「中心から数えて第三層に降り立った様子だな」
エルストが逃げ惑う人々の会話や叫びから、粗方推測して告げる。
「ヤツは一体何をしているんだ?」
ドロテアは怪訝な声を上げながら、人の波と逆方向に進む。我先にと逃げようとしている人々を、邪魔と言わんばかりに押しのけて進んでいた。
非常事態なので、法王と枢機卿のみが使う事の許される出入り口を聖騎士も使えるように指示が出されているらしく、思いのほか短時間で到着が出来そうだった。
その道すがらのドロテアの一言。
「何って……人殺しに来たんだろう?」
普通に答えればそれしかないのだが、ドロテアには不満だ。
「なら飛びながら無尽蔵に殺していけばいいだろうが。何故翼があるのに降り立って人を殺す?」
空を見ても吸血族の姿が見当たらないのが不可解だった。頭上から急降下して頭を喰らう、それが特徴である筈の吸血族がわざわざ地上に降り立って人を殺害するメリットがない。そのドロテアの問いに、足早になっているネテルティが答えた
「何らかの目的があって殺しているのでしょう。そして、前に飛んでいる間に呪文が間に合い、法王庁からうけた砲撃を警戒している筈よ」
「益々持って解らんな」
「何で?」
マリアの問いに、逃げよろめいてきた酒臭い男を腕で弾き飛ばしドロテアがかえす
「法王庁からの砲撃ってのは、法王か枢機卿が撃った強大な術を差す。だがあれは、時間が掛かる上に小回りが効かない」
その代わり威力は絶大で、それこそ山をも簡単に吹き飛ばすとされている。それは個人差はあれど、誇大な表現ではない。
「ええ、確かに小回りは効かないわ。それに気付いた敵は、飛ばないで人を殺すの」
「大元がいる訳か……」
「? 私全然解らないんだけど、ドロテア?」
会話も進み、そろそろ吸血族の陣取っている場所に辿り着きそうなのだがマリアにはまるで話が見えていない。もっともそれは他の人も同じなようだが、唯一エルストが
「確か……建物の増築や、道の破壊、落書きなんかは重大犯罪だったな、ドロテア」
「ああそうだ。マリア、この首都は建物を壊すと重罪なんだ。そして道路が剥げたりしたら修復は速やかに行われ、壊れている所を探す専門の部隊もある。建物も窓を勝手に付け替えたりするのは禁止だ……やばいな……」
「そうだな」
「何か気付いた事でも?」
「気付かねえのか、ミンネゼンガー」
申し訳無さそうに頷く。相手が法王であろうと街中で一対一で会ったら普通に喋るといっただけの事はあり、ドロテアは本当に普通に話し続ける。
「……一回砲撃を受けただけで、何故敵はそれを知ったか?都市を人質に人を殺す理由は?」
楽しんで人を殺すだけならば、最も守備の堅いと言っても過言ではないエド法国の首都になどくる必要はない。
此処で”殺さなくては意味が無い”のだ、歴代最高の力を持っていると言われる法王と最高枢機卿の砲撃の合間を縫って。
それが意味するのは?
「いるな、背後で何か操っているのが。吸血鬼か……何故来ない?」
吸血鬼が直接に軍勢を率いてくるならドロテアも納得できるが、これは違う。何らかの意図で人々を生贄にしている、その意図がわからない
「そろそろ着くわ」
「ネテルティさんは聖騎士団合流して其方で。コッチは……ミンネゼンガー聖歌を歌え。出来るな?」
「は、はい!」
「ある程度やつの魔法守備力を下げろ、その手の聖歌は使えるだろう。そしてヒルダ。盾を持ってミンネゼンガーを護衛しろ」
「うん!」
亀のように、自分の身長より頭二つは大きい盾を背負ったヒルダが頷く
「マリアとエルストは、攻撃を加えろ。ヤツの目的が殺戮では無いのだとしたら、攻撃を加えて目的の達成まで時間を稼ぐ。足止めを……五分稼げれば、法王庁からの砲撃が望める筈だ。その隙に、ヤツを上空に飛び上がらせれたら良いんだろうがな。そう簡単にもいかないだろう」
簡単に行くはずがないけどな、ドロテアはそう心で呟きながら指示をだした。この場に、そう吸血族が現れる都度、法王自らが足を運んでいながら吸血族を飛ばすことが出来ず、いつも”止め”を刺せないでいるのだから無理だろうが、やれるだけの事はやってみるか、と覚悟を決めた。
良くは解らないが、ドロテアはネテルティを見捨ててはいけないような気がしてならなかった。思い出せないが
― 誰かが自分を引きとめていた ―
「初めて戦う、強敵ね」
この場合、マリアの言葉に魔王は含まれてはないないようである。ただ魔王の名誉(?)の為に断っておくが、吸血族や吸血鬼よりは魔王の方が断然強い。いや、強かった。
「無理をするなよ、マリア。恐らく信じられない力を持っている筈だ」
「防御は任せたわよ、ドロテア」
「まあな……あれかっ!!」
「何て大きさだよ……」
エルストがそう言うのも当然だ。地上スレスレに浮いているのだが、軽く見ただけでも二mを越す程の大きさ。二足歩行を行えるような体格だが、腕が異様に長い。人を切り裂く為にある指と爪を供えた腕は膝下まであるほどの長さで、人間が槍を構えても懐には到底届きそうに無い。
顔に目は大きいのが一つ、口は動物のように大きく牙が尋常ではない勢いで、伸び始める。盛り上がった筋肉と、それに繋がる羽。
蝙蝠のような羽というが、そんな可愛らしい羽ではない。羽ばたく時の音の凄まじさは、全ての魔法を打ち消すかのような音だ。
そんな人間とは一線を画している吸血族。吸血族は吸血鬼に近い姿をしているのだから”これ”をもっと禍々しくしたものが、吸血大公の姿なのだろう。