ALMOND GWALIOR −93
シュスタークは一度、ロガを正妃にすることを躊躇った。
ロガに出会った時に伴っていたテルロバールノルが選んだ平民が、解散後に仲間を連れて自らを脅かした 《顔の崩れた奴隷》 を笑いに来た場面に遭遇し、その心ない言葉により泣いてしまったロガを観て「人の悪意」を目の当たりにし、狭い世界で悪意に晒される事無く生きて来たシュスタークは誰よりも傷ついた。
自らの臣民、即ち全宇宙の者達を信じていた皇帝は、庇護対象であった平民に己の世界を切り裂かれ、容易に立ち直る事ができなくなった。
正妃に迎えればロガが悪意に晒される事は確実と知り恐怖を感じ、後ろ向きになってしまった。
シュスタークがロガを正妃にするのに後ろ向きになった事はすぐに四大公爵にも知らされた。
その直接的な原因となったアルカルターヴァ公爵と、追い討ちをかけた形になったケスヴァーンターン公爵。
宮殿の一角にある『砂漠』を模したケスヴァーンターン公爵の屋敷で、主であるラティランクレンラセオと、
「ラティランクレンラセオ! 貴様、陛下の結婚を潰すつもりか!」
「カレンティンシス……私は貴様の為を思ってあの奴隷娘と陛下の結婚を潰そうとしているのだ」
『シュスター』に最初に従い、彼に宇宙を統一させようと思わせたケシュマリスタ一族と、地球時代より『王家』であったテルロバールノル一族は仲が悪い。
帝国としてみれば、ケシュマリスタが最も皇帝に近いが、歴史を見ればテルロバールノル王家のほうがはるかに古く、どちらが『格が上か?』で諍いになることが多い。
「何だと?」
「カレンティンシス、ここで奴隷が正妃になって皇太子を産んでみろ。テルロバールノル王家は ”五代” 続けて皇帝を輩出できぬぞ、良いのか?」
不仲は建国以来のもので、この両王家は滅多に精神感応を開通させない。
『皇帝』相手ならば必死になるが、他王家ならばそれ程必死に開通させなくとも良い。それに不仲であれば尚の事……なのだが、この二人は[最古の王家]と[最初の家臣]の王同士ながらも、精神感応が開通していた。
「構いはせぬ! どう足掻いても正妃はテルロバールノル王家の者ではなく、その縁のものでしかないのだからな」
「カレンティンシス、歴史ある最古の王家テルロバールノルが潰れたらどうするのだ? 貴様のせいで」
水の入っているグラスを掲げ、口に運ぶケシュマリスタ王。
「……!」
一応勧めるように手を伸ばすが、テルロバールノル王はそれを払いのける。
テルロバールノル王カレンティンシスは目の前にいる男を決して信用してはいない。
「くくくくく。カレンティンシス、お前も知っているだろう? 両性具有は隔世遺伝しやすいと。祖父母が両性具有であれば、その孫は八割強の確率で両性具有となる。それを知らぬ貴様ではあるまい?」
「ラティランクレンラセオ!」
カレンティンシスの父である、先代テルロバールノル王ウキリベリスタルは自らの第一子が『男性型両性具有』であることを知ると、すぐさま行動を起こした。
いや、起こさなくてはならなかった。
当時の皇帝は三十五代皇帝で、男性であり『男性型両性具有』は『献上』が義務付けられている『品物』であった。だが、ウキリベリスタルは『息子・カレンティンシス』を献上するつもりは無かった。
彼が『息子』を親として愛していたのか、跡取りとして必要としていたのかは不明だが、彼はとにかく献上する気はなく、帝国を欺くことを決める。それは協力者もなく、一つでも間違えば自らと『息子』の命を奪いかねないことではあったが、彼はそれを選んだ。
カレンティンシスが生まれた当時『両性具有隔離棟』こと「巴旦杏の塔」は暗黒時代に破壊されたままで、復元されてはいなかった。
財政や治世に余裕が出てきた帝国は、カレンティンシスが生まれる前後に巴旦杏の塔が[何なのかを知っている]技術庁長官にして天才であったウキリベリスタルに塔の再現を一任する。
彼はそれを好機と、カレンティンシスが『男性型両性具有』であることを悟られないようにデータを改竄した。
「あの哀れなレビュラ公爵ザウディンダルは皇帝の血から現れた両性具有であろうが、貴様の息子はなあ」
「何が言いたい」
「だから、私は貴様のことを心配してやっていると言っているのだろうが」
「何が心配だと?」
「貴様は私の “永遠の友” だ、黙っていてやろうではないか。だが、孫は調べるぞ」
「孫が両性具有ならば躊躇わずに帝国に差し出す。貴様が調べるまでもない! 調べたければ調べればいいがな!」
「そうだな、それで正解だろう。自分の今の状況を考えれば、帝国に差し出して処分された方が、そして公衆の面前に晒されたほうが楽だものなあ」
「貴様……」
そしてウキリベリスタル王は、息子カレンティンシスに[次期ケシュマリスタ王になるラティランクレンラセオ]と精神感応を開通するように命じた。
歴史的に不仲の王家の跡取りとわざわざ開通させようとした理由。
それは一つに[同性]でなければ開通しない精神感応をしっかりと開通させておき、男性だと表に知らしめるため。そしてもう一つは
[ラティランクレンラセオが皇帝になった時、カレンティンシスが巴旦杏の塔に隔離されないようにするため]
皇帝と関係を持った両性具有は隔離されるが、精神感応が開通した相手と関係を持つと彼等は失明する。彼等の失明は人間の失明とは違い≪その綻び≫から寿命まで変動する危険を含む。
よって、関係を持つ事はない。特に皇帝になりたくてなった男が態々両性具有に手を出して、在位年数を減らすような真似をするとは考え辛い。そう、ウキリベリスタルはラティランクレンラセオが皇位を狙っている事に気付いていた。
恐ろしいほどに良い外面と、無欲の皮をかぶったその内面にラティランクレンラセオの父親は気付かなかった。気付いていれば父親はラティランクレンラセオを殺したであろう。
暗黒時代の引き金となった「ケシュマリスタ王家」
その二の舞を父親は踏みたくは無かった。その事を、ウキリベリスタルは掴んでいてラティランクレンラセオを脅した。≪このウキリベリスタルが生きている間はカレンティンシスに手を出すな。その代わり、お前の父親にお前の野心は告げないでおいてやろう≫
ラティランクレンラセオはその条件を飲む。
ウキリベリスタルの策は、彼の思い描いていた条件下では上手くいったであろうが、彼の思い描いていた条件はある時崩れ去った。
『男性型両性具有ザウディンダル』の誕生によって
ウキリベリスタル王はその事を知らないで、死亡した。
彼の思い描いていた未来を崩したザウディンダル、それは第二子カルニスタミアが、その両性具有に魅せられてしまったこと。
「だからこそ陛下の結婚を潰して貴様の弟、ライハ公爵に奴隷を与えてやろうというのだ」
ウキリベリスタルの策では、ザウディンダルは『シュスタークの献上品』になっているはずだった。だが、そうは行かなかった。
死んだ王の策は、実子二人を絡めとり二人は足を取られ、そして沈みかかっている “海” にたとえられるケシュマリスタ王によって。
「なっ! 奴隷など!」
「ライハ公爵、陛下の感情を受け取った為あの奴隷に対し感情を抱いていると聞いたぞ。未遂とは言え、深夜に奴隷を犯そうと小屋に向かったのだとも」
「誰から聞いた?」
「ガルディゼロ侯爵」
「それが真実だが、奴隷などを」
「まだ解らんのか? カレンティンシス。お前の孫が全て両性具有であれば、誰が王位に就くのだ? 由緒正しい、最古の王家の玉座。残念ながら貴様の家からは皇帝も久しく出ておらぬ。血統が絶えたら何処から王をもってくるつもりだ?」
通常ならば皇帝の子で、最も王家の血の濃い親王大公を譲ってもらい玉座を頂かせるのだが、
「それは……」
テルロバールノル王家は四代続けて皇帝を出していない。そして今いる皇族はただ一人、シュスターク。彼はロヴィニア寄りで、その親王大公を貰ってくるわけにはいかない。
誰一人いないのならばそれは緊急措置として受け入れられるが、
「あの忌々しい両性具有に囚われている弟王子が唯一興味を示した “雌” だぞ、あの奴隷は」
実弟カルニスタミアがいる以上、それは無理に等しい。
帝国側が、それを認めない事はカレンティンシスも理解している。
「貴様がカルニスタミアにあの女王を勧めたのだろうが!」
「それは乗った方が悪いのではないか? 私はなにも、両性具有を裸にして縛り上げ脚を開かせて、自由にしていいぞと言って与えたわけではない」
「カルニスタミアにはそれ相応の家の娘を……」
不仲ではあるが、実弟の子に期待を寄せているカレンティンシスにとって、
「カレンティンシス、それが叶うと思っているのか? 前回ライハ公爵の婚約はどうやって潰れた?」
目の前にいる男とその一族は『敵』でしかない。
「それはガルディゼロ侯爵が!」
前回カレンティンシスが組んだ縁談は、ガルディゼロ侯爵によって破壊された。潰れるなどという甘いものではなく、彼は破壊した。
「いい事を教えてやろう。ガルディゼロ侯爵はライハ公爵を気に入っている、あれはライハ公爵を手に入れるためならば手段を選ばぬ。それは前回で解っているであろう?」
「ならば今回も同じ事であろうが!」
「前回は私も解らなかった」
「…………」
それが嘘だと解っていていても、否定する証拠が無い以上黙っているしかない。
「だが今は解っている、ならば対処方法もあろう? 貴様はテルロバールノルの王であり、私はケシュマリスタの王。ライハ公爵はテルロバールノルの王子であり、ガルディゼロ侯爵は先代ケシュマリスタ王の庶子。王である貴様がライハ公爵にテルロバールノル王領から出るなと命じれば、王である私がガルディゼロ侯爵にケシュマリスタ王領から出るなと命じれば防げることだ」
「だが、奴隷なんぞ!」
「カレンティンシス、それが良いのだ。陛下が正妃にしようと思ったが諦めた奴隷を妃に迎えたら、ライハ公爵は帝星に、帝国領に出向けまい」
「それの何が……女王と関係が切れるということか」
「そうだ。世間一般で言う所の “不興を買った” ことになる。帝国側の甘い考えの持ち主達は “皇帝陛下のお気持ちを考えて” ライハ公爵を帝星には立ち入らせまい。ライハ公爵も皇帝の前に妃を連れて向かうことはせぬであろう」
カルニスタミアが子をなせない両性具有と切れ、健康な娘と結婚する。
それは悪い条件ではない。奴隷を義理妹にするのは[最古の王家の王]たるカレンティンシスの気位が許さないが、自分の孫が両性具有になる確率が高い以上『奴隷出のライハ公爵妃』は魅力的でもあった。
特にロガは帝国側が『皇帝の正妃』としても十分にその役割を果たせると王側に書類を出している。
役割とは『生殖能力に問題がない』ということ。奴隷であり、奴隷として生きてきたロガに、これ以上のことを求めるつもりは誰もない。
「ラティランクレンラセオ、貴様何を企んでいる?」
そんな好条件を今まで自分を散々踏みにじってきた男が提示するとは、カレンティンシスは到底思えない。
「私の言葉を信じないのか? カレンティンシスよ」
「ラティランクレンラセオよ、儂は貴様を愚かにも信じ全てを失った」
「ならば好きにしろ」
暫く両者はにらみ合う。
カレンティンシスは当初、ラティランクレンラセオを疑ってはいなかった。
カレンティンシスは信頼していたからこそ実弟を預けた。そして自分が両性具有であることを知らない、若しくは知っていても黙っていてくれると考えていた。その時までカレンティンシスは確かに信じていた。
父王ウキリベリスタル亡き後の混乱を収めるのに必死になり、気がついた時に実弟は両性具有と関係を持ち、それがラティランクレンラセオの取った行動だと知り、その事を問い詰め自らが暴行されるまでは。
「奴隷の事は前向きに考える。カルニスタミアには是非とも子をなしてもらわねばならぬ……貴様は儂がガルディゼロ侯爵を殺せと言えば殺すか?」
彼は自分が誰に暴行されたのかはわからないが、自分の犯された痕が生々しく残っている身体と、追い討ちをかけるように見せられたその有様を撮影した映像。その状況に、カレンティンシスは愕然とするしかなかった。
『私に従わなければ、これを公表する』
ラティランクレンラセオにそう告げられ、カレンティンシスは拒否できぬまま数々の『実験』に従うことになる。それが、皇帝を追い落とす為に「ザウディンダルを一時的に女性型化」させる事と知っていても、彼にはそれを口にする事はできなかった。
保身と言われればそれまでだが、カレンティンシスはそれに口をつぐむ。
一度は全てを公表しようと思ったが、自分が暴行される映像を前に出されてどうしても言い出せないまま、此処まで来た。
「それで私が失った貴様の信頼を取り戻せるのならば安い物だ。先代庶子如きを殺すこと、この私が躊躇うと思うか?」
どうしてもカレンティンシスはその映像を表には出したくなかった。
四大公爵、顔はほぼ同じだが言い逃れは不可能。
下手なことを言えば、ラティランクレンラセオが『ならば四王の身体を並べて調べてみれば良い』と申し出るのは明らか。
帝国騎士団長級の驚異的な強さを誇るエヴェドリット王。その強さは両性具有には決してありえない強さ。
自らを貶めたラティランクレンラセオが両性具有であるはずはない。それは精神が行き来するカレンティンシスが誰よりもよく知っていた。
そして ”無性の妹” を持つロヴィニア王。同じ両親を持つ個体の中に一人でも無性がいれば、その子達に両性具有は決して存在しない。。
「貴様が人を殺す事に躊躇いを感じるとは思ってはおらぬ。だが、あの侯爵はお前のも最も危険な手先だ、殺すのは惜しかろう?」
何よりも、自らの全てを捨てる覚悟で公表したところで、自分が両性具有であることは変わらず、王であったことすら闇に葬られ殺害されるか、巴旦杏の塔に幽閉されるかしか道は残っていないことを知っていた。
ウキリベリスタル先代王は、カレンティンシスに[生きたまま焼き殺される両性具有]の映像を繰り返し見せていた。
その有様を見て、自分も両性具有である以上あのように殺害されるのかと考えると、恐ろしくてどうしてもカレンティンシスは言い出せない。
「だが殺せる。なんなら殺してみせようか?」
「いらぬ」
カレンティンシスが去った後、ラティランクレンラセオは一人呟く。
「カレンティンシス、貴様の身体で採取した女王のデータ、有効に使わせてもらうぞ。だがこれを使うには貴様の弟は邪魔だ。女王を皇帝の下に送るのに最大の障害を私のために取り除け “我が永遠の友” よ」
一人椅子に座り目を閉じていたラティランクレンラセオは、一陣の風が通り抜けると口元に笑みを浮かべて、再び一人で呟く。
「そしてキュラティンセオイランサ、お前は良い子だ。私の役に立つ、そうあの売女が言った通り、私の役に立つ良い子だ」
ザウディンダルと関係を絶ちつつあるカルニスタミアは、伯母の一族の殺害後精神の不安定なキュラの傍にいる事が多くなった。
「もう少し、お前を不安定にしてカルニスタミアの注意を引かせなくてはな。さて、お前の何を壊そうか」
ラティランクレンラセオは舌舐めずりしながら、キュラティンセオイランサに残っている物を脳裏に描き始めた。
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