ビルトニアの女
地の果てを望むのは私ではない【1】
 センド・バリシア共和国
 王制が殆どを支配する大陸にあって唯一の共和国家。
 最もこの共和国の成立の理由自体は、簡単に言えば"王様になれなかった王子が腹いせに建てた"である。
 正妃の生んだ王太子より寵妃の王子の方が可愛かった王様が、なんやかんやと理由をつけて結局王太子を廃嫡にしてしまった。
 それに腹を立てた王太子が国を出て自分の名前をつけて建国したのがセンド共和国。彼は故国バシリア王国に戦争をしかけ、見事母国を打ち破り自分が国外に出る理由となった異母でバシリ王国の国王を処刑したのは三十年が経過していた。
 それ故に建国者・センド大統領は世襲制を嫌い世襲制を一切禁止している。
 その禁止振りは凄まじく、医師の子は医師にはなれず、政治家の子は政治家になれない。と言った具合に。
 この調子でくると当然"軍人の子は軍人になれず"となるようだが、センド・バリシア共和国は大陸で唯一"徴兵制"を取っている、それも男女平等に。
 言うなれば国民全員が兵隊と言う訳だ。最も職業軍人の子は徴兵にもかからない、上官が自分の子供を優遇するという理由で。それだけ聞けばいいような気もするが、重い徴兵税がかかる。職業軍人を辞職し子供を徴兵におくる親もいるほどだ。
 何せ職業軍人家庭に子供が二人いればその家は確実に破産するというほどの重税。徴兵税は徴兵期間五年間、そしてそ五年間が終わると今度は身体が完全に安全であったことに感謝して奉仕としての徴兵税五年間、計十年間払い続けなくてはならない代物だからである。
 そして宗教に関してもあまり熱心ではなく、他国では"宗教特別免税"がまかり通るのだが、この国だけは教会にも納税義務を負わせている。上の徴兵税に比べれば僅かなものだが。

そんな1枚岩のような国家でも色々と軋みがある
1枚岩であればある程と言った方が正しいかも知れないが

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「これがセンド・バリシア共和国物語という、子供向けの話だ。理解したか?」
 明かりの乏しい暗い石造りの狭い部屋で、ドロテアが他の三人に共和国の成り立ち、現在の状況を説明していた。別にお勉強の時間だとか言うのではなくて、
「で、これから如何したらいいのかしらネ?」
 手ぶらになったマリアは肩を竦めて困った様に声を上げる。ただ今四人は武器を取り上げられ牢獄に閉じ込められていた。
「さすがに牢獄だから、魔法は使えないしさあ……」
 ヒルダが魔法を唱えてみるも、それは不発に終わってしまう。牢獄というのは何所の国でもそうだが、非常に手間と金がかかっている。特に魔法使いがいる場合はそれはそれは立派な牢獄にご案内してもらえるのだ。"開錠"の呪文で逃げ出さないように。
「だが、このままここに居たらヤバイだろう」
 魔法で開錠が出来ないのなら、この"盗賊上がり"男の出番のようなものだがさすがは国家の牢獄。
『内側からは魔法で開錠できず、外側からは魔法で施錠できる』
 という、高価極まりない扉で廊下と遮られている。
「このままいたら殺されるのは目にみえているな」
 ドロテアはさも面白くもないように、言い捨てた。だがその態度は今だ奥の手を隠し持っている事を物語っていた。

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 豪華な部屋ではあるが、この部屋の中で交される会話は決して明るいものは無い事がわかる。部屋には窓がないのだ。それだけでも圧迫感を感じるのだが、その室内で人を待つ男はそれ以上に心理的な圧迫感を感じていた。
 男の名はセイローン。センド・バリシア共和国で生まれ育った男で当年二十八歳の”大望”を抱いた若者であった。

『あった』過去形である。

 セイローンという男の抱いた大望というのは共和国を"王国"にすると言う代物である。仲間と共に共和国を転覆させるべく日々闘争を繰り返していた。
 共和国内部にも色々と不満分子が多い。特に多いのが"財産は半分を国家に収めよ"という条目である。
 親が死ぬとその財産の半分は国家に収めなくてはならない。平民ならまだしも金持ちになれば成る程そんなのはバカバカしくて守りたくない。
 事実守らない輩の方が圧倒的に多い。それでも、権力が続いている間はそんな事ができる。だが権勢が衰えを見せると途端に財産の独り占めが問題とされ、その座を失う事となり、地位も財産も一気に失ってしまう。
 その凋落をイヤと言う程見てきた”富豪”達はどうしても特権が欲しかった。そんな条目に腹を立てていた金持ちなどと共にセイローンは大統領の暗殺を目指し策を練っていた。
 国家転覆の方法が暗殺。
 既に暗殺などという手段に訴えようとしている時点で成功した所で行く先が暗いのは確実なのだが、視野の狭い、自分達としては高尚な大望を抱いている者にはそんな事は解らない。
 そして、そんな話を持ち込まれたのが”勇者様”一行であった。ドロテアは最初その話を聞いた時、眉間に縦皺を寄せ返事を保留するとして宿屋に泊まり、即座に街から出るつもりでいた。だがそこに"国家警察"を名乗る六人の屈強な男が乗り込んできたのである。
 セイローンが旅の冒険者に接触、協力を仰いだ事を知った国家警察達がドロテア達が勇者証を持っていたらしい事を知り焦った上の犯行。まさか"俄かペテン勇者様ご一行"だとは思うまい。
 焦った国家警察が取った行動とは、
「こ……これで家族は返してくれるんだろうな」
 豪華なソファーに腰をおろしながら、居心地悪そうにセイローンは向かい側に座っている鋭い顔つきをした女に問い質す。
 否、問い質すというよりは懇願していると言った口調だろう。鋭い顔つきの女はせせら笑い、軽蔑したような声で話始める。
「返すわよ。その前に仲間の名前も全員言いなさい。言わないと家族は皆殺しよ」
 国家警察の取った行動は、いつの世も同じで家族を人質にして口を割らせるであった。コレで口を割らないような男ならばドロテアにも協力してもらえただろうが、生憎とセイローンは普通の男で、拷問一つされずに口を割った。そしてその口の軽さと精神力の軽さに、もっと口を割らせようと女は畳み掛けた。
「なっ! あの勇者達の居所を告げれば返してくれると!」
 男は女の鋭い眼差しの前に沈黙し、テーブルの上に目線を落とす。
 磨かれたテーブル上に映る自分の顔、その顔の向こうに映る妻と幼い二人の娘が揺らめく。帰ると笑いながら出迎えてくれる妻と、眠っている幼子の顔が頭の中を支配する。項垂れた男に一瞥をくれて女は冷酷に笑った。
 女の名はヘレン。国民にも恐れられる"国家治安維持部隊"の総司令官である。
『この程度の男なら簡単に後一押ししたら終わりね』
 誇大妄想を抱く男などドコにでもいる。そんな狂気に囚われたヤツラを"一掃"するのが彼女の仕事であった。
「早くいいなさい」
 テーブルを人差し指でコツコツと叩く。美しく手入れの行き届いたその爪、そしてその音にすら過敏に反応をする男。
「言ったら返してくれるんだな? 無事で。当然無事なんだろうな?」
「ええ。無事よ。なんなら今連れてきて見せましょうか?」
「ああ。家族に会わせてくれたら……言う……」
 男は簡単に折れる。所詮その程度と言うべきか、それとも家族思いの男と言うべきか。それは人によって違うだろう。
「解ったわ」
 ヘレンは背後に立っていた部下に無言で命じる。部下の一人が扉に手をかける。開くと同時にそこには恐怖に顔を引きつらせた妻と二人の幼い娘がいた。妻は両腕を屈強な男にガッチリと固められ、娘も男達に"持たれ"ていた。
「リナ! アイシャ! エル!」
 悲痛な叫びをセイローンは上げるも、妻子は猿轡をかまされているので答える事は出来ない。娘と妻の双眸からは恐怖の涙が流れ落ちる。
「ほら、生きているでしょう? 早く言いなさい?」
「分かった……仲間は……」
 何時もの尋問が行われているその時、
「失礼します、司令!!」
 一人の部下が息を切らせてそこに飛び込んできた。
「一体何事? ココに入ってくるのにはそれ相応の理由が無ければオマエも極刑は逃れられないの」
 本来ならこの一睨みで部下は萎縮するのだろうが、今回はそんな上司の言葉に怯んでいる場合では無い。
「緊急事態です。正体不明の病が発生しました。この棟に居るものは七割が高熱、吐き気、眩暈を訴えており、機能マヒ状態です」


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