ビルトニアの女
勇者の祈り僧侶の言葉【4】
 宿に馬車を置き、一休みでもするか? と思ったが
「宿から三人が出ました」
 直ぐに三人は宿から出て行った。目立つ女だと何時も思う、目立ちすぎて肝心な所に誰も気がつかない程。
 この世のこれ以上の美女はいない、と言われたマリア。実際美しさというなら、マリアの方が上なのだろう……それにしても随分と変わったような感じがする。
 元々マリアとは殆ど話をした事がないが。マリアはどうにも俺を嫌っていた『子供っぽく見えるんだとさ』そうドロテアは笑っていた。確かにそうなのかも知れないなと知りつつも、俺にはどうにも出来はしない。
「あ、王……」
 公国の騎士が自国の王太子を見つけ、走り出そうとしたので腕を掴んで止める。
「なにを!」
 美しさとは縁遠い、きつい顔立ちだが、迫力と言う点では遠くドロテアには及ばないが一応貴族の娘だそうだ。バダッシュとは違い、平民に指示を出されるのを嫌うタイプらしい。最もバダッシュの方が珍しいと言う事くらいは、俺でも解るが……学者は得てしてそうらしい。実力に従う……最も俺の“実力”とは、学者の“実力”とは全くと言っていい程、方向性が違うのだが。
「気付いている筈だ、恐らく人気の無い所に行く気だ。そこで迎えに上がった方が良いだろう」
「必ず人気の無い所に行くと?」
「もう気付いていますよ、あの女は。間違いなく」
 公国の騎士は少々疑っていたが、王国のドロテアを知っている我々は特に心配はしていなかった。
 元々、そう言う気配に鋭い女だ。
「間違いないですよ、男爵。ドロテアは犯罪捜査の部署に引き抜かれた事もある程ですから。それに、エルスト、男の方ですがあの男ギュレネイスの警備隊に所属していた経歴もあるそうです。王太子の尾行くらい即座に気付いているでしょう」
 捜査には定評のあるバダッシュが、そう言い皆で距離を保って付いていく。男爵もバダッシュに言われれば、否定する訳にはいかない、ロートリアス家はこの男爵家より格上だからだそうだ。そういう順列に俺は全くと言っていいほど興味がない。覚える気もない

 昔、ヴァルキリアから聞いた。嘗てドロテアはある国の軍に狙われた事があると。勿論飄々とあの女は勝った、差し向けられた部隊を全滅させてオーヴァートの前に現れた。そんな話を聞いた

−確かその頃十六歳だったはずよ。何を仕出かしたのかまでは、オーヴァートは教えてくれなかったけどね

 娼婦としては当代随一のヴァルキリア。元は由緒ある貴族の娘だったのだが十四の頃、家が没落し意に染まらぬ結婚をするくらいならと娼婦になったそうだ。『気概のある女だぜ』とドロテアが言っていたのを覚えている。ドロテアに言われるくらいなのだから、相当だろうな。と、微かに記憶していた

−知性には自信もあったし、美貌にも自信はあったのよ。あのトルトリアの才媛に会うまではね。それに美貌じゃ私はマリアの足元にも及ばなかったわ

 いい笑顔だった。儚いとか、悲しげだとか、荒んでいるだとかではなく。美しい笑顔、さすが最高の娼婦だ。俺が愛した女には遠く及ばないが。

 ヴァルキリアもドロテアも、色々な事を教えてくれた

 王太子達の後を付けている。王太子は気付いては居ないだろうが、ドロテアは既に気付いている。螺旋状の階段の手摺に手を掛け此方を見据えたその瞳は、相変わらずの輝き。少し此方を見て、また足を進めてゆく。

「……で、別に影武者って訳でも無さそうだな。ウィリアム王太子にダンカン王太子」
 ドロテアは常々思っているのだが、金と権力にモノを言わせて美女を集めて子を産ませる王族達なのに、どうしてこうも美男美女にならんのだろうか? と。
『普通、片親が美形なら少しずつ美形になっていきそうなもんだけどな、なんでこんな不細工なんだろ。 あーやっぱり正妻の子じゃなきゃダメってのがきてるのかなあ……マリアは突然変異で美女だけどよ。ドイルの顔から推察出来ない程全く顔が違うよなあ』
 目の前にいる、豪華さの無い地味な顔立ちの王子二人から殆ど意識を飛ばし、マリアの弟、ドイルの事を思い浮かべながら時間を稼いでやっていた。 ちなみにマリアの両親、弟ともに普通の顔立ちである。ドロテアは美人と定評が高い、母親似だ。
『バダッシュ、アイツも大変だな。他にも仕事あるだろうによ』
 そんな事とは知らずに、普通に受け答えする王太子達、
「はい」
 そんな二人を立って出迎える訳でもなく、ドロテアは座ったままだ。そしてマリアとエルストが直ぐに異変に気付く、何時の間にか
「ちょっと、ドロテア!」
「囲まれたか!」
 取り囲まれていたのだ。十少々の兵士に。
「戦うつもりはない」
 レクトリトアードの一声に
「コッチだって戦うつもりはねえよ」
 笑いながらドロテアは答える。レクトリトアード相手に“戦える”人間は、存在しない。一対一は当然だが千対一でもまるで勝ち目はない、そんな男と戦う気には到底なるはずもない。
「王太子お戻り願います」
「なっ! 何故此処に来た事がわかった?」
 辺りの異変にやっと気付いた王太子二人を冷ややかに見つめて、
「王子様よ、噂を誰から聞いたか知らねえが、俺たちはこの街に付いてまだ三時間も経ってない。それなのに、アンタ等の耳に届いたって事は、故意に噂を流されたと考えな。あぶり出しって訳だろ、レクトリトアード」
「そうなる、王子達を引き渡してくれないだろうか」
「別に、引き渡すも何も話も聞いちゃいねえし、聞いた所で協力しないと踏んで噂を流したんだろう?」
 高台に風が巻き上がってくる。
「怖いな、相変わらず」
 表情と態度と口調に、思わずバダッシュが呟く
「聞こえたら、吹っ飛ばされるわよ」
 隣にいた同僚の女性・ナーシャがバダッシュの服を引っ張る。こちらは学者ではなく、一般的な衛士だ。
「聞こえてるけど、まあいい。それなりの報酬さえ頂ければな。あと噂を流すのはもっと上手にな、気が急いているのはわかるが俺を主体にするたあ、マシューナルが絡んでると直わかる。此処で噂を流すならヒルダに重点を置くべきだったな、アイツは此処が長い、噂になるにしてもアイツが主体になるのが当然だ、自然発生した噂ならな。まあお前達としては、王太子が直に見つけてくれなくてはならないから、聖職者の格好をしたヒルダより目立つ俺を主体にしたんだろうが。単純だな、もっと巧妙に噂は流すべきだ」
 腕を組んで、淡々と話すドロテアに
「そうか、直に我々だとわかった訳か」
 レクトリトアードは言葉少なく返した。元々喋るのも下手なレクトリトアードだ、この位言うのが精一杯だ。
「作戦が直線的だからな。まあそれなりに役には立ったんだ、金を寄越せよ、バダッシュ」
「置いてく。足りない分は後で請求してくれ」
 バダッシュが同期に持っていた金を全て差し出した。見るわけでもなく、手の上で皮袋をポンポンと言わせ
「わかった」
 ドロテアは言うと、立ち上がり包囲網を抜けていく。
「所で、何なのか理由を聞く気はないのか」
「興味は無い」
 そう言って、ドロテア達は背を向けたまま振り返らずに公園を後にした。
「変わらないなあ。迫力は増したけどな」
 バダッシュが笑いながらドロテアを見送り、王太子達を連れて彼等も公園を後にした。
 王子達は馬車に乗ってもらいゆっくりと馬を引きながら、一時滞在してもらう場所へと移動していた。聖職者の集団を避けながら
「変わらないのか?そんなに」
 バダッシュに聞いてみた。
「昔、一緒に捜査した事がある。単純な殺人事件だったんだが」
「単純というのは不謹慎では?」
 ナーシャがたしなめるとバダッシュは
「そうか……そうだな。そこは言い直すが、よくある人殺しで、一緒に逃亡した犯人を追った事があった」
 笑って訂正した。こういう所が、評判の良い所らしい。勿論ナーシャは平民で、バダッシュより位も下だ。
「けっこう、二人で組んでたわよね」
 ナーシャは憧れているようだが、それは憧れだけなのだそうだ。
「ドロテアは魔法も使えるからな。……それに何より“足手まとい”にならないし、言い寄ってこないのが気楽でな。ま、ドロテアにしてみれば、たかが貴族の末息子に声なんか掛ける訳もない」
 マシューナルきっての大名門貴族の自慢の息子は、笑ってそういった。
「バダッシュらしい人選だな」
 本当は俺も声などかけられるとは、思ってもいなかった。あの女は、あくまでも皇帝の側にいるのが似合っていた。

『皇帝の愛人』そう名乗っていた、若き学生。その“称号”が似合っていた、皇帝の愛妾達の誰もが名乗ろうとはしなかった“称号”
それは“大寵妃としての自信”があってこそだと、誰もが認めた“称号”だった。

 今ではこういわれる『最後の大寵妃』

 最後の皇帝は妻を娶ろうとしない


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