ALMOND GWALIOR −83
 一体何が起こっているのだろうか?

 私達は恐怖に戦きながら、宇宙船から降り迎えに来ていた車に乗り込んだ。風景を見る余裕もなく、私とロディルヴァルドは互いに手を握りあい、言いしれぬ恐怖に耐える。どうしたら良いのか? 何の策も思い浮かばない。
「どうした……どっ! 何処に向かっているの!」
 窓の外に広がる風景は、邸に向かうものではない。全く別の場所へと、私達は連れ出されていた。
「止めなさい!」
「何のつもりだ!」
 車には運転席と座席に仕切りがある。私達の叫びなど、運転手には聞こえていない事くらいは解っていたけれども、叫ばずにはいられなかった。ロディルヴァルドはドアをこじ開けようとしたが、
「何だ? この車? 普通車じゃない!」
 ドアは硬く頑丈で、普通車をやっとこじ開ける事の出来る私達の力程度では、全く何の抵抗も取ることができない。
「なぜ? なぜ、軍用の!」
 普通車に見せかける内装を引き剥がしたロディルヴァルドは、そこにあったケシュマリスタ軍の紋様に絶望の叫びを上げる。私達は 《ケシュマリスタ王国軍准将ガルディゼロ閣下》 の元へと運ばれていった。
 私達が連れて来られたのはあの日妹が入院していた病院。あの時は静かで和らいだ空気があったが、今は張り詰めたような緊張感が漂う静寂さに満たされている。私達を乗せた車は裏口を破壊しながら病院に突っ込む。私達は驚いたが軍用車は何事もないかのように走り、二階の踊り場で停止した。車のロックが解除されドアが開く。
 そのドアの隙間から、刺激的な消毒液の匂いが襲いかかってくる。ここで黙っていても何の解決にもならない事は解っているが、恐ろしくて車から降りられないでいる私達の耳に、うめき声が聞こえてきた。
 聞いたことのある声が ”呻いている”
 私とロディルヴァルドは顔を見合わせて、それから我先にと車から飛び降りた。二階の踊り場からは美しい庭園が望めた、窓の外に広がる庭は当時のままの姿を保っていた。

 違うのは、壊れ果てた娘が転がっていた事。

「やっと君の保護者が迎えに来たよ。迎えに来るの遅い両親だね、こういうの役立たずって言うんだよ? 解るかい」
 言いながら金髪の少年は娘の髪を掴み、無理矢理顔を上げる。焦点の合わない瞳と、口の端から大量に流れ出る涎。そしてうめき声。
「汚いなあ、もう。母親に似て醜い上に、狂って涎垂らすなんて最悪だね。馬鹿だし醜いし、変な声上げてるし」
 金髪の少年は娘の髪を掴んだまま引きずり、壁に顔を打ち付ける。
「やあ君達。この汚い物体を持って、出て行くんだね」
 涙どころか声も出ない私達に向かって、美しいケシュマリスタ特有の顔立ちの少年は笑いながらそう言った。
 私は何かを叫びたかったけれども、
「ほうら。そこの醜い女の親戚達だよ」
 言いながら吹き抜けに向かった少年を視線で追い、嘔吐しながら、
「お願い、許して! もう止めて」
 許しを請うた。ロディルヴァルドも同じだった。広いホールに先の尖ったポールが並び、私の親戚は皆突き刺されていた。
 逃げられないように手足の切り落とされ、口も封じられたた胴体が、かつて安らぎを特徴としていた病院のホールに串刺しにされて所狭しと並ぶ。
 私達が何をしたのか? 何故私達の一族が此処まで怨まれるのか? そんな事を考える余裕すらない。
 そんな私が金髪の少年に尋ねることが出来たのは、
「貴方は一体何者?」
 その一言だけ。
「僕はガルディゼロ伯爵キュラティンセオイランサだよ」
 少年はそう言って両手を挙げて人差し指で何かを示す。その視線の先にあったのは……
「父さん! 母さん!」
 頭だけが吊されていた。
「顔は綺麗にしておかないと、判別付かないもんね。よくやってくれたね、アーディルグレダム」
 運転手は目深に被っていた帽子を脱ぎ、少年に跪く。かつての私の婚約者であり、妹の婚約者だったアーディルグレダムを前に、叫び気を失った。

 あの時気を失ったのは無責任だったのかもしれない。確りと立ち、私は逃げなくてはならなかったのに、気を失ってしまった。
 目を覚ますと
「気が付いたか?」
「ロディルヴァルド……ここは何処?」
「解らない」
 私は道の片隅に居た。
 私が気を失った後、金髪の少年に殴られロディルヴァルドも意識を失ったという。そして此処で無理矢理起こされた。
「アーディルグレダムが此処まで連れてきて、そして当面の生活費を」
 形の歪んだ蓋の付いた大人の片腕でようやく抱き締められるくらいの大きさの缶の中に、現金と冊子が入っていた。
「彼は?」
「逃げた」
「逃げた? どうして?」
 ロディルヴァルドは冊子を私に差し出し、タオルで娘の口の端から流れる涎を拭う。
 暴力を振るう事を自慢していたアーディルグレダムは、あの金髪の少年を恐れ逃げるつもりだとメモが挟み込まれていた。それを栞代わりに私はその手記を時間を掛けて読んだ。直ぐに読みたかったが、居場所や生活に時間を取られ読み進める事ができなかった。

 アーディルグレダムは妹との婚約が破棄になった後、別の女性と婚約したが、素行が知られて破棄された。昔暴力を振るった妹が王の愛妾として有名となり、妹に暴力を振るったアーディルグレダムは何処の家でも敬遠し、また彼の実家も疎遠になりたがった。
 荒れた生活を送っていた彼の元に、暴力的な仕事が舞い込んで来たのは今から一年前。
 ”その腕前と残酷さを見せて欲しい” と言い、彼に親兄弟を殺させた。荒んだ生活をしていた彼は、両親が金をくれないのが悪いのだと、躊躇いなく殺した。その時はスッとしたと、彼は書いている。
 雇い主の背後から現れた ”本当の雇い主” が、私達が見た金髪の少年。
 彼は自分の事を 《ガルディゼロ伯爵》 と名乗った。
「あのジジイから代替わりしたのか?」
「そうだよ。それと口を慎むんだね! 僕は王の庶子だよ!」
 腕が動いたことすら解らないまま、彼は壁に叩きつけられ無様にずり落ちた。何が起こったのか解らなかった彼だが、
「僕に従わないと、もっと暴力振るうからね? 君は強い人間が暴力で人を従わせるという思想が大好きだそうだから、解るね? 僕は君より強いから、君は従わなければならない」
 その言葉とやっとの思いで見る事の出来た少年の笑顔を前に、人生で始めて恐怖を覚えたという。
 彼は 《ガルディゼロ伯爵》 と名乗った少年の手足となり動いた。ロディルヴァルドの一族を殺害する時も、そして私の親戚を殺害する時も少年の命じるままに動いた。少年は少しでも気分にそぐわない動きを取ると、彼を容赦なく殴った。偶に頭蓋が弾けて己の脳が己の目前に散る。
「弱っ。君がシャディニーナを殴って腹を立てた気持ちが良く解るよ。そしてエヴェドリットの言い分も少し解るなあ。殴られて怪我する方が悪いって、きゃははははは!」
 彼は殴られて無抵抗になっていった妹の気持ちが良く解ったという。最早恐ろしく、また殺害も残酷で酸鼻を極め彼は付いてゆけなくなった。
「上級貴族は所詮上級貴族でしかないねえ」
 ファンディフレンキャリオス王の血を引くという少年は ”もう自由にしてください” と懇願した彼を罵り殴りそして嘲笑う。
 幼い私達の娘が恐怖で涙する姿に、今まで無かった感情が絶え間なく彼を襲い、動きを鈍らせる。
 ”何故俺は、この感情を昔……持ち合わせていなかったのか……”

「指示通りにやったら、君を開放してあげるよ」

 彼は最後に娘を指示通りに痛めつけた。

”逃げたかった”

 彼が何処に逃げたのか、未だ無事なのか解らない。私が此処で知ったのは、この惑星は治外法権であり、立ち入る事は容易い部類に入るが、旅立つ事はできない惑星だと言う事。
 そしてあの 《ガルディゼロ伯爵キュラティンセオイランサ》 は偽物だと言うこと。それを伝えようと今まで必死に生きて来た。

**********

 ラティランクレンラセオ王太子には似ていなかったけれども、ガルディゼロ伯爵の血よりも皇帝側の血が強い、はっきりと王の私生児と解る顔をしていた。

**********

 本物のキュラティンセオイランサの伯母と名乗る人物の話をビーレウストとカルニスタミアはキュラ話を聞き終えた。
 カルニスタミアは持って来た冊子を ”持て” と命じ、部下の一人が彼女から受け取り差し出す。
 主観でしかない彼女の語りと、真偽の程は解らない男の手記。
 カルニスタミアは頁を捲りながら彼女の言葉を思い出し、話に齟齬がないかどうか照らし合わせる。
「どう思う?」
 彼女の訴えを聞き終えてから、先に口を開いたのはビーレウスト。
 ビーレウストはこのような出来事に対する判断力が低い。戦闘用の特徴が強すぎる為に、平素 《血の通った判断》 という物が全く出来ない。
 このようなタイプは冷静な判断や、冷徹な処断が下せるように思われがちだが、それ以前の常識の部分でビーレウストは躓いてしまう。基準になるべきものが全て戦闘である為に、それを除外した判断は逸脱してしまうのだ。幸いビーレウストを育ててくれた故人である兄帝君は、特性を理解し判断力の高い友人エーダリロクの判断を仰ぐようにと教えた。
 幼い頃はやや反発もあったが、成長すると同時に己の通常判断能力の低さを理解し、またエーダリロクの判断能力の高さをも知り、自分で判断を下してはいけない場面では決して判断しないようになった。
 実はビーレウストとキャッセルは殆ど同じ特性を持っているのだが、育て方を知らなかったフォウレイト侯爵に預けられ幼少期適切な対処を行われなかったキャッセルと、この特徴が多く出るリスカートーフォンに生まれ、理解している王が自ら初段階で適切な対処体制を敷くように指示を出されたビーレウストでは、後年になって大きなの差が出た。
「キュラの言動は一族特有の物がある。あれはケスヴァーンターンの血を引いていない限り出てこない言動じゃ」
 そしてビーレウストがもう一人、判断を仰ぐ相手がカルニスタミア。
 エーダリロクが ”判断力や認識力もそうだが、俺より精神レベルは遙かに高い” と言うカルニスタミア。
 カルニスタミアもビーレウストが判断を下せない事は理解しているので、この惑星の支配には何ら関係していないが状況を収める必要があるだろうと、意見を包み隠さず語る。
「ですが! あれは偽者で」
 カルニスタミアは手記を閉じ、彼女に厳しい視線をぶつける。
「貴様が強固に言い張る理由は何じゃ? 偽者だと言い張るからには儂等に提示できる確たる証拠はあるのじゃろうな?」
 キュラティンセオイランサを偽物だと言い張る女性を前に、理由を述べろと言い返す。
「はい! 妹の息子は褐色の肌に、特徴的な皇帝顔でした! 今ガルディゼロを名乗っている男は、白い肌にケシュマリスタ顔です! これが何よりの証拠です!」
 女性の言葉にカルニスタミアは言葉を失い、
「あ……」
 ビーレウストは思い当たる事があり、小さな叫び声を上げた。
 エーダリロクが観て居た映像をビーレウストは思い出す。
 黄金の髪に褐色の肌、そして皇帝顔の特徴を兼ね備えたその少年

**********

 それは断片。無数の欠片

 少年は満面の笑みを浮かべていた
 幸せだったのだろうと、その映像を見ている男は思った
 ”幸せだった” 過去形になっているのは
 男が今の少年を幸せだとは思わないからだ
 勝手に不幸せだと判断された少年は、男に向かって何と言うだろう

 男は拾い集め、復元した

**********

 ビーレウストは頷く。その頷きが何を示す物か? それは聞かなければならない事だが、それを聞かずともカルニスタミアは此処で女性に対し王子としての処断を下す事は出来る。
「それに関しての証拠は……」
 彼女は ”キュラティンセオイランサ” を知っている人の名を挙げた。だが二名ほど挙げた所で、カルニスタミアは制止した。
「必要ない」
「ライハ公爵殿下、それでは」
 女性はカルニスタミアの言葉に期待を込めて聞き返したが、返ってきた言葉は全く違った。
「ガルディゼロ侯爵キュラティンセオイランサは、金髪に白い肌のケシュマリスタ顔の男以外ない」
「いいえ! あれは偽者で」
 何故解ってくれないのですか? そう非難がましく腰を浮かせて声を上げる彼女に、
「貴様にとって偽者であろうとも、皇帝陛下が先代ケシュマリスタ王ファンディフレンキャリオスの庶子であることを認た男は、儂等が知っているキュラティンセオイランサであり、貴様の知っている容姿を持つ男ではない」
 カルニスタミアは迷い無く言い切った。
 はっきりと言い切るその横顔を観ながら 《俺だったら悩む所だよなあ》 ビーレウストは自分を考える。
 ビーレウストは判断を瞬時に下す能力は低いが、考える事をしない男ではない。此処でカルニスタミアの意見を聞き、全てが終わった後にこの考えに至った道筋を当人に聞き、それをなぞる。
 この繰り返しにより、ビーレウストは己の生まれつきの支配能力の低さを補っていた。
「ですが……」
 カルニスタミアの怒りなど含まない、苛立ちをぶつけたわけでもない、王者然たる声と口調に彼女は言葉を繋ぐことが出来ずに、憐れに浮かせた身体を沈める。
「現ケシュマリスタ王ラティランクレンラセオもガルディゼロ侯爵を異母弟として認めている。貴様が何を言おうとも覆る事は無い」
 それだけ言うとカルニスタミアは立ち上がり、ビーレウストの腕を引き部屋から出て、彼女を逃がさないように、そして彼女の家族を此処に連れて来るように命じ、自らの艦隊を呼びよせた。
「ビーレウスト」
「何だ?」
「現ケスヴァーンターン公爵家の血統は 《マルティルディ》 だが、本当はイネスのサウダライト」
 本当はその時のケシュマリスタ王太子マルティルディが皇帝になる筈だったのだが、諸事情により傍系のイネス公爵ダグリオライゼがサウダライト帝として君臨することとなる。
 現ケシュマリスタ王家はこの系統の王家。
 王家が皇統名を使う訳にはいかないので、当時最も近かったケシュマリスタ王の名を冠した血筋を名乗っていた。
 初の傍系皇帝サウダライト、彼は初傍系皇帝の他にもう一つ有名な者を持っていた。帝后グラディウス。
 今ザウディンダルが持っている藍色の瞳と、褐色の肌が特徴的な貧しい村出身の少女。
「儂がケシュマリスタ王国に居た時、王族数の少ない王家ではあるが、一人として帝后の特徴を持った者はいなかった……肌の色変化と整形が行われているとしたら、キュラの精神が ”蝕” なのも納得できる」
 元の色と形に戻ってしまう彼等の姿。それを維持させるために何度も整形や色変化を繰り返している場合、
「キュラの再生能力があまり高くねえから、変形処置スパンが長いのは間違いねえな。次にくる変形処置に ”恐怖” を感じる期間が長い訳だから……俺の一族と互角張るくらいに狂いやすい一族だってのによ」
 次の形成および変形措置が行われるまでの間が長く、それは恐怖と共に神経を蝕んでゆく。
「だがその変形が王族の一員の条件じゃとしたら……」
「俺達にはどうしてやることも出来ねぇなあ」

 自らの容姿を狂信的に愛おしむキュラティンセオイランサの一端に触れる事になった二人は、両者ともそれが存在する世界を拒むかように瞼を閉じた。
 例え瞼を閉じたとしても、世界は拒否出来ないことを知っているが、彼等はどうしてもそうしたかった。


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