ビルトニアの女
伝説の大寵妃再び【4】
「ドロテア達、また旅に出たらしいな」
「何か夜中にオーヴァートの所から馬車借り出して、今朝城門が開くと同時に飛び出してったようだ」
「何処に行ったのかは知らないが、行く先々で喧嘩売ったり売られたり、押し売ったりするんだろう」
「ドロテアが通った後には魔物の死骸しか残らないだろうな」
「それも残らないだろう。魔物だってなにも自分より強い女を襲ったりはしないだろうから、行く所敵なしさ」

 言いたい放題である。ドロテアは痛痒の欠片もないだろうが。

 毒神ロインは川神リナードスを妻としている。
 リナードスは聖水神属中位神で、人々の健康を守る神として山岳部の民間信仰で人気のある女神だ。山の生活で使う水は殆どが雪解けで川を流れる水を大事にするところから始まったとされている。
 ただ、神にも番がいるのは殆ど知られていない。ドロテアもロインやハルタスと雑談している時に初めて知ったくらいだ。聞けば神は一夫一妻制が基本で、浮気したりもほとんどないとか。
 長い年月を生きているのだから、飽きたりしないのか? とドロテアは思ったのだが元々時間の流れや、感情が人間とは全く違うのだからそれで上手くいっているらしい。

ただ……

 妻が行方不明になって、何処に居るのかもわかならい! 何でもするから助けて欲しい! とロインが小さいながらも土下座してドロテアに頼み込んだのが、昨晩。
「どういう意味だ? お前たちなら何処に誰がいるかくらい簡単に解かるんだろ?」
 相手を感知する能力など、当然のように備えているだろう神が土下座して依頼するような事ではない。
「できるけれど! 今、リナードスの行方は全くわからないんだ! だからもう頼れるのはドロテアだけだ!」
「普通逆じゃねえ?」
 人間が何をやっても手の施しようがなくて『頼れるのは神だけだ!』というのはよく聞く、むしろそれが普通なのだが、神様が手に負えないので召喚者に依頼しに来た、それも行方の解からない神様を探してくれ。
「出来るわけねえだろ」
 淡々と拒否したのだが
「あ……ドロテア、悪い」
「何だエルスト」
「俺勝手にイシリアで約束しちゃった。何かあったら協力するって」
「……使った時のことか?」
 イシリアで“念のために”と、召喚者なしでロインを呼び出せるようにして、呼び出されていた。勿論、後でそのことはロインからもエルストからも報告を受けている。
「何、勝手に約束してるんだよ」
「ドロテアが言った通り。神様との約束なんて履行される日が来るなんて思わないからさ、軽い気持ちで約束したんだけどね」
 人間同士ならば約束だが、神と人、召喚者と召喚神との間にあるのは約束という脆い言葉ではなく、契約内容の書き足しとなる。ここで拒否すれば、ロインとは契約破棄となるのだが、ドロテアはロイン自体と契約していない。ロインの上位にいるシャフィニイと契約しており、ロインとの契約を解除する為にはシャフィニイとロインの主従関係を断ち切る要請をしなくてはならない。
 何故そんな事になるか? ロインはシャフィニイの直属神となる引き換えに、シャフィニイの判断・指示に全面的に従う契約をしているのだ。シャフィニイがドロテアと契約した以上はそれに従うのは当然であるし、色々あっても従っていた。
 だが、先だってエルストとロインの間に約束という名の契約が成立した。口にした者同士、多分そんな事などないだろうと軽い気持ちだったに違いないが、此処に来てその契約を履行したいとロインが現れた。ドロテアが(直接的ではないにしろ)この契約を不履行にする為には、契約を解除しなくてはならなくなるのだが、ドロテアはロインと単体の召喚契約をしているのではないので、ドロテアが契約しているシャフィニイに対して、ロインとの属神関係を切り離せと依頼する事になる。
「全く仕方ねえな。話だけは聞いてやるから言ってみろ」
 シャフィニイを呼び出してそんな依頼をする気もなければ、態々依頼してロインを単体の神にしておくのも色々と問題がある。主神あって均等が取れている神様の世界を壊すのも面倒を引き起こす原因だ。嘗てならば聖火神と何がしの聖神との間で属神の変更も出来ただろうが、現在は他の三神は行方不明で属神の変更すら出来ない。そんな訳で、ドロテアはとりあえず聞いてみる事にした。
 内容は、妻リナードスが遊びに行ったきり返ってこない。行方を探っても全く気配を感じられないのだと。
「間違いなくアンセフォが関係しているはずだ。あいつの行方も知れないし」
 アンセフォの名前を聞いて、ドロテアは額に手を当て苦い表情を作る。
「さすがに毒神ロインの妻に横恋慕するとなりゃ、そのクラスだろうな」
 人間に助けを求めるような神であっても、神の中ではトップクラスの実力を持っているロイン。それを出し抜くとなると、それ相応の強さを持った相手であるのは必定。
「ドロテア、アンセフォって誰?」
「聖地神フェイトナの直属五神の一神、再生神アンセフォだ。ヤツの地上で有名な姿が世に言う炎の鳥」
「炎の鳥って聖地神の配下なんだ」
「ああ、火だから聖火神の配下と勘違いされてるが、実際は地。再生系統は地と水にほぼ属する。性格は知らないが、中々強いだろうなアンセフォは」
「リナードスは嫌だって言い続けてるのに……」
 上位神の色恋沙汰に巻き込まれるとは思いもしなかったのだが……少々嫌な予感がドロテアの胸を横切った。
「繰り返して聞くが、川神リナードスは海神レサトロアの元に遊びに行ったきり帰ってこないんだな?」
「そうなんだ」
「じゃあレサトロアに聞いてみれば?」
「レサトロアとも連絡がつかないし、リヴァスとも。リヴァスは完全に怒り狂っていて話が聞けない」
「誰に対して?」
「人に対して」
「そうか。それでレサトロアとリヴァスは番なのか?」
「そうだよ」
「待てよ……リヴァスが怒り狂ってて、レサトロアと連絡が取れないって事はレサトロアも行方不明って事……でもなさそうだよな。怒ってるって事は少なくとも人間が関係しているとわかってる訳だから……」
「リヴァスって?」
「リヴァスは聖風神の直属五神の一神。偶に船が遭遇するので有名な海竜と呼ばれているヤツだ。水属性でもないし、竜でもないんだけど見た目が竜っていうのに似てるんだ。あれは確か風属性の中で最も強い神だ。そうか海神と夫婦だったのか、ならヤツが良くバルガルツ大洋で見かけられるのも納得いく。何にせよ、リヴァスに話を聞いてみる必要があるだろう。一番近くの港町に行って船をあたるとするか」

 その嫌な予感は追々的中してしまうのだが。

 最も近い港、エルセン王国の小さな港町に辿り着き、ハイロニア行きの船を捜したが見つからなかった。時期が悪いのではなく
「船が出ない?」
 港町自体が困り果てていた。船の切符を売る男に尋ねると
「何でもバルガルツ大洋の近辺に海竜が出て船が出せないらしい」
 詳しい理由は解からないが、大洋を行き来できないので大回りやら海路が開けていない荒れた海流も定かではない場所を通るしかないと言われる始末。『そんな所を航海するような船はあるのか?』と聞き返すと『海賊ぐらいのもんだろ』と返された。前途多難というのはこの事をいうのだろう。
「……海竜? ハイロニア軍はどうした?」
 ただの海竜(ドラゴンとは違う)であれば、海上で最強を誇るハイロニア王国軍が片付けるだろう。あの国は海運業で成り立つ国なので、海の治安を守るのに必死だ。最も守るのは自国の利益のみだが。活気の欠片もない港町で、泊まるつもりもなかったのだが一泊の宿を取りロインと話をする。
「厄介だな」
 ドロテアは小さいロインをサイドテーブルに置いて、呟いた。因みにヒルダとマリアは別室でマリアの聖職者としての勉強中である。
 ドロテア達が何故此処まで自分達の力で移動してきたのか? ロインにはドロテア達を移動させる力はないのか? ドロテア達だけならば簡単にリヴァスの元に移動させることは出来た、だが『ある物』が邪魔をしていて連れてゆく事が出来ないのだ。
 『家が見えない』と言ったロインにドロテアは手甲を投げつけたことがある。元々ロインには手甲部分や眼鏡部分が見えない、ドロテアは外してロインの上にそれを投げるように乗せてみた、するとロインは悲鳴を上げて恐怖を訴えた事があった。
 この手甲は非常に異質なもので、ロインにとっては得体の知れない恐怖の対象物なのだ。恐怖だけではなく、これらを持つことも、それが身体に触れている際は能力を使う事すらできない有様。それを知っているのでドロテアは自力で移動をしてきたのだ。
 イシリアでロインがエルストとクラウスを直接結界に戻さなかったのは、エルストが眼鏡を持っているので移動させることができなかった為である。
 これから相手をするのはロインと同格の神、それもドロテアの支配下には入っていない相手。それらを相手にする際、ロインが恐怖するほどの手甲を持っていたほうが有利だろうから置いていくわけには行かない。切り札のせいで、切り札を使うべき場所に移動できない……となっている。
 良い案が浮かばない中、一人戻ってきたエルストが口を開き、
「噂だけどなドロテア。どうもハイロニアの学者達は海竜をリヴァスだといっているらしい。リヴァスの何かをハイロニアが奪ったのではないか? って騒いでるらしいが、噂はそこまでだった」
 寄り合いで噂を買ってきたらしい。
「なる程なあ……無理矢理船を出すにしても。連絡してオーヴァートに金属船でも作らせるか」
「もう一つ」
「なんだ、エルスト?」
「海賊王がロンバークリアースで足止めされてるってさ。退屈なさってるようだよ、バスラス様」
 南海を制している海賊の中で頂点に立つ男、バスラス。
「なる程。船の調達はそこで出来るな」

**********

 ロンバークリアース・盗品を扱う町としてあまりにも有名でありながら、地図にはない町である。
 場所はエド法国の外れにあるが、この町に聖職者は一人もいない。いるのは盗品を扱う商人、盗品を売る盗人、そしてそれらを購入する裕福層。特に裕福層は、エド法国に巡礼に行くと言いこの場に足を運ぶ。手に入らない品物はないと言われる、エド法国が隠れ蓑になる盗品街。
 この町が出来たのはそれ程古い訳ではない、精々五十年に満たない程度の歴史しか持たない町。
 金のやり取りが盛んで、爛れた金持ちが来るとなれば豪華な内装の宿屋なども多数存在する。その種類の宿屋の最も高価な部屋を陣取って会議をしている『海賊』達がいた。
「暇だな」
 丸いテーブルを囲んだ男達の中で、最も派手な格好をした男が口を開く。
「そうですな」
 真向かいにいる目付きの鋭過ぎる男が答える。
「海竜がリヴァスというのは間違いないのか」
 リヴァスが巻き起こす風のせいで海は荒れて、多少の暴風などモノともしない海賊王の船ですら航行不能となり、彼らは陸で無為に時間を潰すハメになっていた。
「残念ながら、間違いはないようです。バスラス様」
「魔法で取り囲むか?」
「それしかないかと」
「具体的な策は出来たか? ディオン」
「そうですね、小船に分けて……」
 コンコンと控えめなノックの後、入室許可を求める女の声が室内に届く。入れと言う命と共に室内に入ってきたのは、ノックと同じく控えめそうな面立ちと雰囲気をまとった女性であった。
「何だ、ラオディケ。会議に水を差す程の事か?」
 ディオンがラオディケに声をかける、
「は、はい。あの、見張りの者が左手に肩から黒い手甲をはめた女性と、それに瓜二つのエド司祭、黒髪の美しい女性と、フェールセン人の男性が来たと伝えるように」
「なっ! 本当か? ルクレイシア!」
 ラオディケの本当の名前はルクレイシア。この室内にいるもの全てが“偽名”を使って海賊行為を行っている。立ち上がりラオディケに詰寄り痛い程腕を握り締め問いただすバスラスに、
「私は見てはおりませんので」
 怯えたようにラオディケは頭を振りつつ答える。
「そうだったな! 付いて来いファルケス」
 その答えにラオディケの手を放し、会議の事などすっかりと忘れてバスラスは部屋を出ようとしていた。
「私は今、ディオンですが」
「早く来い! ファルケス」
「全員ついて来い。何が起こるか解からんからな」
 そういうと、ファルケスは両手に抜き身の剣を持ちバスラスの後を追った。

 海にいても厄介だが、陸にいても厄介なものである海賊は。
 海賊なんてものは、真っ当な港には寄航できるわけが無いので、結果このような無法の街に集まってくる。通常は海賊の総数の八割近くの船が海に出ており、寄航しているのは二割程度。だが、今海が荒れているせいで十割の船が非合法な港に停泊している。
 世界で一番大きな港を持つロンバークリアースの港も、船で溢れかえらんばかりだった。
 馬車から降りて、狭い道を歩きつつ港の方へと向かう。
 マリアとヒルダは物珍しそうに辺りを見回す。観たこともない雰囲気の悪さに刺激されているらしい。露天が立ち並ぶ広場に差し掛かると、一度ドロテアは足を止めた。なにやら港の方を見ている。その隣でヒルダが不思議そうにある露天を指差した。
「姉さん、あれは何を売っているのですか?」
 露天というのは普通商品を陳列しているはずなのだが、その店は人しかいない。ドロテアはヒルダが指差した方向を見て
「人間」
 あっさりと商品名を答えた。
「人の売り買いって駄目なんじゃなかったの?」
「一応、建前は。ここ無法地帯だからな。結構珍しい事じゃないけどな、三十年くらい前は平気でエド法国でも買ってたくらいだからよ」
 人売り達にしてみれば花街に売るのは良くて、普通の労働力として売るのはダメだってのは聴けないと口をそろえて言う。
「よくこんな所知ってましたね」
「昔来た事があるんだ。……バスラスは本当にいるらしいな、見覚えのある旗がある。あの黒に山羊の髑髏がかかれた他の船より倍も大きい海賊旗を掲げてるのがバスラスの船だ」
 遠目でも解かる程のその旗を見つめる。船を見ながらエルストは
「あの船あんまり揺れないんだよね」
 苦笑いしつつ煙草の端を噛む。
「お前は酔うと思うけどな、エルスト」
「船、苦手なんだよなぁ」
「ところで、どうやってその海賊王を探すんですか?」
 海賊王の正体を聞かされているヒルダやマリアは、その海賊王が街中を歩き回っているとは到底思えなかった。
「暴れる」
「はい?」
「ここのヤツラなんて、聞いた所で答えはしねえよ。何なら聞いてみな、法外な金を吹っかけてくるか、モノを買えと取引しかけてきて答えないかくらいだ」
「一応聞いてみましょうか。すみませんバスラスって人何処にいますか?」
「知りたかったらウチの商品買いなよ」
「金さえ払えば教えてやるぜ」
「バスラスの所に何買いにきやがったんだ! 自分を売り込みにきたのか聖職者の嬢ちゃん! アイツは女好きだからスカート捲くってケツから跪きなよ!」
 その声にかかるように笑い声が人でごった返している広場に響き渡る。
「解かったか」
「はい。良くわかりました」
 笑い声が静まるまで少し休んで、ドロテアは声を張り上げた。
「一流の海賊はバカじゃねえんだが、こういうアホな海賊はいわば隠れ蓑だ。海賊は知性がないと一般に思わせておくのが得策だからな。これ達はクズとしては役立っている」
 一瞬静まり返って、
「言ってくれるじゃねえかよ」
 何処かから声が返ってくるが、相手が悪い。
「ほう、この俺の高尚な言葉を理解する事ができたか? 小魚の稚魚の目玉しかない脳で理解できたとは恐れいる。今のこの俺の言葉が理解できたかどうかは知らないが!」
 人を売っている商店主とその手下に視線を合わせた。ドロテアの性格を知っていればそれが義侠などではない事は解かる。
 何の事はない、人を売っている露店が一番店員が多かったのだ。扱い品目が品目なので人も多く必要なのだろう。
「……暴れるんですね」
 派手に暴れるなら相手は多いほうがいい。そしてこの手の人を扱う商売をしてる輩は、組織化している事が多いので次々と人が送られてくるので、騒ぎを拡大させるのには持ってこいだった。もっともそんなヤツラに喧嘩を吹っかける女なんて普通はいない、普通でなければ誰か? と考える事をすればよかったのだろうが。考える事をしてこの時点で気付ければ彼らも幸せだったろうが、残念ながら売る人間を従順にさせる為に吸わせる阿片を常習的に吸っている彼等は、其処まで頭が回らなかった。
「それが一番手っ取り早いのね」
「バスラス直轄の部下なら勝ち目はないが、こんなクズ共だったら数にすら入らねえ!」
 言い終わらないうちに、ドロテアはその大して日除けにもなっていない日除けの支柱を蹴り飛ばした。
 怒号が上がるのを聞き終えないうちに、ドロテアは隣の商店をも叩き潰す。広場は海に出る事が出来ないで、身体が余っている海賊達があちらこちらで喧嘩を始めて狂乱の最中になった。一人、馬車を引いてその狂乱から逃れたのがエルスト。転がってきた酒瓶を拾い上げて栓を抜き、瓶ごと口にする。
 マズイその酒に顔をしかめつつ馬車に寄りかかりながら、大騒ぎを黙ってみていると、隣に男が立った。
 騒ぎには混ざらないらしいが、何処からどう見ても海賊、ただ聞かされていたバスラスではない事は解かった。「助けて!」やら「痛ぇよ!」と言う叫び声と、物が割れたり折れたりする音を聞きながらソレを見ている。
 いつの間にかギャラリーまで出来上がる始末、背後の方で「前に行かせろ」や「見えないから場所変われ」など、そのギャラリーの中ですら喧嘩が始まるような状態。そのギャラリーの騒ぎが一瞬にして引いた、それは多数の足音が近付いてきた時に。
 波が引くかのように、人が引く。その中の一人がエルストの隣に居た海賊に声をかけた
「何の乱闘だ? フレーノル」
「アンタを探しに来た旅のご一行らしい。遠目でしか見てねえが、間違いなく大寵妃だぜ、ありゃ。クスリをやり過ぎてるバカ共には解からなかったらしい」
 フレーノルも有名な海賊。さすがにフレーノルくらいになればドロテアだと一目でわかるようだ。
「ご案内しましょうか? バスラス様。お初にお目にかかります、とてもお初には思えませんが」
「エルスト=ビルトニアか」
「ドロテア! 来たよバスラスが」
 その声と同時に、殴り合いの中に入っていくバスラスの一団に、気付いて逃げ出す者、そしてディオンに斬られる者。
 一気に辺りが収束する中で
「暴れるってか、ガツガツ殺しちゃいましたね」
 壊した酒瓶で喧嘩していたヒルダが、ニコニコと喋る。聖職者は戒律として刃物を持って戦えないが、だからと言って硝子の酒瓶を叩き割ってその鋭い先を向けて喧嘩するのは良いのだろうか? 戒律さえ守っていれば、何を持って戦っても許されるのだろうか?
 そんな喧嘩上等な司祭に、
「無法地帯で暴れるってのは、殺すと同義語だ覚えておけ」
 明らかに間違った事を教える姉であった。
「はい。そうだエルストさん、あの『商品』を奪おうと思うので足枷外してもらえませんか?」
「助けるのかい?」
「いいえ、手間賃としていただきます」
 あんたら勝手に喧嘩売っただけだろ? そう思ったが口にしなかった。何せ此処は無法地帯、ソレに対して一々口を挟む事は誰も出来ないが、それにしても傍若無人だろう。
「あはははは、だってドロテア」
「外して転売してもいい、好きにしろ」
 この混乱で逃げればよかっただろう、売り物として陳列されていた人々は一番震えていた。本能的に怖かったに違いない。
「さすがにもう近寄ってこなくなったわね」
 『どれを外せばいいのかねぇ?』等とヒルダと言いあいながら、エルストは鍵を外す。
「まあな、マリア。相手はクズだからな。本当の海賊ならやられっぱなしじゃあ終らねえよ」
 ギャラリーに向かって威嚇するドロテアに
「あいつら、何なんだよ」
 まだ気付かないでそんな事を口にしていた間抜けな海賊もいたが、フレーノルに押されてその場から立去った。辺りに人がいなくなった所で、ドロテアは声をかける
「久しぶりだな、バスラス」
「お前も元気でなによりだ、ドロテア……相変わらず、容赦ない」
 ガラス瓶を持って喧嘩していた司祭と、槍で戦っていたマリアの傷とは全く別の叩き潰された死体の多さを前にバスラスは笑いながら話しかけて来た。
「当たり前だ。黙って聞かれた事に答えてりゃあ、ムダな命も永らえられたってのに。誰に向かって口利いてやがるんだ!」
「知らせる前に殺しちゃったじゃないか。知ってたらかかって来なかったと思うよ、ドロテア」
「気付かないほうが悪いに決まってるだろ、エルスト」

いえ……貴方のほうが悪い人です、とは誰も言う事が出来なかった。


Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.