ALMOND GWALIOR −155
タバイが《国璽》を渡されたことは誰も知らない。デ=ディキウレすら知らないことだった。
神殿の扉を開くことの出来る《国璽》
デウデシオンが所用があり立ち入る際に、乱入者などを警戒して付き添ったことがタバイには何度もあった。
そのため、扉のどこに《国璽》を触れさせたら良いか、間違いなく知っている。
「やはり……」
間違いなく知っているタバイが「本物だ」とデウデシオンに言われ渡された国璽を扉に触れさせたが、開くことはなかった。
「……そうではないかと……思っていましたが」
”セゼナード公爵殿下の中にザロナティオン帝? セゼナード公爵殿下は陛下と同じと?”
”そうだ。それと……”
―― 騙されたとは思うまい。作戦なのだ
タバイは威圧を湛える巨大な扉を見上げる。その奥にある物、その底にあるものを思い描く。
**********
あの哀れな正統王家の王は「帝国のため」と言えば、余の命令にはなんでも従った。皇帝の命であるからして従うのは当然のことではあるが。
余はデウデシオンとタバイ=タバシュの間に両性具有を産んだ。ドミナリベル? 違うな、あれには名を付けなかった。そうだ、お前と同じだ。
どうだ? 余の自らがつけてやった名は。
ありがたく? 当然であろう。
名無しと呼んでも良いが”ジルヌオー”としておくか。そうだ、余が最初に産んだ両性具有ジルヌオーは、ドミナリベルに似た藍色の瞳は持っていなかった。持っていたのは軍妃ジオの瞳こと、ヴァイオレットの瞳だ。
お前もケシュマリスタならば知っておろうが、規則性からいって「タバイ=タバシュの子供は95%以上の確率で女のとなる」だがタバイ=タバシュには娘はおらんな。
女が生まれたらどうなるか、考えてみるがいい。
皇帝の正妃となり、デウデシオンの権力が増す? たしかにそうも言えるが、女が生まれたら皆が調べるであろう。調べてしまうと余がジルヌオーを産んだことが王たち以外にも知られてしまう。それはあの正統を重んじる王にとっては困るのだ。
何故困るか?
あの男はカレンティンシスとジルヌオーを同一人物にしようとしたのだ。ゆえにタバイ=タバシュに娘が生まれては困るのだ。理由は解るな……よろしい。
ではその部分の説明は省く。
だがあの王は帝国のためにも生きる男であった。正否も善悪も問い質す必要はない。
あの男にとって正義であり忠義であれば良いことだ。
余はそれを与えてやったのだ。
あの男は”女性”が生まれることを恐れる半面”女性”を必要と考えていた。だからお前の支配下にある断種を欲した。
断種で両性具有因子を一時的に潰すことができると教えてやったのは、この余だ。
方法? お前に教える必要などなかろう。妃もいないお前にはな。
あの男はカルニスタミアを王妃に産ませることに成功した。これで王家は安泰で、王女さえ生まれれば、カレンティンシスを塔に閉じ込めカルニスタミアに王位を継がせ、ザロナティウスに王女を差し出すことができるとな。
最初に己にある両性具有の女性側の因子を潰してしまったので、復活するまでに時間がかかったのだ。カルニスタミアが王女であっても良かったのでは? 試験だ、試験。
カレンティンシスが女王であるということは、女性部分が男性部分よりも少ないので、簡単に試すことができるのだ。実際カルニスタミアを誕生させ、体をくまなく調べ両性具有顕在化する因子がないことを確認して、初めてあの男は”余を信用した”
不快とは感じはせぬ。
そのくらいの男でなければ、使えぬわ。
あの男はザロナティウスが正妃に皇女を産ませる事ができるのは知っていた。同時に皇女が誕生するのであれば、皇女にの元に婿へとゆく王子や、皇女を王妃にするための王子も必要であろう? それらを必死に用意しておったのだ。
まあな。
あの男の行動を制限するために、余はザウディンダルの後にザロナティウスを産んでやった訳だ。
ザロナティウスの中にザロナティオンがいるのは予想外であったがな。
驚いた顔をしているな?
そうだ余もそこまでは予想していなかった。
余の中にも”ザロナティオン”は確かにいいるがな。これは第三の男とでも言うのであろうよ。
番号をどのように付けているのか?
お前には関係のないことだ。
ザロナティウスがザロナティオンであったことが、あの男の簒奪に向かわせることとなった。それを考えれば、ザロナティウスは良い子だ。
あれはなあ、ザロナティウスはなあ……くくく……まあよい。話を続ける。
あの男は女性は一人では足りないとも感じていた。そこでタバイ=タバシュに目を付けた。
余はあの男に寝所で腹を開かせた。そうだ、余の腹をな。余の永久の瞳を取り出させたのだ。あれは取り出しても死にはせぬし、しばらくすると自然に復活する。
その永久の瞳を、タバイ=タバシュに食わせた。
お前は知らぬようだが、あれも幼いころは異形の特性に逆らえなかった。それと余の暗示にもな。
寝所で殺害した男の一人、クラタビアの父親であったか? クリュセークの父親であったか? アウロハニアの父親であったか? どれであったであろうかな。ともかく余の寝所で死んだ男の体に押し込み食わせた。
死体は多数ある。一人二人数が合わずとも殺人王は気にしない。
隠すつもりはなかったゆえ”食った”と言ってやった。殺人王はそれで納得した。
本当は誰の死体に移植して食べさせたのか覚えているのでしょう? だと。
もちろんだ。だがお前には教えてやらぬ。
……今にして思えば、殺人王がもっとも油断ならぬ男であったな。そうだガウダシア。
殺人王は余の計画の片鱗に気付いておったように思える。今となっては……だがな。
タバイ=タバシュは余の瞳を食った。これにより体その物が余の指示に従うこととなる。暗示では、精子の製造を制御はできぬ。それらを制御するとなると、体その物に命令部を寄生させることとなる。
そうだ。残りの可能性「男子が誕生する」方を強化するよう指示を出している。
余の永久の瞳が、タバイ=タバシュの精子を支配しているのだ。デウデシオンとはまた違う蹂躙であり陵辱。
心地良いに決まっておろう。
男の精子の全てを支配する、楽しいものぞ。
だがな、これはあることを行うと女子が産まれるようになるのだ。
見当がついたな? そうだ、同族食いだ。同族食いを繰り返し、頻繁に融合を繰り返すと、永久の瞳も取り込まれて消えてゆくのだ。とくにタバイ=タバシュは余の実子であるからして、融合しやすい。
―― テルロバールノル王女が誕生するのが早いか? タバイ=タバシュが娘を産ませるのが先か ―― 競争ともいえよう。
なにをするにしても、時間制限があったほうが面白かろう。
お前の言う通りだ。だからあの男自らを蝕む程の断種を自らに注入しはじめたのだ。早く作らなくてはと焦り、カルニスタミアを誕生させて次の目的である王女へと着手したのだ。
王女を作るために、余の復活した永久の瞳をも欲しがり、あの男は必死に性奴隷として仕えたな。
必要のないことだが、カルニスタミアから娘が誕生する確率は30〜40%だ。
断種が関係しておる。
カルニスタミアの結婚は先送りにせねばならなかったのだ。
カルニスタミアが”王女”を誕生させるころには、帝国に他にも「女」がいるようにするつもりで。
そしてお前がタバイ=タバシュの同族食いしていた頃を知らないのは仕方あるまい。タバイ=タバシュはすぐに食うことを止めた。理由は余も知らぬが、強い抵抗をみせた。
余は焦る必要などない。
焦ったのはあの哀れな正統王よ。
皇帝の正妃となれる女が一人では足りない。断種と余の瞳を用いて王女を造り上げたとして、他王家にそれを教えることも、強要することもできぬ。とかく断種は生命の危機に関わる危険な物質だ。
知識のない王が、知識のある王の処置を信頼できるわけがなかろう。
なにをされるか解ったものではない。とくにあの男は、余の命令で人間をスライム化させたりと、人体改造も行う男と見られていたからな。
いちいち聞く必要などなかろう。
お前が聞いたとおりだ。それを狙って余はあれに人体改造させた。
焦らぬ理由? 解らんのか。そうか解らんのか。
タバイ=タバシュを近衛兵団団長に最初に推したのは誰だ? 庶子が近衛兵団団長の座に就くには推薦が必要であろう? あの男であったことを忘れたか。
思い出したか。そうだ全ては利害にあり、秘密にあり、隠匿にあり、名誉を重んじる。
現在は僭主との交戦が激しい。同族との激しい戦闘は、タバイ=タバシュの内にある異形が黙ってはいない。
激しい戦闘は、狂おしいまでの食人欲求を沸き起こす。
食人欲求を高めるために近衛兵団団長にする必要があっただけだ。そうだタバイ=タバシュを同族食いで強くし、確実にザロナティウスを殺害させる力を得るために。現状でも充分だが、強ければ強いほどよい。帝王ザロナティオンがとったのと同じ行動を取らせようと考えたのだ。
あの男も気付いてはいたようだ。あの男はあの男として簒奪を考えていたのだ。殺害できる存在の力を押し上げること、それが姫の誕生に繋がるというのならば黙認するであろう。
現在の帝国の状況では、王家に僭主を刈れと命じつつも、王家だけに任せることはできぬ。暗黒時代の痕が深く、王家が大軍勢を率いる際には「帝国宰相の配下」が同行し、監視することが多い。そうだなあ、その任はタバイ=タバシュによく任せられたな。
なにせ未来の団長る男だ。血筋が足りない分、実績を重ねる必要があるからして。
近衛兵として僭主狩りに同行して、妃をみつけるとは思っていなかったが。その程度の褒美は許してやろう。
どこぞの女を拾ってきて、子供を産ませた結果、ジルヌオーという存在は完全に消えた。
だがタバイ=タバシュは止めて以来、食ってはおらぬ。タバイ=タバシュの中にある余の瞳は未だ失われてはいないことからも解る。
瞳同士が共鳴するからな。異形同士が解るのと同じことだ。
余としては瞳が失われようと、失われまいと、あまり関係はない。
**********
「どうしたのだね? タバイ」
「皇君殿下」
タバイは膝をつき、無断で立ち入ったことを詫びる。
「近衛兵団団長であれば、王子と同格の扱いでも構わないだろう」
神殿の前庭部分も立ち入ることは厳しく制限されている。
「ですが」
「立ちたまえ、タバイ」
神殿の現警備責任者はタバイを立たせ、自分も扉を見上げた。
「君は裏切ると思うかね」
「……」
皇君が誰のことを指したのかは解ったが、解った以上答えることができなかった。
”裏切る”それはデウデシオンのことを指している。
「君はデウデシオンが皇帝となったらどうするつもりだね? 簒奪者として生きさせるのかい? それとも」
皇君は微笑んでタバイの方を向く。
「……」
タバイはその問いに対する”答え”は持っていたが、語ることはできなかった。
デウデシオンがシュスタークが生きている状態でありながら帝星で簒奪を行った場合、タバイは兄の名誉と未来を守るために、シュスタークを殺害する覚悟を決めていた。
そうする事により、デウデシオンは簒奪者ではなくなるからだ。その後の混乱はタバイには関わりのないこととなる。
簒奪者ではなく、ある程度の手順を踏んで皇位を継いだデウデシオンの命か、それとも他の王家の者たちの手によって殺害されるからだ。
「長かったねえ」
「……」
「君は誰よりもデウデシオンを信じているのだよ。だから彼を殺さない」
「……」
「ここで殺せば楽になる。後方の憂いがなくなる」
「……」
「でも君は殺さない。それは兄弟愛だけではないはずだ」
「……」
「君は信じているのだろう。我輩はそう思っている。違うかもしれない、でも我輩はそう思う」
それだけ言うと皇君は神殿入り口扉に背を向け、歩き出す。
「皇君殿下!」
「なんだね? タバイ」
足を止めて振り返らずに尋ねる。
「妻と息子たちのことをお願いしてもよろしいでしょうか!」
”お願い”に含まれるものが何であるのか、皇君にも解る。自分が皇帝を殺害した際に、一生幽閉であっても良いが、生きる道を確保して欲しいと。
「我輩など信用してはいかんよ」
皇君は返事を返さず、そのまま立ち去った。
タバイは一人きりになり、再度扉に国璽をあてて開こうと試みたが、扉はやはり開かなかった。
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