ALMOND GWALIOR −161
皇帝の初の出陣式典。その場に未来の皇后の姿はなかった。
未来の皇后、当時”后殿下”と呼ばれていた彼女は、従軍することにはなったが、式典に参列させようとは誰も考えなかった。
皇帝ですら。
彼女もまた、考えなかった。
その頃はまだ、真の意味で皇帝と皇后ではなかったのだろう。
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さて、本日は出立の日である!
宇宙の軍全てを指揮する漆黒の女神ダーク=ダーマに乗り、国境まで行ってこようではないか!
戦争に関しては門外漢なので黙って椅子に座っておるだけだが、行かねばならぬのだ。それが皇帝……らしい。
「陛下、御武運を」
「帝星のことは任せたぞ、デウデシオン」
言ってはみるものの、今までずっとデウデシオン任せだったので言う必要もないのだが“形”としてな。
「后殿下もお気をつけて」
「は、はい。行ってきます、帝国宰相様」
ロガはスカートの端を持ち、余の後をついてきた。
さて最後にもう一人にご挨拶をして行かねばなるまい。
「ボーデン卿、ご足労をおかけした! 余はこれからロガを伴い初の帝国防衛戦へと向かう。その間、帝国宰相と共に帝星を守っていてく……うわっ!」
「ボーデン!」
喋っている間に手をかまれた。
そしてボーデン卿は余を無視しダーク=ダーマ搭乗用タラップの中ほどまで進み、そこで疲れたのか体を横にした。
えーとこれは……
「もしかしなくとも、ボーデン卿も赴くと?」
そのように口にしたところ、頭を持ち上げ
≪あたりまえじゃ! この若造が。貴様ではロガを守るには力不足も良いところよ! 身の程を知れぇ!≫
と言ったような気がした。いや、絶対に言った。
そ、そうだったな。ボーデン卿に前線に赴きますか? と尋ねることをすっかりと忘れておった。
先ずは御免なさい。お伝えし忘れて、本当に申し訳ございませんでした!
ロガが余と共に前線に出向くとなれば……余一人では頼りないしなあ。
「あーデウデシオン、ボーデン卿を同行させようとおもう。後で然るべき手筈を整えておいてくれ」
「はい、ただ今急いで当座の用品を運び込みます。ダーク=ダーマに同乗でよろしいのですね」
「無論。ボーデン卿はロガを守るわけだからして、ダーク=ダーマでなくてはなるまい」
タラップに横たわっているボーデン卿のところまで走り抱きかかえさせていただき、
「行くぞ! 帝国の兵達よ」
こうして余はロガとボーデン卿を伴い前線へと赴いた。
それからしばらくして、ボーデン卿を大佐相当として、旗艦が後をおってきた。救護艦を旗艦に仕立て上げたそうで、旗艦名はロシナンテだそうだ。
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式典終了後の後片付けも済んだホールで、
「無事に終了しましたね」
エルティルザと、
「良かった、良かった」
バルミンセルフィド。そして、
「緊張したねー」
ハイネルズが集まり話をしていた。
ホールに集まった理由は、ハイネルズが連れ出したということ。そのハイネルズはというと、父親のデ=ディキウレから理由も聞かされず、とにかく二人を連れて式典後のホールに向かえという事だったので、指示に従ったまでのこと。
「ハイネルズは緊張してなかったように見えたよ」
廃墟とは違い、許可が必要な重要な場所の一つだが、それらに関してはデ=ディキウレが上手く取り計らっていた。
デ=ディキウレは息子たちとある人物を接触させることが目的だった。
「まあ、私たちなんて誰も見ませんから、多少の失敗くらいは平気だろうと思えば緊張なんて」
「ハイネルズって本当に式典向きだよね。容姿といい度胸といいさ」
エルティルザは、バルミンセルフィドやハイネルズと違い《帝国騎士》という正式な軍人でもあるので、二人よりはやや気負っていたことが緊張に繋がった。
もちろん、傍目には現時点で最年少の帝国騎士として、また代理総帥の息子として充分な動きを見せた。
「そういう観点からみると、武官より文官だよね」
軍事国家なので軍関係の式典が多いのだが、それらを行うには文官も当然必要となってくる。
「そうですよ。帝国の華々しさの土台となる文官が必要なのですよ」
だからハイネルズの言い分も正しい。
「でも目指す部署は、べつに式典関係ないよね」
「でも絶対、借り出されるよ。そして気付かないうちに、儀典省に配属になってるんだよ」
「ありそう。出向とか貸し出しとか言う名目でね。そして気付くと儀典省職員で、役職までついてるんだよ。事務次官補佐官とか、完璧にそのまま出世しそうな役職が」
民間企業ではありえないのだが、帝国中枢ではエルティルザが言ったような出来事は珍しくない。
優秀な人材を育成することはするが、持って生まれた資質が必要な場面が”帝国式典”には多々ある。その場合は持って生まれた性質、特に容姿が優れている者が他の部署に在籍している場合は、その人物が優秀であれば強引に引き抜くしかない。
「そんな感じしますね」
「嫌ですよ。儀典省なんて」
「でもシャムシャント叔父さんがいるから、引き抜かれるかもよ」
「その頃にはシャムシャント叔父さん、長官になってる可能性あるし」
「儀典省の長官は権力強いよ。そりゃ、デウデシオン伯父様に比べたら微々たるものだけどさあ」
儀典省は文官関連部署としては、相当な力を持つ。
「失脚するように画策したらいいのかな☆」
「止めなさいって」
「それは物騒すぎるよ」
そんな話をしていると、目的の人物が現れた。もちろん三人は知らないのだが。
「お前たち」
「ジュシス公爵殿下!」
その人物は、アシュレート=アシュリーバ。
「逃げるな、ハイネルズ」
”父上怨みます”などと思いながらダッシュしようとしたが、逃げられる事を念頭においていたアシュレートが、何時もの武器で足を絡め取り転ばせて引き摺り寄せる。
「いやー! あの夜の暴虐を私は忘れない! この身を引き裂いた貴方様!」
このアシュレートの武器、特殊編みされたワイヤーの両端に剣がついている。剣は片方は長剣で、片方は短剣。ワイヤーは伸縮するのでかなりの太さがあり、強度もそうだが柔軟性に優れている。ワイヤーは伸縮するために幾重にも編まれているため、重さはかなりのもので、扱えるものは自ずと限られて来る。
アシュレート特有の武器で、見慣れないものである。
ちなみにこの見慣れない武器に向かって「跳び縄」と言い、それで縄跳びをして使いこなしている様を見られて勧誘されることになったのがハイネルズという訳だ。
「……(元気だよなあ)」
身分的に考えるとかなり失礼な言動を取っているのだが、ハイネルズの出生と「この先」を考えると特に問題はなかった。
それにこの言動、脱力すれどもアシュレートとしては嫌いではない。複雑なのだが”この性格だったら、楽しいだろうな……でもちょっとな”と、アシュレートは思う事があるのだ。
「申し訳ございません、ジュシス公爵殿下。あとで殴って言い聞かせておきますので、この事は不問にしてやってください」
言いながら既に殴っているエルティルザと、
「本当に申し訳ございません、ジュシス公爵殿下。こんなヤツは軍人にしないほうがよろしいかと☆」
足にワイヤーが巻き付いたまま”人魚座り”して、拒否するハイネルズ。
「自分で言ってないで……もう!」
バルミンセルフィドは”済みません”と言いながら、ワイヤーを解き始める。
「まあいい。お前たち、奴隷衛星に向かうのだな」
取り敢えず話を聞かせられる体勢にはなったので、アシュレートは説明を始めた。
「はい」
「理由は聞いているか?」
「帝星防衛と」
「帝星襲撃は確実にあることは?」
急ごしらえではあるが、僭主襲撃に備えての配置なので帝星と連携を取る必要がある。
「聞いてます」
「私は聞いてないよ! ハイネルズ」
「え?」
知っているのが一人、知らないのが二名。
「詳しい説明をしよう」
「良いのですか?」
「説明を聞かなければ動けないだろう。先ずはエルティルザの使命だが」
「はい」
「僭主側に機動装甲がある可能生を考慮して」
「待ってください! ジュシス公爵殿下。帝星を襲撃する僭主? についてから教えて欲しいのですが」
僭主の襲撃に機動装甲で帝星を防衛する。
それ自体はまさに武人の初陣に相応しい。だが初陣というのは”初めての戦い”で、もっとも緊張し、本来の動きをとることができない。経験という物も少ない。
才能だけが物をいう”とされている”帝国騎士だが、操縦者は《ごくごく普通》の子供でもある。とくにエルティルザは。
「そうか。襲撃をかけてくるのはエヴェドリット僭主ビュレイツ=ビュレイア王子系統だ」
エルティルザは右側に少し視線を逸らし、困ったなと口元を歪めた。
他の僭主ならいざ知らず、もっとも強い一族が血族結婚を繰り返し、異常な程能力を高めていると教えられている相手。それが最初で、任務として帝星防衛となるとかなり荷が重い。
そう感じるのが普通であり、それで良いことも解っているエルティルザだが、解ることと、受け入れて戦うことは違う次元の問題だった。
「現当主はザベゲルン=サベローデンと言います☆」
解放されたハイネルズが、楽しそうに説明に加わるのだが、
「正解ですか? ジュシス公爵殿下」
エルティルザとしては、微妙に信用ならなかった。
「正解だ」
「私が嘘を言うとでも?」
「嘘じゃないとは思うんだけど、なんか信用できないんだよね」
「うん。ハイネルズ、嘘ついたことないのは知ってるんだけど、なんかさあ」
ハイネルズが嘘をついたことがないのは二人とも知っているのだが、生来の煙に巻く性質が、普通に話していても華麗に誤魔化してしまうことがあった。
本人に悪気がなく、嘘もついていないのだが、なぜかはぐらかされたような形になる。それを二人は良く知っているので、真面目でお堅いアシュレートに答えを求めたのだ。
「失礼な。じゃあここで大きく嘘ついちゃいますよ! 私の母上は僭主じゃありません!」
ホールで大声で叫ぶハイネルズの口を押さえる。
「落ちつけ、ハイネルズ。それで説明を続けるが……」
「近衛兵団に入団しちゃいますよー!」
「なに! 本当かハイネルズ! 前言撤回は許可せんぞ!」
「だから今、嘘を付くって明言してからの発言でありましてですからね!」
ハイネルズとアシュレートのやり取りを見て、エルティルザとバルミンセルフィドは、頭を下げて無言で謝った。
騒ぎを大きくしてごめんなさい……と。
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―― 盤上で 《女王の駒》 と共に並ぶ 《王の駒》 に過ぎぬ。動かしているのは死者皇帝 ――
エーダリロクは並走する帝国軍をモニターを頬杖をつきながら眺めていた。出立前に皇君から贈られた言葉。
「皇君は詩人名乗ってるが……これ詩なんだよな? 俺、詩の解釈とか苦手なんだよなあ。どうとでも取れるっていうのが……」
幾通りも解釈がある文章というものが、エーダリロクは大嫌いだった。答えは一つでいい。様々な感性で自由に解釈することは否定しないが、エーダリロクには必要ない。現実の中で現実を生きることを選ぶ男にとって夢想は必要としていない。
そうエーダリロクの中にいるザロナティオンも、死者となった今でも必要としてない。未だに彼は夢の中で幸せに生きることをしない。現実の世界に夜が明けることを願い、行動している。
「女王が両性具有、死者皇帝はディブレシア。王はなんだ?」
これがなにを示すのか? エーダリロクには解らなかった。
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