ALMOND GWALIOR −127
 宮殿に連れて来て以来、ずっと一緒に寝ていたのだが……
「少々出てくるが、心配しないで先に寝ていてくれ」
「はい」
 余が自由になる時間は……皇帝にしては結構あるのだが、ロガに心配をかけないでとなれば、ロガが眠りに就いた後しかない。ただロガと一緒に寝ると、余の方が先に寝てしまったりするので……まあその……不甲斐ない。
「フォウレイト、頼んだぞ」
「はい」
 ロガの寝所のことは任せて、余は部屋から出た。
 ザウディンダルのことはデウデシオンに聞くしかあるまい、だがもう一人の女王は……誰に聞く? 余一人で調べるには限界があるというか、調べる方法自体よく解らぬし……。思いながら通路を歩いておると、
「陛下」
「バロシアン」
 バロシアンに呼び止められた。
「陛下、どちらへ向かわれるおつもりで。いえ、巴旦杏の塔へ向かわれるのですね」
「何故解った!」
 言っておきながら凄く間抜けなのだが……この先は夕べの園と巴旦杏の塔しかないのだから、二つに一つなら直ぐに解るだろう。
「后殿下が陛下のことを心配なされ、今日あったことを私に教えてくださいました」
「あ、ああ」
 明らかにロガに心配をかけてしまったようだ。
 余は顔に出やすいからな、諸々が。
「陛下。塔の中で女王を知られたのですね」
「お前達は知っているのか」
「はい」
「少し話を聞かせよ」
 巴旦杏の塔に向かうつもりだったが、行った所で≪ディブレシア≫と<ライフラ>が交互に語るのを聞くだけになりそうであるし……他の意見も聞くに越したことはあるまい。色々な意見は判断材料になり、迷う理由に……何にせよ、近くの部屋に入り余はバロシアンから話を聞くこととした。
「何故今までザウディンダルが女王であることを余に知らせなかったのだ」
 いまになって思う。
 先日、庶子だけを集めた会にザウディンダルが参加しなかった理由。両性具有は極端な小食だ。極端な小食だが食欲は普通並にあるという。そのため、大量に食事が並んでいるとそれを食べたいと強く願い、口にしてしまうことがある。その後待っているのは、激しい嘔吐だと聞いた。
 皆で食事をしている場にいれば、苦しいから……デウデシオンは余に嘘を言ったのであろう。……ザウディンダルももしかしたら参加したかったのかもしれない。いやしたかったのであろうな……。
「陛下、このことを知っているのは陛下の父君達と帝国宰相……少々何処かから漏洩しロヴィニア王家も少々知る事となりましたが、ほとんどの者は知りません。何故私が知っているのか……訊ねられれば包み隠さずお答えさせていただきます……。まず、女王であるレビュラ公爵は僭主の遺児です」
「僭主……」
 いきなり僭主(インペラール)ときたか! えーと、ザウディンダルの親になりそうな人物は刈られた僭主のリストに……あったか?
「テルロバールノル僭主ハーベリエイクラーダ王女系統の僭主の遺児にあたります。祖母にあたる人物が男王でした」
 両性具有は一代間をおいて両性具有が生まれる確率が格段に高いからな。
「その男王、名はなんと?」
「クレメッシェルファイラ」
「その名は見たことがあるような……だがそれ以外の者はいなかったような気がしたが?」
 男王であれば、女性皇帝であったディブレシアに献上されるであろうが、子を成すことはできまい。たしか、それ以外の名は無かったような。
「クレメッシェルファイラは若い女性でした。三歳と五歳の息子がいる、実兄を夫とした……最早皇位を狙う勢力など皆無の近親婚末期の四人の家族」
「待て、バロシアン。先ほど、ザウディンダルの祖母が男王だと申したな。男王が祖母になるということは、その三歳か五歳の息子が父であったと?」
 ディブレシアの乱交で、外聞の悪いものは全て消されている。
 庶子達の父親の表記も、奴隷や犯罪者である為に消されている……それは庶子の為ではなく “皇帝” の為に。僭主と関係を持った……それだけでも外聞は悪いが、それが幼児であれば尚のことだ。
「三歳の息子の方です。名をエイクレスセーネスト……何も知らないまま、死亡したそうです。母親である男王の目の前で」
 生きていれば二十八、九歳か。二十五歳の息子であり娘を持つには若すぎる。
「成長促進剤を使ったのか」
 ゆっくりと生きている時間のなかったザロナティオンにも用いられた劇薬。0歳の子が四日後には二十歳の体躯となる薬だが……知能はそのままのはずだ。脳内に汎用情報チップを埋め込まねば人として生きてはいけないと聞いた。
 その三歳のエイクレスセーネスト、何も解らぬまま腹上死させられたということか。
「そうだと聞いております。陛下、このことレビュラ公爵は知りませんので、出来れば……」
 人は真実を知る権利はあろうが、知らなくても良いことも多数ある……その部類であろう。
「このことに関しては、両性具有の生殺与奪及びすべての権限を完全に支配しておる余の名を持って抹消させる。して、僭主の息子だということ本人は知っておるのか?」
「それは最近知るところになったようです」
 どういった経緯で知ることになったのかは知らぬが、僭主の血縁であるということを知り、己が両性具有であることと相俟って辛い思いをしておるのであろうな。
「バロシアン」
「何で御座いましょう、陛下」
「デウデシオンとそなた以外の庶子はザウディンダルが両性具有の “女王” であることは知っているが、僭主の息子、ましてや劇薬を用いて成長を促進させた男の息子であることは知らぬのだな」
「いいえ、第六庶子ナジェロゴゼス公爵シャムシャントまでは知っております。それ以降の生まれで知っているのは私だけです」
「解った。それと答えたくなければ答えずとも良いが、何故お前は知っているのだ? バロシアン」
 余は答えなど想像してもおらなかった。何を聞いても受け入れるつもりはあったが。
「私が帝国宰相の血を分けた子だからです」
 ディブレシアよ、余はそなたを嫌う気はなかったのだが……辛いぞ。
 こうやって次々とそなたの蛮行を聞かされると、どのように弁護してよいのか? そもそもそなたは弁護など必要ないのであろうが。
「長くなりそうだが。バロシアンよ、それについて余は……興味本位ではなく聞きたいと信じてくれるか」
 デウデシオンとバロシアンの関係だけではなく、両性具有であるザウディンダルにも関係しているというのであれば、聞かぬわけにもいくまい。
「はい勿論でございます。私は帝国宰相と先代皇帝の間に生まれた子です」
 はっきりと言いきったバロシアンの表情に、自らを卑下する部分は何も含まれていなかった。バロシアンはデウデシオンを父として尊敬し、また己が自らを卑下することによりデウデシオンにも暗い影を落とすことを理解してのことであろう。
「続けよ、バロシアン」

**********


 私は震えていないだろうか? 私は最後まで”哀れ”を誘わずに話きることはできるであろうか?
「解った。それと答えたくなければ答えずとも良いが、何故お前は知っているのだ? バロシアン」
 自ら望み、陛下の父君たちにまで協力してもらいこの場にいる。
 隠し通すことに疲れたわけではないと思う。でも自分の真の姿を知って欲しかった。
「私が帝国宰相の血を分けた子だからです」

 私は銀河帝国に認めてもらうのだ。そうしたら……そうしたら……
 ”あなた”が楽になれるように。……認めていただけるだろうか?
 陛下の表情が強張った。目の前に先代皇帝と信頼している帝国宰相の罪がある。陛下の次の言葉が紡がれるまでの時間が長かった。
「長くなりそうだが。バロシアンよ、それについて余は……興味本位ではなく聞きたいと信じてくれるか」
 周囲に人影はない。部屋の使用許可もしっかりと得ている。
 誰も近付かないように手配した。もしかしなくとも、近衛であるタバイ兄は傍にいるでしょうが……止めないで下さい。
「はい勿論でございます。私は帝国宰相と先代皇帝の間に生まれた子です」
「続けよ、バロシアン」

 私が語ることの全てが真実かどうか? 自信はない。だが、私が帝国宰相パスパーダ大公デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラの実子であることは、本人が認めている。
―― 近衛兵は確かに”遺伝子調査”もあるが、団長の私とミスカネイアがいれば、偽装することは可能だ
 いいえ、私は近衛兵とはなりません。
 帝国宰相閣下支配下で、認めてもらいたいのです。腰巾着と言われようが、構いません。私は認めてもらうのです。
 文官として帝国宰相……いいえ、父に。
「帝国宰相と先代皇帝の関係は、レビュラ公爵の親よりも知っている者が多くおります。ですが実子がいることはあまり知られておりません。私の父を知っているのは、父の父と、陛下の父君達と、后殿下の小間使いとなったフォウレイト侯爵……そしてロヴィニア王家と……ですが少ない筈です」
「デウデシオンの性格だ。お前が実子であっても、必要がなければザウディンダルのことを教えまい」
「私がかの人の子であることを説明する際に、両性具有の孫を切り離して説明はできなかったので教えられました」
 私が生まれる理由は、私が生まれる前に存在するのだから、聞いた話でしかない。
 祖父にあたるダグルフェルド子爵から聞い話では、元々庶子達はディブレシア帝を性的に満足させる為に養育されたのだという。
 その養育を一任されたのが、祖父であった。一任と言えば聞こえはいいが、実際は……

 庶子達に「ザウディンダルの父親になった子供に使用した劇薬」を用いなかったのは、長期使用を考えてのこと。
 成長機能を壊す薬物を使用しては、すぐに壊れて死んでしまうので、あえて普通に成長させ、そして女を抱ける年齢に達したところでディブレシア帝の寝所に送り込まれることになっていた。
 父は”その年齢”……その年齢が幾つをさすのかは、私にははっきりと解らないが、ともかく”その年齢”に達する前にディブレシア帝の元へと赴き、性的な虐待を受けたという。

「帝国宰相が九歳ころの話だそうですが、私やザウディンダル兄の誕生に関して、直接関係はないので、詳しくは教えてもらえませんでした。あまり知りたいと考えたりもしませんが」

 詳しく教えてもらえないのに、なぜ教えられたのか?
 この最初の虐待が、父を寝所に呼ぶ切欠となったからだ。この部分を省かれていたら、私は納得出来てはいなかっただろう。

 ディブレシア帝は父……彼女にとっては息子だが、いたぶることに快感を覚えらしく、次なる策を練った。
 連れてこられた両性具有の子と関係を持ちザウディンダルを産み落とす。その後、ザウディンダルを引き取ったデウデシオンにその男王を命じられたとおりに扱わねば、ザウディンダルを殺すと命じたのだそうだ。
 両性具有の生殺与奪権はディブレシア帝にあり、ザウディンダルは”女王”であり女性皇帝ディブレシアには献上されないタイプの両性具有。

 すぐに殺されてしまうタイプの両性具有。

 目の前でわが子を殺された男王は[孫]は殺して欲しくないと父に懇願し、結局父はディブレシア帝の意思に従い、その男王を陵辱することとなった。
 父はディブレシア帝に対し色々と反抗的な態度を取り、それが結果的にディブレシア帝の興味を引き、他の庶子たちは難を逃れた。
 父とディブレシア帝の殺伐とした関係は続き、最終的に「余を、貴様の実母であるこの皇帝を貴様の子種で身篭らせろ、そしたら余は死んで貴様を自由にしてやる」と突きつけられ、父は従った。

「そして私が誕生し、先代皇帝ディブレシアが亡くなられました……自死であったと聞いております」

 陛下は肘掛けに腕を乗せ、頷くわけでもなく、相づちをうたれるでもなく、私をまっすぐ見たまま話を聞いてくださった。

「以上です。陛下は不快に思われたでしょう。その責は庶子ではなく不義の子である私が負うべきものです。皇帝に抗うことができなかった帝国宰相には最大限の温情を」
「不快には思わぬし、帝国宰相を悪くも思わぬ。だが少しだけ時間をくれ……」
「陛下のお気の済むように」
「バロシアン、そなたのことも今までと変わらず余の大切な異父弟だ、忘れるな。……そなたは物を知っているのだな……もう一つ聞こう」
「お答えできることでしたら」
 何を聞かれるかは解らなかった。勝手に兄達のことだろうと思い込んでいたのだが、そんな簡単な話ではなかった。

「もう一人女王が現存しておるのだが、知っておるか?」

 私は息を飲み、
「それは聞いたことも御座いません」
 そして声を潜めた。
「知らぬか」
「それについては帝国宰相も知らぬと思います。もしかしたら陛下の父君達の誰かがご存知かもしれませんが」
 本日陛下は「セゼナード公爵殿下」に会われていなければ、話もしていない。だがもう一人の両性具有の存在に関し、疑ってはいない。
 巴旦杏の塔の中に何かが存在するのだろうか?
「そうか……」

 もう一人の女王の存在を聞き、私は陛下にお願いしようと思っていたことを思い出した。

「陛下。レビュラ公爵を巴旦杏の塔に幽閉するのだけはおやめ下さい! レビュラ公爵を閉じ込めてしまえば、帝国宰相が簒奪行為を起こす可能性も」
「どっ! どういう事だ?」
「先ほど説明したように、帝国宰相はレビュラ公爵の祖母に負い目があるので力の限り……それ以外にも、認めてはおりませんが帝国宰相はレビュラ公爵のことを愛しております」
「はいぃぃぃ? そっ! それはどういう事だ! その……ええ? あ? 確かに片親が違えばっ……え、あ……」
「レビュラ公爵が帝国宰相に懸想しているのは多くの者が知るところですが」
「ええええ!」
 陛下が椅子からずり落ちられてしまった! え……陛下、本当にご存じなかったのですか? あの……この重苦しい、私が一方的に重苦しいと感じていた空気ですが、それを見事なまでに追い払われた。
 って! 私としたことが! 陛下自らが椅子から落ちられて……ええ? 言葉使いが良く解らなくなりましたが、陛下をお助けせねば!
「へ、陛下」
 思わず手をさしだしてしまったのですが……陛下はこの私の手につかまって下さるだろうか。近親婚の多い帝国だが、実の親子は禁止されている。
 汚らわしいと手を払われ……
「ほ、本当なのかっ! 全く知らなかったぁぁ! デウデシオンはザウディンダルが好きだったのか! いや、ザウディンダルもデウデシオンのことが好きだから……あれ?」


 陛下は何事もないかのように、私の手につかまり、立ち上がってくださった。


「はい」
 そうして椅子に再び座られて”驚き”の表情をされた。
「…………あ」
 私は名残惜しいが手を離し、陛下の御前で再び膝を折り、顔を上げて聞き返させていただく。
「どうなさいました」
「言っておった。確かにデウデシオンは言っておった。ザウディンダルが好きな相手の気を引く為にカルニスタミアと……好きな相手が女性であれば、男性のカルニスタミアを当て馬にはせんな」
 いつその様な事を陛下に言ったのか? 私には当然解らないが……そこまでご存じならば、手元に置かれたらいいのに。
 なぜ殺してしまおうとするのですか?
 必死になって守ればいいのに。私だって協力するのに。
「夜も更けてきたな。部屋に戻らねばな。バロシアンよ」
「はい」
「話し辛いこと、よくぞ包み隠さずに話してくれた。お前がどう感じたかは解らぬし、世間がお前に対してどのように接しているか知らぬが、余はお前の全てを認める。弟であり甥であるお前を拒否することはない。余の肯定がどれほどの自信になるか? 余には解らぬが、この帝国の支配者はお前を否定することは決してない」
「……」
「余は全てをデウデシオンに任せている不甲斐ない皇帝だが、一つだけ自信を持っていることがある。異父兄弟を皇王族に叙したことだ」
「陛下」
 扉へと向かわれる陛下の後を付いてゆき、立ち止まれた陛下の脇をすり抜けて扉を開こうと手を出したが、あることが思い浮かんだ。
「もう一人の女王について私も調査」
 帝国宰相の力になるだけではなく、私は陛下のためにもこの微力を尽くさねばならぬと。
「するな」
「陛下」
「危険だ。理由はないが、肌で感じる。調べるな……それに今、捜索させている。いいな、ハーダベイ公爵バロシアンよ。決して探るな、これは余の命令だ」
「はっ!」
 私は立ち上がり扉を押し開く。
「バロシアン」
「はい」
「お前ももう休め。それではな」

 陛下の帰られる後ろ姿に膝をつき頭を下げ続ける。足音が聞こえなくなるまで、私はずっと廊下に額を押しつけていた。

**********


 シュスタークは寝室へと戻り、夜着に着替えてベッドで愛らしいロガの頬に優しく触れる。
 様々なことが起こり、心穏やかではいられない状況だが、愛しい少女の寝顔を見つめるだけで、内側の”ざわつき”すら目を閉じる。
 そうしてロガを起こさぬように、ゆっくりと抱き締めてシュスタークは眠りに落ちた。

 安らかな寝息を立ててくれたロガと、その寝顔を見て微笑む皇帝を遠目に確認し、フォウレイト侯爵は安堵した。
 今まで”辛い仕事”だと思ったことはなかったが、今日は本当に辛かった。自分が辛いのではなく、少女と呼んで差し支えない”后殿下”の苦悩と、何もすることができない自分の力の無さが。

「フォウレイト侯爵」
「はい。なんでしょう? 団長閣下」
「いえ……あの今は団長ではなく、兄の弟の立場でお願いしたいのですが……兄の邸へと戻り、アイバリンゼン子爵のお側に居てください」
「父の傍に……ですか?」
「はい。そして”あなたの育て方は間違っていない”と言っていただければ」
「……」
「私たちでは駄目なのです。お願いします……育ての親が苦しんでいる時に何もできない私は、本当に情けない男ですが、陛下のお側を離れるわけにはいかないのです。”なにがあろうとも”」


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