ALMOND GWALIOR −145
「どう? 覚えたバルミンセルフィド?」
 要綱を受け取り行儀悪く目を通しつつ三人は歩く。
 廊下が広いので人にぶつかるようなことはないが、行儀が悪いのは事実。
「覚えたけど、自信はありませんよエルティルザ」
「ハイネルズは?」
「自信と言われたら、怪しいですねエルティルザ……おや、その顔は何か考えがあるようですね!」
「あのさ……」

 大宮殿は修復されていない箇所が多い。
 また復元するより、新たに造ったほうが安上がりであったりする場合もある。出陣式典を行うドームも《新たに造ったほうが安上がり》の部類で、もともとドームはいまだ手付かずのままだった。

―― デウデシオンに伝えたいことはあるかい? クレメッシェルファイラ ――

「全壊はしていないが、半壊以上という感じで手付かずで残っているそうです。規模と作りは全く同じですから、練習するには最適かと思うんですよ」
 エルティルザは”かつての場所”で予行練習をしようと持ちかけた。
「それは良い考えですね。位置を確認してみましょうか?」
 大宮殿内に多数ある休憩施設の一つで、場所を確認する。
「これは、食べ物と飲料水の他に携帯トイレも必要ですね。周囲には全くありませんから」
 その広さから大宮殿は、トイレが至る所に設置されているのだが、修理されていない区画は当然それらの設備も失われている。
 男三人なので、立ったまま用を済ませることも可能だが、大宮殿は大宮殿。”残骸”しかない場所であろうとも、人気がなかろうとも、そんな行為は許されない。
 誰も見てはいない場所だが、だからこそ”性質”が試される。
 三人はタバイの宮へと戻り、父親たちに交渉して場所を借りることにした。
『危なくはないか?』
 タバイは渋ったものの、息子と甥たちの熱意に押し切られ基本的には無害であることを確認し、場所使用の許可を与えることにした。手が行き届いている大宮殿は、皇帝が足を運ぶ事が前提なので帝国宰相の管理下。反対に廃墟状態の場所は、治安管理も兼ねて近衛兵団団長が預かっている状態。
 その後、昼食を取りながら「水・ジュース・食料・おやつ・薬」などを用意し、携帯食などが入った探索用キットも用意する。そして最後に重要な携帯用トイレを背負い、
「では行ってきます!」
「夕ご飯は必要ありませんので!」
「それじゃあ」
 歩き出した息子に、
「エルティルザ」
「なんでしょう? 母上」
「要綱忘れてるわよ、貴方たち」
 アニエスは”三人に”非常に重要なものを差し出した。
「はははー! 父上には内緒にしておいてください」
 料理が詰まったリュックサックを背負って歩いてゆく息子の後ろ姿を見送りながら、母親は微笑んだ。同時に腰からぶら下がっている銃と剣に、言いしれぬ寂しさをも感じていた。

―― 愛しているとは伝えなくていいのだね ――

 モノレールに乗って、大宮殿移動用の小型移動艇に乗り、目的地へとむかう。
「あー見えてきましたね。あの天井が大きく破壊されているのが、目的の場所でしょう」
 ハイネルズは窓に両手をつけて、眼下を眺める。
「大きく抉れてますね」
 操縦していないバルミンセルフィドも同じように視線を向けた。
 透過し光量を調整する機能があった丸みを帯びていた天井は、大きく破壊されている。破壊された天井からのぞける場所は《緑》
「あの感じからすると、ミサイル攻撃だよね」
 本来ならば床が敷かれている筈なのだが、破壊放置されて床が剥がれ百五十年以上が過ぎたその場所は当然ながら草が広がっていた。
「そうですね。ミサイル攻撃、それも相当強力なやつみたいですが。破壊痕で解るほど、私も兵器は詳しくないので」
 エルティルザは少し離れた場所に移動艇を降ろし、三人が外に降りる。
「うわーアーチバーデ城みたい。行ったことないけれど」
 廃墟として有名なケシュマリスタ王城にも似た景観が広がっていた。違うことといえば、周囲に海がないことだろう。ケシュマリスタ主星は海の惑星。陸地はなく海の上に廃墟を造り上げている。
 三人は目的地へと向かう。
 途中は安全を表す草木で覆われていた。
「え……」
「嘘」
 だが目的の場所を前にして、三人は愕然とする。
 目の前に扉が拉げ、中にある巨大なパイプオルガンの残骸が見える。その手前が問題だった。
「なにこの切り株」
 入り口前にあった大樹の切り株と、その両サイドから伸びている新しい枝。
 帝国再建後、この辺り一帯に人が足を運んだという記録はない。
「切り株からすると、百年以上経過して……たぶん二十年くらい前に伐採されたものだ」
 母親が庭造り好きなエルティルザは切り株と、新しい枝から大体の年代を推察する。
「木を切る理由って?」
 出陣式典用ドームの入り口は、百年程度の樹木一本では覆い隠せないが、ドームの入り口扉は拉げつつも、壁を支えていた。この扉を外せば入り口は崩落する。拉げ部分的に開き内部が望める箇所に、それを塞ぐかのようにそびえていたであろう木の”切り株”
 その木を切れば、崩落を防ぎつつ通行しやすくなる。
「誰かが通ったと解釈するのが、もっとも納得できるかと」
 三人は顔を見合わせエルティルザは銃を、ハイネルズは短剣を両手に構え、バルミンセルフィドが先頭に立って警戒しながら中へと足を踏み入れた。
 三人は五分ほど無言で周囲を警戒し、
「とくに何もないようだね」
 安全を確認して武器を収めた。
「ハイネルズ、あそこ」
 安全を確認している間、三人とも気になっていた”焼け跡”
「確認しましょう」
 そこへと近寄る。
「間違いなく私たちの同種が焼かれた痕ですね。この部分だけ、草が一切生えていないところを考えると……ねえエルティルザ。あの木は二十年ちかく前に切られたんですよね」
「たぶん。でも結構自信あるよ。樹齢は百年以上」
 母親やアルテイジアたちと共に庭木に触れることの多いエルティルザは、周囲を見回し答える。
「この場で焼かれた同種、そして復元しない草……周囲には生えているというのに」
 木が切られる前に焼かれたと考える者はいない。
 三人も”そう”考えた。
「どうしたの? ハイネルズ」
 二十年ちかく草が生えない理由。焼けている範囲は小さいが、生えることを阻む物質がここにあることを物語っている。
「成分解析してみましょう」
 ハイネルズは土を端末の簡易検査可能部分に乗せる。現れた文字は「オリオン剤」
「オリオン剤!」
 人間と人造人間は似ているが違う。
 様々な違いがあり、その一つに《焼却するさいの燃料》がある。人間が焼け燃料であっても、人造人間は焼けないことが多い。
 射殺する際に使用されるエネルギー砲などはその量を変化させることで貫く。燃料は基本《酸素を強化》している。
 その酸素強化も種類があり、オリオン剤はある一種類にしか使用されない。
「ここで殺害されたのは、両性具有のようですね」
 両性具有だけに使用される特殊な焼却剤。
 成分の元素配列の頭文字を取り、通称《オリオン剤》と呼ばれていた。通常の人造人間を焼却する燃料とは違い、ある特殊溶液を元に造られたものと混ぜられる。
 その元になる特殊溶液が《両性具有溶解液》
 両性具有は死後粉砕され、溶液に溶かされることが決まりとなっている。専用の部屋があり、入り口は皇帝と王しか開くことができない仕組みとなっている。その特殊溶液の作り方はケシュマリスタ王と両性具有管理者しか知らされない。
 だが《オリオン剤》に使用するために加工された溶液までは一般公開されている。
「どういうこと?」
 三人とも叔父に両性具有が存在するので、知ろうとしてある程度のところまでは知っていた。父親たちがあまり語りたがらない理由も。

 だがこの焼け跡は、あることを示唆していた。

「どうしました? バルミンセルフィド」
「父上はここで両性具有が焼き殺されたことは知らないんだと思う。知っていたら、こんな痕跡が残っている場所の使用許可を私たちに与えるはずがない」
 彼らの父親ですら知らない、つい最近の出来事。
 もちろん三人にとっては生まれる前の昔の出来事だが、その頃彼らの父親は存在を認められ始める。
「それは、そうでしょうね」
「約二十年前ということは、シュスターク陛下の御代だよ。でもデウデシオン伯父様がそんな事をしたとは思えない」
 バルミンセルフィドの言葉に対する答えをハイネルズは一つしか持っていない。
「先代皇帝ディブレシア……どうしました? エルティルザ」
「あのさ……二人は父上に自分の結婚の話とかしたことある?」
「唐突にどうし……その話は後にしましょう、エルティルザ」
 エルティルザの意図を理解したハイネルズと、同じく理解したバルミンセルフィドが、
「時間はたっぷりありますから」
 同意をした。

 ザウディンダルは皇帝の血から現れた両性具有だと ―― 一般的に信じられている ――

 破壊され狂った音だけが鳴る巨大なパイプオルガンと、強く差し込んでくる光。大きな影にバルミンセルフィドは振り返り見上げる。
 灰色の大きな雲が風に流されてきたと思い見上げた空は、青く透き通り雲は薄く消えてしまいそうなものしかなかった。
「バルミンセルフィド! 入場からやるよ」
「あ、うん。今行く」
 ”何の影だったんだろう? 横の長さ……父上に似てるような。でももっとふわふわしているような……翼? 両性具有が真の姿で幽霊に? ああ!両性具有が焼却されていた場所だから、そういうこと考えちゃっただけだ。いる筈ないじゃないか”

**********


 割れた天井から差し込む光は眩しかった
 青い空だけが広がる
 数十万本のパイプと水で奏でていた巨大なオルガン
 まばゆく生気に満ちあふれた陽光に照らされている、破壊されたオルガン
 音を奏でるために必要だった水は大地を潤し
 割れた天井から舞い降りた種に命を与えた
 溢れる水。奏でられなくなって久しいオルガン
 朽ちゆく壁。そして既に朽ちた床
 ダーク=ダーマが建てた出陣式典用ドーム
 ベロフォッツを、ファリンを、セトディセロアを、ジオを見送った音はもうない

**********


 三人は夕暮れ過ぎた藍色の空の下にある廃墟の中で、探索用キット付属の”たき火”を囲んで夕食をとっていた。
 ある程度三人でリハーサルはしたものの、誰もいなさそうで誰かが足を運んでいる不思議な廃墟空間に心が躍り、気付くと探索を開始していた。
 探索に熱心になった結果「移動艇に引き返して乗り、所定位置に戻し、自宅”宮”近くまで通っているモノレールに乗って戻る」と「このまま廃墟空間を抜けて、自宅”宮”付近まで通っているモノレールに乗って帰る」の二択となってしまった。
 戻るか? 進むか?
 三人は興味もあったので、歩いて進むことにして周囲を眺め、白骨を避けながら歩き続けた。
 移動艇は明日、別の移動艇での乗り付け、感応操縦器を設置してエルティルザが持ち帰る。
 機動装甲の騎士能力を有しているエルティルザには、操縦している他に”動かす”ことが可能だった。この能力が帝国騎士の能力とも言える。

 探索用キットの食糧は、火を使わなくても暖かいものが食べられるのだが、
「やっぱり火は、あるだけで安心できますね」
「そうだよね」
 安心の為にセットに入っている。
 外には漏れない作りで、火事になる心配もない。
 ハイネルズはカフェオレボウルにチキンスープを注ぎ、木製スプーンを添えて二人の前に置く。
 そして自分の分を入れながら、
「それでエルティルザ。結婚の話ですけれども、結婚というか子供について? でしょう」
 先程中断した話を再開させる。
 チキンスープが注がれたカフェオレボウルを両手で包み込むように持ち、エルティルザは話始めた。
 エルティルザが話す内容は、二人も分かっている。
「あのさあ。結婚っていうか、子供が出来たらの話だけれども……そういう話、父上としたことある?」
「私はないです」
 バルミンセルフィドは首を振り、ボウルに直接口を付けて少しずつスープを飲む。
「私はありますけれど。エルティルザは?」
「あるんだけどさ……あのさ、すごく曖昧なんだよね。どうして曖昧……ああ! 私の言い方も曖昧だね! はっきりと話そう!」
 エルティルザは首を振り、バルミンセルフィドと同じくボウルに直接口を付けてスープを飲んでから、躊躇し続けていた話題に触れた。
「あのさ。私たちの子供は両性具有になるのかな? と、ぼかしながらだけど父上に聞いたことあるんだ。答えはやっぱりはぼかされたけれども……どうも、私の子供は両性具有になる可能性は低いって。あまり触れて欲しそうじゃないけれども、はっきりと答えが欲しいと、今日焼け跡をみて思った」
 今まで三人は他の人と同じくザウディンダルの両性具有は、彼らの血統上祖母にあたるディブレシア帝から現れたものだと信じていたが、約二十年ほど前に《両性具有焼却剤》が使われていたことが解った。
 二十年前に焼かれた両性具有。
 その存在は彼らの考え方と生き方を大きくかえてゆく存在でもある。
 彼らも恐ろしいのだ。
 父親たちは《もっと子供のままでいて欲しい》と考えているが、彼ら父親ともまた違う理由で権力を欲していた。
 彼らは自分の子に両性具有が生まれた時、守りきれる力が欲しいのだ。帝国宰相のような力を。幸せは得ることは出来るだろうが、守り続けるのに相当な力が必要であること。
 ディブレシア帝から見れば彼らは《孫》であり、両性具有という大きな災いとも言える血から逃れきったように「他者の目には見える」が、彼ら自身は納得していない。
 絶対はあり得ないが、安心したいために、真実を欲していた。
「両性具有の寿命は概ね五十歳。最大値で考えてみれば、焼却された両性具有……あまり焼却された両性具有という言葉を繰り返すのも気分がよくないので、ここでは便宜上”オリオン”と呼ばせてもらいましょうか。そのオリオンに子供がいて、この場合は男性でしょう。その男性がディブレシア帝の寝所に入ったとしたら」
 ハイネルズも父親であるデ=ディキウレに話を聞いたとき、エルティルザの父親であるタウトライバと同じような答えを渡された。
 それが意味するものは、やはりハイネルズにも解らなかった。
「でもさ、ハイネルズ。オリオンが大宮殿で最後を迎えたということは、オリオンの息子は両性具有の息子だって解っていたわけだよね。両性具有の孫は高確率で両性具有だよ」
 一人、父親であるタバイに聞いたことのないバルミンセルフィドが、特定階級の者なら誰でも知っているのに”なぜ?”と問いかける。
 それは二人に対してというよりは、あの焼け跡に対して投げかけた言葉でもあった。
「……」
「……」
 三人はそれから無言で食事をとり、片付けを終えて立ち上がった。

「あのさ……」
 エルティルザは”ずっと”考えていた疑問を二人にたずねた。恐らく誰も答えられないだろう疑問を。
「なに?」
「なんですか?」

「あのさあ……どうして両性具有を隔離するんだろう。決まりとかそういうのじゃなくて、私が言いたいのは……」

 エルティルザの話を聞いた二人も”言われてみれば”とはなったが、答えは分からなかった。解りそうなのに、どうしても届かない”真実”
 それは真実に近付いているが、真実を知ることができるのはごく限られた者のみ。
「……あ」
「あれ? あそこに見えるはヤシャル公爵殿下」
 三人は話題を打ち切り、負傷し追われているようにも見えるヤシャルの元へと急いだ。


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