「お前の弟は本当に人間の女嫌いだな」
ザセリアバは「鼻穴で精神感応開通しちゃった、一応友」に話掛けた。
「全く……性欲の六割を人間の女に向けていれば、残りの四割には口を出さぬと譲歩してやったのに」
それは譲歩なのか?
「残り四割の内訳は?」
「人間の男:爬虫類:その他の生物:自分に1:1:1:1だ」
「エーダリロクにナルシストな面は無いような」
「エーダリロクではなく 《銀狂》 に関してだ」
「……ああ、そう言うことな。残りの自分一割は良いとして、メーバリベユに興味がないなら、我にくれぬか?」
「食べるつもりか?」
「違う。いい女だからアシュレートにでもくれてやろうかと思ってな」
ザセリアバはアシュレートの気持ちに何ら気がついていないが、二人が割合友人として仲が良いことは知っているので ”顔見知りなら、いいんじゃないか?” という事で話を持ちかけた。
「断る。何でいい女をくれてやらねばならぬのだ。メーバリベユは弟の妃だ」
「その弟が人間嫌いだからだろうが」
「何故あれほどまでに人間嫌いになったのやら」
「……理由は解らんのか?」
「原因不明だ。だが私の記憶では、幼少期は人間の女好きであった」
この発言は意外だった。ザセリアバはてっきりエーダリロクは 《生まれつき》 人間の女が嫌いだと思っていたので。
「幼少期って幾つくらいだ?」
「二、三歳の頃は確実に女が好きだった。二人で召し使いのどれが良いかを選んでいたのだからな」
ザセリアバだけではなく殆どの人、ビーレウストですら 《そう》 思っていること。
「何でまた……」
だがよく考えれば、幼少期より爬虫類好きだった場合、ランクレイマセルシュはもっと早くから実弟の性交渉に注意を払うはず。
それをしなかったということは、ランクレイマセルシュの中に 《人間の女に興味を持っていた弟》 が意識しないでも存在していたことになる。
「知るか! 何をする気だ! ザセリアバ」
ザセリアバはランクレイマセルシュの顔を両手で挟み込み、顔を近づけた。
「なあに、ちょっと記憶を覗いてみようと思ってな」
「何のために!」
「もしかしたらお前が見ていても、同族故に気付けていない箇所があるかも知れないだろう? エーダリロクの女嫌いの理由、探らせろ」
「解った……」
両者とも 《探れる自信》 も 《知っている自信》 があったわけではないが、
「………………」
「どうした? ザセリアバ!」
ザセリアバはのけぞった。
自分の中に何らかの理由が存在したことに驚くランクレイマセルシュに、
「お前……子供の頃から……うわっ!」
「なっ! 何だ?」
「ランクレイマセルシュ、我はやっぱり女は腰だと思うのだが」
記憶を整理しながらザセリアバは語りはじめた。
「何の話だ」
「エーダリロクが女嫌いになっても仕方ねえような気がするぞ。お前、忘れたってか……罪深い兄王だな」
**********
二歳のエーダリロクと七歳のランクレイマセルシュは仲良く庭で侍女を見ながら、
「あれが好みだ」
「へえ〜」
好き勝手な事を言っていた。
ロヴィニアで七歳くらいというと、早熟なのはそろそろ……と言った年齢。
女好きなランクレイマセルシュが周囲にいる女に性的な興味を持ってもおかしくはない。
「あの侍女の胸が良いなあ。巨乳も良いが形も重要だ」
ランクレイマセルシュが、シュスタークの妃にするべく自国の平民を選んだ時の条件も《胸》であったほど、胸好きだった。
実はメーバリベユ侯爵も胸の形が良かった。『才能は申し分ない、血筋は三代続けて女性だけしか生まれていないから期待が持てる。そして容姿は普通だが、脱いだらこの胸は中々だぞ!』なる判断で選ばれた。
成長した現在は胸の多種多様な形を認めているランクレイマセルシュだが、若い頃はとにかく形と張りに拘った。
若い頃には良くある……七歳だが。
「兄者は腫れてる胸が好きなのか!」
「はっきりと言うが、好きなのは女の胸限定だ。それも貧乳やツルペタではいかん!」
二歳児相手に何を言っているのか? というか、兄として甚だマズイ事をいっているのだが、ランクレイマセルシュ当人が性に興味を持って浮かれていた事と、エーダリロクが賢く、二歳にしては 《ある程度》 普通に話が出来る状態なので、そのまま続いてしまった。
それが悲劇の始まりである
「つるぺた?」
ランクレイマセルシュは実弟に女の胸の膨らみの素晴らしさと、将来やろうとしている事を惜しげもなく語った。
普通の二歳児に語ってはいけないことも、生まれつき七枚舌標準装備のロヴィニアは、勢いに任せて語りに語りまくった。
「ぽん! とあった方が良いんだ」
兄王子が情熱を持って語る胸に、まだ純粋だったエーダリロクは普通に感動して答える。
「無論だ。女は胸だ!」
手を動かし、揉み方まで熱く語る兄王子に……普通はかける言葉はない。
**********
「言われてみると、エーダリロクとそんな話をしたような……記憶が甦ってきたような気がするが、それがどうした?」
ロヴィニアの猥談はエヴェドリットの殺人語りと同じで、珍しいことではない。
「その先ってか、その時の状況。お前等中庭でティータイムだったんだろ?」
侍女の胸を揉むまで進んだ会話は、次の段階へと進んでいた。
「ああ……?」
「よーく思い出せ。テーブルの上のフルーツの盛り合わせ」
「……っ!!」
ランクレイマセルシュは 《これが二つの胸ならいいな!》 とテーブルにあったフルーツを二個ほど掴んだ。
七歳のランクレイマセルシュは既に手袋を装着している年齢で、王子なのだから果物の皮むきなどしたことはない。
「あの時、あの場にあった林檎は小さくて……」
エーダリロクは帝国騎士になることが生まれつき決まっていた為、幼少期より軍人仕様の育てられ方をしていた。
シュスタークが二十三歳過ぎてから挑んだ ”一人でトイレ” も、世間一般的な年齢で教えられていた。
賢くて指先の器用なエーダリロクだが、まだ幼かった事もあるので一人で用を足しやすいよな軽装。少し汗ばむような季節に、ベルトもついていないズボンにタンクトップ、その上にチュニック。これもベルトは使用していなかった。
上に着ていたチュニックはそれなりに豪華だったが、内側のタンクトップはシンプルで脱ぎ着の訓練用に伸びが良い。
「林檎掴んでりゃあ、こんな事にはならなかったんじゃねえのか?」
そしてエーダリロクも王子。
兄者と呼んでいた王子と同じく、果物の皮を剥くのは給仕の仕事だと思っている。
「あ……ああ……」
ランクレイマセルシュが林檎は小さいが、これは良いと掴んだのは《桃》
よりによって 《桃》
これが此処にあると良いんだ! と叫びながら当てた七歳の王子と、同じように桃を掴んで、
「むね〜」
「お前の体には少し大きすぎるが、形はいいな!」
エーダリロクはチュニックの下からタンクトップの中に桃を入れてしまい、ランクレイマセルシュはそれを見て、そうそう! とエーダリロクの桃胸で一緒に遊んでしまったのだ
その後エーダリロクを桃の産毛が襲う
「人を食う時も、毛が気になるタイプのヤツはいる。かくいう我も毛が嫌いな方だ。だから焼いて食うんだが」
『かゆい! かゆい! かゆいよぉぉぉ! いたいよぉ!』
『? 桃になんだ? この産毛は? もしかして胸にこの産毛のようなものが刺さったの……か?』
チュニックをたくし上げて、タンクトップから桃を取り出すランクレイマセルシュと
『もものうぶげがっ! もものうぶげが! うぎゃああ!』
泣き叫ぶエーダリロクがランクレイマセルシュの記憶の中に確かに存在していた。
「お前等の食人行為はどうでも良い……が、理由としては……毛が嫌いになったのか……」
ランクレイマセルシュは全てを思い出し、冷や汗をかく。
「お前の弟、毛生えてる生物と触れ合うの嫌いなんじゃねえのか?」
あまりにも的確に思えて、言い返すことが出来ない。
「いや、だが……エーダリロクは桃嫌いではないぞ」
明察なる頭脳を自負するランクレイマセルシュにしては、面白みの欠片もない言葉を力なく吐き出す。
「あまりのことに記憶封じてるんじゃねえのか? お前も我が引き出すまで封印していたじゃねえか。一度精神を……精神を……」
エーダリロクは内部に 《銀狂》 を宿している為、滅多なことでは精神鑑定などはできない。
《銀狂》 の中では最も安定している 《第一の男》 だが、下手に揺すぶりをかけて戻らなくなってしまったら、ランクレイマセルシュだけではなくシュスタークの身すら危ない。
幼少期のトラウマを取り除く際に確実に触れる事になってしまう 《銀狂》 はあまりにも危険、だが深層心理に潜む 《桃の産毛の惨劇》 もあまりに残酷。
ランクレイマセルシュは両者を測りにかけて、
「……メーバリベユに離婚と再婚を勧めてみる」
そんな判断を下す。
「じゃあ、離婚させたら我にくれ。アシュレートにくれてやる」
「誰がやるか。王太子の妃か私の妻にする。離婚原因が 《桃の産毛によるトラウマ》 など公表できるか! 公表しないにしても、あのメーバリベユを説得する際には原因を語らねばならぬ。そうなってしまえば有責なのはロヴィニア王家。お前のアシュレートにくれてやるとしたら、相応の慰謝料を支払わねばならぬだろうが!」
「うん、お前の用意した慰謝料で軍備を」
「口止め料は支払ってやろう。いくら欲しい?」
かなりの金額を提示されたが、ランクレイマセルシュはそれを受けた。むしろ、そのくらいの金額を提示されなければ安心しなかっただろう。
ザセリアバもランクレイマセルシュの性質は知っているので、一括払い以降はこの話を触れないことを確約する為にも、相当額を要求しなくてはならない。
「桃の産毛か……まさか、あの時の桃の産毛で此処まで苦労するハメになるとは……桃の産毛め……桃の産毛ぇ!!」
金を振り込むために部屋へと戻るランクレイマセルシュを見送った後、
「……ぷっ!」
ザセリアバは笑いをかみ殺して悶えていた。
「何を……何があった?」
仕事で呼び出されていたアシュレートが訪れた時、部屋で大声を上げて笑えば良いのに笑わないで苦しんでいる実兄の姿。
「よ、よぉ……アシュレート」
「なにかあったのか? それとヴェッティンスィアーン公爵は? 今日はあの公爵にも報告があるから」
ザセリアバとランクレイマセルシュは、アシュレートからの極秘の情報を受け取る為に一緒にいたのだが、二人とも桃の産毛で綺麗さっぱり忘れ去っていた。
「ひ、ひー……きょ、今日の所は、勘弁してやれ」
涙と笑いをこらえて転がっているザセリアバを ”表情がない” と言われることの多いアシュレートは、本当に表情を殺して見下ろす。
「ひぃーひひひ! 桃! ももぉぉ!」
”ザセリアバ、本格的に壊れた……のか?”
「桃、桃」言いながら転がる兄に、かけられる言葉があるとしたら、
「桃食べたいなら、買ってくるぞ?」
このくらいだろう。
「ひゃひゃひゃ! おまえ! 我を、笑い殺させ……ひぃーももぉぉ!」
「ああ、母さん。我だ、アシュレートだ。どうしても聞きたい事があるのだが良いか? 感謝する……母だから感謝しなくても良いと言ってくれても、そちらはもう新しい家庭もあるし、リエンゼンは元気か。そうか……それで、ザセリアバの事なのだが。ザセリアバは桃に何かトラウマでもあるのか? いや、昨日から ”桃” という単語を叫びながら笑い転げていて……解らないか。いや、気にしなくても良い。うん……まあ、壊れかけてはいるが。いやあ、ザセリアバにもしもの事があっても、ザセリアバの息子を押しのけて玉座に就く気はない。確かに摂政になる必要は出てくるが……あ、ああ」
次男は再婚した母に連絡を入れて、王国の未来をかなり真剣に案じていた。
**********
そんな真剣なザセリアバ王の実弟よりも年下の、あまり王国の未来などを案じない生粋エヴェドリットな叔父ビーレウストは、
「よぉ、エーダリロク」
「ビーレウスト、どうした?」
事件の発端の邸を訪問していた。
「ランクレイマセルシュがついにお前とメーバリベユの結婚諦めたって聞いたぜ」
「なんかな、兄貴もついに諦めたらしい。王妃の座を提示されたんだから、悪い取引じゃねえと思う」
正式な離婚ではないが、王が王妃の座と王太子の座を提示したのだから、さすがにメーバリベユ侯爵も受けるのではないか? と誰もが彼女の決断を知りたがっていた。
「そうだな。だけどよ、何でいきなり諦めたんだ?」
「さあなあ。ところで、ビーレウスト。何持ってきたんだ?」
兄の心境の変化など興味のないエーダリロクは、ビーレウストの持っている大きな箱の方に興味があった。
「桃。ザセリアバが手前の所に行く時に持って行けって、直々に持って来たからよ」
ザセリアバ、何とか立ち直ったらしい。
「なんで?」
「知らねえ。何か手前に作ってもらいたいモンでもあんじゃねえの?」
「何だろうな。でも考えても仕方ねえから、食ってみようぜ! ……そう言えば、ビーレウストと一緒に桃食うの初めてだな」
「そうだな。俺は丸かじりだけど、手前は?」
「俺は皮剥いてから食べる」
エーダリロクは皮を剥く様に指示を出す。
「そうか」
二人は仲良く中庭のベンチに腰掛け、
「美味いな」
「本当に……でも俺、桃最後に食ったの親父が生きてる頃だったような気がするな。何で食ってなかったんだろう?」
「偶然食うタイミング外してたんじゃねえのか? バイロビュラウラ王が死んでからかなりだが、そんな事もあるかもな」
「不思議だな」
美味しく桃を頂きましたとさ。
《終》