「実は国内で違法行為が行われております」
「エド絡みか?」
「ええ。有名ですか?」
「どうだろうな、イシリアが閉ざされた国だから情報はあまり。オマケに最も親密なエド法国絡みとくれば、情報は殆ど無いに等しいな」
国内で同じ国の人間が起こした事件なら、このエドウィンの性格上自ら片付けようとするだろう。それを部外者のドロテアに頼むとなると、当然国内に縛り付けられているエドウィンの手の届かない場所にいる人物となる。
今現在イシリア教国が国交を結んでいる一つの国、エド法国に他ならないのはすぐに察しがつく。
「犯罪は薬物です」
「麻薬か何かか?」
麻薬の密売は、どの国でも行われている事で珍しいものではないのだが、
「それもありますが、カッシーニ」
エドウィンにカッシーニと呼ばれたのは、先程吹っ飛ばされた騎馬隊を処理した男であった。彼が差し出したのは何枚かの書類、差し出された書類を受け取るとドロテアはざっと目を通す。
「あの"慈悲の白い砂"です」
カッシーニが言うよりも早く、書類に目を通したドロテアにはそれがわかった。
「何それ」
聞きなれない言葉にマリアが尋ねる。
「最強の毒だ、人が作りえるな。そんなモノを?」
「あれは少量で死に到るそうですね」
「それが特徴だからな。エド法国がこの治外法権下でその薬を大量に製造しているのか」
元々は不治の病を患ったものに与えるのが主だったが。この毒、少量で即死に至りあの"命の奇蹟"と呼ばれる花ですら反応しないのだ。
微かに特徴的な香りがあるにはあるが、解らない人は解らないという。よって使い勝手の良い"暗殺の毒薬"とされ古今東西で"厄介者"を片付ける事に使われ、遺産をせしめたり、簒奪に使われたりと引く手数多となった。
ただ、製法が独特でそれなりの設備が必要な事と、原材料が特殊ではないが、大量に必要な為に足も付きやすい。
「正確には、エド法国には関係ありません。アレクサンドロス四世、あの方はご立派な方です」
「枢機卿……ハーシルか」
法王が関係していないとなると法王と敵対していると有名なハーシル枢機卿以外にいないだろう。正確には法王ではなく法王の信任厚いセツ枢機卿と敵対しているのだが。
「しっ!」
「大丈夫だ、部屋に結界を張っている。聖職者にはこの中を探るのは無理だ」
根が策略家なのか、ドロテアはこういったのに長けている。この手の話をするときは、三重トラップくらいをかけるのは何時もの事だ。言われて気付き、カッシーニと部屋を探るとエドウィンは座りなおして
「でしたら。ハーシル枢機卿と直に気付かれましたか」
「エド法王を殺害する気だろうな、量は?」
「調べただけでこの壷一つ分、それも運び出されたと聞きます」
エドウィンが備蓄の壷を抱きかかえる。成人男性が抱える程の大きさの壷に蓄えられた毒は、ドロテアにしてみると効果が解る分奇怪だった。その毒はそんなに大量に作るものではない、それ程となると……
「エド法国を壊滅させる気か? それだけありゃエドの首都は全滅するぞ。水にでも流し込まれた最後だ」
それでも余る程の量だし、それ程一度に作ったバカというのも初めて聞いたドロテアである。
「彼はそんな事はしないでしょう。彼の望みはあくまで法王位。本来なら政敵たるセツ枢機卿を狙いたい所でしょうが、法王位を狙うのなら猊下を」
「若しくは両方を同時に、か……。そうそう上手く行くもんじゃねえと思うけれどな。二十年も裏をかけないでいるんだからよ」
最長の枢機卿在位年数を誇るハメに陥った、金で枢機卿の位を買った最後の一人・それがハーシル。当然の如く法王位を狙っていたのだろうが、先代のディス二世の変わった行為によりその道を断たれた。だが諦めていないのは公然の秘密。
「それにしても、多すぎる」
赤子の掌に山盛りにした量で、千人どころでは済まない程人が死ぬ。化け物でも殺す気なのだろうか? と頭を捻るしかない。ただ、それ程大量に作った為に足が付いたのだろう。
これ程寂れた首都で、それ程の大事を行えば直に解る。ハーシルがイシリアと隣接するホレイル王国の王族で、ホレイル側を通して機材や原材料を集めたとしても、隠しおおせるものではない。
「ええ、彼が何を仕出かそうとしているのか? そこまでは私はつかむ事は出来ませんでした。ですが、この毒薬の製造に関する書類と、他の悪行を調べました。わが国では裁けませんが、エド法国では裁けるはずです」
一応他宗教でも裁けるのだが、さすがに他教の枢機卿に出頭命令などは出せるはずも無い。枢機卿を逮捕するとなると法王自らの命令が必要となる。
「それをエド法国に持っていけと?」
「お願いします。慈悲の白い粉は既に持ち出されたらしいのです、事は一刻を争い、本来ならば私が何とかしなければならないのですが、それは……」
お願いされるには、大事である。が、このエドウィンが国を出てエド法国に辿り着ける訳もない。
「俺は基本的には面倒なことには頼まれない。だが届けてやろう、届け先はセツ枢機卿でいいな」
珍しくドロテアは頷いた。そしてドロテアが届けると言った相手、ハーシル枢機卿の最大の敵であり、他の国家から恐れられる冷徹な枢機卿、セツ。
現在エド法国には三人の枢機卿しかいない。本来は定数七名でいつも満杯なのだが、現在は法王の信任厚いセツ枢機卿とハーシル枢機卿が犬猿の仲で、他方が推薦した者を難癖つけて否決してしまう。その為この五年間誰一人枢機卿には選出されていない。五年前にハーシル枢機卿の推薦でクナ枢機卿が選出されたが、それと引き換えにと"次期法王"と目される位に法王がセツ枢機卿を就けた。
世間ではセツ枢機卿が"ソレ"と引き換えにクナ枢機卿を認めたと言っている。
最近はハーシル枢機卿も落ち目だと言う。元々先代の法王の時代から枢機卿だったハーシルがこの先法王に選出される可能性は低い、年齢的にも限界で、人望も法王とセツ枢機卿には遠く及ばない。
「有り難うございます! 今すぐ面会状を!」
「いらん」
「ですが、無ければ会う事は出来ない」
「アンタが面会状を書いたとしよう、捺印が必要だろう。イシリアの中にも甘い蜜を吸っているヤツがいる、そいつ等がすぐさま連絡するだろう。そうなったらお終いだ」
「じゃあどうするの?」
マリアもどう考えても法王に会うのは無理だと思う、ヒルダも同じく頷く。法王は恐らくどの国の国王よりも会うのが困難だ、何せ国王ですら法王に謁見するのが困難だから。だが、ドロテアはアッサリと
「まあ、一応会うアテはある、一応王族にもツテはあるしな」
「オーヴァートか」
「ああ、アイツなら無理が利くからな。まあ届けると言ったからには必ず届ける、安心しろ。それよりテメエ等の身の安全でも確保しておけよ」
書類を折りたたむと、エルストの胸元にドロテアが押し込める。押し込められた書類を見ながら、
「それにしても珍しいな。引き受けるだなんて」
エルストの言葉に、言うと思ったとドロテアは笑いながら
「昔な、助けられたんだよ。最後の日にな、イシリア教のヤツラ無謀でな、逃げ送れた人を救いに走ってたぜ。テメエで逃げりゃいいのによ、まあかく言う俺もイシリアの神父に抱えられた一人だった。ヤツはその後死んだだろうから、恩返しくらいはしてやるよ」
二十一年前、まだ六歳の少女だったドロテアが自力で逃げ切れる訳も無い
赤銅色の僧服が血に染まってゆくのを、親に抱かれて逃げる時見た様なきがする
遠き日に貴方が抱きしめて
そして助けようとしたのね
助かりはしなかったけれども
嬉しかったよ、ありがとう
貴方はあの後どうなったの
今思えば、あの時自分を助けてくれた神父は、今の自分より年若かったのか知れないな
彼の姿を見ることは二度となかった
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