ALMOND GWALIOR −147
 この時点で告げればカルニスタミアは間違いなく動くとエーダリロクは解った。そして解った以上、この場で動かさないようにする為に事態を一時収めることに決めた。
「落ち着けよ……あーとな、殺してはならぬ辺りが巴旦杏の塔の中にもある。付け足されたくだりだから、それの隠語か何かなんじゃないか?」
 カルニスタミアに父の遺言に従って動かれては困るのだ。
 カルニスタミアが簒奪をして、カレンティンシスを生かしておけば生体データを収集する必要が出てくる。
 そうなればカレンティンシスが両性具有であることがばれてしまう。その後、今まで自分の大事なザウディンダルを虐げていた女王に対し、新王となったカルニスタミアがどうでるか? そして本人は認めていないがカレンティンシスを殺害対象として “みていない” 親友のビーレウストがどう出るか?
「“殺してはならぬ” が隠語だと? 思いあたる節はないが」
「んーあまり詳しく教えられねえけど、ちょっとシステムに異常があってな、それが同じこと言ってんだ “殺してはならない” って。その対象は当然両性具有・ザウディンダルなんだが、陛下に向かって言うんだそうだ。ザウディンダルを殺してはならないって、システムがさ」
 敵意や殺意は簡単に理解し対処できるが、好意や性的な行為を含む感情にはシュスターク並みに疎い良く言えば “清らかな” 既婚者エーダリロクは、どうしようか? と会話しながら考えていた。
 この種類のことに関しては、一人で事前に考えても全く解らないので相手と会話しながら “より良い策” を推察して、何とかしなければならない。
「両性具有の生殺与奪権は全て陛下の元にある筈ではないか。それに関しては<ライフラ>であろうが口を挟むことは出来ぬはずだが?」
「だからおかしいってことで、陛下が俺にシステムの見直しを命じられたのさ。誰も入っていないのに稼動してるから内部を探れないのが痛い、閉鎖すりゃあ見れるが巴旦杏の塔を[閉鎖]するとなると、四王の同意と協力が必要不可欠だろう? 今此処で稼動している条件は[ザウディンダル]だから、お前の兄貴なんか絶対に同意しねえだろうし」
 塔の稼動は簡単だが、閉鎖するとなると厄介な手順が必要。厄介というよりは “危険”
 閉鎖する為には四王の協力が必要で、それは生死の境を彷徨う事をしなければならない為、誰もが自分の身可愛さで閉鎖に同意などしない。
 だが、
「儂がテルロバールノル王の座を取れば……どうだ?」
 カルニスタミアは自分が王に就けば、塔を閉じることに積極的に同意し、他の王をも説得したいと考えていた。どれほど考えても、先ずは王にならなければ意味がない。
「本気か?」 
 カルニスタミアの口から簒奪の意志が出たのはこの時が初めて。
 どれ程仲が悪くとも簒奪する意志があることを仄めかしたことは一度もなかった。長年に渡るザウディンダルに対する態度に燻っていた簒奪の意志が、先日遂に臨界点を突破した。
「ビーレウストが儂に教えたぞ、ザウディンダルはテルロバールノル系僭主ハーベリエイクラーダの末裔だと。ビーレウストが知っていること、お前が知らぬはずなかろうが」
「まあね……」
「知れてしまえば兄貴はザウディンダルを処刑しようと躍起となるのは明らかだ。今は知れていなくとも、何処から情報が漏れるか解らぬし」
 兄はザウディンダルが自家出の僭主であると知れば、間違いなく処刑すると考え、それはエーダリロクも違う意味で同意するところだった。
「ラティランにはもう伝わってる可能性はある。ラティランからカレティアに漏れてるかも知れねえなあ、あの二人仲は悪いがお前に関しちゃあ、手組むことも多いしよ」
 カルニスタミアが側近に戻ったのも、二王が結託して帝国宰相に圧力をかけたことによるもの。一王対宰相ならばデウデシオンも引かないが、二王相手では分が悪いことも多い。全て負けるわけではないが、カルニスタミアが側近に戻ることに関し帝国宰相はテルロバールノル王に譲った。
 譲ったといっても、元々若いカルニスタミアがラティランクレンラセオに嵌められたことは知ってはいたし、宰相には宰相の思惑もあったので引いたのだが。
「キュラに教えたのか?」
「一応な。でもキュラだぜ? 本当に知らなかった! みたいな表情してたけど、本当に知らなかったかどうかは解らねえ。もしかしたら帝国最強騎士サマから聞いてたかもしれねえしよ。俺にはキュラの表情の奥を読むなんてことは不可能だ。だから教えた。知らないかもしれない、知ってるかもしれないってのはリスクが高い。こちらから教えた、だからキュラは確実に知っている。それはラティランに伝わってると考えた方がこちらとしては動きやすい。違うか?」
 最悪を想定して動くべきだとエーダリロクは言い切り、
「確かにそうだな。ならば兄貴から奪うしか道はあるまい」
 カルニスタミアもそれに頷く。
 その確りとした、最早惑いなど感じられない態度に、
「……で、それなんだけどよ、ちょっとだけ待ってくれねえか?」
 少しだけ制止をいれてみた。ダメかな? と思いつつだったのだが、
「いいぞ」
 意外とあっさりとカルニスタミアは引いた。あまりの態度の変わり方に、
「いや、そんなあっさりと……また、どうして?」
 不思議そうに尋ねると、当たり前であろう? と言った口調で答えが返って来た。
「兄貴から王位を取るとして、色々な準備が必要だ。エーダリロク、まさかいきなり戦いを仕掛けて玉座を奪い取るとでも思ってたのか? いくら儂でもそんな軽率な真似はせんよ」
 “いやあ、お前なら出来ないこともないぞ。俺が計算した結果じゃあ、100%に近い確率でお前が勝つ” カルニスタミアとカレンティンシスの行動パターンを計算して、今仕掛けても勝てると知っていたエーダリロクだが、当人にその気がないなら今は……と意見を合わせる。
「あーそうねえ。いやあ、あんまそういう事考えたことなかったし、簒奪ったらリスカートーフォンしか思い浮かばなかったから、すぐ武力かなってさ」
「確かに簒奪といえばリスカートーフォンだな。……儂としては玉座は陛下と后殿下の間に御子が誕生してから狙うつもりだ。それまでは御傍でお守りさせていただきたい」
 后殿下の身分からしてご苦労なされるだろうと思ってなあ……呟くように言ったカルニスタミアに、
「随分悠長ってか、何時になるか解らねえぞあのお二人は」
 笑顔で答えたエーダリロクだが、
「お前がいえた口か、エーダリロク」
 結婚してから四年間、夫婦生活から完全逃避をしている男が言って良いセリフではなかった。
「まあ、そうなんだけどよ。なんにしてもさ、お前が行動を起こす時期が俺の考えている時期と合えば協力する」
 そんなエーダリロクだが、簒奪自体は協力するつもりだった。
「お前の考えている時期というのがよく解らんが」
「まあね。それじゃあまあ、王になる為にも死ぬなよ」
「ああ。気にするな」
「気にはしねえがよ……なあ、カルニス」
 エーダリロクは少々気にかかることがあった。
「どうした? エーダリロク」
「お前さ、死にたがってない? 自分じゃ気付いてないかもしれないが、死にたがってるぞ」
 いつも一緒にいるビーレウストと同じような雰囲気をカルニスタミアが持ち始めたこと。
 自らの死を含めて死を望む雰囲気、その中で唯一にして絶対的に違うのが “後ろ向き” な所。ビーレウストのように死ぬために行くのではなく、結果が死であってもどうでも良いという態度や口調。
 それを指摘され “困ったな” といった表情を浮かべるも、カルニスタミアは否定しなかった。
「これを死にたがっている……と言うのか。そうかも知れないな。喪失感と言うのだろうか?」
「ザウか?」
「そうだな。妙に……口にするのも億劫なんだが」
「今は関係ないし俺聞いてもあんま解らないから聞かねえが、巴旦杏の塔を探っている時にヘマするなよ。お前が【柱】付近で死んだらまずいから、どうやっても逃げろよ」
「解っているさ」

 【柱】は四つあり一柱を一王が管理している。【柱】は【塔】を稼動・停止させる為の装置で王と、王が許可した者以外は立ち入ることはできない。
 エーダリロクは正面から巴旦杏の塔に向かい、カルニスタミアは隠れて塔へと向かった。
「こっちだカルニス。ロヴィニア柱は俺が立ち入れるようになってるから」
「そうか。だが何故? あのロヴィニア王が無料でお前に柱の立ち入り許可を与えるとは到底思えんが」
「……まあ、な。俺も兄貴との間にも色々あるのさ。取引ってヤツがよ、その一つな」
 露骨に不信さを表に出してエーダリロクを見た後、無理矢理自分を納得させたカルニスタミアは言われたとおりに塔の制止に協力した。

**********


「…………此処までくれば、何とか……」
 塔の制止に協力したカルニスタミアが首を切られ、一度中断することになった。
 エーダリロクが証拠を消す為に残り、カルニスタミアは一人【柱】から離れた。頚動脈を切った為に血が噴出しさしものカルニスタミアも歩くのが精一杯であったが何とか皇帝宮の外れ辺りまで来ることが出来た。
 部屋に入り大きめな家具に背を預け、首を押さえていた手を離す。
「頚動脈、切れても死なぬとはいえ……中々に苦しいものだ」
 攻撃システムを回避しきれなかった自分の不甲斐なさに苦笑いしながら “本当” に自分は本気で全てを避けようとしていたのだろうかと自問する。
 エーダリロクに言われたことでカルニスタミアは自分が死にたがっていることを認識した。
 血を吸った手袋や太股の辺りまで伝っている血を見ながら、本気ではなかったような気がするな……そんな事を思っていると、
「誰か居るのですか?」
 ロガが部屋に入ってきた。
「后殿下……」

**********


「ロガと二人きりで散歩してきたい」
 シュスタークは異父兄で近衛兵団副団長であるアウロハニアに”僅かの間だけ”と頼み、
「どうぞ」
 許可するというのは、ややおかしいが《見逃して》もらい、ロガと二人きりで夜の散歩へと出た。
 シュスタークたち人造人間は、夜であろうが昼であろうが視界は変わらないので、夜が特別危険ということはない。
 だが人間は夜、視界が不自由となる。
 なので出来るだけ人目に付きたくない時は、やはり夜に出歩く。
 シュスタークがロガを連れて散歩に出た理由は、とある人物との密会。
「ロガ頼みがある」
「はい?」
「ちょっとだけ……その、不測の事態なのであちらの部屋で待っていてくれないか?」
 ”ロガ”にも知らせるわけにはいかないだろうと、シュスタークは頼み込んだ。
「はい、解りました。私のことは気にせずに」
 ロガは”不測の事態”の意味は解らなかったが、離れた場所で待っていて欲しいというシュスタークの意思は理解できた。
「す、すぐに終わるから」
 シュスタークに対し”人目を忍んだところで遭いたい”と依頼してきた者。
 普通シュスタークへの依頼は、帝国宰相を通す。帝国宰相を通さないで直接依頼できる相手は少ない。その少ない人物からの希望。
 皇君宮の外れにある夾竹桃の中に隠れるように座っている相手に、シュスタークは声を掛けた。
「セボリーロスト」
「陛下」
 人払いをしても話したいことがあると、父親の一人から直接言われてシュスタークは頭を捻ってここまでやってきたのだ。警備がタバイでは二人きりになることは難しいが、アウロハニアは割合融通を利かせてくれる存在だった。
 もちろん融通を利かせないタバイのほうが正しく、アウロハニアも本来であればそのような気質なのだが、融通を利かせることその物が《兄 タバイ=タバシュ》ではなく《近衛兵団団長 イグラスト公爵》からの命令。
 いつも警備という名の元、人々の目に晒されている皇帝を、稀にだが自由にすることも必要。
 だが団長が率先して行うわけにもいかないので、その下の副団長であり皇帝の異父兄であるアウロハニアが少しだけ警備を緩める、その役割を担っており、シュスタークもはっきりと報告されたわけではないが理解していた。
「話とはなんだ? セボリーロスト」
 人目を忍び、周囲に知られたくはないことを告げられる時間は少ししかないことを、父の一人であるセボリーロストは良く知っている。
「儂は……その……陛下が巴旦杏の塔に入られた日……」
「余が巴旦杏の塔に入った日、どうしたのだ?」
「儂はザウディンダルを殺害しようとしておりました。儂だけではなく……その……責任を押しつけるつもりはありませぬが、帝国宰相が元々儂に持ちかけていたことでして……」
「デウデシオンの感情が前に出て、ザウディンダルを閉じ込めたくはなかった。閉じ込めるくらいならば、殺してしまいたい。だが”僭主”を殺害できるのは、同系統の王族だけ。ということでいいのか?」
「陛下! ご存じで」
「その日、巴旦杏の塔に入った日に、バロシアンから聞いた」
 ―― バロシアンから聞いていてよかった……
 表情を変えずに《聞いた日の自分の混乱》を思い出し、人目を忍んでいる状態のこの場で”あれ”程驚かなくて済んだことを、心より感謝していた。
 この場でザウディンダルがテルロバールノル系僭主ハーベリエイクラーダ王女の末裔で、両性具有の孫。父に該当するエイクレスセーネストは急成長させられた三歳児で、ディブレシアにより腹上死させられたなどと聞かされたら、シュスタークは耐えられない上に、戻ってからも挙動不審になることは、本人がもっとも理解している。
「そうでしたか」
「だが殺害しようとしていたことまでは知らなかった」
「殺害しようとしたことは事実です。そして……その……」
 俯いた父親を見て、シュスタークはセボリーロストを許した。
「悩まなくともよい、セボリーロスト。そなたが卑怯なのではない。人は誰しも、そういうものだ……と、余は思うし、余も似たようなものだ」
 シュスタークは父親の性格を全て理解しているわけではないが《花を生けるのが好き》な優しい父親が狩猟など殺生を好まないことも知っている。
 趣味ですらそうなのだから、僭主としてザウディンダルを殺害するという案を、自分から持ちかけたのではないことは解る。
「陛下……」
 だが《殺そうとした》事実から逃れたくはないという気持ちをも感じた。
「ザウディンダルを殺害しようとしたことを、正直に告白したという事実によって許す。だが次はない、それでよいな」
 それらを全て受け止めて許し、皇帝として未来を”決めてやる”
 優しい父の一人であり、愛しい息子という関係もあるが、それ以上に皇帝と家臣。ある程度の突き放しは、セボリーロストにとって安心でもあった。
「ご温情ありがたく」
「話したかったことは、それだけか?」
「はい……パスパーダは、殺害しようとしていたことを陛下に知られたくはないようでしたので」
 殺害を命じた男の感情を理解していると同時に、自らは殺害しなくてはならない立場であり、それを隠すことが良いのか悪いのか? 曖昧にしておくべきではないと思いながらも、人前で僭主の末裔であると語ることもできない。
「そうか。セボリーロスト」
「はい、なんでございましょうか?」
「よい機会だ。ディブレシアについて聞きたい。思い出すだけで苦痛かも知れぬが、どうしても聞きたいことがある」
「儂に答えられることでしたら」
「セボリーロスト、他の父たちも含めて、ディブレシアの夫はバロシアンの父親のことを知っているか?」
「……知っております」
「そうか。つぎにディブレシアのことだが、セボリーロストにとってディブレシアはどのような人物であった? 主観でいい」
「それは……この場だから言えますが、儂はディブレシア帝をお慕いしておりました」
「セボリーロスト」
「あの御方はお美しかった。異常なほど残酷な御方でしたし、性行為は苦痛でしかなかったのですが……今さら隠してもしかたないことですが、夫四人が同時に閨に入るのが苦痛でしたな。一人では満足させられぬ男として足りない夫でしたが、それでも……儂は途中で脱落しました。親王大公を設けるという大事から逃げ出しました。王子としては役立たずもいいところでしたが肉体的、精神的に楽になることができて本当に幸せでした。ですが苦しかった、あの御方に会えなくなるのが苦しかった。どうしてあの御方のことが好きだったのか? 自問自答いたしましたとも。理由は解らずしまいでした。儂は一生解らないで苦しみ続けるのだと思っておりますし、それをまた望んでおります」
 ディブレシア個人はまさに鬼畜であり、愛しているなどとは言ってはならない存在だが、ディブレシアは《この御方の正配偶者となれることは、宇宙でもっとも幸福なことだ》と言われている相手でもある。
「セボリーロスト」
 ”あの御方に仕えられること、幸せと思え”と言われた王子は、泣きたくなる程に狂っているほどに冷酷な皇帝を愛していた。
「儂の主観はひどく狂っていることでしょう。もうすこし離れた場所から見て語れる、陛下の実父であるデキアクローテムスや、皇君オリヴィアストルに聞いた方がよろしいかと。あの二人はディブレシア帝に対して、儂のような……間違った感情は持ってはおりませんので」
 自らの感情を吐露することもできないセボリーロストは顔を上げることはなかった。
「そう言うな、セボリーロスト。余はディブレシアの様々な行為は認められぬが、そなたの心は自由だ」
 ”容姿に惹かれたのか?” と言われれば、セボリーロストは否定しない。抗いがたい美しさというものの前に膝を折り、愛してはならない程に冷たい人を愛したのだ。
 皇帝はなにをしても許される存在だと教えられて育てられた王子にとって、ディブレシアは愛するに値しない相手ではないのだ。だが皇帝であることを逃げ道にしていることも重々理解していた。
「ではな、セボリーロスト」
 シュスタークに膝をつき、
「ありがとうございます」
 一生捨てられないだろう感情を押し込めて、感謝を述べる。

「ロガ? 何処だ? 隠れているのか?」


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