私の名を呼ぶまで【48】
[48]呪解師と悪夢師:消えた聖女と
テオドラは聖地トヴァイアスの近くにあるカルマルの町外れにある木の根元に座り、料理が詰まったバスケット脇において目を瞑っていた。
鳥のさえずりを聞き、雲の流れを感じながら時を過ごす。
「テオドラ」
「ローゼンクロイツ」
目蓋を開き、片手を上げて挨拶をする。
テオドラの隣に腰を下ろしたローゼンクロイツは、断りもなくバスケットを開き料理を食べ始めた。
「ここ保養地として有名なんだな」
「そうらしいですね。温泉入ってきたらどうですか」
「食ってから」
「そうですか」
半分ほど食べて、腹が満たされたローゼンクロイツは水筒を手に調べて来たことを話はじめた。
「お前に言われた通り、リザ・ギジェンのこと調べてきた。メモに書かれていた村には居なかったし、村人も覚えていなかった。本当に居なかったかどうかを調べるために、村人全員の夢に入り込んだ」
「それでどうでした?」
「ある日を境に消えた。記憶には残っているが、誰もそのことに気付かない」
リザ・ギジェンは存在していたが、ある時を境に文字通り”消えた”
「そうですか」
「リザ・ギジェンが住んでいた家だが、家族は普通に暮らしていた。寝静まった家人を更に深い眠りに誘って不法侵入させてもらったんだが、リザ・ギジェンの部屋はそのままだった。部屋も埃が積もったりはしていなかった。誰かが掃除しているんだろう」
リザ・ギジェンは両親と二歳上の兄、そして父親方の祖母の四人と暮らしていた。
「それはまた……」
裕福な家庭の娘で、学問好きで賢くもあった。
「それでリザ・ギジェンが消えたのは、村の酒亭で友人たちと食事をとっていた時らしい」
十七歳の彼女はその日、友人たちと夕食を楽しんでいる最中に消える。
「なんで分かったんですか?」
「一緒に食事をしていたやつらの頭の中に記憶が残ってた。その酒亭を訪ねてみたら、そのテーブルにリザ・ギジェンが食ってた料理が乗ってた。料理は腐っても干からびてもいなかった。見てたら日に一度、店主が取り替えてる。店主本人には自覚がないらしい」
リザ・ギジェンは消え、誰も覚えていないが、痕跡を消さなように人々が動く。だが自分の行動を覚えていない――
「それって悪夢師が操る奇病の一つでは?」
「消えた後は確かに悪夢師の類だ。だが人間一人を消せる奇病は悪夢師の専門外だ」
「リザ・ギジェンの調査、ありがとうございます。あとはヨアキム皇子の一件が片付いたら、私自ら探ってみます」
報告が一段落ついた時には、料理は空になっておりバスケットを閉じ、テオドラは木に体重を預けながら立ち上がる。
「なにしてんだよ、テオドラ」
「筋肉痛なんですよ。階段昇ってくるの大変だったんですから」
聖地トヴァイアスの中心地は地下深くに存在しており、無限にも見える螺旋階段を使うか、中心を行き来するしか方法はない。
テオドラは空を飛ぶことができないので、嫌々ながらかつて自分が作った螺旋階段を手すりに持たれかかり、何度も休憩を挟みながら昇ってきた。
「降りた時も大変だっただろ」
「降りる時は近くにいたので、頼んで一直線に降りてもらいました」
「誰に?」
「ノベラ」
テオドラからその名を聞いたローゼンクロイツは眉間に皺を寄せて、
「そりゃまあ……良かったな」
含みを持った言葉をかけた。
「一応、良かったです」
対するテオドラの返事も似たようなものである。
「トヴァイアス、斬られたりしなかったのか?」
「斬りたそうでしたが、説得して他に楽しそうなことと、それに付随するお願いをして先に戻ってもらうことに成功しました」
「楽しそうなことと、付随するお願い?」
「付随するお願いはヨアキム皇子に手紙を届けること。楽しそうなことは、ヨアキム皇子の側室になることです」
エスメラルダが側室になる頃には地上に戻っているのは確実なので、その頃に渡して欲しい ―― そのようにテオドラはノベラに依頼した。
「いや……まあ……どうやって?」
テオドラから内容を聞いたローゼンクロイツは、途中で両手で頭を抱えて、いつもと変わらないノベラに溜息をつく。
「ラージュの皇子さまたちびっくりするだろうよ」
「びっくりというよりは、うんざりしそうですが」
二人はノベラの話をしながら、町へと戻り、テオドラは筋肉痛を緩和するために、ローゼンクロイツはリラックスするために名物の風呂に浸かった。
しばらく滞在した二人だが、
「ヨアキム皇子、こないな」
「そうですね。用事がないとしても、連絡はくれると思っていたのですが」
ヨアキムの訪問がないので、もしかしたら? と、ローゼンクロイツが連絡を取ると、案の定、裏組織の側室ごっこが楽しく、手紙を渡すことをすっかりと忘れていた。
「今日渡すらしい」
「そうですか」
手紙を渡したあと、ノベラから「面会希望」との連絡を貰い、ローゼンクロイツはカルマルの町を離れ、テオドラはヨアキムがやってくるまでしばし滞在し、風呂を楽しんでいた。
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