私の名を呼ぶまで【59】

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[59]私の名を呼ぶまで:第三十四話

 寒村の貧しい人が人攫いに誘拐された事件でも迅速に調査できる ―― 情報網を持っているベニートは妃の過去を簡単に調べ上げた。
 ラージュ皇国に帰国する間、考えていたのは側室リザをどうするか?
「いままで通り、側室リザを演じてもらう」
 帰国しマティアスに妃の経歴を伝えたベニートは「では、ヨアキムにお祝いを述べてきます」と辞して執務室へと向かい、顔を合わせてベニートが口を開く前に宣言されてしまった。
「ええ……どう考えてもまずいだろ?」
「側室リザが行方不明になったら、私とエドゥアルドの関係がこじれる。私にエドゥアルドを殺せと?」
「まあ……たしかにそうなんだけどさあ」
 ヨアキムもロブドダン王国から帰国の途についている間、側室リザの今後について考えを巡らせていた。正直に側室リザがベニートだと告げてエドゥアルドが信用するか? 信用せず余計に怒りを燃え上がらせることになるだろうことは、容易に想像がついた。
 では側室リザが死んだと言ったら? 皇位継承に関して回避できた兄弟間の争いを「存在しない側室」の為に起こすのは避けるべきである。残るは側室リザが【好きな男ができたので下賜という形をとってやり】後宮を去った ―― これも無理である。
 エドゥアルドがヨアキムの側室リザを気に入っていることは、周知の事実。自分の側室をすべて下賜して妃にすると意気込んだことは有名。
 そこまで側室リザを愛している「ラージュ皇族」相手に横恋慕する無謀な勇気のある者はいない。

 横から側室リザを奪ったら、ラージュの呪いで一族郎党皆殺しにされる。

 側室リザを巡る争いは、ヨアキムとエドゥアルドのラージュ皇族同士だから成り立つものなのだ。
「それになベニート。側室数名が妃に敵意を持った」
「はあ? なに、みんな”側室、もちろんお妃になんて、なりたくありません”って言ってたのに?」
「嘘偽りだったわけだ。側室に相応しいとも言える」
「ひどいなあ、ヨアキム。ところで敵意を持ったって、誰の報告」
 ヨアキムの妃が到着してから、側室たちの動きに異変があった。
 それらをいち早く察知したのは、エスメラルダの身を守るために側室となった元侍女とされている”ユスティカ王国の影たち”。彼女たちは妃の登場と、それが切欠となり起こる出来事を察知しヨアキムに報告した。
 彼女たちにしてみれば、妃に嫌がらせをした犯人が自分たちが仕えているユスティカの王女になっては困る。ただでさえエスメラルダは目立ち、悪役にされやすい。
 ちなみに「本当にエスメラルダが妃に嫌がらせをした場合、お前たちは偽証して偽者を仕立て上げるのか?」とヨアキムが質問したところ、彼女たちは「決してそのようなことは致しません」と宣言をした。
 彼女たちはエスメラルダを守ってはいるが、仕えているのはユスティカ国王。ラージュ皇国の次の皇帝であるヨアキムの妃に危害を加えるのを黙ってみていたら、彼女たちがここにいる意味がない。

 彼女たちはあくまでも国益を契約を優先させる――

 ラージュ皇国稀代の呪われた男ヨアキムが【一目ぼれして強引に連れ帰ってきた妃】に危害を加えたら、ユスティカ王国でもただでは済まないと認識している。
 ヨアキムは妃のことは好きでもなんでもないのだが……思いはしたが、そのように解釈し、エスメラルダと妃に注意を払ってくれているのならば、訂正する必要もないだろうと口を噤んだ。
「へえ……」
「いままではお前、いや側室リザに負の感情の多くは向いていたらしいが、なにせお前はラージュ皇族だ。負の感情には強い」
「そうだね……要するに側室リザとして後宮へと戻って妃を守れと?」
 妃に好意は持っていない。訳が解らない方向に勢いがついただけ――そう言われたベニートはそれを信用した。
「ああ。だがずっと、というわけではない。妃と離婚したら、あとは……考えよう」
 妃と無事に離婚したら、次はエドゥアルドと側室リザの問題に着手する。
「そうだね……。側室リザの身の振り方はさておき、ヨアキムの予定としては妃と離婚してエスメラルダ王女を帰国させるために結婚離婚を経て、侯爵令嬢のレイチェルを妃として迎えるってことでいいんだね?」
「そうだ」

 これからの大局を決めてから”側室リザが後宮から姿を消していた、もっともらしい理由”を額をつきあわせ考え続けた。

**********

『嫉妬深くない人間など後宮にはむかない』
 ヨアキムが妃をつれて帰国後、クリスチャンはエドゥアルドの元から移動した。側室リザについて衝突しているが、だからと言って剣の希望を聞かないという選択肢はない。
 ヨアキムの元へとやってきたクリスチャンは、クニヒティラ一族に関する部分をのぞいて話をする。
 その日も話を聞き、一息ついたところで、ヨアキムが愚痴混じりに「妃になんてなりたくありません」と言い張っていた側室たちが、妃に嫉妬していると漏らしたところ、クリスチャンの答えが『嫉妬深くない人間など……』であった。
「そんなものか」
『そんなものだよ。皇子も信じてはいなかっただろう?』
 実母が賢い側室を演じていることもあり、ヨアキムはそれらを見抜く能力に長けていた。
「まあな」
『そうそう。テオドラ、ノベラを後宮に寄越したこと、謝っていなかったか?』
 カルマルの町で再会したテオドラは、別れ際に「ノベラについては全面的に謝罪します」と告げてきた。
「言ってきたが」
『話しても分かるかどうか? 私も分からないのだけれども聞いてくれないか?』
 クリスチャンの奇妙な言葉に、何ごとだろうか? ヨアキムは頷き耳を傾けた。

―― 皇子はホロストープ王国を滅ぼしたあと、ユスティカ王国へテオドラと一緒に行った。テオドラがかの国の王と話したいと言っていたことを覚えている? そう、あのときテオドラは王に会い、皇子の後宮へと送る侍女側室の一人にノベラを混ぜて欲しいと依頼した。
 王は拒否しなかった。できるわけもないだろうな。
 ここまでは聞いていてもおかしくはないだろうが、ここからが問題だ。
 テオドラは王に提案した時点で、ノベラに話をつけてはいなかった。そうだ、ノベラ不在のまま話を進めた。
 だがテオドラはノベラに近々会えることを知っていた。
 聖地トヴァイアスに現れることをテオドラは知っており、ラージュ帝国の後宮に侍女として入ってくれることも、自分のメッセージを伝えてくれることも。
 私はノベラと共にテオドラに会い、聖地トヴァイアスの地下へ同行し、そこで側室になることを依頼された。
 ノベラは引き受けユスティカ王国へと向かった……未来が見えるのか? 私もおなじ質問をテオドラにしたことはあるが、本人は「分かる」だけであって、未来が見えるわけではないと言う。
 予知は基本、予知するだけであり、自分で未来を変えることはできない。もしくは自分が分岐になることはない。テオドラは未来の分岐点になる……という。
 話ている最中でも分かるのだそうだ。自分が今語っている出来事は、これから自分が遭遇したことにより起こる出来事だと ――

「あの人らしいな」
 ヨアキムは以前「長生きしているとは思いません」と言っていたことを思い出し、本人はそのように捉えているのだろうなと、理解はできずとも感じ取ることはできた。
『テオドラらしいと言えばその通りだ』
「クリスチャン、一つ聞きたいことがある」
『なんだ?』
「ロブドダン王族の後ろについている禍々しいもの。あれは?」
『死霊のことか? ロブドダン王国は死霊師が携わった国で、王族には特別な死霊がついている』
「その死霊がなくなったらどうなる?」
『どうなるって……それは、滅びるんじゃないかなあ。どうしたのだ?』
 ヨアキムはロブドダン王国で、メアリーをクローディアだと偽ったことを知った際に、怒りを爆発させた。
 どうしてそこまで怒りが爆発したのかはヨアキム自身わからないのだが、とにかく怒りを露わにしたところ、王族たちの背後にいた死霊が断末魔を上げ、千切れ消え去った。
「消してしまったような気がする」
『それは……ヨアキム皇子の呪いを直接被ったら、そうなるな。死霊が消え去るだけで済んで良かったとも言えるが……国としてはどうなんだろうな』

 この後、ロブドダン王国からメアリーを側室にして欲しいという願いが届き ―― ヨアキムは、メアリーの死霊も巻き添えで消したことを詫びる意味で、彼女の後宮入りを許可した。

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