午前中は教会での研修。午後の課題は自ら考えて行う。
ヒルダは午後の課題をしっかりと決めていた。決めたからこそ、マシューナル王国首都での研修を選んだとも言える。
「姉さん! 頼みがあるんですけど」
この地上で”もっとも依頼してはいけない人”であろうドロテアに、自由研修の成果を勝手にかけていた。
「金は貸さねえぞ」
「お金じゃなくて、選択科目を上乗せしたいので、魔法練習につきあってください」
神学校に入る前に、ヒルダから見ると自在に操り、ヒルダの反復練習にも付き合ってくれていた。十年近く前に使え「姉の性格」からしたら、もっと進化しているに違いないと、信じて疑っていなかった。
「解った。それで、どの系統だ? 神聖じゃねえよな?」
神学校では原則として「神聖魔法」いわゆる「法力」しか教えないとしている。
精霊魔法は認めていない神の力を使役するという面があるので、そのように言っているのだが実際は”教える”
怪我の治療を主とする「法力」ゆえに、あらゆる怪我に対応できるようにしなくてはらない。
切り傷と刺し傷の治療方法は違う。火傷も「魔法による炎で負った火傷」と「普通の火による火傷」の治療方法は異なる。
魔法による怪我と通常の怪我の何が違うのか? その仕組みを教える過程で、魔法の講義も必然的に受けなくてはならない。
魔法使いのテリトリーを侵害するほどではなく、聖職者としての範囲守る。
そのような態度を保っていた神学校だったが、約三十年ほど前から、ひっそりと、だが確実に変わり始めた。
魔力の高い子供を集めた、悪名高い「死せる子供たち」
これが長年保たれていた魔法使いと聖職者の均衡を破壊した。
「魔法使いの弟子」これは素人目でも、魔力の高さが簡単に判断ができる。その中でも特に「魔法使いの優れた弟子」は当然目を付けられ、教会が神の名の元に、誘拐とほぼ変わらない状態で大量に集め首都へと送った。
在野の魔法使いの”お手伝い兼生徒”から、宮廷魔道師の”弟子”まで、ことごとく集めて送られた結果、教会内に魔法を使える者達が増え過ぎてしまうことになった。
無理矢理集められた弟子たちは、結果として高位に就けた者はいなかった。弟子たちが「魔法とは別次元に位置されているお方だ」と認めたリク最高枢機卿、現在の法王アレクサンドロス四世。
法王と競い、時期法王候補であるセツ枢機卿。
人買いが連れてきたと噂される「魔法使いに師事することもできなかった、貧家の出」であるトハ、そしてエギ。
この桁違いの実力の前に道が閉ざされた。ただパネのように「派」を選べたのなら出世の可能性はまだあったが、弟子たちは「魔法使い」であったことが災いし、魔法国家とも言えるハイロニア群島王国出の枢機卿バルミアの配下におかれ、彼女亡き後は同国出身のファルケス大僧正が統括を任された。
バルミア、ファルケスが属するのは最大派「ザンジバル」
特に後任のファルケスは、己の教会内での権欲と、自分の国が脅かされないようにすることを考えて「魔法使いの弟子たち」の自由を完全に奪った。
登ることは叶わず、その場に立ちすくみ「エド法国海軍」の動力となるべく、そして動力を増やそうと魔法教育の強化に踏み出す。
「もちろん精霊魔法ですよ。土属魔法で使えるランクはほとんど網羅しました。試験自体は合格できると思うのですが、その判断を下してもらえれば。あとは余裕があったら完成度を上げたいなと。魔法使いを雇って習おうかなと考えたんですけど、姉さんが魔法を使えることを思い出したので」
精霊魔法が使えたところで出世はしない。その建前は崩れてはいない。ファルケスはあくまでもハイロニアという国家が推している家臣であって、魔力でその地位に就いたとは、誰も表だって口にすることはない。
判断基準はあくまでも「法力」だが「魔法」の授業は着実に増え、施設も教師も充実してゆく。
人々の安らぎにはなんら関係はないが、学生の本分として存在している以上、
「解った。演習場を借りにいくぞ。ついて来い」
習得して損はない。
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首都には魔法使いの練習所なるものが”二種類”存在する。
二種類とは設備が違うのではなく、経営している母体の違い。国が所持している演習場と、各宗教学校が所持している演習場。
大きめな町には、町が経営管理している演習場も存在している
元々魔法で生計を立てている「魔法使い」は顧客を求めて人の多い場所に集まる傾向が強い。
国内で最も人が多いのは、当然ながら首都。
そして集まった魔法使いは、顧客を得るために活動する。その活動の一つに魔法教室も含まれる。
魔法使いが魔法を教える。魔法使いが集まるということは、未熟な魔法使いも同時に増えるのだ。未熟なものは、大きな力を持ったと勘違いしてやたらと魔法を使いたがり、暴走を起こす。
未熟とはいえ魔法を使われると、普通の兵士では危険なので、魔法使いを専門に逮捕する雇われ魔法使いが現れ……と、そんな様々な魔法使いの生活が存在するのも、首都ならでは。
未熟な魔法使いも、育てれば化ける。それは多くの人が知り、優秀に育った魔法使いは欲しいと思う者が多い。
化けるまでの期間をいかに、周囲に被害を及ぼさずに過ごさせるか? を考えた時「演習場の建設」が提案され、建設されることとなった。
ある程度の威力を持つ魔力の暴走をも防げる演習場、当然ながら様々な細工を施しての建設や、その後の持費用も莫大なので、無料で貸し出しなどはしていない。
基本的に誰でも自由に借りられるが、費用の面からすると、借りられるのは自ずと金持ちか、金持ちに飼われている魔法使いということになる。
首都にいる魔法使いは、金持ちのパトロンを捕まえることが、成功する秘訣ともいえる。
全てにおいて言えること――とも言えるが。
地方や小さな村に魔法使いは住み着いているが、理由があって首都を離れた、隠者のような魔法使いや、首都で自分の才能の限界を知り、華やかな世界から背を向けた者が多い。
そんな彼らに教えを請うた未熟な魔法使いはいるが、首都とは違い誰もいない更地が周囲に広がっているので、そこで練習をしている。
それで宗教付属の演習場となると……
「おっきくて綺麗ですねえ!」
ドロテアはマシューナル王国の演習場の一角を借り上げヒルダと連れて演習場へとやってきた。
ヒルダがいるので神学校付属の演習場ならば無料なのだが、それは建前上無料なだけ。
演習場を使った後に、さりげなさとは縁遠い露骨な施設維持の寄付金依頼書類が届けられる。
「一口幾ら」で「基本一口以上」で「匿名さまは十口の寄付を」など、勘違いした「控え目」と、嫌らしい「謙虚さ」で飾られた、不快きわまりない寄付金依頼を見るくらいなら、使用時間と借りるスペースで料金設定が定まっている王国の演習場を借りた方が、少々高くとも精神的には良い。
とくにドロテアの性格からすると、絶対後者である。
「新築したばかりだからな。設計図作りとか、木材加工サンプルを作るのに借り出されて、面倒だったぜ」
ヒルダが綺麗で大きいと評したマシューナル王国の演習場は、大陸でも珍しい木造建築で天井が中心向かっている形。
板を重ねたその天井は、ヒルダに言わせると「タルトタタンを作るためにフライパンに並べられた林檎のよう」なのだそうだ。
「姉さんも建築に携わったんですか! 凄いですね」
「演習場の基礎は古代遺跡の一部を模倣してやがるから、最終確認は王学府でやってやるんだよ」
言いながらドロテアも天井を見て”言われてみれば”思った。
言った方は余程天井がタルトタタンに見えるのか、
「ああ……林檎の時期じゃないのが哀しい過ぎる」
「煩えなあ。タルトタタンがなかったからって、そんな抱えるほど菓子買い込むなよ」
残念ながら、ヒルダが滞在していた頃は林檎の時期ではなかったのでタルトタタンは食べることができなかった。
「あのみっちりとして林檎! そしてカラメルソース!」
「俺も食いたくなるじゃねえか。黙れよ」
演習場で魔法の練習をした後、菓子屋に立ち寄りパイやケーキを買い、持参している茶と共に公園のベンチに二人で座り食べる事が日課になっていた。
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菓子を買って公園で食べることが日課になるということは、同時に魔法の練習も欠かさなかったということ。
初日のタルトタタン天井に口を開いて天井を見上げているヒルダの背中を蹴って、
「金が無駄になる。始めるぞ。それで、どの程度なんだ? まずはそこを見極めねぇとよ」
特訓開始の合図とした。
背中の足跡は見えないが、足跡など気にするようなヒルダではない。立ち上がって、精神統一用にと聖印を取り出して握り締め語り出す。
「授業で何度か使ったことはありますが、聖職者は攻撃魔法を使えるものを育てる場所ではありませんので。あくまでも信仰の場であって……姉さん、そんな嫌そうな顔しないでくださいよ」
信仰の場という辺りで、ドロテアの顔が険しくなったのを見て理由の解るヒルダは”仕方ないでしょう”とあからさまに自分の顔に書き記してみた。
ヒルダも解ってはいるが、一応学僧なので大っぴらに『金銭が行き来する場所ですよ』とは言えない。数年後には笑顔で聖典振り回しながら語るようになるが、この頃は後年に比べて真面目な学僧だった。
まだ周囲に姉のように悪影響を与える人がいなかったことが大きい。
「信仰は関係ねえとして、もっとも得意な精霊魔法を見せてみろ」
天井のタルトタタンに見とれ、信仰論議などで金を払っての使用時間を無駄に過ごすわけにも行かない。
二人は演習場で『魔法を放つ位置』と『見ながら指示を出す位置』へ入り魔法練習を開始した。
ドロテアは容姿と性格、そして後に四つの精霊神を従え、縦横無尽に魔法を行使した姿があまりにも有名。
その関係上「終生」派手で威力のある攻撃性の高い魔法を得意とし、好んだように信じられているが、実際得意だったのは、世間一般で言うこところの地味な補助魔法が得意であり、それを好んで使っていた。
ちなみにドロテアが所持していた攻撃性の高い物は、魔法ではなく、邪術ゴルドバラガナである。
”魔法”を見極めるべき演習場は、巻き起こる風や衝撃により、砂埃が立つことはない。
ヒルダの使用する魔法は、そんな派手さはないので、その効力は全く日の目をみることはないのだが。
「よし、次に得意なのを構成してみろ」
「はい」
「土属性の攻撃魔法で使えるのはあるか? 放ってみろ」
「はい」
能力を見極めるべく、延々と魔法を放たせただけで、初日は終了時間となってしまった。
「魔法自体は悪くはねえ。お前は魔力そのものは俺よりもあるからな。ただ、本当に“とろい”。試験合格は可能だろうが、一般社会で使おうと思うな」
「駄目ですか?」
「駄目だな。使えるって言わないことを勧めるぜ」
「そんなに悲惨ですか!」
「最悪なのは、補助魔法だ。攻撃魔法ってのは”奇襲”っていう道もあるけどよ、防御はなあ。あの構成速度じゃあ、魔法攻撃を目視で確認してから構成を開始したら、どんなに遅い魔法でも難なく到達できるぜ」
試験は速度は然程問わない。
持ち時間があり、その間に「幾つ魔法を完成させるか」が問われる。規定時間は一人四十五分。その間に最低でも「初級二つに中級一つ」の計三つが構成できると、優良生徒として判断される。
ヒルダは四十五分以内に中級を五つ完成させることができる。
優良生徒と判断を下されるのは間違いないが、習ったことが現実で全く役に立たないと言われてしまった。
「コルビロ滞在中、毎日練習でどうでしょう?」
「やる気と講師の質にもよるんじゃねえの?」
「やる気も講師の質も問題ないので、よろしく」
「はいよ」
時間をかけて習ったのに、後一歩か二歩足りず実際使えないのでは意味がない。
ヒルダの国外研修の「自由」の部分は決定した。
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