ALMOND GWALIOR −89
 カルニスタミアは ”着地後” 何事もなかったかのように、副官のヘルタナルグ准佐に着陸するよう指示を出す。
「先に戻ってくれ」
 全ての準備を終えたビーレウストが、専用射撃銃を脇に抱えて見送りにきた。
「ああ。それと感謝する」
「何の事だ?」
「ザウディンダルの事だ。キュラの伯母一家が現れて、話が途切れたが」
「そいつの事か。まあ、お前は知った。後はお前の判断だぜ、カル」
「そうだな……」
 着陸する旗艦が巻き上げる風に煽られるマントと長い髪だが、二人は全く気にせずに無言のまま。
「どうした? カル」
「いいや。少し気になってな」
「何がだ?」
「何故ラティランはキュラを生かしているのか? それが気に掛かる。ディブレシア帝がザウディンダルを生かした事も、理由があるのだろうが……儂等には解らん事が多い」
「確かにな。解らねえが、理由がある間は殺されねえ。ザウディンダルはディブレシア帝が崩御しても殺されてねえし、キュラだって理由があ……」
「ザウディンダルは解らんが、キュラはもう理由はなくなっている可能性が高い」
「どういう事だ?」
「最近のキュラの焦りの全てとは言わんが、己がラティランにとって必要なくなり始めている事を知っての焦りに感じられる。ザウディンダルは自分が生かされている理由を知らんが、キュラは恐らく知っている。庶子という立場は似ているが、全く異なる立場だ」
「……」
 カルニスタミアの言葉に、最近のキュラの不必要な暴力行為が重なった。驚いた表情のビーレウストに、
「これからお楽しみなのに悪かったな。実験 ”楽しんで” くれ、ビーレウスト。そして真実を教えてくれて感謝する」
 ”気にかけた所で何も出来ん” そう無言のままカルニスタミアは話を終わらせた。キュラを支配している相手が 《王》 である以上、彼等に出来る事は無いに等しい。
「いいや」
 カルニスタミアの搭乗した艦が上昇し、見えなくなるまで空を仰ぎ見る。風に舞う硬いマントの音が、何時もより耳障りだと思いながら。

 帰途についたことを兄王カレンティンシスに報告した後、私室へと戻りスクリーン越しに見える外の暗闇に星々を立ったまま見つめていた。
 ザウディンダルが自分と同じ血を引く僭主である事に、この先どのような行動を取るのが最もザウディンダルにとって良いかを考える。帝国宰相の統制によりザウディンダルの親が僭主であるという情報は漏れていない。このまま全てが終われば良いが、最悪のことを考える必要もある。
「帝国宰相も考えておるじゃろうがなあ……」
 ザウディンダルの出生が他者に知られる事になれば、テルロバールノル王家と帝国宰相一派とが正面から戦うことになるのは間違い無い。
 兄王の性格を考えると僭主を刈るという規則の元、軍隊を当然ながらけしかけるだろう。受けて立ち、守る側の帝国宰相も躊躇いなく帝国軍を投入してくるに違いない。
 どちらが勝ったとしても 《僭主により再び宇宙が乱れる》 その責はザウディンダルにのし掛かる。
「陛下がザウディンダルを両性具有と知らないのが、此方にとっては痛手だ。最悪知ったとしても、僭主で庶子で両性具有となると処刑を認めて欲しいとの嘆願も出よう」
 嘆願を取り集めるのは先ほど帰還の報告を届けた兄王。テルロバールノル王がザウディンダルに対し好意的であれば、例え僭主の末裔と知られた所で殺害される事はない。
「アルカルターヴァ公爵……か」
 それはカルニスタミアにとって手に入らない地位ではない。手に入れようと本気で画策したならば、五年もかからないうちにその座に就く事が出来る。
 彼は自らの力を過信している訳ではなく、現実がそれを明かにしている。兄王の第一子は年齢を理由にいまだ立太子されておらず、正式な王太子ではない。その為に王弟の立場であるカルニスタミアは甥達よりも王の座に近い所に在った。
「……」
 王の座に、四大公爵の当主の座に就いたならば、カルニスタミアは公然とではないが、正式にザウディンダルを護る事ができる。
 本来ならば護る立場ではないが、護る事ができる立場。

− 長い間恋い焦がれた相手の人生を確実に護れるその座、手を伸ばすことで届く −

「他者から見たら恋に破れて権力を追い求めたと映るのだろうが、それも良いかもしれんな」
 スクリーンに額を押しつけ、視線を落とし足下を見つめた。
「失礼します」
「どうしたヘルタナルグ准佐」
「ロディルヴァルドなる男はどのように遇すれば」
 カルニスタミアは副官であるヘルタナルグ准佐には立ち入り制限を一切していない。その彼女は何時も通りに必要な事を、迅速に届ける。
「あの男、付いてきたのか!」
 振り返り宇宙が映し出されたスクリーンを背にしているカルニスタミアを見て、彼女は息を飲み熱くなってくる頬に気付く。化粧をしていても隠せないのではないかと思う程の熱さに、これ以上頬が赤く染まらない様、必死の思いで冷静を取り戻そうと必死になる。
「はい。リスカートーフォンから連絡が入りまして。イデスア公爵殿下は全て此方にと……」
 だがこの時は彼女が必死にならずとも、顔がどれ程赤くてもカルニスタミアは気付かなかったに違いない。
「まさか提案を受け入れるとは……何処に居る?」
「第三会議室に」
 彼女の言葉を聞くと、カルニスタミアはマントを翻し大股で歩き出す。
「あのっ!」
 呼び止めようとする彼女の脇を通り過ぎる時のカルニスタミアの表情は、冷たさと共に侮蔑が露わになっていた。王子の表情に張り付いた侮蔑は、冷酷であり残酷であり、そして世界からの拒絶。
 緋色の王子は周囲を映し出す程に磨かれたベージュを基調に緋と紫そして金でモザイク模様の描かれている廊下を、常人が走っているかのような速さで歩き、自らの手で会議室の扉をたたき壊すかのような勢いで押し開く。
「恥も何も無しと言うわけか」
 言いながら会議机をはじき飛ばし、ロディルヴァルドの元に近寄り襟元を掴んで、相手をつま先立ちにさせるまでに持ち上げた。

**********

 君が近しい人を大切に想っていることは知っている
 だからと言って、君が不幸になるのは間違っている
 君も幸せにならなければならない
 何故って? 君が幸せにならないと、私も幸せになれないからだ

**********

「貴様がキュラの前に再び立つことは、この儂が許さん」
 ロディルヴァルドは苦しさに自分を片手で持ち上げているカルニスタミアの手を話そうと手をかけるが、全く外れそうな気配はない。
 ”目の前の王子” が何故怒っているのか理解できない彼と、最早対話する気なぞ無いとカルニスタミアは言葉を重ねる。
「貴様がキュラに対して出来る償いはただ一つ。妹を、キュラの母親であるシャディニーナ・フェルレッテロ・ランデグレマーディを残酷に捨てた男であり、伯母であるメディルグレジェット・ナッセルトバゼ・デリュセディーナを、己の地位も身分も命も捨てて愛し抜くことじゃ。ロディルヴァルドなる男はそういう男でなくてはならぬ」
 王子が別王家の庶子に対して持っている感情も、カルニスタミアの怒りも理解できないが、自分に対して ”死ね” と言っていることだけは理解できた彼は、
「た、助けてくだ……」
 彼は床に微かに触れるつま先を、呼吸と同じように苦しげに動かして助命を懇願するも、目の前の ”王子” の意志に揺らぎはない。
「貴様が此処で家族と共に焼け死ぬ事で、キュラは母親が貴様に抱いていた思いを捨てる事が出来る。それ程までに愛した相手ならば、負けて当然だと」
 会議室の空気が張り詰め、カルニスタミアの声が痛むように部屋中に響き渡る。
「死にたく……な……い」
「キュラの、キュラティンセオイランサの心を僅かな安らぎを与える為にも、貴様は死なねばならぬ」

 彼は ”王子” の言わんとしている事をやっと理解した。

「やめて! だっ! 助けてくれるって!」
 全身の力で逃れようとする彼を床に一度降ろし、そのまま引き摺る。美しい意匠の施されている王子の旗艦の廊下に、安い靴底が削られた跡が付く。引き摺る方も、引き摺られる方もそんな事は全く気にせずに、殺害しようとして歩き、逃れようともがく。
「キュラはそう言ったが、儂は殺す。貴様が生きてキュラの前に立ったとき、キュラはどれ程傷つくだろうかとは考えんのか? 貴様はキュラの母親を捨てたのじゃぞ」
「私が、あの、私がシャディニッ!」
 彼はその名を口にしている途中で、喋れなくなった自分に気付き、遅れて顎の痛みに気付いた。
 ”シャディニーナ” その名を語りかけた時、カルニスタミアは襟を掴んでいた手を離して、即座に口を覆った。手は口を覆いその名を消し、二度と喋れぬ様に顎関節を軋ませる。
「軽々しくその名を口にするな。貴様が口の端に乗せて良い名ではない、痴がましいにも程がある」
 だが握りしめていると呼吸ができなくなるだろうと、僅かに緩める。彼は自由になった口で息をするよりも先に必死に命乞いをする。
「……や、だ……しにた……」
「貴様が死にたく無かろうが、儂は殺す。宇宙に貴様の居場所はない。陛下に嘆願しても良い、貴様の死を、破滅を、残虐を!」
 小型船の出入り口用ポートに入り、外殻を開くように命じる。扉の開かれた向こう側には、先ほどまで彼が住んでいた惑星があった。
 カルニスタミアはポートの端まで進み、彼を最初のように持ち上げる。彼の背は宇宙に面し、放り投げられたら終わり。
「死に……たく……」

− 君が誰かの犠牲になるなんて

「何故キュラが貴様なぞの犠牲にならねばならぬのだ」

− 僕、いや私は力なんて何も持ってはいないけれど

「儂は大きな力は持たぬ。王にはほど遠い」

− だから君を幸せにしようとすると同時に、彼女を不幸にしてしまった。

「だからこそキュラを幸せにする時、手段は選ばぬ。例え貴様に死という不幸を与えるとしても、躊躇うつもりはない」

 彼は過去を思い出し、命乞いをするタイミングを失った。
「死ね」
 命乞いをしていたとしても、彼は死ぬことになったであろうが。
 彼は宇宙に放り投げられた。
 誰も守ってくれない空間に。投げ捨てたカルニスタミアは ”それ” を眼で追う。
「最も貴様が真空にも耐えられる異形であらば、この空間でも死にはせぬだろうが……そうではなさそうだな」

 オレンジ色に染まる惑星の中心でひしゃげていった ”それ” を、カルニスタミアは瞬きせずに見つめ、そして形もなくなった所で背を向けた。
 先ほどまで隠れて人々が生きていた惑星は、灼熱ではない ”ゆるり” とした炎に包まれ、焼かれ続ける。
 その大地に海に生きる全てが焼けてゆく。正気を失えない、その熱に。
「ロディルヴァルドよ、貴様のせいで儂の眼前で燃え尽きてゆく人々が憐れに思えぬではないか。貴様がいなければ、貴様等がいなければ、儂は偽善と言われようが愚かと罵られようが、この実験に使われた惑星が燃える様を見て、泣きはせぬが憐れに思い僅かに頭も下げたであろう。貴様が居て、この艦まで逃れてきた事で、眼前の惑星の全てが憎く焼ける様が愉快と思うてしまうではないか」
 そう言い残し背を向けて部屋へと戻った。
 帝星に戻り報告を終えて、第一級の任務である 《桜墓侯爵と名乗られている皇帝陛下と奴隷》 の身辺警護に戻った。
 カルニスタミアはロディルヴァルドを殺害したことをビーレウストには告げていない。必要はなく、ビーレウストが興味を持っているとも思えない。
 キュラが彼に聞くことはなく、彼もキュラに尋ねる事は無い。聞かれるとしたら自分だけだと、古びた安物の扉の前に立って一呼吸置きノックする。
「キュラ、見舞いに来た」
「見舞いなんて頼んだ覚えないけど」
 素っ気ない答えに ”キュラらしい” と感じながら、何時も通りに声をかける。
「話がある。入って良いか?」
「嫌だ、話なんかする気はない。僕とセックスするつもりなら入っても良いよ」

 そしてカルニスタミアは何事も無かったかのように嘘をつく。

「では抱かせて貰おうか」
 ゆっくりと扉を開き、入り口に背を向けているキュラの傍へと近付く。足音に気怠げに振り返えったキュラの表情は、黄金色に例えられる髪に隠れて大半は見る事が出来ない。カルニスタミアが見る事が出来たのは穏やかに閉じられている口元だけ。
「あのさ……」
「あの男は来なかった。馬鹿な男だ」
 カルニスタミアの言葉にキュラの口元が少しだけ動く。穏やかさのあった口元は、直線を引き一瞬の硬直を見せた。それは醜くはないが、寂しげであった。それと同時に満足さをも見せる、一定の方向から見ているのにも関わらず、多彩な感情を見せるその唇。内心はもっと複雑なのだろうとカルニスタミアは感じた。
「本当に馬鹿な男だね。でも此処まで来ても、僕は殺したけどね」
 キュラは窓際に軽く腰掛け、カルニスタミアと向かい、その豊かな黄金色の髪をかき上げる。露わになった表情は何時もと変わらず、複雑に交差してている感情を完全に覆い隠していた。
「無理矢理連れてきたら良かったな」
「そこまで手間暇掛けて貰う程の男じゃないから良いよ」
「そうじゃな。最早何の価値もない男じゃろう」
「何が?」
「お前の母親が最後まで愛していた男という件じゃ」
「価値のない男を愛して人生を終えた愚かな女だ……」
「最後まで愛していた男はお前だろ、キュラ」
「……ふん! あんな女に愛された所で、何もないけどね。この身体の疼きを鎮めることすら出来ない」
「儂の出番といって良いのか?」
 カルニスタミアにキュラが抱きつき、何度か軽くキスをする。
「君は僕を抱くためにこの部屋に来た。そんな下らない報告をするために来た訳じゃない。解ってるのかい?」
 カルニスタミアは背に手を回し、白く美しい首筋を軽く噛む。

 美しいキュラの母親は、普通以下の顔立ちの姉に男を獲られた。男は死ぬまで愚かに姉と気の触れた娘を愛して殺されました。

 物語はそれで良かった。キュラにとって最も納得のゆく終わり。

− 母さん、貴方は馬鹿でした。良い道化でしたよ、本当に、本当に −

 ベッドに押した時、手と髪で顔を覆い隠しているキュラに気付いたが、素知らぬままカルニスタミアは服を剥ぐ。


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