ALMOND GWALIOR −85
 帝国騎士の叙爵は十三歳で執り行われる。
 色情狂の女性皇帝に息子を直接会わせたくなかったファンディフレンキャリオスだが、ラティラン自身は叙爵され帝国軍に足がかりを作りたく ”本人が希望する形” で叙爵式典に臨む。
 当時空位であった 《帝国最強騎士》 の座だが、この頃のラティランはさほど欲しいとは思わなかった。現在の戦況から、毎回死地の最前線に立つ帝国最強騎士の座など、皇帝位を狙う自分にとって邪魔であり、その座が四歳ほど年下のキャッセルという私生児が授かる可能性が高いという話を黙って聞き過ごしていた。
 生まれて直ぐザウディンダルが適性検査を受けていれば、ラティランの行動はまた違っただろうが、この当時誰一人として 《両性具有が帝国騎士》 などとは考えなかった。
 叙爵の時、ラティランは初めて謁見の間に立った。玉座に存在する皇帝ディブレシアはラティランを見て目を細めて笑った。
 狂ったように笑い出したディブレシアを他の王達が宥め、ラティランは帝国騎士になり初陣を果たす。

「ケシュマリスタ王太子の叛意が面白いと? 陛下」
「面白いのではない、余の描く未来に相応しい絵の具だと言っただけだ。アルカルターヴァ」
「叛意を絵の具と言われますか。あの男、類い稀な王太子として有名な」
「貴様には教えてやったであろう。あの小僧の内心、そして叛意」

 管理者であったウキリベリスタルはザウディンダルに ”帝国騎士” の能力がある事を知っていたが、それを語る自由はなかった。彼は ”皇帝” に報告し、口外することを禁じられていた。
 何故に語らせて貰えないのか? 真意を語って貰える事は無いまま彼は帝国宰相により放たれたデ=ディキウレとその配下の手により生涯を終える。

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 エヴェドリット王ガウダシア=ラーディンディルの第五子、ビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダ。

 その特性に目を通した時、ラティランは心中で舌打ちをした。欲しい特性を持っていたが、それ以上の特殊体であったために、他王家が手に入れるのは難しかった。
「断種体でなければ ”ご案内申し上げた” ものを」
 父であるエヴェドリット王お気に入りの第五王子は諦めて、王太子である自分の権力で手に入れられそうな相手をリストアップして再び探し始めた。
「ん……このタイプは」
 ラティランは異母弟達の身体特徴リストに、欲しい特性を持つ者を見つけた。
 ”キュラティンセオイランサ”
 彼はラティランの野望に使う事のできる特性を持っていた。彼だけが使える特性を持っていた為に生かされ、それ以外の異母弟は殺害される。
「如何なさいました? 兄上」
「いや、何でもないよポルシュエルハウ」
「私生児のリスト?」
「父上には秘密にしておいてくれよ、ポルシュエルハウ」
 一歳年下の実弟は、その言葉に頷き真摯に約束を守った。彼は兄が皇位を奪おうとしているなど、想像する事もできなかった。
 王太子であったラティランクレンラセオを慕っていた第二王子ポルシュエルハウ、疑ってもいなかった第三王子デーリベスラベイル、そして誰よりも王太子である実兄を尊敬していた第四王子サイナストナイシュアはもう存在していない。
 破滅する様に仕組んだのは、尊敬され慕われていた長兄ラティランクレンラセオ。それが幸せなのかどうかは解らないが、彼等は自分達がラティランにより破滅した事を知らないまま死んだ。

「リスカートーフォンのイデスアは手に入れられんが、このガルディゼロ伯爵家の差し出した雌が産んだのは 《イデスアの代わり》 として 《女王対策》 に使えるな。それにしても褐色の肌に皇帝顔とは……気に食わんなキュラティンセオイランサ。お前は肌も顔も全て僕の意志に従わねばならぬ」

 あの日から二十五年を経た現在、彼は善王であった。ケシュマリスタ王国の平民や奴隷は彼が支配する平和なる世界を享受している。
 彼が皇帝を目指す限り ”愚民” は平和を与えられる。それは思考を停止させるような甘く中毒性のある支配。
 心地よい世界に良い、人造人間を心から慕う人間を嘲笑うラティラン。彼は世界の全てを嘲笑う為に、人が描いた善良な王を演じ、それをありがたがる愚かな人間を見て楽しみ、その信頼を裏切るような殺戮を行う。
 何が起こったのか解らぬまま殺害される人々を見るのは、ラティランにとって心躍る瞬間でもある。
 そんなラティランクレンラセオにとって排除するべき相手は三名。帝国宰相デウデシオン、外戚王ランクレイマセルシュ、そして皇君オリヴィアストル。
 シュスタークは排除するべき対象ではなく、位を譲って貰う相手であった。その為、割と良好な関係を保っている。
 だがその関係を保つべきか否か? という事態が発生した。
 奴隷の存在。それはラティランにとって、想像もしていなかった出来事だった。
 映像を見れば皇帝は、奴隷の一挙手一投足、髪が風に舞うだけで己の立場を忘れて喜び転がり回っている姿が何時でも見られた。
 その姿は本物だが、本来の物ではない。奴隷が暴行を加えられた際に見せた変容こそが、皇帝本来の姿。あれを前に奴隷の正妃を否定するのは危険だと判断し、正妃にすることは認めたが、出来る限りの反対をし時間を稼いで計画の修正を加えなくてはならなくなった。

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 当時のテルロバールノル王ウキリベリスタルは当時の皇帝ディブレシアの寝所に入っていた唯一の「愛人である王」だった。その彼はディブレシアから色々な事を教えられた。
 ディブレシアが彼に与える知識の殆どは神殿からもたらされた物だと彼も理解しているが、稀に神殿には無い情報も与えられた。
 その一つが、ラティランの叛意。
 宮殿に足を運ぶことも、ディブレシアに会う事も滅多にない王太子の内心を彼女はいかにして知ったのか?
 彼はその情報源が何処なのか知る事なく ”己の策にはまり” 殺害される。彼を嵌めた実弟セボリーロストは情報源を知っていた。
「彼は死んだかね、皇婿」
「ええ。デ=ディキウレが見事に。後は儂の実弟が犯人として処刑されるだけです」
「自分で計画した実弟殺害のシナリオの完成を見られないで死ぬなぞ、可哀想なことだ」
「皇君が言われると、白々しくて」
 ディブレシアの夫達は笑った。その声には喜びはなかったが、憎悪などもない。それは望まない意に従う人形達が、己の内側には意志がありこの行為には反対していると言葉無く静かに主張した笑い。

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 ラティランがキュラを『生かして使う』と決めた日から二十五年が経過した。嘗て己の目前で母親シャディニーナを拷問したラティランに、薄笑みを浮かべて従うキュラだが、その内心は決して自由ではない。
「ラティラン」
 取り次ぎもなく部屋に入る事を許可されているキュラは、挨拶などせずに用件を話し始める。
「どうした? キュラ」
「あのさぁ。情報」
 キュラは己自身を売り続けた。人間嫌いなラティランにより平民帝后の姿を伝える皮膚を剥ぎ、ケシュマリスタの特徴である白い肌を貼り付けた。彼等は ”再生能力” を持つ為に、整形は不可能に近い。
 短期的な整形は可能だが、ある程度の時間が経つと元の顔に戻る。骨を削ろうが筋肉を剥がそうが、それは元の形状に戻る。”元に戻る” 期間は個体差があり、それは再生能力が深く関係してくる。
 部分の変形であれば、該当箇所の再生能力を低下させる事で期間を十数年単位に引き延ばす事が出来るが、キュラは肌全体で職務は軍人で最前線に ”立たされて” いるため、再生能力を低下させることは死に直結する。
「何だ?」
 持って一年の肌と顔。肌の貼り替えはキュラの邸に用意した装置で、一人っきりで行う。初めての時から一人っきりで行っていた、出来なければ 《殺す》 と言われたのでキュラは装置の使い方を必死に覚えた。ラティランは直接的に関与しておらず、キュラの身体の作り替えがばれた所で、ラティランには何の被害も及ばない。
 顔の作り替えが終わる度に鏡で見る自分の姿に、在りし日の自分が重なる。貼り替えられずに顔もそのままで成長できていたら、自分は今と違っていたのだろうかと考えながら、キュラは ”自分の” 肌や顔の最終チェックを行う。
「前にディブレシアの産んだ庶子、その父親が二人生きて居るって情報伝えたけど、覚えてる?」
「当然覚えている。前フォウレイト侯爵リュシアニともう一人が判明したのか?」
「うん。デウデシオンだって」
「ほう……年の頃からいくとニューベレイバ、ジュゼロ、ハーダベイこの三名の何れ、もしくは全員の父親か?」
「ハーダベイ公爵バロシアンが息子らしいよ。裏付けになるかどうかは知らないけど、バロシアンはフォウレイト侯爵の遠縁の娘と結婚話が進んでるでしょ?」
「そうか。他に何かあるか?」
「別に何も無いけど、この情報のやり取りをしている時にエーダリロクが漏らしたんだけど、巴旦杏の塔は稼働させる際にシュスターク陛下用に稼働させたの? 治世から考えたら当然先代ディブレシア帝じゃない」
「……解らんな」
 十二歳のあの日。キュラティンセオイランサの母親と面会後に聞いた、ザウディンダルの誕生。そして ”未来に生まれる男性皇帝” の為に始動した巴旦杏の塔。
 二十五年前に聞いた時に疑問には思ったが、それが自分の取って有意義であることから特に念入りに調べる事はしなかった。

 ラティランクレンラセオらしくない行動だが、それが ”自分らしくはない” とは気付いてはいない。

「そっか、残念。なんかエーダリロクが言うにはウキリベリスタルが絡んでいるらしいって言ってたから、ラティランなら知ってるかな? と思ったのに」
 キュラが笑いかける。
「解った場合、何か有益な情報でも得られそうか?」
 その長いキュラの髪を掴み引く。口づけでもするかのように近付いた
「何かすっごい情報を持ってるみたいだよ。それが何なのかは知らないけれど」
「ふん」
「それと最後に、あんまりあのテルロバールノル王を弄らない方が良いみたい。エーダリロクが不審の目を向けてるよ」
 キュラはエーダリロクが既に気付いているとは告げずに、だが注意を促す。
「何だと?」
「彼は神殿以外の全ての帝国の全システム開発に携わる男だよ。何処かから、カレンティンシスのデータが漏れたんじゃないのかな?」
 ラティランはそれを聞くと、キュラの胸を押して距離を取る。押されてよろめき、体勢を崩しかけたキュラに、
「下がれ」
 それだけ言い、言われた方も何事もなかったように立ち去った。

「巴旦杏の塔の秘密か……それはお前 ”二人” で調べられるのではないか? 何故自ら神殿に立ち入り調べようとしない銀狂……いや、調べられたら困るか。神殿でカレンティンシスの情報開示を行なわれると困るな」


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