君が消えた六月三十一日

[22]水没都市【1】

 被検体になったことで下の毛が全部白くなっているFです。
 あまりにも笑えるので、こっそりと脱毛しようと考えて、ブラジリアンワックスを購入したのですが、死ぬかとおもいました。あまりにも痛くてのたうち回っていると、サバチーがブラジリアンワックスを敵認定して、あやうく名状しがたきブラジリアンワックスが爆誕するところでした。

 サバチーは私が襲われることを阻止する。なにせ私が襲われたら鯖缶が食えなくなるから ―― サバチーが私を危機から救った話をすると聞いた人は「お前等結婚しちまえよ!」と言ってくるが、なぜ<旧支配者>の眷属と結婚せねばならぬのだ!

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 サバチーは二度私の命を救っている。両方ともナターリア絡み。最初は彼女を亡き者にしたやつらの魔手が私に迫ったとき、サバチーが「さばかんはにゃらるとほてぷのけんぞくであるじぶんがまもる!」状態で。二度目はナターリアのお姉さんの組織下の会社に強制的に入社させられて、その巻き添え食って ―― どうもねえ、誘拐した人たちが襲おうとしたらしいんですよ。私に性的暴行。馬鹿なのか? アホなのか? ロシアは世紀末なのか? それとも始まったのか? なによりロシアには女がいないのか? それとも粗悪なウオッカの飲み過ぎで狂ったのか? あん。
 なにもこの、女として終わっている私に! 私を襲うくらいなら、可愛らしい美少年襲うべきだろう? 可愛らしい美少年がいなかったら犬とか熊とか襲ったほうがまだいいだろうが。同意以外は認めない!

 命を救われた原因はサバチーとのある会話。

 ネットを見るとき胡座をかいて、サバチーをクッション代わりにしていると以前書きましたが、そうやって見ていたものの中に外国の無修正なアレがあったわけです。もちろん男女だよ、男女! そこは力説しておくよ! そこ力説しなければならないのが腐女子ってもんだよ! OK? ……よおし、話を進めようじゃないか。

 サバチーと一緒に見ていて、
「こんな感じで襲われそうになったら助けてね。襲われてから助けても無駄だから」
「……」
「どうしてって、そりゃあ……いやだから。それに精神が壊れる可能性もあって、サバチーに鯖缶開けられなくなるし、ほっけのすり身蒸したものも作れなくなっちゃうよ」
「……」
 そんなことを言いながら、あんあん言ってるのを流して見ていたわけです。<旧支配者>はラヴィニア・ウェイトリイの息子ウィルバーとその弟(?)からも分かる通り、普通に人間の女性と性交渉に至り子孫を残すことも可能です。
 サバチーは<旧支配者>の記憶として生殖行為は理解できたものの、非常に愚鈍なので臨機応変というか、通常のあれとか理解できず、私は生殖行為をすると気が狂うと認識したようで……いつだって助けにきてくれますとも。

 別にいいんですけれどもね、下の毛白いし。脱毛挫折したし、そもそも縁がないし。ブラジル女性の美に対する情熱は本物だと思います。私が挫折し過ぎなのかもしれませんが。

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 さて、書こうかどうか悩んでいたのですが、なんとなくまとまったのでナターリアの話をしましょう。
 ナターリアは以前登場人物紹介に書いたとおり、カールハインツ一党に殺されました。
 それに関して時事系列を並び替え、私目線で、私しか知らないことも書くことにします。本当は墓場まで持って行くつもりだったのですが、最近は簡単に墓買えませんし、永代供養代も馬鹿になりませんし、結婚もできないので(”しない”ではなくて”できない”。この違い重要)墓買ったところで無駄ってか。先祖伝来の墓もろくに墓参りしていないのに入るのはちょっと気後れする。部屋の片隅に置かれる骨壷の中ってのも憧れたんですが、私がいま住んでるところ土葬に限りなく近い家葬? 家の中に死体を安置したままにしておくの。変わった風習でしょ? 私も驚きましたが、やっぱり郷に入っては郷に従えって言うじゃないですか。だから……私の終末計画なんてどうでも良いことですね。

 ナターリアについて語らないで死んだら死体になっても動き回りそうなので、私がリビングデッドになるのを阻止するためにも、読んでいただけたら幸いです。

[水没都市]【1】

 二度と酸素が薄いところに行くものかあ! 決意したものの三年の時にまた南米へ。今度はチリ共和国、公用語はやはりスペイン語。頑張り過ぎだぜ、無敵艦隊。
 で、アタカマ砂漠まで行って来ました。
 アタカマ砂漠はご存じの方も多いでしょうが、世界三大砂漠(なんでもかんでも、三大って言えばいいってもんじゃねええ!)サハラ、ゴビと並ぶ砂漠で、エライ乾燥している場所です。砂漠なんだから乾燥してて当たり前だろと言われそうですが……ああ、そうだとも! 逆ギレしたくなるくらいに乾燥していたとも。
 乾燥具合はすごい寒い日に似ていた。極寒の中で吸う空気の冷たくも乾いている感覚。分かる人には分かってもらえると。それに似ていた。
 そんな乾いた大地に赴いた理由は天体観測。
 天体観測に向いている気候なので(雨降らないから大気が揺るがない、水蒸気ない)各国の天文台が設置されており、実はミスカトニック大学の観測台もありまして、それを使って天体観測をするのが私の任務であり三年の単位条件。

 何を観測したのかって? 土星です。

 なんで今更土星? と言われそうですが(実際土星のこと、ほとんど解っていないんですが)……信じるかどうかは別として、私たち的には有名な魔術師エイボン。彼が異端審問官モルギに追われ、おぞましき神の手助けを借り逃げた先が土星。……だったのです。
 私たちにはカルナディスのような能力「銀河の果てまでひとっとび! ただし、若いころに限る」はないので、調べようもないのですが……これを調べる、変な偏光トンデモフィルターみたいなものを開発した人がおりました。ミスカトニック大学の教授の一人です。
 教授は「我々が観ている土星はエイボンの魔術により歪められたもので、本当の土星の姿ではない!」なる主張しておりました。その教授が言うには土星の環がその装置だと……実際、土星の環は出来ているのか? はっきりとしたことは分かっていません。なんとなく、分かった雰囲気でいるのが実情です。
 大学の金も使った研究で、この偏光トンデモフィルターの効果が証明されなければ、その教授は大学追い出されるところまできてしましたが、教授は追い出されませんでした。効果が証明されたのではなく、死亡したのです。異常な死ではなく自然死。
 実証されていない研究が残され、研究を引き継ごうとした助手がいたのですが、引き継ぐためには先ずはここまでの成果を大学側に見せる必要があります。
 その助手女性足が不自由。車椅子の彼女が行ける範囲の望遠鏡では成果は望めない。アタカマ砂漠にある天文台でしか実証できない。
 最初は助手彼女と死亡教授のゼミ生数名で偏光トンデモフィルターを持って向かったのですが、理由はなんなのか知りませんが取りあえず全滅。第二陣も理由不明のまま全滅。偏光トンデモフィルターも行方不明。
 助手彼女はゼミ生に拘らず大学内の生徒全員を吟味して「金さえ払えば悪名高き生物兵器学者の被検体にもなる、南米高地と蕃神の儀式経験がある日本兵」学生に白羽の矢を立てました。

 そう私<F>です。

 南米の高地なんて、二度と行くものか! と思ったのですが、星空が綺麗だと言われて。偏光トンデモフィルター実験後はまる二日、好きに見てもいいとか言われたら心揺らぐだろ? 宇宙好きにはたまらないよね。
 いや、最初は拒否しましたよ。<旧支配者>が登場する時って大体”もや”がかかって、視界が悪くなるから無駄なのではないか?
 ハワイのほうにも凄い望遠鏡あるはずだから、そっちにしようよ! ハワイなら喜んで行くよ! 南米も標高低いところならOK。2000mまでなら耐えるけど、それよりも1cmでも高いのはお断り。ハワイのマウナケア天文台群も高いところにありますが、それでもさあ。ハワイ行きたいなハワイ。
 ミスカトニック大学はアメリカの大学なんだから、アメリカ国内で済ませようぜ!
 日本語通じないところ行きたくないんですよ! ハワイならある程度日本語通じるしさ。
 チリにも興味はありますよ。オデッサの本拠地があるとも言われた国ですから興味はあるさ。(オデッサとはナチス親衛隊隊員の為の組織 Organisation for ex-SS Membersの略称ODESSA。架空の存在ともされています。映画化もされたオデッサ・ファイルはあまりにも有名……だと個人的に思ってる)
 なんにせよ、標高がなあ。観測台ってどこでも普通に4000m越なんだもんなあ。
 富士山が最も高い山できゃーきゃー騒いでいる国で生まれ育った人間には、過酷すぎる。

 で、結局、死亡教授の保険金に目がくらみまして行くことに決めました。

 金貰って単位取れて、海外の普通じゃ行けないところに行けるって、最高じゃない? 言われますが……最高であることは認めますよ。
 私お金好きですよ。マフィアから貰ったりするのが嫌なだけで、死亡教授の保険金は高額ではなく、仕事を引き受けるには妥当な金額だったのでね。
 ついでに行方不明になったゼミ生の遺品捜してこいと言われましたが、
「カレラ ハ イキテイル ト シンジテ イマス シンジルコト ガ キセキ ニ ツナガル ノ death」
 面倒なので棒読みかまして逃げました。でも目的地が同じだったので、途中で見つけてしまってねえ。なんであんなに骨が年代経過したのやら。
 一応骨の専門家卵である私が見たところ、四百年は経過していた。乾いた砂漠の上で ――

 結果だけ言いますと、偏光トンデモフィルターはたしかに土星の違う姿を映し出しました。それが真の姿なのか? トンデモが作りあげた幻想なのか? 判断はつきかねますが。厨二能力は所持していますが、幻想をぶちやぶる気力も体力も酸素もないので、音を上げているヘモグロビンに従って、大人しく観測結果を持参したパソコンとハードディスク、SDメモリとフラッシュメモリに保存。最後に念の為に添付ファイルにして私のフリーメールアドレスにも送信。そうして平地へと。
 前回のメキシコと同じく、高地になれることに最も時間がかかりました。帰りもね。
 骨になったゼミ生たちもは「CSIのよう」等呟きながら、巻き尺を脇に置いてデジカメで撮影してから、遺跡を掘り返す時のように丹念に小さい箒で砂を避けて……掘り出すように指示を出して、私は写真だけ持って大学に帰りました。
 後日届いた骨を並べて、ちゃんとご遺族にお返ししましたとも。年代経過を誤魔化すために漂白したり補強したりはしましたが。

 帰国した私は、全てが終わっていたことを知るのです。

 空港に到着したらメールをくれとアリやナターリア、柳生に言われていたので「無事帰国(I'll Be Back)」と送り、バスに乗り込みました。
 いつもならすぐに返信をくれる柳生から返事がなかったので、少し不思議に思いましたが、柳生だって忙しい身。彼はこの頃、滅亡都市調査に向かために色々と準備をしていることを知っていたので、
「忙しいんだろうなあ」
 そうとしか思っていなかったのです。
 その時柳生は、大怪我を負ったアリが施術されている手術室の前で、ミスカトニックの生徒らしく神と悪魔に、そして素朴で信心深いベトナム人として彼の先祖にアリの生還を祈っていたなど、思いもしなかったのです。

 大学に戻った私は寮に戻るよりも先に、研究結果を助手女性に渡して中身を確認してもらい、それとゼミ生たちの遺骨を見つけたことや、後から届くこと。身元確認も引き受けるので彼らの生前の写真をあとで送ってくれるように頼み、
「帰りました、二宮先生。この骨の写真から死因特定できますか?」
 その足で保健室へと行き、デジカメで撮影した彼らの骨を二宮医師に見せました。
「無理だな。いやに古い骨だが骨の形は随分と現代人めいているな」
「消えたゼミ生ですよ。過去に連れていかれ帰ってこられなかったもようです」
「そうか。F」
「はい」
「ナターリアが死んだ」
「は?」

 アリはアーカムでも有数の手厚い看護を受けることができる、聖マリア病院に運ばれたと聞かされ、私は荷物を保健室に放置して病院へと急ごうとしたのですが、寮の惨状を見ておけと言われたので大急ぎで戻ると、海水を浴び、ヘドロがこびりつき、窓が全て割られている八階建ての寮を目の当たりにすることに。