ダーヌクレーシュ男爵 ウィリオス=ヲウィリア・クレスケン・ヴァイドミアーズは、
「御目出度うござっ……」
人々から、上辺だけの祝福を、
「おめでたいことっ……」
受け取っていた。
祝福を述べる者達の語尾が途切れるのは、笑いが九割残りの一割は同情。
死ぬほど不機嫌な花嫁と腕を組み、彼は歩いていた。
「赤を押し通して良かったな。お前にゃあ白は似合わねえ」
花嫁に 《白の花婿衣装にするべきです! 陛下から許可をいただいたのですから!》 と念を押され特注された衣装は、自分の主であるエヴェドリット国王の命令によりミサイル爆撃を受けて灰燼に帰した。
「似合うわよ、ウィリオス。エヴェドリット男は赤を着なくては」
手を叩いて褒めている姉のナディアは実行犯。
実姉が義理姉と花婿衣装で戦っているのを彼は観ていた。観ているだけで何も出来なかったのは、誰も責めはしない。
そう義理の弟となった軍人エシュゼオーン大公(カッシャーニとセベルータの実弟。クロトハウセの従兄弟で、同好の士で軍人)もその場にいたのだが、止めなかった。
止められなかったというのが正しいのだが。
皇王族最強女大公カッシャーニと、戦闘王国最強王女ナディラナーアリア=アリアディアの戦いをどうやって止めようか?
嘗てあのサフォントをもって「和解は不可能なり」とまで言わしめた二人の戦いに割って入る気概、実弟二人にはなかった。
そんな気概があったら、血筋的に一人は皇帝に一人はエヴェドリット王になっていることだろう。
花婿衣装を守りきれず、怒った姉セベルータ大公にボコボコにされ続けるエシュゼオーン大公。彼すらダーヌクレーシュは助けられなかった。セベルータ大公は非戦闘員なのに、戦闘員のエシュゼオーン大公を医局送りにしてしまった。
彼を医局に運び込んだダーヌクレーシュ男爵は ”死なない程度に……頑張って……ください……” との言葉を祝辞として受け取るハメに。
ちなみ彼は未だ医局で治療中
『何で俺、ここで結婚式挙げてるんだろう。嫌なら俺じゃない違う人と結婚すりゃあ良いのに……勅命ってもさあ……』
美しき青空の下、ダーヌクレーシュ男爵がそう思ったとしても仕方ない事だった。
ダーヌクレーシュ男爵が不機嫌なセベルータ大公と腕を組んで、歩いている原因・サベルス男爵は実姉にがっちりと固定されていた。
義理兄であるサベルス男爵に対して、ダーヌクレーシュ男爵は悪い感情は持っていない。医局送りになったエシュゼオーン大公も悪い感情は持っていない、もっともエシュゼオーン大公は同性愛者的な視点から見て 『好意』 を持っているが、それを言ったが最後、粉々にされるだろう。
帝国の花婿(サベルス男爵)争奪戦は、後宮の大女怪の死後、未来のアジェ伯爵である姉の手に落ち、手に入れられなかった大公には皇帝陛下の勅命でダーヌクレーシュ男爵が与えられた。
勅命の時点でダーヌクレーシュ男爵の意志は考慮されないが、セベルータ大公が本気で拒否したならば
『陛下は潰してくださったと思うのですよ』
態々従妹であるセベルータ大公の結婚式に、最愛の弟にして皇君エバカインを同伴して出席しているサフォント帝に挨拶をしながら、彼は思った。
思ったがセベルータ大公が受けてしまったので、最早……
そもそも結婚話が出た時、ダーヌクレーシュ男爵は拒否した。彼の主は簒奪を目論む、一大勢力を持つ軍閥国家の王。
だがその軍閥王は拒否を受け入れなかった。
受け入れなかった理由というのが、彼の母親アジェ伯爵が乗り気だったという所にある。
軍閥王ゼンガルセンはアジェ伯爵には世話になった。
世間一般的には世話になった人の意志を……だが、ゼンガルセンは自分に対して影響力の強すぎるアジェ伯爵を既に嫌っていた。
アジェ伯爵は自分を疎ましく思っているゼンガルセンに、覇王を確かに見て喜びを感じ最後の仕上げをする事に決めた。
『我を疎ましいと思うならば、我を戦死させよ』
『お前を戦死させるには、どうしたら良い?』
『娘と息子が結婚したら、戦死してやろう。孫まで見たいとは言わぬ。次代国王の顔を見ただけで充分』
ゼンガルセンとしては、ダーヌクレーシュ男爵がとっとと結婚しなければ疎ましい権力者アジェ伯爵を排除できないので、
「セベルータと結婚しろ」
なってしまったのだ。
散華の一族、結婚如きで母親の最後の道を閉ざす訳にもいかず、仕方なしに花婿になることとなった。
それだけでも悲惨なのだが、乗り気ではないセベルータ大公に皇帝は色々と譲歩を提示する。
普通の譲歩は金や領地、栄誉などだが、史上最強の名君はそんな譲歩は提示しなかった。
《ダーヌクレーシュが浮気したら、余があれの尻をもらう》
何の譲歩なのかさっぱり解らない譲歩。
譲歩と言う言葉の意味を辞書で引いて下さい! とダーヌクレーシュ男爵が叫んでも誰も文句を言わないが、帝国は皇帝の言葉が絶対なので逮捕はされるだろう。
ダーヌクレーシュ男爵は尻を押さえながら ”絶対に浮気しません” と顔合わせの際に妻に語る事となり、それが後押しとなり二人は結婚が正式に決まった。
浮気をしたら皇帝に献上される可愛らしい顔の男は、凛々しい顔立ちの女性と共に式を終え、パーティーを終えてから並んで歩き初夜のベッドへと向う。
ダーヌクレーシュ男爵は初めてではない。セベルータ大公が初めてかどうかに関しては男爵は知らないが。
本来なら検分云々がったのだが、忙しさと最後まで調整が上手くいかなかったため(調整=実姉と義理姉の戦い)今夜が本当に初めての夜だった。
気品と美しさには申し分ない彼女と向かい合うダーヌクレーシュ男爵。だがその視界の端に、
「余の事は気にせずとも良い。検分しておるだけだ」
宇宙で最も高貴な御方が、最愛の弟君を連れて立ち会っていた。肩をすぼめて頭下げ気味の皇君に ”申し訳ありません……” と思いながら、
「は、はい……」
行為を開始したダーヌクレーシュ男爵。だが、陛下の視線が厳し過ぎて、身体を繋げる事ができないまま夜が明けてしまった。
「情けない男ね! ナディアの弟なのに! 陛下の前で恥をかかせて! 私の身体はそんなに魅力的ではないと?」
「いえいえ……」
陛下の視線で尻が痛くなったとは、とても言えないダーヌクレーシュ男爵だった。
《終》