場面をギュレネイス皇国に戻して、騒動は一段落したが此処からが本番である。
ドロテアはチトー五世に与えられた屋敷でオーヴァートから寄越された資料の読み込みと、部隊編成などをクラウス等と話し合っていた。
「イシリアで何時頃起動させたのか……俺達が立ち寄った時点では起動していないが、ベルンチィアに立ち寄った時には既に起動していた……この半年以内の出来事か」
半年は長いようであり、短くもある。イシリアにある遺跡を起動させたのはイシリアに住んでいる者しか考えられない。イシリアに遺跡を操作する事のでき学者は数名いる事までは調査が出来たのだが、当然連絡は取ることが出来ない。イシリアも基本的には古代遺跡を使用した首都なのだから、固定型の空鏡で通話できる筈だが今は全く音信普通状態。
これは技師がその場にいないか、向こう側が意図的に通信を切っているのか? それすらも判断できない。そして何より
「傭兵の数も個人で雇ったにしては多い上に、秘密の避難経路を知っていたとはな。そこが突破口になるかも知れんが」
全ての傭兵を鎮圧した後、捜査が行われた。その結果、円形劇場でチトー達を追い詰めた傭兵は一般的にチトーが使う経路ではなく、非常時に使われる通路から侵入した事が判明した。調べた警備隊員も知らないその経通路をどうやって別の国の傭兵が知ったのか?
ドロテアがチトーに質問したが、チトーは誰一人として語った事はないと言い切った。非常時用の通路を知っており代々閣下に伝える、知識番のような人物から非常通路の存在を教えた相手を聞き出し、彼等を尋問したものの誰一人として該当しなかった。非常用通路の存在を知っているのだから相手は相当な高官で、クラウスでも、下手をすればチトーですら尋問できないような権力を持った相手もいたのだが
「殺すぞ」
ドロテアの一言は絶大である。勝手に背後の皇帝の存在にひれ伏す姿を、侮蔑と軽蔑と阿呆を混ぜた眼差しで見下し口を割らせたドロテア。だが、彼等のヤタラと導入部が長く聞いてもいない自慢話と、自己弁護(傭兵達がチトーを襲った時に私兵を出さなかった事など)を繰り返す彼等に
「事は急を要するんだぜ? 此処で無駄な時間食って取り返しがつかなくなったら後で罰則が適応されるぞ。それも皇国の法律でなしにな」
ドロテアは淡々と、そして尋問しながら自分は酒を飲みつつ偉い高僧様相手に続ける
「言質をとらせない喋り方を普段からしているのは解かるが、今は違う。少しは練習しておいたらどうだ? もしも権力を失って捕まった時尋問相手の気分を損ねないような喋り方を。俺の機嫌を損ねなかったら、警備隊員の機嫌も損ねえだろうよ」
煙草に火をつけ、酒を運びながら必要な情報と恐喝の材料になりそうな発言を聞き全員を解放した。
「ヤツラじゃネエな。嘘はついてるがよ、嘘の内容は汚職とかそういうヤツだ。一人ぐらい清廉潔白なジジイとかいねえのかよ、曲がりなりにも聖職者だろが耄碌共め」
「皇国内で知っている者達を調べましたが」
「無駄だろうな。それにしても食い荒らす者共がこんなに厄介だとは」
生きている者に使うと死んでしまう“魔の舌”を袖口から数本出しながら、舌打ちをした。因みにこの魔の舌、偉い人たちの尋問の際にも袖口からずっとチラチラしていたのは言うまでもない。
ドロテアが舌打ちしたのは傭兵達の死体から情報を引き出せなかった事。全てを終えて、集まった傭兵の死体は三千を越えた。
その中の十体程の情報を抜こうとしたのだが、魔の下で記憶を吸い出す事ができなかったのだ。
「へえ、姉さんでも出来ないんだったら他の真っ当な聖職者さんでは無理ですね」
「褒められてるんだろうな」
「勿論ですとも」
相変わらずのヒルダである。
「それにしても情報を引き出せないって、どういう事だ」
縦横無尽というか傍若無人というかとにかくエルストと知り合った頃には殆ど苦もなく死体から情報を引き抜き、このギュレネイス皇国を訪れる理由となった神父の事件では燃えカスになったような死体から記憶を読み取ったドロテアが読めないのだから、エルストが不思議に思うのも無理は無い。そして
「名前無いって言ってなかった、ドロテア」
マリアにも質問される。
顎に折り曲げた人差し指を当て、その肘を反対側の腕で押さえながら溜め息一つついて話始める。
「まずマリアの方から答えると、名前って名前じゃないんだ。“食い荒らす者共”ってのは図解されていた資料を基につけられたもんで……えーとな説明を短くすると、本当はオーヴァートの所持品だから俺達には勝手に名前をつけて呼ぶ事は許されないが、知っているから名称はつけたい。なら、正式な名称ではなく“仮称”という扱いでつけるしかない。となって“食い荒らす者共”となった」
「別に勝手につけてもいいんじゃないの?」
「俺もそう思うんだけどよ、色々とシガラミっていうのかまあ、ある訳だ。で、もう一つエルスト。食い荒らす者共に食われると記憶が収拾できないらしい、初めて知った。最も誰も知らねえだろうがな、生きているコイツと対面したのは俺達が始めてだろうよ」
「組織を食ってる……とかそういう事なのか?」
「いや、特殊な酵素らしい熔解酵素の変態だろうが……まだ詳しくは調べられないが、この傭兵達の死体を全部検死させるつもりだ。今までで入ってきた報告だとコイツラ最初に骨の中に卵を埋め込まれて、それが血流にのって脳の毛細血管に挟まって孵化するらしい」
「へえ……でも熔解酵素ってことは明らかに古代の虫なんだな」
「多分な。それに違う血管に挟まって生まれても、脳に登っていくんだろう」
「よく解からないですけど、イヤな虫ですね」
「それは違いないな。記憶も引き出せねような酵素をぶちまけながら、命令に従って動かす事のできるってのがな……それにしても誰だよ、こんな危険な生き物を操れるヤツ」
**********
「奴等の宿代わりになってた女達は捕まえたか?」
傭兵達は攻めてくるまで、操られているような姿をみせる事は無く普通に有り触れた傭兵達の行動を取っていたことが判明していた。
これ程調査が早かったのは、元々クラウスが首都内にいる傭兵達に危惧を覚え、独自に調査していた為である。傭兵の多くは金回りが良くない、その上今回は死兵といっても間違いではないような扱い。
こんな扱いの傭兵が多数の金を持つわけはない。となればどうするか? 街角で立っている女の部屋に転がり込むのが最も多い。勿論彼女たちも金を持っていない傭兵などを相手にはしない。彼女たちは傭兵を私室の前に立たせて、料金を踏み倒そうとする客から金を確実に貰うために彼等を雇う。
女一人相手であれば、暴力に訴えるなどして金を払わないで去る男もいるが、その部屋の前に傭兵などがいた場合は彼女たちに金を支払う。何せ彼女たちに払わないで、その行為を傭兵に見逃せと言った場合でも金を払わなくてはならない。
下手をすれば彼女たちに払う以上の金を傭兵に払うハメになる事もある。
その他にも酔って寝てしまい、邪魔になった男を身包み剥いで道端に捨ててもらうなど、中々彼女たちと傭兵は上手くいくことが多い。そのまま別の国に行き世帯を持ってしまう事も、ままあるので彼女たちは傭兵を売るような真似は殆どしない。
「はい」
「尋問しても仕方ないが、一応会って見るか」
「何か有益な情報が得られるといいな」
そのため、彼女たちから今回の「もう人と呼ぶには値しない状態だった」傭兵であっても、重く口を閉ざす可能性のほうが高かった。無論、早くから情報を提供し自分の罪を減じてもらおうとする女性もいたが、事件が事件なだけにそれはムダな行為である。情報を提供している方は、それがわからないのか? それとも罪が減じられる可能性に縋っているのか? どちらにせよ、彼女たちは知らず知らずのうちに、国家元首暗殺未遂の協力者となっていたのだから死刑は逃れられないのだ。
「まあ、あまり期待はしてねえけどよ。この手の女は口が固いからな。喋っても死刑だろうし、知らなくて喋れなくても死刑だからな。減刑とかはする予定ねえんだろ?」
「私の一存では決められません」
「いい、優等生の回答だクラウス。お前の価値はそこにあるんだろうな」
ドロテアはクラウスに背を向けて、女たちが捕らえられている部屋の扉を引き開いた。
生態も知られていない虫から得られるのは未知の知識だけであって、今欲しいのは情報である。表面的な死体から解かる事は、彼等は全員センド・バシリア共和国出身者であり、年齢から察するに全員退役して直ぐの者だったようである。そのくらいのことだけであった。
共和国の者がイシリア教国の者に雇われるとは到底考えられない、となれば別の誰かが間にいるはずなのだが、その人物が全く見えてこないのが実情だ。焦っても仕方ない事だが、急がなくてはならない仕事ではある。
「別に全部を語れと言う訳じゃねえ。お前達の男は羽振りが良かったようだが、それは何処の国の硬貨だった?」
「……」
案の定、彼女たちの口は堅く閉ざされたままだった。ただ、ドロテアが驚いたのは彼女たちが“無傷”であった事。捕らえられる際に負った傷などを除外すると、警備隊が尋問しているにしては傷を負っていない。
これはクラウスが、ドロテアが尋問に立ち会うだろう事を予測し、チトー五世に直々にそれに関する厳命を出した事が功を奏していた。
「家捜ししましたが、ギュレネイス硬貨しか出てきませんでした」
無言の彼女たちの前を早々に後にしたドロテアが、クラウスに微笑みかけ
「処刑するまであの状態を保てたら大したもんだぜ。まあ、調書の関係上処刑直前になっても聞く必要性もあるからな。そこら辺りを考慮して行動するように命令しておけ」
「はい」
元来、真面目の上にバカが二つくらいついてもいいようなクラウスにとっても、警備隊の尋問・処刑前の拷問は許しがたいことであった。許しがたいことではあるのだが、それを正せるほどクラウスの立場は良くなかった。保身に走っているといわれてもクラウスは否定しないだろう。だが、それを正した後に起こる報復の恐ろしさを知り、家族にもその類が及ぶことを誰よりも理解している為、できないでいたのだ。家族が幾ら嫌いだとはいえ、両親や姉までも自分の正義感の道連れにする事はできない。何より、クラウスの両親も姉もそんな他人を救い、その英雄的な行為により自分達が悲惨な末路を迎えることなど望んでいない事を、クラウスは良く知っていた。
「内部で手引きしたものがいるのか? そして向こうの荒廃も凄まじい……だが、闇雲に探すには少々時間が足りないし」
ドロテアは独り言を口にした。その言葉が若干早口になっているのは、それなりに焦っている証でもあった。犯人に結びつく手がかりは殆どない。せいぜい解る事と言えば敵は“人間”である程度だ。金を何処からか調達して傭兵を雇い、チトー五世を殺害する計画とイシリア教国を崩壊させようとした人物。
「俺だってイシリアには知り合いがいねえからな、精々マルゲリーアくらいだし……後は吊るされてるエドウィンだけだ。どうやって調べるか? 直接乗り込むしかないか……そもそも結界を外から破るのは最悪な行動だ。内部から解かなけりゃ被害は大きくなるばかりだ。そもそも結界の種類によってはに押しつぶされて中にいるヤツが全部死ぬ可能性も捨てきれないしな。まあ殺しちまってもいいけどよ。いっそ殺しちまうか?」
ドロテアが物騒な事を言いながら、掌の上に本気の魔方陣を指で描く。魔方陣を描いているドロテアを上の方から見下ろしていたエルストが、その掌の魔方陣を見た瞬間にある線が繋がり、
「あっ!」
声を上げ手を叩く。
「どうした? エルスト」
あまりにも大きく、そして心の底から驚いた声に掌の魔方陣を握りつぶしてドロテアは視線を上げた。
「心当たりがある! この事件の首謀者の一人らしい人物に! 多分アイツだ! 総合学院に行って確認したいんだが。今すぐ行っても構わないか? クラウス」
「勿論構いはしない」
「じゃあ行ってみるか」
「では馬車を準備するのでお待ちください」
**********
何時もの四人で総合学院に向かう頃、既に辺りは暗くなっていた。
いつもならば人気のある街中も今日は戒厳令が敷かれているので誰も歩いてはいない。最もあんな惨劇があった後だ、誰も好き好んで街中を歩くものは無いだろう。
用意された馬車の御者台に
「小娘と小僧か」
ギュレネイス皇国に来る途中、幽霊屋敷で一夜を仲良く過ごした早馬屋の姉弟だった。
「は、はいっ! 御者を務めさせていただきます!」
「何で民間人なんだ?」
クラウスが深々と頭を下げて
「恥ずかしながら警備隊内部に協力者がいる可能性もあり、それを見極めることが出来ない今、事件の核心に迫る場所へ向かうのにも……」
「あー解かった解かった。くどいのは構わんが聞く必要もなさそうだからとっとと馬車を出せ、イリーナ! ザイツ!」
ドロテアは四頭立て馬車の扉を開きとっとと席に着く。
「イリーナとザイツって知ってるなら、最初から名前言ってやればいいのに」
一番最後に乗り込むエルストが、苦笑いしながら呟いたのは何時もの事だ。
馬車が走り出し、窓から暗くなり殆ど景色の見えない外の風景を追いながら全員無言のまま目的地へと移動してゆく。
総合学院というのは簡単に言えばギュレネイス皇国の役人を養成する学校だ。当然資本は皇国であり、基本は神学校と同じなのだがかなり大きな違いもある。一つにコルネリッツオの時に語られたように、本人はそうでなくとも他人から見て体に不自由があれば入学できない。それらを一々挙げている暇はないので割愛するが、とにかくギュレネイス皇国で警備隊員になろうと思ったならばこの総合学院に入学しなくてはならない。
警備隊の教育が優先されているためもあるのか、どこか軍事施設を思わせる学内を歩きながらエルストが案内したのは学長室だった。
「そこで少し待っていて」
とクラウスと共に隣の部屋の鍵を開け、なにやら探しに行く。
「まさか総合学院に足を踏み入れるとは思ってもなかったな」
その後姿を見送りながら、大して面白くもささそうにドロテアが学院にたいする意見を口にする。
「あら、どうして?」
「マリアさん、此処は女性禁止の施設が多い国ですからね。この学院も女性は入学できませんからね」
「あ、なる程」
他愛もない会話を二、三しているとエルストが部下を二名ほど呼び、ガタガタと音をさせて四角い額縁やら丸い額縁やらを抱えて四人が出てきた。その額を学長室の大きな応接テーブルに並べてエルストがヒルダに声を掛ける。
「ヒルダ。イシリアに寄った時、二人で外を歩いただろ?」
「はい」
「その時さ、俺達が見かけて気にしていた老人の顔覚えてるかい?」
エルストがイシリアの街中を歩いていた時に見かけた老人。気になってはいたのだが思い出せなかった老人のことである。いきなり話を振られたヒルダは少し考え
「何となく覚えていますが、似顔絵を作れる程覚えてはいないですよ」
特徴は漠然とわかるが、その見た光景を言葉で伝えられる自信はヒルダにはなかった。が
「違う違う。絵から選ぶんだここから選んでくれ」
七枚ほど並べられた肖像画を見比べているヒルダ。エルストは誰なのか見当がついているのだが正確さを確かめるためにヒルダで首実検をした。警備隊がよくやる首実験であるが、誘導尋問は一切しないで無言で全員が待つ。七枚の肖像画を覗いたドロテアはエルストが誰を見たのか直に解った。この肖像画の中で生きているのは三人、うち二人の所在は知らないが一人が行方不明者であることはドロテアにもわかった。この行方不明者であれば全ての辻褄があうのだ。おそらく警備隊員も察しがついているのだろう、だが彼等には思い込みがある。
「お前達には先入観があるからな。確かにヒルダならば適任だろう、知らんよ誰が誰だか。コイツはあの頃確りと神学校で勉強だけしてたからな」
ヒルダは七枚を見比べ、それ程考えずに何度も頷きながら指差す。
「……この肖像画の人だと思う。顎のあたりが、年をとって弛んでるけど」
ヒルダが指差したのは、ドロテアに言わせれば“最も目付きの悪いジジイ”といわれるだろう。肖像画だというのに嫌味を言い出しそうな口と陰険な目付きが隠しきれないその絵。
「俺もそうだと感じた。だから多分間違いない」
その肖像画の人物は
「ゼリウスか」
十一年前、チトー五世と司祭位を争い敗北したゼリウス、その人である。
「ああ、アイツならギュレネイス皇国にもイシリア教国にも恨みはあるし、金もある程度纏まって持っている」
司祭選出戦で負けたとはいえ、司祭戦に出馬できるほどの財力を持っていたとなれば、この程度の数の傭兵を雇うくらいは私財で簡単にできる。
「やはりそうか! センド・バシリア共和国の銀行を調べろ。首都及びそれに順ずる都市だけで充分だ、これ程の傭兵を雇う金を一度ではないにしろ、おろすとなると首都かそれに順ずる都市でなくては無理だ」
ドロテアがメモ用紙に幾つかの言葉を書き連ね、ギュレネイスの学者共に調査するようにこれを渡せとクラウスの配下に渡す。それを受け取った隊員にクラウスが“急げ!”と無言で指示を出す。遠ざかっていく幾つかの足音と重なるように、エルストが肖像画を見ながら記憶を反芻していた。
「確かに見覚えある顔だった訳だ、俺が入学した当時の学長だったからな二年後には変わったが」
イシリア教国に立ち寄った時、エルストがヒルダと見かけた老人こそが、今回の事件を引き起こしたと思しきゼリウス。あの場面で思い出しておけば良かったのに、とも思えるが思い出した所で、何もしていない老人を捕まえるのは無理だ。最も捕まえてチトーの前に引き出せば、色々な罪状をつけて処刑してくれただろうが。
「だが、それにしてもなんとも破壊的な行動だ。それ程思い切った事をするような人物だとは思っていなかったのだが……」
思い切った事ができたならチトーに負けはしなかっただろう。ゼリウスが出来たのは精々、資金力で劣ると知りオーヴァートの所に金を借りにいった事くらいだ。ちょうどその頃オーヴァートの屋敷に居たドロテアは、勝手な言い分を並べ立てるゼリウスの言葉を聞いた事があった。
「アイツは既に六十半ばだ。時間が無いと思えば無い年齢だ。それにお前達は知らないだろうが、ヤツはオーヴァートに金を借りに来た時にはっきりと言っていた。“あんな金の亡者に皇帝の居城の管理を任せるわけには行きません”と言い出して最後には“あの男を追い出す為にはやはり全てを破壊せねば……”そう呟いて去っていったよ。何だ、随分と不思議そうな顔をするな? 知ってるだろが俺が皇帝の愛人だった事を。お前達は知らんゼリウスの姿を見たぜ、俺に取っちゃああのジジイは、卑屈に頭を床にこすり付ける貧乏人にしか見えなかったがな」
十一年前に高位であったものはこの部屋の中にはいない。まだ若手で仕事に就いたばかりだったりして、ゼリウスははるか遠くの高僧だった頃の話だ。彼らにとってはそのままの記憶だが、ドロテアにしてみれば哀れな敗残者以外の何物でもなかった。
「じゃあ姉さんがあの時一緒に外歩いてたら直ぐにわかったんだ」
「そうかも知れねえが、別にヤツがイシリアを歩いてたって別に気にしねえぜ。そうだ、ゼリウスのヤツは学長時代に何か研究していなかったか?」
「確か古代遺跡の調査に力を入れていたはずですが」
「やはりな。ヤツが何を研究していたか詳しく洗いなおせ」
これでゼリウスが何を研究していたかが解かれば、解決策の一つくらいはみつかるだろうと。またもとの場所に戻り情報を集め、ギュレネイスの学者達と話を詰めようとドロテアはソファーから腰を浮かせた。
「そう言えば……」
部屋を後にしようとした時、まだ室内で部下に指示をだしているクラウスに向き直りある事を尋ねた。
「どうした? エルスト」
「クラウス。首都ゴールフェン正面から入って大通りを左に曲がってすぐにある物凄く大きな家って誰の家か覚えてるか?」
頭の中で街中を描き出し、見かけた場面を必死にエルストは思い出していた。そのエルストの言葉に“ああ、そこで見かけましたね”とヒルダも同意する。ギュレネイス人であるゼリウスがイシリアで拠点としているだろう場所。
「……ゴールフェンか……そこら辺りならクロティス家の邸が一番大きい筈だ。二十年前と同じなら……多分変わっていないだろう。教父を出した家は建国以来移動などしていないはずだ、例え没落しても」
十歳頃まで暮らしていた首都を脳裏に描き、クラウスはエルストの問いに答えた。クロティスと言う名に覚えがあるものは全員顔をあわせて、渋い表情を作る。
「クロティスな……」
鎖国状態ではあるが戦争などをしているのだから、それなりの情報をギュレネイス側では持っている。
クロティスの名は普通の戦争時であれば喜ばしいことだ、何せ無能なのだから。だが、この場面で出ると不吉な響きを持つ。
“何をしでかすのか解からない”
評判の悪さは折り紙つきであるクロティス家の当主シュタードル、彼の名前が知っている者全ての脳裏に浮かんだ。クラウスはあの選民意識の高い名家の生まれを鼻にかけ、道を歩く時すら人々を散して歩く姿を良く覚えていた。
道をあけなかったと言い掛かりをつけて子供達を杖で殴る護衛を引き連れていたシュタードル。大人の力で思いっきり、それも一度や二度ではなく殴られた子供の一人だったクラウスだが、ある日その場にエドウィンが現れて事なきを得た上に、怪我の治療までしてもらった日があった。
クラウスより七歳ほど年上のエドウィンはとても大人びていたことを記憶している。
クラウスがエドウィンと直接会話したのはそれっきりだが、クラウスにとっては忘れられないいい思い出でもあった。幼い頃助けてくれた人物が今や城壁に吊るされている姿を見て、なんとも言えない感情を持っていたところにイヤな思い出を引き連れてくるシュタードルの名。
クラウスは珍しく小さな舌打ちをする。
「ガディル家とは正反対だな。どうやら手を組んだらしいな……一応マリゲリーアに聞いてみるか。空鏡を使用して世界中に通信を入れ“マリゲリーア=ゴールフェン”という女を捜せ」
「ゴールフェン?」
「ああ、ヤロスラフともう一人、現代に残った選帝侯だ。年はもう五十を越えているが美人だ。アイツの事だ、もう異変に気付いてるかも知れねえけどよ」
「御意」
ドロテアに“御意”は可笑しいだろ……と思いつつも背を向け命令に従うべく歩いてゆくクラウスの後姿を、力みの欠片も無い眼差しで見送ったエルストであった。
『そんなに怖かったのかなあ、ドロテア』
**********
−こう言われている−
嘗て七人の選帝侯はいた。皇帝を選出する際は中立は死を意味した。
皇帝が帝国を捨てると言った時、五人の選帝侯は皇帝に楯突いた。
皇帝に従ったのは二人の選帝侯だけだった。
選帝侯は長い年月の間に忘れてしまっていたのだろう。
自分達は決して皇帝に勝つことは出来ないという真実を。
結局選帝侯は二人だけが生き延びて、現在に至るのだ。
−真実か?それは−
男は真実を語った
真実は伝わらない、否、伝えないで苦しめるのだ
ゴールフェン
エールフェン
永遠に従えと
**********
首都と定められる場所には『無害』と認定されるような古代遺跡が存在する。勿論、無害と言っても攻撃する兵器を備えている場合もあるが、それほど攻撃に特化した施設ではないことが多い。攻撃に特化した施設は使いづらい、たとえばイローヌ遺跡のようなものなどは首都としての機能を持たせる事が出来ないからだ。首都として、連絡を取り頑丈で、それなりに使える空間のある古代遺跡。それが、首都の中にあることが大前提となっている。よって首都はその遺跡が存在する場所に作られることが多い。
連絡はその施設に固定されている空鏡が主となる。それは、高貴なご身分やら金持ちやらが使うのが殆どだが、このような状態の場合も使われる。ギュレネイス皇国からの連絡をうけた各国が“マルゲリーア=ゴールフェン”を探し出すと、彼女はネーセルト・バンダ王国の一城で過ごしていた。
豊かな金髪の巻き毛と年齢を感じさせない細首、そして品の良い笑顔。赤く鮮やかで、豪華な襟元に刺繍が施されたドレスと透かし彫りの扇を手に持ったまさに“貴婦人”と呼ぶに相応しい選帝侯が通信画面の前に現れたのは、ドロテアが命じてから直のことであった。
「久しぶりだな、マルゲリーア」
「ドロテア久しぶりね? どうしたのかしら?」
マルゲリーアもドロテアの性格を知っているので、余計な挨拶などしない。
「ゴールフェンで古代遺跡暴走。久しぶりの珍事件だ、それ程規模が大きくないのと、近場にいたので不幸にも俺が指揮にあたる事になった」
「それは大変ねえ。でも迅速でいいじゃない? 誰が主隊に配置されるだとか、何処の国の人を選ぶとか。貴方は俗人とは違うからねぇ」
「俗人がどんなモンかは知らねえがな。で、聞きたい。選帝侯の居城を壊す程の何かがあの首都にはいるのか?」
「具体的に聞きたいわ」
扇を画面から下ろし、身を乗り出すようにしてマルゲリーアはドロテアに問う。その表情は最初の笑みを浮かべていた時とは全く違う。
「ベルンチィアでイローヌ遺跡が暴走寸前になった。これは俺が仕組んだが、その際に対空砲が降ってきた。唯それが、一撃のみだった。おかしいと思ってな、正式に稼動しているのならそれこそ、かわす事などできない程“降って”くる筈だ。結局その一撃のみで終わったが、オーヴァートが調べた所によると対空砲の出所はイシリアのゴールフェンだ。まさかゴールフェン選帝侯の居城に備え付けられている対空砲が、イローヌ遺跡に一撃しか加えられない筈もあるまい。ならば何かが、対空砲を壊したことになる。だが理論上は不可能なんだろう? あの種の兵器を壊すのは。オーヴァートから届いた報告書にもそう書いているが、それは相手が人間であるという大前提のもとでだ。人間では無いとなれば、あんたの配下だろ? オーヴァートは別にゴールフェンについてそう興味はないから、細部のことなんぞ解からない。特に、下層の武器なんぞ皇帝の耳に入るはずもない。そしてギュレネイス皇国を襲った奴等は“食い荒らす者共”を植えつけられていた。それらに関して知っている事を細大漏らさず知りたい」
オーヴァートがドロテアに寄越したのは“古代遺跡”に関しての資料なのだが、その古代遺跡に関する資料以外の何かの存在も僅かに示唆していた。ただ、オーヴァートの性格上示唆しているだけで、全く触れてはいない。そういう人だから仕方ないのだが、それにしても……である。
ドロテアの言葉を受けて、マルゲリーアは少しだけ考えて、形の良いそしてあまりにも鮮やかな赤い口を楽しそうな口角にし、ドロテアの質問に、質問をしかえした。
「場所は大聖堂のあたりかしら?」
明らかに口や目の雰囲気から笑っているのが解るが、それに若干の侮蔑が混じっていることは誰の目にも明らかだ。
「そうなんじゃねえのか……待てよ? そう尋ねてくるって事は一つや二つじゃねえのか!」
「そうよ」
情報を集めれば集めるほど、危機的な状況の全貌が明らかになってきているような感じもするが、そんな事に泣き言や不満を並べ立てていても何の解決も無い。
因みに、ドロテアの背後には何時もの三人と警備隊長以下部下数名と学者二名が控えているのだが、当然誰も口を挟まない。警備隊員らの学習機能も中々に発達しているらしい。
「あっさり言ってくれる。虫だったら取り出したのを壜詰めにしてるが、それをみるか?」
「虫以外に他に何か判断材料はあるかしら?」
虫なんかみたくはないわ、といった風に手を振るマルゲリーアに確定できそうな情報を選び口にしていく。
「大聖堂に吊るされている奴等は全員、顔全体に紫文様が入っていた。五十七人にゴルトバラガナ邪術のアンデッド化だ、人間が一人二人で出来るような邪術じゃないだろ」
ゴルトバラガナ邪術とは、皇代において作られた邪術で、現代の普通の人間では殆ど操る事ができない。ただ、皆無ではないので使える者が現れてもおかしくはないのだが、何せ数が多すぎた。今地上に五十七人もの、それも法力を学んでいるのが大前提である聖職者がゴルトバラガナ邪術のアンデッド化を施されるのは、魔術的にも数的にも、理論的にあわなかった。「ゴルトバラガナ」と聞き、マルゲリーアはピンときたようで
「それで良いわ。虫なんか見なくても構わないようね。ドロテア、貴方が相手にしなければならない相手は“死を与えるもの”もしくは“食い荒らすもの”とでも言えばいいかしらね」
「固有の名称はないのか?」
「あんな下級な虫に与えた名前はないわ」
言い捨てるマルゲリーアの表情は、非常に気分の悪そうなものであるが、ドロテアはそれを全く意に介せず話を続ける。
「その下級の虫の虫に死ぬほど困らされているんだが。あの脳を食い荒らす虫たちを俺達は“食い荒らす者共”と呼んでいる手前、本体……って呼んでいいのかわからんが、そっちの方は“死を与えるもの”で通したい」
ここで、虫本体の名称が決定し、後はそれを簡単にいえば退治するだけの事なのだが、皇代の遺物となれば倒すのも一苦労であるのは、誰が考えても直に解る事だ。
「そう。死を与えるものはその名の通り、人々に死を与えるわ。嘗て、邪術の研究が盛んだった頃に作られたものでね、小さい“食い荒らす者共”って呼ばれているほうもその研究の途中に生まれたものよ。食い荒らす者共が入った体はその素体となんら変わりはないけれど“死を与えるもの”から発せられる情報により、全員が同じ動きをとることが出来るわ」
「“死を与えるもの”に指示を与える事は?」
「口頭で充分よ。言語は全て理解しているわ」
「なんでそれが復活したか解かるか?」
「解かるわ。言いつけを守らなかったんでしょうね。私の父があの場所をイシリア教徒に貸してやったのだけれど、貸し出す際に操作室に当時偉かった何人かを連れていって『どれ程劣勢になったとしても、この破壊に特化した古代遺跡を使う事はしないと誓え』と言ったそうよ」
ゴールフェンの城にあった古代遺跡。その戦いに使える力の存在を態々教えて国を建国させたのだ。そんな事をしたなら、弱い心の持ち主でなくとも禁断の兵器に手を伸ばす。まして国力が低下して、負けが眼前にちらつき始めたその国の、愚かな指導者が手を伸ばすのは当然と言っていい。
「……負けると踏んで貸し出したな」
ドロテアが言ったのは、勝負ではなく己の理性に対しての事。ゴールフェン選帝侯は、彼らが負けるか勝つかはともかく、使うだろう事を予見していた。
「そうなるわね。“死を与えるもの”は丁度主砲の真上に凍らせて置かれていたの、最初の一撃で氷が解けて蘇ったんでしょうね。虫はバカだから、最初は従ったんだと思うけれど、徐々に自分に指示を出しているのがゴールフェン選帝侯でもその家臣でもない事に気付いたんでしょうね。直に気付かない辺りがバカなのよね」
そして使ったものに更なる災いが訪れるように、その兵器を壊す兵器を上に重ねておいたのだ。古代の兵器に手を伸ばした時、イシリア教国は破滅するように仕組まれていた、かつての持ち主によって。
「まったく……性格の悪い事で」
それは『人類に対する警告』なのか? それとも『かつての召使に対する度の過ぎた悪戯』なのか? 何にせよ、彼等は禁断の領域に手を伸ばしたのだ。あれ程権力を得るために使ってはいけないとされている古代遺跡を用い、その結果自滅の道に陥った。
「貴方に言われるとは嬉しい限りだわ。嬉しいついでに教えておくけれど、地下には“死を与えるもの”と同等以上の力を持った者たちが、多数氷付けにして眠っているからあの街に行く時は気をつけるのね」
さりげなく、そして厄介な罠である。半端な魔法で町を焼けば、その氷付けたちが解けて牙をむく。最高の魔法で町を焼けば、生存者も全て殺してしまう。
「了解した。最後に、その虫の強さはどのくらいなんだ?」
「貴方くらいの強さじゃないかしらね」
マルゲリーアが再び扇を取り出し、口元を隠す。
「随分と弱い事で」
「下級ですもの」
「そうか。手間取らせたな」
「そうそう、他に聞かなければならない事は無いのかしら?」
「無いな。遺跡が稼動しているのにイローヌ遺跡に一撃しか加えられなかったのは、“死を与えるもの”のもう一つの名が“食い荒らすもの”である事で解決するだろ? ヤツは食えるんだろ古代遺跡を。ゴールフェン選帝侯が作った程度の古代遺跡の兵器を。示唆したのはオーヴァートだ、アイツの祖先が作ったんだろ“食い荒らすもの”」
「その通りよ。相変わらず読みはいいわ。虫は下級だけれど“陛下”がおつくりになられたそうだから。まあ造った当人は造った事を忘れてしまう程度のものだったんでしょう」
「オーヴァートの祖先はロクなモン造らねえな。じゃ、また、機会があったら会おう」
「そうね。その時は是非妹さんを紹介してね」
「解かった解かった。……待て、最後に一つ。“死を与えるもの”を作ったのは何代皇帝だ? 85代、272代、544代、966代、若しくは……初代?」
「安心して、初代ではないしその四人でもないわ」
「了解。手間掛けさせたな」
最後の方の会話は、マリアもヒルダはもとよりクラウスや学者にも良く解らない「代」の押収であった。
エルストだけは『何代皇帝』に隠された意味を理解していた、皇帝は代に力の差異がある。初代皇帝が最大の力を所持しており、彼の作ったものは彼以外破壊する事ができない、たった一つ“彼の子孫”を除いては。
その彼が作った虫であれば、虫は彼の子孫ではないため、普通の手段では殺害することができず、ドロテアが神の力を行使してゴールフェンの町ごと焼却せねばならないのは確実だ。そしてドロテアが上げた四人の皇帝は皇代の中でも圧倒的な力を誇った者たちである。ドロテアとしてはこの四人が作ったものであれば、初代皇帝と同じくこちら側から生存者の有無を確認せずに焼却するつもりでいた、そうでなければ万に一つも勝ち目は無いからだ。
「あまり聞きたくないようなことまで語ってくれたな」
だがこの五人でないのならば、救助に向かう事が可能だ。ただ、敵の数の多さとその危険性は情報を聞いたせいで、俄然跳ね上がったが。
煙草に火をつけ、灰を床に落としながら通信の切れた画面を睨みながら振り返りもせずに
「クラウス、チトーに早く墓参りの許可をだせと言っておけ。俺はあまり我慢しない性質だからな」
全く別のことを口にした。目の前の状況で手一杯になっているクラウスが、突然の話題に頭を下げ困惑した言葉を続ける。
「も、申し訳……今、混乱が」
クラウスはこの小さな事柄をすっかりと忘れていた。吸ったばかりの煙草を空鏡を操る盤の脇に押し付けもみ消すと、振り返りもせずにその吸殻を弾き投げる。
「混乱も何もどうでもいい、此処は皇帝の外庭だ。本来ならテメエラの許可なしでも墓参りできるのを、国の面子を思って言ってやってるんだぞ。お前に言っても仕方ないかも知れないが、俺が直接チトーに言っても良いもんじゃないだろ」
「はい」
その灰がクラウスに当たった事など気にもせずにドロテアは“後は休む”と言い残し部屋を後にした。吸殻を拾い上げ、クラウスは深いため息をつく。
『無礼なっ!』『何様のつもりだっ!』と態度に声を上げた部下たちにクラウスは小さく首を振り、それ以上言うなと無言で命じる。まだ、納得できない部下たちが何かを言おうとすると、吸殻を握り締めた手を額にあて頭を項垂れ首を振り、
「ご機嫌を損ねるなと司祭閣下はおっしゃられたが、閣下が足止めしたことが一番腹立たしいのだろう。あそこで陛下が足止めなさらずに、直に墓参りを許可しておけばここでこのような別の国のクーデター紛いの事に巻き込まれなくてすんだのだからな。卿は閣下や役所の手続きなど無視して墓を参ることができたのだからな。あのフェールセン城を開錠できる方だ、この国の施設であれば何処でも足を踏み入れることが出来る許可を皇帝陛下からいただいているのだから」
“許可なしでも墓参りできるのを、国の面子を思って”
その言葉に込められた意味を理解できない男ではない。そして理解は出来ても解決策は見付からない。クラウスはまだ僅かに残っていた煙草の火の熱さを掌に感じつつ、部下を連れ委細をチトー五世に報告すべく号令をかけた。
馬車の中
「相当足止めする気だな」
ドロテアはさほど楽しくなさそうではあるが、機嫌も悪くなさそうに当初の目的を口にした。
「オーヴァートさんとの会談を設置してからじゃなきゃダメとか言われたらどうするんですか、姉さん?」
「どうもしねえしそんな事をしてやるつもりはないが、言われる可能性は大だな」
「アレクスの所に呼んだからな」
「アレとコレは違うんだが、当然わかりはしないから。そうなったらそうなったで……チトーのヤツぶっ殺すか、手段はネエわけじゃなあ無いからな」
「いやな方向で前向きだな、ドロテア」
この妻ならやりかねないな、とエルストは久しぶりの煙草を口に咥え思いっきり吸い込んだ。
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