自室にいる際は殆どバルコニーにいる。柵にもたれかかるようにして、かわり映えのしない景色を見つめている
「こっちの方向がトルトリアだよね、セツ」
空を指さす。この指先のずっと向こうにはトルトリア領というものが確かに存在する
「そうだ。確かにトルトリア領はその方角だ」
聖職者や王族を遠ざけた、あの男の真意はわからない
今から二十二年前、トルトリア王国が滅亡した。それを悲しむような強欲はいなかった、その後残った国々が、主を失ったトルトリアの領土を得ようと戦争寸前となる。それは当然の流れだ。だが流れは激流になる前に干上がった
回避させたのは嘗ての支配者
事細かな規定の中に、聖職者の立ち入りの細部にわたる制限もある
「今では殆ど人が住んでいないそうだけど。最近……」
「夢でも見るのか?」
「夢はみないけれども、多分あの国は元に戻る。かつての繁栄は知らないけれど、それ以上に繁栄するはずだよ」
「ほお、そうか。何時頃だろうか? 俺達が生きている間に……」
「どうだろう? ただ、セツは行けると思う」
あの国にこの”次期法王”が行けるというのならば、誰かが国を建てるのだろう
「そうか」
砂漠の国、それはどんな国になる?
「何処かに、この国では無い何処かに一度でいいから行ってみたい」
「行ってくるといい。何ならあのドロテアでも呼ぶか?」
「彼女も良いが、一度でいいからセツと一緒に国の外に出てみたい……な」
「そうか」
遠く吸血鬼も滅び、古代の遺物も消え去り
−夢を見る−
最近、頻繁に夢を見ると
−夢と現の境界が曖昧になっているような気がするんだ−
精度が増してゆく予知夢、衰える事の無い強大な力と朽ち始めた生命力
ただ解るのは、長い事一緒にいたが……
そろそろ別れる時が近付いている事だけだ
「随分と遠くまで俺達は来たな」
「……そうだね」
例え死せる子供達であっても、望めば故国に葬られる。それを遺言として残している者もいる
アレクスは一度たりとも故国の事を語った事はない、よって俺も話したことはない
妹は此処に葬られるだろう、俺は何処でも構いはしない
アレクスはこのエド法国に葬られるのが望みなのか?
随分と、遠くまで来たものだな
「レクトリトアード隊長」
「何だ?」
「ギュレネイス皇国より来た警備隊隊長が面会を申し込んで参りました」
「誰だそれは?」
「クラウス=ヒューダ隊長だそうです」
生まれたのは此処ではなく、遠い遠い別の土地
もう、家も無く誰もいない
「初めまして、クラウスと申します」
「初めまして、レクトリトアードです」
「少しだけお話を」
「はい」
帰れない気がする
帰っても……
「では学者達の護衛で? 警備隊の隊長が出向く程では」
「来て、そして話をしたかったのです。不躾な質問で気分を害されるとは思いますが、レクトリトアード殿、貴方にとってドロテア=ランシェという女性は、どんな女性でした?」
「多分貴方が思ったままの女性ですよ」
「ありがとうございます」
私達、遠く故国を離れ、戻れない所へ
それでも尚、何処かへ行こうとする
不思議なものだ
「またお会い出来る日を楽しみにしております、クラウス卿」
「ええ、私も」
「そうそう。エルストと言う男をどう思いましたか? 私はあの男の幼馴染みでして」
「ドロテア以外には誰も解らない男なのだと思いますよ。私には全く理解できませんでした」
「そうですか」
随分と、遠くまで来たものだな
故郷を離れて私達
何かを手に入れる事ができたのだろうか?
「あの土地に住む輩は、大陸全土を支配したくなるのか?」
「戻ればいいだろう、お前が」
「今更どの面下げて戻る? 住んだ事も無い居城のみ残るあの地に」
「さあな。ならば目を瞑っていたらどうだ?」
「そうか……所でお前は何処生まれだったっけ? ヤロスラフ」
「生まれたのは今で言うエド法国だ。もう……城には二十年近く戻ってはいないがな」
「そうか」
「オーヴァート様、ヤロスラフ様。この前の事件の報告書と資料が届きました」
「ミゼーヌ。この前の事件ってどれだ?」
「ドロテア様が平定した事件です。ギュレネイスの警備隊長が、オーヴァート様に会いたいと。ドロテア様が書かれた紹介状を持っていました」
「わかった、今行く」
主の居ない居城があちらこちらに
「オーヴァート。何時かあの居城も滅びるのか?」
「さあね。建てたヤツにでも聞いてみない限り解らないよ」
初代フェールセン皇帝が建てた居城は今では大多数が“古代遺跡”として名を馳せて
「一体何者だったんだろうな」
破壊兵器が残り続け、本人は何時しか消えた
「随分と、遠くまで来たものだな」
アレクサンドロスよ
ネーセルト・バンダ王国の高原地帯セロナードで生まれ、エド法国へ
セツよ
ギュレネイス皇国の北の外れヒストクレウスで生まれ、エド法国へ
レクトリトアードよ
エルセン王国の南の外れエピランダで生まれ、マシューナル王国へ
クラウスよ
イシリア教国の首都・ゴールフェンで生まれ、ギュレネイス皇国へ
オーヴァートよ
パーパピルス王国の首都・エヴィラケルヴィスで生まれマシューナル王国へ
ヤロスラフよ
エド法国の中心地にある居城・エルドラドで生まれてマシューナル王国へ
「ドロテア、お前も随分と遠くへ……そして戻るのか?」
「ヤロスラフ様」
トルトリア王国で生まれ、トリトリアの地に帰る
「何だ?」
「トルトリア領東方警備からの連絡です。ドロテア卿がトルトリア領に入ったと」
「そうか」
夢をみた
過去の夢
もう叶わぬ夢
子を抱いたお前をみたあの日の夢
ただの夢だったのだろう
貴女だけは故郷にかえるのだろうか?
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