ALMOND GWALIOR −133
 窓から差し込んでくる朝日に、
「今は何時……もう朝だな」
 徹夜したエーダリロクは時計で時間を確認した。
「現状には全く関係もないことだったな」
《そうだな》
 徹夜していたのは、ロガがみつけた”ガルベージュス総司令が人間にむけて残したもの”の解明。
「都合良く”謎”と”回答”あるいは”打開策”が手に入るわけないか」
 中身は当時の帝国に関するものと、公にはなっていない帝国の一部らしきこと。
 後者の《帝国の一部らしきこと》に、少々どころではなく興味を持ったエーダリロクは、その説が事実であるかを調べていたところ、気付いたら朝になっていた。
 まだ調べるところはあるが、残した人間の性質から《嘘ではない》ことに関しては疑いなく、詳しく調べてみる価値はある。
 だが当面の事態には何ら関係ないので、暫くは時間が空いている時に少しずつ確認することに。 
《一眠りして朝になったら事態が好転しているなど、戯れ言に過ぎん。ほとんど眠ったことのない私が言っても、意味はないが》
「確かに眠っても事態は好転してないな。あんたが死んでから随分と時が過ぎているが、好転するどころか悪化の一途だ」
 エーダリロクはガルベージュス総司令の残した装置を保護ケースに入れ、自作のプロテクトをかけ、他人がみたら”がたくた”が集まっているようにしか見えない部屋へと放り投げて、朝食を取りはじめた。
 一人でテーブルに座り、行儀悪く足を組んで、一般に放映される朝のニュースを観ながら大量のロールキャベツを口に運ぶ。
 ロールキャベツを縛るのは、ベーコンだ! かんぴょうだ! パスタを刺すんだ! 上手く巻けばキャベツだけで事足りる! などを、死後ロールキャベツが大好物になったザロナティオンと語り合っていると、侍従長が横一メートルもある象牙の書状入れを持って現れた。
《ヒドリクの末からの使者か》
 箱の大きさと侍従長とそれに付き従う者達の数と正装の種類から、帝国権威からの書状であることは一目瞭然。
 エーダリロクはテーブルの上の料理を全て下げさせて、テーブルクロスをも白いものに変えさせてから置かせ、部屋を出るように命じる。
「陛下から呼び出しだ」
 文面はシュスタークらしく簡素なものだが、書記官に代書させるのではなく自らが認めたもので、書かれてはいない内容が推測できるものであった。
《両性具有のことか?》
「だろうな。さてと、熱いシャワーでも浴びて目覚まして行くか」
《眠らないと気が狂うぞ》
―― 一日くらいなら平気だ
 身支度を調えさせたあと、エーダリロクは一人で別室へと移り、鏡の前に立った。全身を映すことのできる鏡の前で、自分の姿を眺める。

―― なあ、俺って……
《その質問については答えない。自分で答えをみつけろ。いいや、もう出ているではないか》

 内側が白で外側が空色のマントの両端を掴み、翻してエーダリロクはシュスタークの元へと向かった。

 王子であるエーダリロクは、呼び出されて訪問した場合、すぐに皇帝シュスタークに会える身分だが、
「殿下」
「よお。陛下の様子は?」
 まっすぐ会いにはゆかず、昨晩四大公爵を阻止した自らの妻と顔を合わせた。
「落ち着かれてますよ」
「そうかい……」
「どうなさいました? 殿下」
 エーダリロクは手首を掴んでメーバリベユの体を引き寄せる。
 引いた腕の力に体が付いて行かず、メーバリベユは体勢を崩した。前のめりになっているメーバリベユにエーダリロクは足を踏みだし、足を刈るようにしてメーバリベユを仰向けにして背中にも手を置き支える。
 驚きで目を閉じるようなメーバリベユではないので、視線が途切れることはない。細切れに変わった視点と、目の前にあるエーダリロクの表情のない整った顔。
 エーダリロクは少しだけ見つめた後、深く口付けた。長い舌がメーバリベユの上あごをなぞり、舌をからめとってゆく。
 情欲は含んでいないが、ひどく熱っぽいもので、メーバリベユは自由な自らの両手をエーダリロクの背中に回し掴んだ。
 長い時間ではない。ほんの一時で、そのままメーバリベユを抱きかかえて椅子に座らせて、
「じゃあな」
 何事もなかったかのように、エーダリロクは立ち去る。
 メーバリベユは後ろ姿を追うことは出来たが、挨拶することはできず、自らの濡れた唇に手を当てて無言のまま見送るだけ。


―― なあ、俺って……あの人、メーバリベユ侯爵のこと好きだと思うか?
《その質問については答えない。自分で答えをみつけろ。いいや、もう出ているではないか》


 ロガと別れた皇帝に、
「陛下、御呼びと」
 エーダリロクは声をかける。
「来たか、エーダリロク。呼び出して悪かったな」
「何を仰います陛下。このセゼナード公爵、いつでもお好きなときにお呼び出しください」
「今日一日、余に従ってもらうが良いか?」
「喜んで」
「では先ず神殿まで、供をせよ。その途中で今日の事を説明する」
「神殿に何を」

 二人は部屋から離れ、昨晩四大公爵たちが睨み合ったホールで立ち止まる。皇帝は目蓋を降ろし、しばしの沈黙の後
「エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。 ”正直に答えろ”」

 平素の皇帝とは違う、静かながら詰問する口調で問いただす。
 それは”エーダリロク”ではなく、内側に存在する”ザロナティオン”に向けての言葉。

「安心しろ、ヒドリクの末よ。ヒドリクはエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルに全て伝えている」

 答えに満足した皇帝は目蓋を開き、何時もの皇帝に戻った。

**********


 すぐにエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルとの会話を打ち切り、余は何時ものエーダリロクに話しかけた。
「エーダリロク、そなた神殿のメインコンピューターの人格名を知っておるか」
 巴旦杏の塔に<ライフラ>なる人格があるのと同じく、神殿にも人格名があるのだそうだ。だがそれは、失われてしまった。
「管理システムの責任者を引き継いでいる身ですが、正式名称はR.S.T.Iとしか知りません。管理局にも正式名称に関する物は何一つ残っていません」
「口伝以外は存在しないのは、事実であったか」
 絶対に記述されない、口伝のみで伝わったR.S.T.I。
 断片からR.S.T.Iと呼ばれているが、それの正式な発音はわからない。
「陛下もご存知ありませんか?」
「知らぬ。メインコンピューターの人格名に関しては、王家と大差ない……暗黒時代に失われたのが大きいな。伝承というか言い伝えと申すか “真祖の赤” がおれば引き出せるとは本当なのか?」
 暗黒時代より前にはその正式名称は残っていたのだが、繰り返された皇帝の殺害と、それから起こった内乱で完全に途切れてしまい、今手元に残っているのは[R.S.T.I]という音だけだった。
 僭主狩りに精を出すのには、これを復元させる目的もあった。
 僭主の中に、建国当時に神殿の核となった[真祖の赤]がいれば、その者を使って[R.S.T.I]の情報を引き出し整理できるといわれておるのだが……その計算をしても作れないのだそうだ。そもそも真祖の赤とは……
「今まで “真祖の赤” が誕生したことはありませんので、眉唾かと思いますが……システムを外側から調べた限りでは、どうにも。銀河帝国皇帝に真祖の赤が生まれねば……謎のままでも今のところ不都合はありませんが、復元されれば……どうなのでしょうな」
 最初の一人以外は誕生していない上に、当時は建国前だったので記録に不備が多く……作り方が残っておらぬのだ。唯一つ残っておるのは[同一種生体による自然交配による自然胎動を経て自然妊娠により自然出産]だと。
 今では普通の繁殖行為のように思えるが、当時は卵子や精子どころではなく細胞同士を組み合わせたり、人と獣を組み合わせたりとかしたい放題であったのだ! だから記録にそう残っているのだろうが……今はそれらは禁止されたので、取り立てて残されていても……。
「神殿には立ち入る許可を与えることも出来ぬからな。真祖の赤か……未来にそれが生まれ、失われたコードを再構築してくれれば良いのだが」
「そのためには陛下が后殿下との間に御子をなさねば始まりますまい。幾ら真祖の赤でも皇帝でなければ神殿に入れませんので意味がありません。陛下の御子が先ずは大事かと。運よく真祖の赤を捕らえられれば、陛下の御子とそれと婚姻を結ばせて、という運びになりますのでね」
 ロガと余の子が皇帝か……言われると照れくさいというか、頑張らねばというか、そもそも頑張るとは、まあ頑張る。ああ! 今日全てを終えたらロガと共にボーデン卿のところへ行き、一噛みされてこよう。
 この不甲斐なき余を、叱咤してくれ! ボーデン卿よ!
「ま、ま、まあな……エーダリロク。神殿のシステムと巴旦杏の塔のシステムは僅かながら繋がっているのか?」
「此処だけの話ですが、繋がっております。一般には完全に独立していると思われていますが、神殿のメインコンピューターR.S.T.Iの一部と巴旦杏の塔のライフラは繋がっております」
 やはりそうであったか。
 そうだとしても、神殿を操作したのがディブレシアである以上、ザウディンダルに関して……そう言えばザウディンダルを産んだ理由は、デウデシオンを従える為のような……バロシアンの言葉だけを信じるならば、ザウディンダルは……。
「余が昨日、巴旦杏の塔に入ったことは知っておろう」
「はい。ですので呼び出されると思っておりました」
「巴旦杏の塔には人格が二つあった。一つは管理システム<ライフラ>。もう一つは監視システム・ティアランゼ。建国以来置かれていたはずの<ライフラ>はティアランゼの下部に置かれておる。これに関して何か知っておることはあるか?」
 エーダリロクも<ライフラ>以外の人格システムがあるとは知らなかったようで、本当に驚いた顔をし、直ぐに表情を戻すと余の耳元で声を潜めて囁いた。
「巴旦杏の塔を復元したのは先代テルロバールノル王ウキリベリスタル。巴旦杏の塔の独立防衛システムは彼の名をとってスタルシステムと技術庁の方には登録されておりますが。陛下、臣はスタルシステムを破れば宜しいのでしょうか?」
「破ると表現するのかどうかは解らぬが、登録されている “もう一人の女王” のデータを引き出せるか?」
「……と言いますと?」
「一度登録され、消された形跡があるらしい。三十五歳以下で実弟を持つ金髪の女王という断片だけが残っておる」
「成程……」
 余はぱっと解らぬが、エーダリロクくらいになれば三十五歳以下で実弟を持つ金髪の男として生きている貴族のリストくらい簡単に思い浮かぶのであろう。
 そうしておるうちに神殿に到着した。
「少々確かめたいことがあるので此処で待っていてくれ」
「ごゆっくりと」
 本当はエーダリロクを連れて神殿の最深部に向かいたいのだが、連れて行けない決まりになっておるからな。エーダリロク、いや王族は最深部に “なにが”  あるのかは知っておるのだが……余としては “最深部の一体” はあまり見たくはないものだが、必要不可欠であるし余も近いうちに前線に向かうので、最終確認もかねておく必要がある。
 さて、最深部に<ライフラ>に関する情報があれば良いのだが……

**********


 シュスタークが神殿に入ってすぐに、
「よぉ! エーダリロク」
 一人入り口で待機しているエーダリロクの元に、
「どうした? ビーレウスト」
 ビーレウストが訪ねて来た。朝から『セゼナード公爵に皇帝陛下からお呼びがかかった』ことと、昨日皇帝がついに≪巴旦杏の塔≫に足を運んだことから考えれば、神殿を訪れているのではないかと簡単に推測できる。
 王子であれば神殿前までは立ち入りが許される。巴旦杏の塔は夕べの園までしか立ち入りが許されてはいない。
 元々≪巴旦杏の塔≫は皇帝の後宮の一種なので、家臣がおいそれと立ち入れないといのは当然なのだが。
「今日の昼過ぎに帝星発ってエヴェドリット領に向かうからよ、一応挨拶にきた」
「陛下の親征に随行する準備か」

―― あれ? 出発はまだ先だったような……そうか、面倒になりそうだから帝星から一抜けしたか。エヴェドリット勢は、これに関しちゃ気まぐれでも、だれもおかしく感じないから楽だよな。

 急な命令の理由は「ザウディンダルに関して」だろうと言うことで、エーダリロクはそれ以上触れなかった。
 絡み合った密約と駆け引きである以上、喋らない方が良いとして。

 そこから二人は少しばかり話しをした。
 皇帝がシステムから、登録されて削除された「三十五歳以下で金髪、実弟のいる”男”として生きている人物」がいることを教えられたことや、
「ビーレウスト、要らない?」
「……どういう事だ?」 
 カレンティンシスを両性具有と知るビーレウストに引き取らないか? と勧めてみたりしていた。
 エーダリロクの口調から”この場で皇帝に暴露してしまおうか?”言っていることを感じたビーレウストは、猶予が欲しいとばかりに静止した。
「言うのはもう少し待て」
 中にある何かを形にして口にした。その何かに関しては、ビーレウスト自身もはっきりと解らないのだが『今言うのは得策ではない』と肌で感じていた。
「良いけど」
「何か嫌な予感がするからな」
「嫌な予感? 何だそりゃ?」
 その予感は宮殿内を覆う緊張感から来ているらしいと、ビーレウストは感じていた。
「アイツ、軍事的才能皆無だろうが」
「それじゃなくて……よく解らねえが、とにかく……な。帰ってきたらばらしても良いと思うぜ。何より陛下初陣前に、アレがアレだってことを教えたら悩みが深くなるだろうしよ。陛下はあの通り嘘つくの苦手だからな。直ぐにアイツに気取られると思うぜ」
「そうだな」


 その後、いつも通り下らない話をして、
「それでよ、ザイオンレヴィのペダル部分を……」
「良い案だな、ビーレウスト。そうなると、部品の削りだしが」
「そこはよ……」
 ビーレウストは、赤いマントを翻し去っていった。


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