――　カルニスタミア殿下を迎えにゆくために、あの白鳥ボート貸してくださいませんか？　――

　この会話がなされた前日。

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　シュスタークはロガの連れてきた犬、ボーデンの部屋の片隅で、
「良い天気だな。カルニスタミア」
「はい」
　カルニスタミアと共に日向ぼっこをしていた。
「ザウディンダルと別れたと言っておったな」
「はい」
「だが教えておく。余はザウディンダルを巴旦杏の塔に封じるつもりはない」
「はい」


　成人男性二名、うち一名は銀河帝国支配者”皇帝”である。


『陛下。本日はカルニスタミア殿下とともにボーデン殿のお部屋へどうぞ。レビュラ公爵に関してカルニスタミア殿下も聞きたいことがあるとおもいますので。僭越ながら私が連絡を取りました』

　メーバリベユ侯爵の心遣いに感謝して、シュスタークはカルニスタミアとザウディンダルについて話をしているころ、
「……ということでした」
「ガルベージュスさんという人だったんですか」
　ロガはエーダリロクから《幽霊について》話を聞いていた。
　幽霊だと思った相手が「奴隷にしかみえない映像」であると説明されて、ロガは納得した。もちろん嘘だが、嘘をつくために資料を整えてきたロヴィニア王子の語りは、真実よりも真実らしく聞こえる。
　嘘であることを事前に聞いていたメーバリベユ侯爵ですら、思わず本当のことではないか？　と思ってしまうほど、エーダリロクの嘘は完璧で破綻のないものであった。
「そうです」
　説明を終えて、紅茶を口に運ぶ。
　ロヴィニアは嘘をつくのが上手く、詐欺師の一族と影で揶揄されるが、通常と詐欺師とは違い、自分の嘘で自分を騙すことはない。彼らは自らの嘘に自らが騙されない。だから現実との乖離があった場合、即座に打開策を見つけることができる。
　彼らの嘘は嘘の中にあるのではなく、現実と九割ちかく融合している。それがロヴィニア。
「わざわざ、ありがとうございました」
「いえいえ。こうして報告という場でメーバリベユと会話することもでき、まことに楽しい仕事です。また何かありましたら、お気軽に」
　嘘の上手い男は、童貞であっても華麗に全てを切り抜ける。
「はい」
　エーダリロクはカップをソーサーに置いて、
「后殿下。辞書の調子は如何ですか？　私も自分を過信するわけではありませんが、直して不調にしたことは一度もありませんが、調子の程をお聞きしたく」
　まだ奴隷区画に居た頃、ロガの父親の形見である電子辞書が壊れ、まだ身分を明かしていなかったシュスタークが、警備についていたエーダリロクに修理を命じたことがあった。
「調子いいですし、おかしな所はありません」
「そうですか」
「もう古いものだったので、部品とかないと思ってたんですけど。直って本当に嬉しかったです」
　ロガの笑顔に頷きながら、エーダリロクは「次の目的」の為の会話を開始した。
「后殿下はご存じないでしょうから、ご説明いたしましょう」
「はい？」
「后殿下は暗黒時代はご存じですね」
「はい」
「暗黒時代後に作られた製品は、規格が統一されているので、修理が容易なのです」
　エーダリロクの言葉に、ロガは首を傾げた。
「現物を見ていただきましょうか。これは暗黒時代以前の規格で作った、電子辞書です。古いということもありますが、画面の大きさからボタンの数まで全く違うことが解りますね」
「はい」
「でも、ここを観て下さい」
　エーダリロクは両方に書かれている文字を指さす。
「書かれている位置も、使われているフォントも違いますが、書かれている数字は同じですよね」
「はい」
「だからこれ、同じ製品なんですよ。驚いたでしょう、今なら同じ製品は同じ文字で、同じ場所に記載すると決まっていますが、以前は決まっていなかったのですよ」
「ええ！　だって……」
「実はですね、これが統一されたのはここ百年以内のことで、それ以前は各王家が各々勝手に作っていたんですよ。統括する帝国側も、商品コードさえ統一されていれば良いという姿勢でしてね」

　帝国は統一国家ではあったが、王家には特有の文化と《製品があった》
　暗黒時代終了後、帝国を支配したのはロヴィニア系のザロナティオン。彼が三十二代目皇帝で、彼のクローンであるルーゼンレホーダが三十四代皇帝。
　そして三十三代皇帝は、ケシュマリスタ系の無性ビシュミエラ。
　皇帝を獲ったザロナティオンは、従弟にロヴィニア王家の再興を任せた。ロヴィニア王となったジェレンメレデ。エーダリロクの祖父に当たる人物。
　その彼は皇帝の座を狙う野心を持っていなかったか？　と言う問いに対する答えは「あった」である。
　ザロナティオン亡き後、ジェレンメレデは”無性”と”クローン”を押しのけ、自分の子バイロビュラウラを皇帝の座に就けようとした。
　ただバイロビュラウラが無性の兆候が見られたので、誰もが「推す」という事態にはならなかったが「それも良いか？」という気配は確かにあった。
　だが結局ジェレンメレデは引き下がった。
　ザロナティオンはジェレンメレデの行動を読んで、対処策を用意しておいたのだ。元々従兄弟など多数いたザロナティオンがジェレンメレデを選んだ理由は、彼が従兄弟のなかで最も物欲が強かったことが要因。
　権力欲よりも物欲。金を好む男。
　もちろん金を得るためには権力が必要だが、金を得られる権力は既に与えており、それ以上を目指せば金を得る機会を失う……というように持ち込んだ。
　その対処策こそが「統一規格」
　帝国は言語と同じく、工業製品に関しては五種類の規格があった。各々勝手に作った製品なので、部品の互換性はなく、その製品を買った国のパーツでなければ使えない仕組みになっていた。
　これを統一することもザロナティオンの目的であり、ビシュミエラは統一規格をロヴィニア製にしてやると持ちかけた。
　帝国製を捨ててロヴィニア製。
　ロヴィニア製品の規格が全宇宙規格となれば、ロヴィニア製品は工場そのものに手を加える必要が無く商品を作り続けることができる。
　他王家や帝国そのものが、ロヴィニア規格の工場を造り製品を作るまでの間に稼げる金。

「ただし、僅かでも叛意を見せたら、即座に他王家の規格にするよ」

　支配領域からいって、十年や二十年では規格統一が行き渡ることはない。途中で不興を買い、浸透するまえに別王家の規格に変えられてしまっては元も子もないどころか、ロヴィニア規格の製品が作れる工場が他王家の領地にも存在してしまうために、過去製品の部品の専有すらできなくなる。
（過去製品のために、他王家も元からの規格工場は残している）

　ジェレンメレデは金を取った。

「結果、今宇宙で一番金持ちなのは、ロヴィニア王家なんですよ」

　こうして工業製品は”ロヴィニア”に統一された。金を稼ぐことに心血を注ぐ一族は、様々な手をうち、今尚必死に金を稼いでいる。

「そうなんですか。私、全然知りませんでした」
「空白の近代史みたいなモンでして、しっかりとまとまっていないので、普通では解らないはずです」
「まとまっていない？」
「暗黒時代に歴史やら規則やらがごっそりと消されて。消したのは、ヒドリク親王大公、ようするに陛下と俺の祖先に当たる人物なんです。消した祖先を褒めるのもおかしいのですが、見事な削除ぶりでして。その失われた部分を拾い集めるのに必死で、近代史まで手が回らないのですよ」
「なんか……すごいお話ですね」
　驚きを隠せない表情でロガが頷く。
「さて、私はここで。ガルベージュスのことですが、陛下にお話したくない場合はなさらなくても大丈夫でしょう」
「あの……」
「でもそうすると、俺と何を話していたのか？　聞かれると困るでしょう。その場合は”辞書の様子を見に来て、その後ジェレンメレデの話をしていた”と答えられるといいでしょう。どちらを使ってもよろしいですし、どちらを話してもよろしいです。もちろん、どちらも陛下に話すひつようはありません。ご自由に」

　《ガルベージュス》という過去の存在自体は問題ではなく、語っても良いのだが”ここで待っていてくれ”と言われたのに、離れてしまったことを気にしているロガのために、エーダリロクは別の話を用意してきた。
　ロガは自らが奴隷であることを忘れていないので、皇帝の意に反した行動をとった自分を責めていた。奴隷として、本来であればあの場で待っていなければならなかったのに……と。
　ロガとエーダリロクが話をしていることはシュスタークも知っている。
　嫉妬とは縁遠い皇帝は、純粋な興味で会話を尋ねてくるだろう。もちろんその際に、言いたくなければ言わなくても不機嫌になるような男ではないが、様々な用意はしておいたほうが良いのだ。

「わざわざありがとうございます。エーダリロクさん」
「いえいえ。ロヴィニアは喋るの好きなんで。メーバリベユもお喋りですから、一杯話してやってくださいね」
「はい！　エーダリロクさん」

　ロガはエーダリロクに感謝して、フォウレイト侯爵に”私もそちらにむかいたいです、ナイトオリバルド様”と連絡を取って貰うことにした。
　メーバリベユ侯爵はエーダリロクを見送り、
「お疲れ様でした」
「いいや、どう致しまして」
「本当に嘘つくのお上手ですね」
「そりゃどうも」

　三日に一度のキスをして、二人は仕事へと戻っていった。

　エーダリロクはその後「もしもディブレシアが潜んでいるとして、皇君宮以外に何処があるだろう？」と考えて、

《もっとも可能性が高いのは。皇君と肉体関係のある……》
――　うおぉぉぉ！　俺の全てが否定する関係！
《だが事実だ》
――　だけどさ……

　内心で絶叫を繰り返していた。

　繰り返していたが、ザロナティオンが言う通り事実は事実なので、キャッセルの宮に何か証拠があるかも知れないと、翌日足を運んだところでエルティルザとバルミンセルフィド、そしてハイネルズに遭遇したのだ。
　誰かがいた痕跡は全て消えて、皇帝の甥達の元気で”健全っぽい”空気に満たされた部屋をみて、証拠が残っていればいいなと掃除機を買った。

　そして、
「掃除機の中にもあるかもしれませんが。一つ差し上げます」
　ハイネルズから差し出されたハンカチを受け取る。
「なんだ？　これは」
「プルメリアが見える部屋の扉が開いておりまして、そこに自然の香り以外のプルメリアの匂いが残っていました。そしてハンカチの中身は波うつ黒髪です……殿下、驚かれましたね。私は解りませんが、殿下はなにかご存じのようで」
　その中身を観た時、エーダリロクは総毛立った。
「お前なかなかに鋭いな。そして何より、嘘つくの上手いな。俺のように」
　二十年以上昔、棺のなかで眠っていた女の髪に良く似ている。似ている髪の毛は珍しくはないが、これは何かが違った
「あははは。私は私しかおりませんので簡単ですよ。それで、無料では受け取ってもらえないでしょうから一つ」
「なんだよ。言ってみろ」

「カルニスタミア殿下を迎えにゆくために、あの白鳥ボート貸してくださいませんか？」
「よっしゃあ。改良して、俺の紋章もつけてプレゼントしてやるよ。こいつにはそれだけの価値がある。今日の夕食後に、俺のところに取りに来い」