「触んないでよ!」
馬から落ちて、全身を強かに打った娘は気は強いようで、男達に囲まれても声を上げて威嚇する。
「金寄越せって言ってるだろうが」
馬から降りた男達は、娘の周りを取り囲む。どうやら追い剥ぎであるようだ。
「金寄越しただけじゃ済ませねえけどな」
辺りは遮蔽物の一つもない場所なので、隠れて近寄よる事も、姿を消す魔法もないマリアは堂々と彼等の集団に近づいてく。
「おい、誰か来るぜ」
「誰だ?」
マリアはあえて顔を上げて、その顔に相手の注意を集中させる。
「……美人じゃねえか……」
「スゲエ……」
マリアは無言のまま、槍を構える
「ビジンのネエチャン! そんな物騒なモン振り回さないで俺達とアソボっ!」
そこまで言った男の口を短槍がブチ抜いた。
「ええ、遊んでくれるかしら? ただし腕の立つ男に限りよ」
直に短槍を引き抜き、立っている男達の首や顔めがけて短槍を薙ぐように振り回す。
「テメエ!」
多対一であるこの状況では、いかに最初に敵の虚を付いて相手を殺害するかが最も重要な点となる。
『魔法使いはいないみたいね!』
全員の武器はショートソード。極々有り触れたその剣の動きを見つつ、盾でかわし短槍で相手の首から上を狙って薙ぐ。
刺した方が殺傷力は高いのだが、槍が抜けなくなる恐れがあるので一人で戦う場合は薙ぐのだ。それも深くではなく表面を傷つけるように。そして首から上を狙うのは、遠心力をつけて相手に止められないようにする為、そして顔はあまり防備が整っていない為、そして戦意を喪失しやすい為である。
五人ばかり地面に伏させた所で
「おいっ! コイツの命が惜しかったら」
「私は自分の命が惜しいわ」
そう言って、マリアは地に伏している未だ息があった男の頭部に槍を刺す。
「ぐげっ!」という声と共に、男の頭部には穴が開き、僅かに痙攣して動きが止まった。
「その娘を離せば追いはしないけれどね」
マリアにはまだ余裕があったし、相手との距離もあった。視界には立って残っている五人の姿も収まっている。
“多対一の場合は、大体背後を狙われると思え。だから全員の数を確りと認識して、ソイツラを視界から逃さない。先ずそれが第一条件だ”
ドロテアの言葉通り、マリアは五人の姿を視界に入れたまま、倒れて止めを刺していない男達にゆっくりと寄り、首を裂く。
“倒れた奴が一番厄介だ。確実に殺してしまわなければ、何をしてくるかわからないからな”
「おいっ! 本当に殺すぞ!」
「どうぞ。人質を殺せば次はアナタよ!」
マリアは再び短槍を構える。
「ちっ!引くぞ!」
残った五人の追い剥ぎは馬に飛び乗り、捨て台詞を吐いて走り出そうとした
「覚えてろ!今度会った時はたたじゃおかねえからな!メッチャクッチャに犯してやるからな!」
「ヒヒィィーン!」
馬は一声嘶くと、全く動かない。
「おいっ! 走れよっ!」
「ソレは無理だなあ。馬の足は影に囚われたからさ」
エルストの声が朗らかに響いた次に
「今度会った時は、犯すってか。テメエラの頭の中はソレしかないんだろうな、大したことなさそうなモンで犯すってか、おい? 見せてみろよモノ、顔に似合って貧相だろうよ」
地の底から響く声というのがあるのなら、まさにこの声がそれである。
「ドロテア、お帰りなさい」
エルストの肩に片足を乗せて、睨みつける視線は何時もと同じだが口元が冷たい笑みを浮かべているので怖さを五乗くらいにしている。
「よお、マリア……と、そこの小娘、ぼさっとしてねえで立ち上がれ、何時まで地面と寝てるんだ?」
「はっ! はいっ!」
馬から降りて動けなくなった馬達の間をすり抜けながら、相変わらずの威嚇口調で乗馬している輩を見下しているような視線。そして
「で、今度会った時は犯すんだな……おぃ、もう一回言ってみろ」
マリアだけでは解らなかったらしいが、ドロテアが現れて追い剥ぎ達もこの一行が誰なのか解ったらしい。この異様に口の悪い眼光鋭くフェールセン人の男と一緒に居るという“ドロテア”を。
「アンタラ……」
理解した時は既に時遅し、というのはまさにこの事であろう。
「二度と会かねえから殺す! エルスト、小娘の耳押さえろ!」
ドロテアに言われて、馬から降りていたエルストは娘の耳を押さえて見えないようにする
「直に終わるからね」
「は……はい」
娘は目をキッチリと閉め、エルストが塞いでいる耳の上に自分の手も乗せた。
「助けてくださ!」
「俺が誰だか解ってるんだったら、そのセリフがどれ程無意味か解るんじゃねえのか、おらあ! 古き地に眠る、咎人を抱き吸う暗黒の茨よ。久しぶりの食事だ、思う存分食うがいい!」
ドロテアが両手を広げると、死んだ男達も生きている男達も黒い影が体中を這い回り、棘が刺さり絶叫を上げつつ地面に吸い込まれていく
「どうだ、自分の影に食われる気分は。また機会があったら会おうぜ小悪党ども!」
腕を広げ丈の短い上着の裾が舞い、影に引き込まれるように地面に生きている者は意識あるまま引きずり込まれてゆく。そして変わらぬ表情で指先をパチリと鳴らすドロテア、まさに圧勝である。
腕を組んで笑う姿は、先ほどの小悪党と天と地ほどの差を感じさせる。
「はい、もう大丈夫だよお嬢さん」
エルストが娘の耳から手を離す。閉じていても先ほどの断末魔は聞こえたに違いないが、気分の問題だろう。
「は、はい……」
か弱い声で答えて、辺りを見回すとそこに自分を追い回していた輩の姿はない。
娘に説明の一つもせず無視でもするかのようにドロテアはマリアに
「おや、ヒルダは?」
この場にいない、もう一人の所在を確認した。もしもヒルダがいれば先ほどの人数程度なんということもなく片付けられた筈だし、ヒルダがあの程度の敵を前に逃亡するような人間でないのは良く知っているのだが、辺りを見回しても見当たらないので気に掛かったらしい。
「さっきの早馬の青年、ザイツって言うらしいんだけど、彼の馬が怪我したって泣きながら此処まで走ってきてね。それで馬を貸してヒルダが怪我を治しに行ったのよ」
「なる程な」
それを聞くとドロテアは手になにやら黒い球体を作り地面を這うように飛ばした。
「……そうだな、どうやら怪我治し終えたみてえだな。もう少ししたら戻ってくるだろう」
ヒルダの居場所を確認したらしい。もっとも不貞の輩であったばあいは、その黒い球体が相手の命を奪う代物だったのだが、ザイツはどうやら殺されずに済んだようだ。そして辺りを見回し
「この早馬もかなり怪我してるぜ。コレ、アンタの馬だろ小娘」
「はい」
「治せば良いのか」
「えっと……御願いします! お代は後で必ず」
顔色を失っていた娘は、乗馬の負傷を見つけ一気に顔色が紅潮した。
「ああ、代金は期待しないで待ってるぜ。さてと……」
ヒルダとは全く違った呪文を唱えて馬の足や腹を治していく。ヒルダの治癒魔法は正統派聖職者魔法だが、ドロテアはどちらかといえば民間魔法に自分のアレンジを加えた物を多く使う。効果は殆ど同じなので、どう唱えようと大した問題ではないのだろう。ドロテアが馬を治し終えたのをみながら、エルストが声をかける。
「所でこの馬どうする?」
盗賊が乗っていた馬は無傷で残っている。人は殺したが、馬にはなんの罪もないので殺さなかった……ではなく無駄な労力は使わないのだドロテアは。人間だけ殺せば済むもの、わざわざ魔力と精神力を使って付属品である馬を殺す利点は何一つない。
「売り飛ばすか……面倒だからほっとくか?」
主達を失った、盗品だろう馬たちは小さく嘶きながら立ち尽くしていた。
「ほっとこうぜ。馬十匹売ったってどうってことねえしよ。大した名馬でもねえ……まあ馬車馬くらいにはなりそうだが、どうだもって行くか小娘」
「はいっ!」
馬に愛着を持っている娘は、勢い込んで頷いた。
治った馬と、新たに仲間となった馬の首を撫でながらやっと落ち着きを取り戻した娘に
「で、小娘。代金代わりに車軸を取り替えろ」
名を聞くわけでもなく、用事を言いつける。
「それがいいな。やっぱりその道の奴に任せるのが一番だな」
エルストが車軸を娘に差し出すと、娘は馬車に向かって走り出した。それをみながら結界をはずし一服しはじめたドロテアに
「意外と難しいのね、車軸の取替え」
「ああ。まあ、そうでなきゃ商売にならねえからな。難しいっていうより、面倒なだけなんだがな」
「あなたらしいわ」
二人の笑い声が木霊した。
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