ALMOND GWALIOR −165
 この奴隷区画を管理してた奴等、治安維持をも兼ねて警察の任務だった。
 警察そのものが軍の下部組織だから、統治にあたるんだってさ。ほら、帝国は基本的には軍統治国家だから……ってゾイが言ってた。
 管理区画に派遣されてきたで一番偉い奴がどうしようもないと、部下全員そうなる。最近いたラバン・レボンスってのは最悪な部類だった。
 ナイトが来るようになってから、姿は見なくなった。どうなったんだろうな? と誰もが思ってるけれど、誰も聞かない。聞いたところでどうしようもないしな。
 以前まともな奴が派遣されてきたこともあった。
 その頃はやっぱり住みやすかったって聞いた。ボーデンの婆さんにあたる犬は、その頃来た警官のペットだったって。
 子犬ができて、その子犬を奴隷が貰って飼って、その犬の子がボーデンにあたる。
 そういやボーデン元気だろうか?
 かなりの爺さん犬だから、いつ死んでもおかしくはないしな。
 ボーデンは今はロガの飼い犬みたいになってて、一緒にナイトの所に行ったわけだが……ボーデン、ナイトのこと噛んでねえだろうな。
 あれでも皇帝だから、噛んじゃだめだぜ! ……噛んでもナイトは許してくれそうだけどさ。
 そりゃそうと、今の本当の飼い主はゾイ。ロガの家に引き取られた時に連れていった。その前は、奴隷みんなで飼ってた。
 俺の家の道を挟んだ向かい側、エルティルザの父親が奴隷として住んでた家にいた奴等が飼ってた。特定の飼い主はいなくて、家に住んでたみんなが餌あげてた。
 その人たち全員が移民団として出て行くことになって、ボーデンは置いていくことに。その後は、気ままに何処かの家に入りこんじゃあ餌もらって、好き勝手に生きてた。
 俺の家は餌になるものが多かったし、昔飼われてた家の近くでもあるから、良く来たな。
 そのうち、ゾイに付きまとうようになった。
 ゾイの父親はロクな奴じゃなかったからな。ボーデンがゾイを俺のところ店まで連れてきた。母親がいなくなってからゾイは、痩せ細ってた。
 恵まれるのを嫌がったゾイだったから、ボーデンに大目に渡して放っておいた。ボーデンのやつ犬のくせして、目の前にある餌全部食べないで残すんだよ。
 その残りを食い、徐々に打ち解けたな。
「どうしました? シャバラさん」
「あ……ちょっと昔のことを思いだしてた。案内してもらってたのに悪いな」
 俺はいまエルティルザたちが住んでる奴隷管理区画にいる。立入許可とかないと入れない場所だった筈なんだが、こいつ等……
「気にしないでください」
 前を歩いていたエルティルザと、並んで歩いているロレン。俺は二人のあとを付いて歩いている状態。
「管理者居住区に招待されるなんて、考えたこともなかったな」
 正直な気持ちを感謝の意味をこめて言ったら、エルティルザのやつ頭を掻きながら、こっちに向かって謝ってきやがる。
「お恥ずかしい限りです。居住区は医療設備などもあるので、部分開放は行わなくてはならなかったというのに」
 そうなんだってな。
 開放されてた頃もあったらしい。
「お前が謝る必要なんてないだろう」
 俺とロレンが招待されたのは、こいつ等が特別なものを見せてくれると。なにを見せてもらえるかは「見てのお楽しみです☆」と教えてもらえなかったけど、すごい楽しみだ。
 多分奴隷じゃあ一生お目にかかれないようなものを、見させてくれるんだろう。
 見たこともない物と言えば、普通は絶対に見られないものをこの前見たな。ロガを迎えにきたナイトが乗ってた戦艦。
 宇宙でただ一つの”白い戦艦”「漆黒の女神ダーク=ダーマ」の名を持つ、皇帝専用の旗艦。奴隷居住区に降りてくるような代物じゃない。
 宇宙航路ってやつも皇帝専用のものを使うから、奴隷どころか平民や普通貴族も直接目にすることはできない。
 進軍するときは例外的に見ることができるらしいけれど、奴隷は従軍しないからやっぱ見ることは無理。
 聞いた話じゃ、王には王専用宇宙航路ってのがあるらしい。ただし王は四王で一つの航路を使う形だそうだ。
 宇宙はデカイからあの巨大戦艦でかち合っても、ぶつかったりはしないだろうが。
 ロガを迎えにきた時、ダーク=ダーマの他に四王の旗艦もやってきたから、大きさは覚えてる。とにかく大きかった。
「なあ、エルティルザ」
「はい、なんでしょう」
「王様は四人で一つの宇宙航路を使うんだよな」
「はい、そうです」
「もしもかち合ったりしたらどうするんだ?」
「原則優先順位が採用されます」
「原則優先順位?」
「シュスター・ベルレーの仲間になった順です」
「ってえとー……」
 俺はあんまり勉強とか好きじゃない”クチ”だから、こういうのが苦手でな。でもゾイの奴が「覚えておいて損はないから!」って必死に教えてくれた。
 それで弟のロレンは勉強に目覚めたんだが……そりゃ良いとして、最初はケシュマ……?
「ケスヴァーンターン、ヴェッティンスィアーン、アルカルターヴァ、リスカートーフォンの順ってことだよな」
 ロレンが脇から答えた。
「そうです」
 ちゃんと勉強してて、兄として嬉しいぜ。名前は怪しいけどある程度わかるんだが、順番なんてなあ。
 本当は覚えておかなけりゃならないモンなんだろうが……ロガの奴も苦労してるんじゃないかなあ。ロガもあんま勉強とか興味なさそうだったしさ。
 仕事とかを覚えるのは大好きだったけどな。料理も必死に覚えようとしてたけど、なんかこう……下手だったなあ。間違ってもロガの手料理は食うなよ、ナイト。
 爆発に巻き込まれて死ぬぞ!
 そう言えば……
「あのな、すげー馬鹿な質問なんだけどよ、答えてもらえるか?」
「私で答えられるものでしたら」
 エルティルザとバルミンセルフィドは頭が信じられないくらいに良いらしい。
 なんでもこの二人、帝国上級士官学校ってのを目指して、学科は合格ラインに達してるんだそうだ。試験を受ける前に模試やら過去の問題やらを解いて、大体の実力を計るのが試験を受ける奴の……よくわかんねえけど。
 この帝国上級士官学校ってのが帝国最難関なんだとさ。
 それでこいつ等、とくにエルティルザなんて「首席は無理でも、できれば五位以内で」とか言うくらい。高レベルの話だなあ……って聞いてたら、こいつの父親のポーリンは一番で卒業したんだってさ。
 ロレンは本当に顎外してた。
 そのくらいのレベルの話らしい。
「ケスヴァーンターンとか、どこから出てきたもんなんだ?」
「それですか。私も子供のころは不思議でした」
「ロレン、お前は知ってるのか?」
「皇帝から下賜されたとしかしらない」
 だいたい《そこ止まり》なんだよなあ。あの長ったらしい公爵名ってやつは、皇帝が授けたって言ってんだけど、どから出て来たもんなんだ?
「それはですね、実は秘密なんです」
「は?」
「陛下や皇王族、王と王族以外は知らないことになっています。私も知ってはいるのですが、勝手にお教えするわけには……多分、陛下に直接聞いた場合は、答えてくださったでしょう」
「あ……そうなのか! 悪ぃな」

 たしかにナイトの奴なら、聞いたら普通に答えてくれそうだ。それで、殆ど説明終えてから《しまった!》って顔するんだ……

「いいえ、いいえ。これは答えになるかはわかりませんが、陛下は三つの名をもっておいでです」
「ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウスのこと?」
 長い名前だよな。
 なんて思ってたら、桁が違った。
「それも確かに三つの名前なのですが、この場合は少々違いまして。一つ目は”シュスターシュスターク”皇帝としての名。皇族としての名前でベルレー・イフロターヌ・ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス・エディグレイス・ラフィアナ・ソンデベルディオン・バルト・シャディロデヒュラ・ヒドリケイジュ。皇太子時代はベルレー・イフロターヌのあとに皇太子を示す単語がつきます」
「……んだ、その名前は」
 全く覚えられなかった。なんだよ、その怪奇文章みたいな名前!
「詳しく知りたい場合はあとで説明します。それで最後なんですが、一般には出回らない名前といいますか、シュスターを継いだ人だけが継ぐ名。これに関しては説明できませんが、エターナ・ケスヴァーンターン=ゼオン・ヴェッティンスィアーン=ルクレツィア・アルカルターヴァ=アシュ・アリラシュ・リスカートーフォン=アエロディク・アルリエラという名を継がれます」

「御免。折角喋ってくれたけど、解んねえ」

 長いのは髪とマントだけじゃなかったらしい。

 なんかな、こいつ等が歩くには相応しくない古びた廊下を通り抜けた先にあったのは《機動装甲》
「これ……」
「機動装甲です。いまは組み立て中ですけれどもね」
 帝国最強の兵器《機動装甲》
「すっげー」
「どうぞ、近寄って見てください」
「いいのか!」
「もちろんですとも」
 機体は「派手目」だった。全身金色で塗装されてて、部分的に藍色のパネルで装飾れている。
「このパネル部分は遠目で見ると水仙に見えるんですよ」
 言いながらハイネルズが花瓶にさした水仙を見せてくれた。
「なんで水仙?」
「帝国騎士を表す紋章なので。色は陛下からいただいた形です」
「そういえば、貴族様たちは使える色と使えない色ってのがあるんだったな」
「はい。藍色は皇帝陛下直属の貴色。貴色とは使用出来ない色の第三番目にあたるものです」
「白が第一で、緑に青に緋に赤が第二。第三は藍と薄紫だよな」
「その通りです、ロレンさん」
 へえ、ちゃんと覚えてるモンだなあ。ちょっとロレンを見直した。まあ、俺から見りゃあ仕事しないで勉強ばっかりしてる穀潰しだけどな。やりたいことは解るけど、手伝って貰わないと困るってのもちょっとあるんだ。でももう少しは協力してやるか。
「エルティルザやロレンには当たり前のことかも知れねえが、第三の色ってのは、なんで使ったら駄目な色なんだ?」
「それは薄紫は軍妃ジオの色で、藍は帝后グラディウスの色だからです。普通皇帝の正配偶者は王族、もしくは縁の者が選ばれるので特別色を用意する必要はないのですが、この二人は平民から正配偶者だったのでこのような措置となりました。第三の色は第二に属する者や陛下はもちろん使うことが可能です」
「なる……ロガはどうなるんだ?」
「后殿下は象牙色が有力ですね。白に近い色なので、相当大変らしいですが」
「なんでそんな大変なことをしようとしてんだ、ナイトは。他の色なら簡単なんだろ?」
 そうしていると、組み立てていたハイネルズが近付いてきた。
 何故か足を前でクロスさせながらという、不思議な歩き方で。
 ハイネルズに関しては多少変わったことしたくらいで驚いてたら、身が持たないですから! とエルティルザとバルミンセルフィドに言われたけど……無理。
「陛下はそのような些末なことには触れません。陛下はいま全身全霊をかけて、后殿下の肩に手を置くこと。それだけです!」
「まだロガの肩に手おけてないのかよ……」
「白に近ければ近いほど、后殿下の地位が高いことが証明されるのです。象牙色を選んだのは私たちの伯父様デウデシオン帝国宰相閣下。あの伯父様は后殿下を皇后にするつもりですから、相応の色が必要となるのです」
 こいつ等の伯父さんは本気で奴隷を皇后にするつもりらしい。

 ……なんでナイトの頭上を素通りして、帝国宰相が決めてるのか不思議だったが、なんとなく言いそびれた。
 
「それよりも、これが最新の機動装甲です」
「最新?」
「腹部搭乗モデルの試作品ともいえますが、部品の削りだしからコード製作まで全てが一人の人の手によるまさに至精の職人芸」
「武器ももちろん、エネルギー補充器も!」
 よくよくみたら、太いコードってやつがエネルギー補充器と本体を繋いでる。
 あれ? これって広い宇宙空間で異星人と戦うもんなんじゃないの? これで……いいのか?


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