管理する立場にあるケシュマリスタ王ラティランクレンラセオに報告するべきだが、彼女はしなかった。
 報告し自らが殺害されることを恐れたのではなく、報告しないほうが彼女の思い描く方向に事態が進むように感じたからだ。
 彼女は長い近衛のマントを翻し、
「時間通りですね、エダ公爵」
「もちろんだ。待たせるような真似はしない。私と君は同じ地位にある者同士だ、メーバリベユ侯爵」
 ナサニエルパウダの元へ赴いた。
「襲撃に関して用意して欲しい”者”か。ふむ」
 メーバリベユ侯爵は彼女にある者を用意してくれるように依頼した。
「所定のポイントに半死状態で良いので設置とは。何をするつもりだ、リスカートーフォンめ」
 用意した者を所定の位置に配置しておくようにとの指示。
「さあ。奇策のジュシス公爵殿下の考えること、私には解りません」
「そうだろうね、私も解らない……けど、君は理解しているんじゃないのか? メーバリベユ侯爵」
「理解していたとしても教えませんよ」
「それは”この作戦によって起こる悲惨な出来事を、知らなかったということにして責任から逃れ良心を守る為”なのかい? それとも、本当に知らないの?」
 彼女の問いに、ナサニエルパウダは表情を動かさずに、
「私の知っていることが、正しいという確証がないだけです。私もジュシス公爵殿下の策の一部であり、駒の一つ。私と同じ駒になって、同じような動きをしたいですか? エダ公爵」
 声に余裕を持ったまま言い返す。
「そうかい。解ったよ。私は命令に従うよ。この力を持った皇王族……何処が一番重要なのかな?」
「重要?」
「この力を持った皇王族に一人だけ、超回復能力を持つ者がいる。血液専門で戦闘には全く使えない」
「血液?」
「おそらく、ジュシス公爵が最も欲しているのは血液だろう。だから最重要ポイントに、そいつを配置しようと思ったんだ。”神殿近く”か……もう一つの場所か。どっちだと思う? メーバリベユ侯爵」
「もう一つが何処かは知りませんけども、その”もう一つ”のほうにお願いします」
「解った。しかしジュシス公爵は一体、なにと戦うつもりなのだろう。こんな策を用意するくらいだから、相手が誰か、どんな戦いをするのかを知っているような……深く追求しても無駄だね」
「そうですね。時が満ち運が良ければ知ることができるでしょう」
 必要事項を伝えあった後”ご一緒”するほど仲が良くも悪くもない二人は、互いに次の仕事へと向かった。
 歩きながらナサニエルパウダは彼女が語った「場所」について考えてみた。

**********


―― もう一つの場所とはいったい《どこ》を指しているのかしら? ――

互いに情報を交換したところで、この先起こる出来事は避けられない

―― 誰かはわからないけれども《あれ》しかない。一体誰を? ――

**********


 エダ公爵が訪れたことに、デウデシオンは驚きはしなかった。エダ公爵は連絡をいれずにやってくることが多々ある。
 その結果周囲に「帝国宰相とエダ公爵は関係があるのでは」と知られた。関係を隠そうとしていない、の最たる理由である。
「なにか話でも?」
 そして今デウデシオンは前線からの危機的状況を受け取る都度、二種類の焦燥感に身の内を焦がしていた。
「あるよ。だから……」
「寝るのか?」
「いいや。今日は愚痴でも聞いてもらおうかと思ってね」
「珍しいな」
「私が皇后になろうと思った切欠。すっかりと忘れていたのだが、今日思いだしてな」
「……」
「リュゼクのことが、嫌いなんだよね」
 ブルネットの美しい髪を持つ近衛兵は《キュラの殺された母親と同じような》美しい栗毛を持つ、最初の皇后候補の名を、ケシュマリスタ特有の口調に乗せた。
「ケシュマリスタのテルロバールノル嫌いか?」
「ケシュマリスタのテルロバールノル嫌いの根底は人間嫌いだ。でも人間嫌いを一括りにされるのは心外だ。僕たちには、様々な人間嫌いの要因がある」
「……」
「個体により理由は違うが、私……いいや僕が嫌いなのは、リュゼクがもって生まれた能力。即ち超回復能力だ。次ぎに嫌いなのは超回復の一つ若返り。これは現在帝国にはいないよね」
「おらんな……なにが言いたい?」
「歪んだ邪な趣味は治らない。治らないのなら、満足させてやればおとなしくなるのでは? そうして生まれたのが人造人間だ」
「……」
「最初は喜んだ。殺しても罰せられない、どれだけ殺してもいいと与えられる。おまけに成長しない。好みの年代で止まっているのだから。でも人はすぐに飽きた。殺して良いと渡された治る玩具はいらないと。赤い液体が流れ苦痛を感じ泣くが、これは殺されるために、犯されるために生まれたのだからつまらないと。最終的に人間は”人間”に戻り”僕たち”は”性虐待される”そして”虐殺される”という、最低限の価値すら失われ流離う。皮肉なものだ、殺されるために生まれてきた私たちは捨てられてしまい”誰の命であっても尊い”と賞される人間が殺されるのだから」
 大きな窓からは、抜けるような青空が望める。
 会戦中に天気が悪化することはない。人々を陰鬱にさせるような、戦地に赴いた家族の身を案じ不安にさせるような天候は選ばない。
 誰よりも、自分自身のために天候を安定させる。ここで陰鬱になるほどに灰色の雲を広げ、あの日の冷たいシャワーを思い出させる空間が広がったら、デウデシオンは泥濘に囚われる。
 その泥濘の名は、おそらく……
「性で略取されるというのなら、まだ価値はある。相手が誰であったとしても!」
「エダ公爵!」
「宰相、君は私には表情をつくらないのだね。それは私に心を許しているからか? それともこの表情が偽りなのか?」
 エダ公爵は腕を伸ばしデウデシオンの柔らかさのかけらもない頬に触れる。
「解ってもらおうなどとは思わないし、私も解りはしない。ただ深い憎悪が燻り蠢いているだけ。原因は知らない、だから終わらない。いいや終われないのだ。終わったら、私は消えてしまう」
「話はそれで終わりか」
 頬に触れている右手首を掴み、デウデシオンが問い返す。
「ああ」
「では下がれ」
 手が自由になり背を向けたエダ公爵に、デウデシオンが殺意を向けることはなかった。

**********


「四種類目ですが”若返り”。これも超回復に分類されるそうです」
 奴隷衛星での三人の会話は続いていた。
「若返りってよく聞くけど、具体的にどういう物なの?」
「バルミンセルフィドは違うよね」
「違うね」
「若返りは若返りです。見た感じは在る一定のラインから”成長しない”。要するに若返りと老化が同時に起きている状態。形態が幼い程、回復能力は強いそうです。ただ嬰児型のような状態ははないそうです。なんでかは知りませんが。そして最強と言われるのが、原始型と思考型複合系”自律上位型超回復”です。これはもう、遭遇したら言葉は悪いですが”ケツまくって逃げろ”としか言い様のない相手です。この五種類の中に等級、即ち回復力の強さ・速さ・持続性があります」
「それでバルミンセルフィドは?」
「私は原始型らしいよ。そんな大怪我したことないから解らないけれど……って、要らないからハイネルズ! 試さなくていいから!」
 先ほどからバルミンセルフィドが必死に拒否しているのは”うきうき”とケーブル裁断用の洒落にならないくらい大きいはさみを持って、頭上で”ちょっきんちょっきん”とさせているのだ。
「それにしても若返りって、どうして幼児を基本にしたんだろ? 戦闘要員なら成人のほうがよくない」
 普通の女性に育てられたエルティルザは思いつかない。
 だが頭上ではさみを動かして”危ないよ!”と叱られているハイネルズは知っている。”それ”が兵器ではない理由を。
「……ですよね。作れなかったんじゃないんですか? 強い大人が簡単に量産でいないから、いろいろと問題が起こったわけですから」
「そうかもね。それでハイネルズ」
「なんですか、バルミンセルフィド」
「デ=ディキウレ叔父さんの”ドラっ”てるってなに?」
「ドラキュラという意味です」
 はさみを下ろし、ハイネルズは――別に秘密ではないのですよ――と。
「何それ?」
「……もしかして《化け物》」
「正解ですよ、エルティルザ。私の祖父は皇帝の僕といわれる、皇帝直属の帝国貴族。この系統は《化け物》率が高いそうです。ドラキュラというのは吸血系の化け物を指します。人型化け物の中では最強の称号も与えられておりました」
「ふむふむ」
「異形にも様々な分類があります。触手異形や骨格異形は異形ですが、化け物ではありません」
「そうなんだ」
「そうなんです☆化け物系と異形系は似てますが、根本にして決定的な違いがあるのです」
「なに?」
「地球上に存在した環境で”死ぬ”ことです。異形は地球環境では死ぬことはありませんが、化け物は死にます。ちなみにドラキュラは陽光に当たると死にます」
「だから何時も地下迷宮に」
 それを聞いてバルミンセルフィドは手を叩く。
「ラグランジュ・ポイント喪失はたしかマルティルディ王がやったんだよね」
 ――ラグランジュ・ポイント喪失――現帝国ではそれは、太陽の喪失を指し示す。
「そりゃね、太陽系はケシュマリスタの領域だから、他の人にはできないでしょう」
「凄いですよね、あの王様。あの王様は化け物ではなく異形ですけど、やることなすことの破壊力が並みじゃないです」


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.